「ただいま」
と。
夕刻も過ぎ夕食も過ぎた時間に玄関先が騒がしく聞こえたと思ったら、母が帰って来た。いつも突然だ、電話の一本でも入れてくれれば良いのに、「あら、忘れてたわ」とおっとり笑うのだから既に諦めてしまっている。
「わあ、ロビン。久しぶり!」
「おかえり」
「おう」
大きなトランクはサンジが預かり、「これ、おみやげ」とナミに紙袋を渡した。尤も中身はいつも奇天烈な仮面や人形ばかりなのだけど。
それにしても、久しぶりだった。前回の帰国は去年だったような気がする。半年は軽く過ぎているだろう。その間、当然のように連絡一本よこさないのだからこの人は本当は母に向いていないのだと思う。実際、考古学の分野ではその名を知らない名教授なのだから、結婚してしまったのが間違いだったのだろう。
だが、家族はそんなどこか抜けている母の事を愛している。
「久しぶりな気がするわね。元気だった?」
おっとり笑い、ソファに座ると一番のお母さんっ子でもあるナミが早速隣を陣取った。
「うん、全員元気。病気なんか縁ないのがうちの取り柄だもんね」
「サンジはちゃんと学校行ってるの?」
彼の不登校は母の密かな悩みでもある。家事全般を取り仕切ってくれているから強くは言えないが、出来れば学校にも行って欲しいと願うのは仕方ない。
「まあ、留年しねェ程度には。ロビンちゃん、お茶は何がいい?」
「お任せするわ。サンジのお茶はどれでも一番おいしいから」
早速キッチンに立ったサンジは、湯を沸かして茶葉を選び始めた。彼女はどれでも、と言ったが好みが有る事はちゃんと知っている。滅多に空けられない缶を手にとり、「久しぶりだなァ、お前」と声を掛け、ティ―ポットに人数分をセットした。
「今回はどれだけいられるの?」
「そういえば、ゾロのインターハイは? どうだったの?」
「ロビンちゃん、夕食は食べた?」
会話は錯綜し、一気に騒々しくなった。それくらい、母の帰宅は珍しい事なのだ。父となればもっと騒々しい。おっとりした母と違い、自らが騒々しい人なのだから。
「まだ食べてないの。機内食はあまりおいしくないから、半分残しちゃった」
「それじゃあ、軽く用意するね」
サンジは炊飯器の中を見て、おにぎりを準備し出す。
「今回はね、学会があるから結構長く居れるのよ。半月はいれるわ」
「やった!」
ナミがはしゃいだ声を出す。
「インターハイは優勝した、個人も団体も」
「そう、それは良かった。頑張ったのね」
「いや、実力だ」
不遜な態度のゾロへ、彼女はやはりおっとりと笑う。
「ロビンちゃん、おにぎり。日本食は久しぶりだろ?」
「まあ。ありがとう、久しぶりだわ」
嬉しそうに、手を出す。そこへ食べたばかりだと言うのにゾロまで手を出すので、その手をペシリと叩いて、もう少しサンジは作り足す事に決めた。あのままでは、ロビンの分までゾロが食べるのは間違いないからだった。
騒々しい一時間を過ぎると、そろそろ皆も落ち着いて来た。
この家では親の名前ですら呼び捨てなのが通例だ。
「ロビン、いつも思うんだけどこの趣味ってないと思うのよね…」
お土産を広げたナミがやはり奇天烈な木彫りのお面を持ち上げ、苦笑する。
「そう? すごく可愛いと思ったのだけど」
「可愛い? 今可愛いって言った?! もー、あり得ないんだから! 服の趣味はいいのにこういうのはてんでダメよね。今度からお土産、服にして? その方がいい」
「いや、やめとけナミ。貫頭衣とか買ってくるのがこいつのやり方だ」
「なんつー言い方だ、ボケ。こいつとかお母様の事言うな」
追加のおにぎりは早々に売り切れ、この家は未成年ばかりだと言うのに酒宴に既に姿を変えていた。
