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どこまで耐えられる?


 一戦終えた後、キッチンは戦場となった。
 とにかく動くと腹を空かす船長が食料を要求しまくるのだ。しかも寄りによって敵船は昼食の前に襲って来た。タイミングが悪すぎた。
「サンジー! 足りねェ!」
「ちょっと待てゴム! まだこっちの準備が整わねェよ!」
 と言いつつも、新しい皿を投げてやる。無論問題なくキャッチされ、フォークも使わずするりとそのままルフィの胃の中へ消えた。
 この分では、他の面子の食事の準備が出来ない。もちろん、倍速で手も足も動かしルフィの分と他のクルーの分、平行して作ってはいるのだが、ルフィに比重が掛かりすぎている。
「サンジくん、まだ待てるから……」
 久しぶりの派手な食欲に当てられたか、ナミは苦笑をしながらいたわりの言葉をくれるが、そういう訳にはいかない。昼食は昼食時に。これ基本。
「待ってね、そんなに掛からないから」
「サンジー!」
「待てっつってるだろ!」
 ちょうどオーブンの焼け終わる音がした。子豚の丸焼きだ。さすがにこれならルフィも足止めを喰らってくれるだろうとの希望を込めて、皿にのせてカウンターへ置いた。
「うほォ!」
 伸びた手が、その皿をとっととかすめ取ってゆく。
「急ぐなよ、ゆっくり味わえ」
「分かった!」
 と、言いつつも既に子豚の姿は半分も消えようとしていた。



 今日の戦闘は久しぶりに派手なものだった。艦隊を組む海賊相手との戦いは、久しぶりだ。
 本船へ向かったルフィはともかく、サニーはナミとロビン、フランキーに任せて、残りのメンバーがそれぞれの船へ飛んだ。名の売れ過ぎた感のある麦わら一味に手を出してくる海賊はここのところ少なくなっていた。懸賞金はトータル何億になるのかすらもう分からない。それに、船長の二年前の派手な行動は全世界へと流され、その強さは皆の知るところとなった。命の惜しいものは手を出さないのが鉄則となっていたようだ。
 だが、それでも懸賞金や名を上げる事に夢中になっている輩はどこにでもいる。
 それが今回もそうだっただけのお話だ。
 数は面倒だったが、正直雑魚と言っても構わなかった。新世界へ入ってくる船だ、そう弱い面子である筈はなかったのに、そう感じるのは自分達が本当に強くなっているのだと自負させてもらえて、感謝すらさせてもらえる程だった。
 ただ、サンジとしては不満が残る。時間帯だ。丁度昼食の準備をしていた時間だった。それを中断させられた事のみが腹立たしくてならない。
 その代償とばかり、全力で丁寧に皆を葬った。船一隻が落ちるまでの時間は計っていた訳ではないが、きっと前菜を作る時間より少し長かったくらいの時間だっただろう。
「おーい、こっちは終わったぜ」
「こっちもとっくだ」
 近場にいた船には、ゾロが乗っていた。返り血も浴びず、飄々とした姿で立っている。
 本船のみは若干強面が揃っていたのだろう、まだ決着が付かないでいるようだ。ウソップも、チョッパーも、強くなった。この程度の船なら一隻簡単に沈めているはずで、遠くて分からないがそう手こずっている気配も感じられなかった。
「どうする、行くか?」
「アホか、邪魔するなって怒られンのが落ちだ」
「そうだよな」
 ポケットから煙草を抜き出し、火を付けた。戦闘後の一服は旨い。
「じゃあ、戻るとするか」
「おう」
 船の側面を蹴り、サンジはそれほど離れた場所でないサニー号へ戻る。ゾロも同じくだ。少し遠いウソップやチョッパー、ブルックの乗った船へは後でルフィに回収へ回ってもらわねばならないだろう。
「こっち、大丈夫だった?」
「問題ナシ」
 ニッと笑って、ナミはごく少数乗り込んでしまった敵の屍の山を、クリマタクトでつついた。
「これ、邪魔だからあっちに返すか海に投げ込んでおいて」
「おう、分かったぜ」
 ロビンの冷静な声に、応えるのはフランキー。どうやら出番は終了したらしいと、サンジは煙草を吸い終わると海に投げ捨て、キッチンへ戻った。昼食の準備を再開させるためだった。



