朝、一番に目を覚ますのはサンジだ。
それは役割分担に負う所が大きいが、今までの癖と言っても良い。レストランで育った子供は、大人の仕事の時間と同じに叩き起こされていた。
甲板に出て、伸びをひとつ。そしてポケットから煙草を取り出すとライターで火をつけた。今日の天気は良いらしい。澄んだ空気の中で吸う一本の味は格別だ。
それを吸い終わると、本格的に頭が始動し始め、顔を洗ってキッチンへ向かった。
鍵付き冷蔵庫から、昨晩仕込んでおいた肉を取り出し、オーブンへ突っ込む。粉から練り始め、焼きたてのパンが食べれるように準備する。
皆が起きてくるまで二時間程度はあるだろう。下手をすれば、一番時間をかけてゆったり食事準備出来る時間かもしれなかった。他は皆寝ているので、邪魔をされる事もない。
そこへ。
あり得ない事に、扉が開いて緑頭が顔を出した。
「ンだ、てめェ。こんな時間に。槍でも降ってくるんじゃねェか?」
「うるせェ。見張りだったんだよ…腹減った、なんかくれ」
珍しく、きちんと起きて役割を全うしていたらしい。
その事に驚けば、妙な気配が一晩中していたのだと言った。
「ばっか、そんじゃ早く起こせよ、みんなを!」
「敵襲じゃない。今もそうだろ?」
確かに。
海は穏やかだったし、船影のひとつも見えなかった気がした。
「ありゃ、なんだったんだろうな」
仕方がないのでパスタを一皿作り、カウンタ席に座る彼の目の前に置いた。嬉しそうな顔をしてほおばる姿が見ていて喜ばしい。
再びサンジはパンを練る作業を再開し、てめェにわからねェもんがおれらに分かるもんかと言ってやった。
ゾロは呼吸を読むのだ。気配、気、そのようなもの。それで分からないというのなら、お手上げだ。
「お前に分かんないんじゃ、おれらにゃ無理だよ……っと」
頬に飛び散ったパスタソースをぬぐってやる。
「お行儀の悪い剣士様だねェ」
くすくすと笑って、そのソースをなめた。
「おまっ」
「あ?」
作り置きしておいたトマトベースのソースだが、旨かった。満足している自分へと、ゾロは目を剥いて指をさす。
「そういう事、やめろ!」
「え、どういうこと?」
「人の、頬の……ソースなめるとか」
「え?」
そこまで言われて間を置いて、ようやく意味が分かった。まるで親しい恋人のような行為だと言うことに。
「なっ、ただの癖だからな! 食べ物粗末にしやがるから!」
「当たり前だ、意味なんてあってたまるか!」
そこからゾロは味なんてさっぱり分からないだろうかっこんだ食べ方をして、部屋を出て行ってしまった。気が悪いのなんてお互い様なのに、なんてことだ。
汚れた食器をシンクに落とし、パン生地を練る。そして、寝かしている間に食器を洗った。
「まったく………なんてヤツだ」
せっかくの朝の時間を邪魔されてしまった。むっとした気持ちのまま、冷蔵庫から野菜を取り出しサラダを作る。生鮮野菜はそろそろ品切れになる時期だ、明日からは温野菜ベースへと切り替えになるだろう。
それにしても、自分もやりすぎたと思う。
うっかりとは言え、女の子か小さな子供にやるような真似をしてしまった。
それは偏に、彼が珍しくもがっついて夢中になって食べる様がかわいらしく見えてしまったからで――と、考えて首をひねった。かわいらしい? あれが?
自分の目がどうにかしていたらしいと結論着けることにした。
全く持って、あり得ないからだ。
にぎやかなうちに朝食はいつも通り終わった。あのパスタで腹がくちたか、ゾロはなかなかやってこなかったが、いつもと同じに腹に蹴りを落とせば大人しくついてくる。何事もしつけが重要だ。なんだかんだうるさく言っていた男も、飯と告げれば文句を言わなくなったのだから。
それにしても、と思う。今朝のあれは忘れた方が良いのだろうか。良いのだろうなァと思いつつ、忘れられなくてもやもやしてしまう。正直に言えば気恥ずかしいのだ。
「なあ、朝のアレな」
「あァ?」
「忘れてくれ、ついうっかり手が伸びただけなんだ」
「ああ。忘れてた」
なんて言いつつ、彼の表情は険しい。きっと嘘だと簡単に看破出来た。
「んじゃ、そういうことでよろしく」
「りょーかい」
と、彼は着易く返事をよこした。それで終了の筈だった。
次の日の朝も、サンジは一番に起きる。今朝は準備しておいたのは魚だ。はらわたを抜いた魚が大量に冷蔵庫には保管されていた。肉がないのでルフィ当たりは腹を立てそうだが、いけすで飼っておくにも限度がある。一気にここらで処分しておきたかった。
一匹づつ衣を着けて油で揚げながら、それなら今日の飯は米だなと簡単に決めた。メイン以外は結構その場で決める事が多い。もちろん、残量と相談しての話になるが。
米は滅多に食卓にあがらないため、大量に残っていた筈だと思い出していた。まだ次の島まで距離があるから気をつけるにこしたことはないが、大きくなった食料庫と冷蔵庫のおかげで、サンジとしては随分楽な航海になっている。
じゅわ、じゅわ、とつぎつぎあがる魚を油取りの紙に置いていると、意外にも扉が今朝も開いた。相手はまたしても緑頭だ。
「おいおい、どうしたんだよ。今日は見張りじゃねェだろ」
「ウソップと交代した」
そう言い、ふわぁと大きなあくびをする。
「じゃあ、また腹減ったか」
「ああ」
じゃあしばらく待ってろ。
と、サンジは告げた。
油物は一旦中止だ。米を洗って急いで炊き上げる。
炊きあがるまでの間に、再び魚を揚げる。そのうち一匹をゾロへ渡すと、旨ェと頭まで食べていた。まあ、かりかりに揚げているのでそれでもいいのだが、普通に食べれば頭は残ると何度教えてもこいつともう一人、キャプテンには通用しない。どんな胃袋をしているのか見てみたいところだった。
そこへご飯が炊きあがった。
「てめェ、昨日みたいなパスタよりこちのがいいだろ」
「おお」
ぴかぴかに光ったご飯を見て、彼は目を輝かす。単純なものだと笑いが浮かんだ。
熱々のそれを手にとって、握り飯を3つばかり作ってやる。簡単な塩むすびだ。そこへ海苔と昆布を巻いて、出してやると、嬉しそうな顔をして受け取ると同時に、手を取られた。
「残ってる」
そう言って、右手中指を掴まれる。
ぱくり、と、食べられた。