つまみを持って来たその足で、ゾロの後頭部を蹴り、テーブルの上に並べる。
「サンジのご飯はやっぱりおいしいわ。外のご飯はやっぱりダメね」
嬉しそうに食べてくれる姿が嬉しい。なんと言っても母親なのだ。やはり、マザコンの気はなくとも喜ばれれば嬉しくなるのが当然だろう。
「ロビンちゃんに誉めてもらえたら、嬉しいよ」
「本当においしいのよ。外国のご飯はその国らしくてそれはそれなんだけれど、恋しくなるのはサンジのご飯だわ」
だから、今幸せなの、と少しほろ酔い加減のロビンはかわいらしく笑った。
これで高校生が三人もいる三児の母だと言うのだから世の中分からない。独身と言っても十分に通用しそうなかわいらしさだった。
残りのふたりはざるなので、ぱかぱかと酒を味わっているのだかどうだか分からない様子で、まるでいつも通りの顔をしている。
「そろそろ酔っちゃた。お風呂入って寝ようかしら」
「あ、ちょっと待って。今沸かすから」
給湯器のボタンを押して、お風呂をセットする。そして気付いた事がある。彼女の部屋は時折空気の入れ替えをしているが、リネン類が半年前に変えたそのままになっている。
布団も夏用の薄手の肌布団のみだ。これではいけない。
「おい、手伝え」
ゾロの頭を軽く叩く。あァ? と振り返ったが、サンジが上を指差したので素直に付いて来た。
「ちょ、ちょっと待て! 違うから!」
二階に付いた途端、口づけて来た兄に必死でサンジは抵抗した。
意図をどうやらゾロは読み違えたようだ。
「あんだよ、じゃあ何で呼んだ」
「手伝って欲しい事があるんだよ。ロビンちゃんの布団変えてあげなきゃなんねェだろ」
「なんだ、そんなことか」
あからさまにチッと舌打ちされ、それでも分かったと素直に従った。
そこで気付いた事がある。ロビンの寝室は二階にある。当然、二人の関係など知らないし、想像すらしていないだろう。果たして半月も彼が我慢してくれるだろうか――………非常に、無理がある。無理がありすぎる。今だってほぼ毎日に近いペースなのだ。こちらが懇願しても一日休ませてくれる程度。彼はいつだって本当に夜中のサンジを独占したがる。
「なあ、ロビンちゃんの寝室、二階だよな」
「ああ」
「夜、どうすんだ」
「あ?」
初めて気付きました、という顔をされた。
そりゃあそうだ。自分だって今気付いたのだから。
「まあ、てめェが声押さえりゃいいんじゃねェの?」
「アホかァ! てめェには我慢するとかっつー選択肢はねェのか」
「ねえ」
どーん、と言い放って、もうやだと頭を抱えた。
「取りあえず、ロビンの布団変えるぞ」
「いや、ちょっと待て。リネン類も全部変えなきゃだから」
クローゼットから持ち出して来た厚手の布団に、それじゃあカバーでも掛けとけと手渡し自分は下敷きとシーツをメイキングする。案の定、カバー掛けで手間取っているゾロの手からそれを奪うと、きちんと四隅にカバーと布団をくくり付け、ふわりとベッドに掛けた。
「取りあえず、今夜はナシだからな」
「あァ? ロビン疲れてるし酔ってるから大丈夫だろ」
「無理したくねェんだよ、ナミさんは大丈夫だったけど、さすがにロビンちゃんはショック受けちゃうかもしんねェだろ。そんな心配させたくねェの、俺は」
「でも半月は無理だからな」
「無理でも我慢しろ」
「無理」
「もー、てめェは」
ため息を吐いて、天を仰いだ。
かわいらしいヤツだと思えば思えないこともない。
そこまで愛されちゃってるなんて、面映い気持ちにもならないでもない。
でも、ここで譲ってはダメなのだ。
「家族にはばらしたくねェの、俺は!」
「ナミにはばらしたじゃねェか」