 だと、言うのにだ。
 時間差があったと言うのに戻ってきたルフィの食欲を甘く見ていた。どうやら相手も数億の懸賞金の掛かった首だったそうだ。それなりに面倒だったらしい。なのでそれ相応に腹をすかせて帰って来た船長は、思わず皆が当てられる程の食欲を発揮している。
 幸いにも食料庫には新鮮な食材も豊富で、次の島までの行程もはっきりしている。今のところ、ルフィが一応の満足をするまで出す事は可能だった。それが問題でもあるのだが。
「おい、俺は酒でいい、飲んでるぞ」
「ちょっと待てって、じきに出来るから」
 アクアリウムに置いてあるバーですませてしまおうとするゾロを呼び止めたが、彼はひらひらと手を振ってでて行ってしまった。口惜しいが仕方ない。今すぐ食事を提供出来る訳ではないからだ。
 仕方ないので、一応出来上がっていた前菜だけをエレベーターに乗せて階下へ送る。つまみもなしに飲むなど、言語同断だった。
「ふぃー、ちょっと満足してきたかな。でも足りねェかなァ…」
 子豚を食べきって、ぱんぱんにふくれあがった腹をなでる船長の姿は無邪気だ。とてもこの戦場を生み出しているとは思えない。
 正直、敵船の戦闘はちょろかったが、こちらは手こずっているというのが本音だった。
 職業コックとしてはあるまじき事態だ。
「そこでちょっと満足しとけ。後は普通に昼飯を食え、それでも足りなかったら作ってやる」
「おう、分かった!」
 ぽん、と腹を叩いてルフィは満面の笑みを浮かべた。彼に悪気はないのだ。だからこそ、困る。
 彼の無尽蔵の食欲は本当に、一体どこからでて来るのかいつだって不思議だった。
 だが、これでほっと息が付けた。
 作りかけていたパスタソースの仕上げを施し、パスタを茹でる。その合間に新鮮な野菜でサラダを作り、各自好みのドレッシングの作り置きを冷蔵庫から取り出した。
 もちろんこれだけで足りる筈はない。
 昨日仕込んでおいたローストビーフをスライスし、グレイビーソースをかける。大皿に入れると取り合いになるから、各々の皿に分けなければならないのが面倒だ。だが、それも自分の仕事の内。
「お待たせ、ゴメンね」
 主にナミとロビンへ向けてちっちゃく頭を下げ、ルフィの食べ散らかした後のテーブルを綺麗にする。そして、ようやく昼食を並べる事が出来た。時刻はもう午後二時を過ぎようとしている。昼食には遅すぎた。
「おーい、ゾロ。飯だ!」
 階下へ向かって叫ぶと、おうと返事があった。わずかな時間をおいて、飲みかけの酒瓶を片手にやってくる。
 それまでに、並べ終えた。
「すまなかった、じゃあ食え」
「いただきます!」
 一斉に唱和され、もちろん戦闘の後だ。ルフィに当てられてたとは言え、腹が減っていなかったはずがない。一気に皆が手を出し始めた。
「うめェ!」
「おかわり!」
「早ェよ!」
 一転して、いつもの食事風景に様変わりした。ほっと息がつけた。



「てめェ食ってねェんじゃねェか?」
 食事が終わって30分後。三々五々に散っていた中で、ゾロは残っていた酒を飲みながら、サンジへ問うて来た。
「あ、忘れてた」
「おいおい。コックが食いっぱぐれるなんてありえねェだろ」
 彼は、柔らかく笑うようになった。関係性は昔と変わりないのに、ふとした時間にお互い、普通に会話をしている事があるのだ。それも自然に。二年という時間は短くなかったなと思わされる瞬間だ。
「まあ、適当に食うし」
「っつって、もうおやつの時間じゃねェのか?」
「抜かりねェ、準備はほとんど終わってる」
 今日は昼食の時間が時間だった。軽いもので大丈夫だろうと、食い終わり始めた頃からドーナツの生地を作っていた。後は揚げればいいだけだ。
「まあ、ドーナツでも食うわ」
「お前、いつもと言ってる事と違うじゃねェか」
「なにが?」
「飯は全員で食えって」
「まあ……今日は仕方ねェだろ。ルフィがアレだったんだし。戦闘だったし」
 第一、いつもおれは給仕してて一緒にいつも食ってねェよ、と返してやれば、彼は少しばかりむっとした顔をした。
「人に蹴り喰らわせてまで食わせるくせに、てめェ卑怯だぞ」
「卑怯? なんでそうなる」
 そろそろ揚げ始めるか、と油の温度を上げ始める。
「そうだろ? てめェ自身食わねェならおれもいいじゃねェか」
「かーっ、お前はおれをバカにしてんのか!」
 じゅ、と一つ目のリングを落として、ゾロをねめつける。
「おれは職業コックなの、食わせるのが仕事なの。食うことが仕事じゃねェ」
「だからって食べなくていいっつー訳じゃねェだろ」
「当たり前だろ、アホかてめェ。飢えるわ、死ぬわ」
 渋面をゾロは返してくるだけだった。
「なんなんだよ、何が不満なんだ?」
「たまにはてめェも一緒に食え」
「まあ、たまにはな」
「本気で考えろ」
 軽く返すと、あっさり見抜かれた。
「お前らがおかわりとか追加とかしなけりゃ、おれも座って食べてやるさ。無理だろ?」
 なにせおれの飯は旨ェから、とにやりと笑ってやれば、ゾロに睨み付けられる。
 ふー、と息を吐いて、二つ目のリングを落とした。
「お前ね、わがまま言うなよ。食いっぱぐれてェ訳じゃねェだろ?」
「そっちじゃねェ」
 腹を蹴られる事に関しては、納得しているらしい。驚きだ。
「わァったよ、今晩は無理だから明日の朝は一緒に食ってやる。それでいいだろ?」
「なんで今晩無理なんだよ?」
「今から準備すんだぞ? いつもより大分タイムテーブル来るってンの。納得してくれ」
「………分かった」
「よし」
 そして、三つ目、四つ目のリングを落とした。一つ目のリングはそろそろふわりと浮いて来て、良い感じだ。
「おい、せっかくだから最初の一個食わしてやる」
「あ?」
 酒に甘いものは合わないだろうな、と思いながらも油を吸って、まだ熱々のそれを差し出してやった。
「おう、サンキュ」
 そして、ぐい、とカウンタ越しにゾロの手が伸びてきた。口元に押しつけられる。
「食え」
「え…」
 と、口を開いた途端に押し込まれてしまった。
「たまには特権だ。てめェが食えばいいんだよ」
 と、上手く行った事に満足したように、呵呵とゾロは笑った。
2011.4.2.
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