あの日、毛布を掛けてくれたのが誰なのかは結局分からず終いだった。誰も彼も平常心に見えるからだ。
それから幾度もゾロの狼藉は続いた。
気は張っているのだ。だが、24時間365日全て気を張るのは不可能に近い。その隙を、ヤツは必ずと言っていい程突いて来る。
彼は気を読めるのだ。逃げ方など、ないに等しかった。
それに彼に抱かれる事になれ始めている体がある。
心とは相反して、快楽を見つけるのが早くなった。幾度も吐精する機会も増えた。
その夜も両手はしばられ、しかし既にテーブルには縛り付けないままで抱かれていた。
最悪だと思うのはやめられない。
喉の奥から絞り出されるような嬌声は誰のものだと問いたい。
だが、間違いなく体の芯から痺れ、指先にまで響く快楽は自分自身が感じているものだ。
ゾロが吐精する。じわりとひろがるぬくもりにも慣れてしまった。いや、それにすら感じてしまう自分も存在する。
「……っあ」
小さな嬌声を上げ、自分も追って吐精した。
彼のセックスはしつこかった。一度で終わる試しなどない。今日もそうで、力の入らない体を好きな体位に入れ替え、再び挿入される。悦楽はまた気を失うまで続くのだろうかと、まだ夜中の半ばも過ぎない時間をさす時計を見て、喘ぎに似たため息をついた。
敵襲があったのはその翌日の事だ。
久しぶりの事に腕が鳴る。だが、腰がだるいのは何ともしがたかった。昨夜も気を失うまでゾロに好き放題されていたのだ。当然、以前よりましにはなったとは言え普段使わない筋肉を使い、使わない場所を開発され、サンジの体は悲鳴を上げている。
だがそんな事を言っている場合でもなさそうだった。
相手はガレオン船一隻。掲げている海賊旗はそうとう古ぼけている。それだけ歴戦の強者と言う訳だろう。それとも、たかがグランドラインの半ばにも当たらないこんな場所で足止めを喰らっている弱者か。
どちらかは分からない。
「ナミさん、ビビちゃん、下がってて!」
「え、ええ」
ルフィはまず、ゾロを連れて敵船へ向かって行った。本船は彼等がどうにかするだろう。
かぎ針がメリー号へいくつも掛けられる。それを防ぐのが、こちらの役割だ。
ウソップが火薬星を連打してロープを断ち切ったり、乗り込んできた敵にはしっかりと蹴りをお見舞いしてあげたりと、忙しい。
チョッパーも人型に変身して、怪力を生かし敵を海へ投げ捨てている。
そう大した敵でもなさそうだった。このメンバーでどうにかなるだろうレベル。
本船はさすがに船長も居ることだろうし、心配に価する程の事じゃない。
時間の問題だな、と、振り下ろされたカトラスをひょいとよけ、そのまま持ち主を脳天から踵をお見舞いした。
腰の鈍いだるさは残っているが、動きに差程支障が出る訳ではなさそうだ。
それにほっとしつつ、次々襲ってくる敵を片付けて行く。一対一が二になり三になり、再び一になりゼロになる。気を抜く間もなく次の相手にこちらから仕掛けてゆく。
「ヤベっ」
彼等が向かったのは倉庫の扉だった。その先には女部屋がある。彼女らはきっとそこまで降りず、いざと言うときの為に倉庫で待機していることだろう。彼女らも実はしっかりと戦えるのだ。
だが、こんな些細な戦闘に持ち出すには、勿体なすぎる。それに海賊は女性が少ない。女と言うだけで狙われる確率も高くなるのだ。
たんっ、とその場を蹴って倉庫の扉に手を掛けた男の脇を蹴った。面白いように吹っ飛んで行った。
「サンジっ」
だが、その瞬間だ。
銃弾の音がした。脇腹に、熱が走る。とっくにヤったと思っていた男がまだぎりぎり意識を保っていたのだ。そして、銃を狙いも定めずに撃った。当たったのは不運な偶然でしかない。
「くしょっ、おれの一張羅をどうしてくれる!」
男の手を、全力で踏みつぶした。その痛みにか、相手は絶叫を上げた内に意識を失う。
「サンジ、大丈夫か」
「へーきへーき。ほら、まだやってくるぜ。とっとと片付けちまおう」
黒のスーツが幸いした。出血を隠してくれる。
これを片付けない限り、貴重な戦力である自分とチョッパーふたりが抜ける訳にはいかなかったのだ。戦闘は二時間あまりに及んだ。
数がとにかく多かった。
途中、本船を落としたルフィとゾロが戻ってからは格段にスピードアップしてとんとん拍子に片付いて行った。