「バレたんだろ、あれは! 不可抗力!」
「どうしたの、ゾロ、サンジ?」
「ろろろ、ロビンちゃん?」
「お風呂ありがとう……あら、お布団も綺麗にしてくれたのね。ありがとう。でも喧嘩はダメよ」
「う、うん」
「喧嘩じゃねェよ」
どうやら長らく話過ぎてしまったらしい。お風呂を終えたロビンがあがって来てしまった。会話はここで中断だ。仕方がない。
「なにをナミにバラしたの? ねえ、私には教えてくれないの?」
「いや、バラしたっていうか、そういうんじゃねェから。また今度。な、ロビンちゃん。おやすみ、お疲れだろ?」
「うーん。分かったわ、それじゃあ、おやすみなさい」
まだほろ酔いのところへ風呂に入ったので回ってしまったのだろう。ふわふわとした足取りで彼女は部屋へ入って行く。そして、もう一度おやすみと言うとぱたんと扉を閉めてしまった。
階下に降りると、そこにはまだ飲んでいるナミがいた。
「で、どうすんのあんたたち」
「え」
「え、じゃないでしょ。私が毎晩なんで音楽聞いてるのか分かってない訳、ないわよね?」
「…………………………」
じわり、と冷や汗がにじむ。
「ロビンの部屋は二階なんだから、無茶しないでよ。ロビンにショック与えたら怒るわよ」
「いや、案外胆座ってるしな、あの女。案外驚かねェんじゃねェか」
「てめェの希望的観測はいい!」
ぼか、と尻に蹴りを入れて、「ナミさん、ごめんね」と謝るしかなかった。
「謝るくらいなら、もういっそあんたたちの部屋、防音にしちゃえば? そしたらこっちも安心出来るんだけど」
「その手があったか」
「あったか、じゃねェよ! 現実見ろよ、無理だろ、普通に」
いくら貯金があるとは言え、一部屋を防音にする理由が不明だ。意味が分からない。そんな事をすれば返ってやましい点がございますと言っているようなものだ。それにナミだって言っては見たものの、落ち着かないだろう。
「半月ぐらい我慢しなさいよね、雄猿ども」
「………はい」
「無理」
「てめェもはいって言え」
「だから無理だって」
「じゃあどっかホテルでもどっかでも行ってきて。今時のラブホじゃホモでも受け付けてくれるだろうから」
「ナ、ナミさん……」
彼女の口から出る辛辣な言葉の数々に、サンジのHPはどんどん削られて行く。横で堂々としているゾロの存在もそろってだ。
「金が続かねェよ、まあどうにかするから気にするな」
「気になるわよ!」
「じゃあ、勝手に気にしとけ」
ぷん、と怒った彼女は席を立ってそのまま自分の部屋へ向かったことで、この場はお開きとなった。
ゾロもむっとした顔でソファに座っている。
「惚れたヤツが目の前にいるのに何もすんなっつーのが無理な話なんだよ」
「時と場合によるだろ。それに俺らの場合はイレギュラーなんだから」
片付けを始めながら、ゾロをなだめる。なんだかんだ言いつつ、自分はゾロに弱い。
「ほら、風呂でも入ってこい。俺、ここの片付けあるから」
「分かった」
意外に素直にしたがって、彼は風呂へ向かって行った。
飲み散らかした後の片付けは、そう大変ではなかった。女の子がふたりもいたから、そう大量につまみも出さなかったし、飲んだ量はともかくコップは人数分。たった4つでいい。たまにする学校の仲間との宴会とは訳が違った。
そしてその夜、サンジはゾロの侵入を受けた。
こうすりゃいいんだよな、とゾロが部活で使っている(もちろん綺麗に洗ってある)日本手ぬぐいを手に、猿ぐつわを噛まされた。
気付いた時には後ろにくくられていた。文句を言おうにも、既にどうしようもない状況だった。
「んんっ、んーっ」
「静かにしろよ、バレたら困るのはてめェだろ」
「んーっんっ」
ゾロは、その上から手のひらで口を押さえつける。これはかなり苦しい。鼻の呼吸だけで精一杯に胸を上下させながら、忍び込んでくる手のひらを必死で遮断しようとしたら、今度は後ろ手に両手を縛られた。なんと手ぬぐいはもう一本もって来てあったらしい。
「どうせ、こうなると思ってたんだよな」
「んんっ、ぅんっ」
こいつは本当におれの事が好きなんだろうか、やりたいだけなんじゃないだろうかとの思いが去来する。しかし、ずっと触ってたいと言うのは毎度口にされる言葉なのだ。だから、否定しないでいる。
うつぶせにさせられ、手のひらが夜着と肌の間を這い回る。こんな状態だと言うのにぞわぞわとした感覚に教われるのがイヤだ。それに、こういう特殊なシチュエーションに感じてしまっている自分が居る事にもかなり困った。
「んっ」
胸の尖りをつままれ、くるくると手のひら全体でそこを刺激されるとしびれる様な快楽が下半身にまで響いた。もう一方の手はパジャマを脱がそうと奮闘しているらしい。首筋にふれられた唇が、強く吸い付いてキスマークをきっと残している。首筋から耳朶へと舌が十分の唾液と共に動いてゆき、それも同じように下半身へと響く快楽をもたらす。
ようやくボタンを外し終えたパジャマは、両手を後ろでくくっているせいで脱がす事が出来ず半端な事になってしまった。だが、さらされた背中を唇が追いかけて、迫ってくる。
「んんっ、ん………ぅん」
胸をいじっていた片手が、ぐいとそのまま下半身に伸ばされた。このままでは感じてしまっている事がばれてしまう、と焦ったけれども、既に甘い色で味付けされた声音だけで十分ゾロにはバレてしまっていただろう。
屹立したものをゆっくりしごかれ、逃げ場のない快楽に頭を打ち震った。
後ろ手でくくられた手を動かし、ゾロのそれをなんとか掴んでやる。目一杯に勃起していた。このシチュエーションに燃えているのは自分だけではないらしい。
「んーっ、んっ」
「はっ、ぁ……………」
動かしづらい両手でゾロのものをパジャマごしにしごく。そのうち耐えられなくなったのか、自分で下着ごと脱ぎ捨てた。
しっかりそれを不自由なサンジの両手に握らせ、自分もサンジのものを握る。
「んっ、んーっ、んんっ、んんっ」
「はあ、は、ぁ…」
荒い息をつきながら、お互いが吐精したのは割とすぐの事だった。
これで満足してくれる訳もなく、下着ごとパジャマを脱がされると、当たり前のようにローションを垂らされ、ほぐされ、挿入された。
解放されたのは、朝になるには少し早い時間の事だった。
無茶苦茶にされたけど、燃えた。
正直な感想で、自分の性癖を疑いたくなった。ゾロもそうだったのだろう。いつもよりずっと長い時間をかけて自分の体を堪能していた気がする。
声が出せず、よだれだらけになったサンジのベッドは他にも精液やなんやでとんでもないことになっているが、仕方なかった。昨夜の代償だ。
しかし、あれでは声もきっと漏れなかっただろうと安心もしていた。ほとんどが布が吸い取ってしまったからだ。悪い事を覚えてしまったような背徳感を感じながら、サンジはひとまず朝ご飯の準備を始めた。
ロビンにはゾロと同じ和食の方が良いだろう。いつもはナミと同じような軽めのものを好んでいるが、久しぶりの日本なのだ。日本の朝と言うものを堪能させてあげたい。
同時進行でお弁当を作っていると、次々と皆が起きて来た。
「ちゃんと寝れたみたいで良かったね」
と、ナミが耳打ちしてくる。成功だったかとほっと胸を撫で下ろしたその時だった。階段をロビンが降りてくる。
「おはよう………あら。綺麗なキスマーク」
と、ロビンがサンジの首筋をたどり、爆弾を投下した。