そして、立っているのは麦わらの一味のみ。
そうなってようやくサンジは膝をついた。
さすがに血を流しすぎたらしい、気が抜けた瞬間にくらくらした。
「サンジ、どうした!?」
小さくなった船医が駆け寄って来る。その合間にも、くらくら世界が歪むのは激しくなって行き、徐々に暗くなってゆく。あれ? と思う間もなく世界はブラックアウトした。
目が覚めると、間近に仏頂面があった。
「んだ、てめェかよ…」
見たくない顔だ。再び目を閉じる。
「無茶すんな、てめェ。この程度で良かったようなものの、貫通してなかったらヤバかったってチョッパーも言ってたぞ。骨も筋もイってないってよ、良かったな」
「よけ方も超一流なんだよ、俺は」
「そんなら、そもそも当たったりすんな、アホ」
気配が遠ざかっていく。さすがに重傷の自分に手を出す程のバカじゃなかったかとほっとする。
しばらくして、チョッパーがやってきた。きっとゾロが呼びに行ったんだろう。
時計を見れば、丁度15の場所を指している。多分これは午後ではなく午前だろう。夕食はどうなったのか気になった。
「脈はちょっと早いかな……銃で撃たれてるから、発熱してる。ちょっと待ってね」
とことことひずめの音が遠ざかっていったと思えば、蛇口を捻る音がし、再び戻って来た。
冷たいタオルを額に乗せられる。気持ちよさにほっと息をついた。
「輸血が出来ればいいんだけど、サンジの血液型はちょっと特殊だからほかのみんなに頼めないんだ。これから、ストックを作っておかなきゃいけないな」
「別にそんな大げさにしなくていいって。どうせ明日にゃ治る」
「ば、バカ! そんな事ないんだからな! 出血量がハンパなかったんだぞ! サンジのジャケットなんてしぼらなくったって血が垂れてくる状態だったんだからな! 生きてるのが不思議なくらいなんだ、自覚してよ!」
「ごめん、ごめんってチョッパー」
途端愛らしい小動物から医者の顔になったチョッパーを、ひとまずなだめる。
そう痛みはない。意識を手放す直前のくらくらとした感覚もなかった。そうおおげさなものだとは、やはりサンジは思えない。
「とにかく絶対安静だからね。明日いっぱいは守ってもらうよ」
「おい、ちょっと待て待て。おれはコックなんだぜ?」
「コックの前に、けが人だ。おれはそんなの許さないからな」
「……今日の夕食はどうしたんだ?」
「? ナミが作ったぞ」
「ナミさんが?! くぅ…あの白魚のような手を、そんな!」
ひとしきり悶えた後で、サンジはウソップに作らせるように告げた。彼はひとり暮らしが長い。それに手先が器用だ。食事くらいは作れるだろう。
グランドラインの最中、次の島までどれだけ掛かるのかわからない現状では食材の無駄は命取りになる。それを理解しているだろうとの信頼もあった。
「分かったよ、伝えとく。それじゃあサンジは寝てね。あ、鎮痛剤打っとくから。沈静作用もあるから、気持ちよく寝れると思うよ」
「そっか。さんきゅな」
そしてチョッパーはごそごそとドクターバッグをあさって、目当てのものを見つけたようだった。
注射器に何か分からないが鎮痛剤とやらを吸い込ませ、サンジの腕に針を刺す。
正直、これがなにより痛かった。まさかと思ったのだ。
「じゃあ、おやすみ。朝まで寝れると思うから、ゆっくりしてね」
と、チョッパーはでて行った。
腕のちくりとした痛みがまだ後を引いている。
脇腹を撃たれたのに比べれば些細なものなのに、なんてことだろうか。
だがチョッパーが告げたのは本当の事だったようで、次第にうとうととし出した。眠気がやってくる。散々寝たはずなのにな、とは思いはすれ、こんな時間に起きててもなにもすることはない。調理台に立つ事も出来ないのだ。
そのまま眠気に任せて、眠ってしまおうとした。
その時に扉が開いた。
誰だろう、とのっそり視線だけを向ける。
「寝てろ」
ゾロだった。
ああ、とも、うん、とも言えずに自分はずるずると眠気に引き込まれていく。
温くなっていた額のタオルを替えられた。気持ちよかった。
そして、髪を撫でられた気がした。それも気持ちよかった。
熱にうなされて、夢を見ていたのかも知れない。
続く