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全て夢で終わる


 目を覚ますと言った感覚に、違和感を覚えた。
 同時に体中に響く、悲鳴。痛みが体を苛む。
 死んだ筈だった。なのに、何故ここにいる?
 目が覚めると同時に機能し始めた冷静な頭は、直前の出来事を明確に覚えていた。暗い部屋の真ん中、ふわふわのベッド。リネンは多分絹。こんな場所で眠っていていいはずがないはずの自分に、動揺した。たったひとりだった。解答を与えるものはいない。
 もしやコードが委譲されていたのかととっさに考えるが、それならこの苛む痛みに理由が付かなかった。もしや、と、思う。
 もしや、最後に。
 彼は裏切ったのだろうか。
 丁寧に巻かれていた包帯をすべてほどいた。ガーゼには血が滲む。痛みに顔をしかめながらそれも外せば、縫合の跡。
 ああ、やはり、と思った。
 彼は裏切ったのだ。自分は生かされてしまった。


 わずかの時間もしない間に、扉が開かれた。モニタされているのだろう。
 姿を現したのは、ゼロだ。いや、ゼロの扮装をした、スザク。
「スザク、お前!」
「枢木スザクはもういない。ここにいるのはゼロだ」
 変成器を通した声は、冷たく聞こえる。こんな風に響いていたのかと改めて思ったが、そんな場合ではない。
「約束は違えられた、もうお前がスザクの名を捨てる必要はない」
「いいや、あるよ。君は生きてはいるけど、一生もう表舞台には立てないだろう。なら、僕だって同じだ」
「詭弁だ」
 どうして、俺を生かした! そう問えば、彼は軽く首を左右に振り、何も答えなかった。
 心臓は貫通しなかったものの、重傷には違いない。ベッドから降りて動くには支障があった。情報源は目の前にいる、ゼロだけだ。
「俺は、死ななければならなかった。そうしなければ何もかもの意味を失う」
「死ぬ必要はなかった。君が表舞台から派手に姿を消せば、誰もが死を思う。死ななくても良かったんだよ、生きてても良かった」
「ギアスの代償は! 俺は何万人も殺した。それなのに……っ」
「それは、これからの人生で償ってもらうよ。平和な世界を作ってもらう。シュナイゼルもいる、だが君の頭脳も使える筈だ」
「そんな、ことで……っ」
 死を受け入れたから、奴隷を作った。多くの人間を苦もなく殺した。必ず自分も死ぬからとの約束をして、ギアスを掛けたのだ。
「無責任、だよ。後の世界は僕たちに任すなんて。まだ、君には苦しんでもらうよ」
「………っ」
 それだけ告げると、スザクは部屋を出た。
 残された部屋で両手を握りしめた。痛みは強い。まだまだあれから時間が過ぎて居ないことは血の乾きがない事からも分かる。
 しばらくして、咲世子がやってきて包帯をもとに戻したが、問いかけには一切答えはせず、無言を貫いた。彼女はそういう人間だ。命があればそれに従う。スザクから、何も答えないようにとの命令を受けていたのだろう。





「スザク、やりすぎですわよ」
 隣のモニタルームには、神楽耶がいた。たしなめるように告げると、これくらい彼には必要なんだと冷静に返した。
 殺したくなかったのは、自分のわがままだった。ルルーシュの生を知っている人間は少ない。本当は神楽耶にも隠しておきたかったのだが、彼女特有の押しの強さと肩書きに負けてしまった。不審を、感じていたそうだ。しかし超合衆国議長として、今後ルルーシュが陰で政治に携わる事になれば、彼女は知っていても良かった。
「どうせ、文句しか言わないよ、彼は。だから事実を告げるしかないだろう?」
「ゼロ――、いえ、スザク。仮面を脱いでは?」
「聞いていたんだろう? 枢木スザクはもういないんだよ」
「でしたら甘いですわ。ゼロ様は自分の事を『僕』なんて呼びません。『私』とお呼びになりますわ」
「そうか…しまったな」
 苦笑を浮かべる。尤も、仮面の中だから彼女には分からなかっただろうけれども。
「ひとまず、ルルーシュの傷が癒えるまでここに幽閉する。神楽耶も誰にも言わないように」
「わかりましたわ。妻の役割ですもの、ここはわたくしが…」
「そういう訳にはいかないだろう。君には君の役割がある。ここには既に人を手配してある、問題はない」
「そうですの…。では、仕方ないですわね。分かりました。外聞はしないようにいたしますわ」
「そうしてくれ。じゃあ、君は戻ってくれ。私は手配した人間が来るまで待っている事にする。まだ私の出番ではないからな」
「あら、随分ゼロらしいですわ。その調子でよろしく。では失礼します」
 華やかに笑って、彼女は出て行った。全く、彼女にはいつもいつだって適わない。
 苦笑を浮かべるしかなく、静かにスザクはモニタを見上げながら席についた。モニタの向こうの彼はおとなしく咲世子の手当を受けているようだった。





 あのとき、自分は急所を微妙に外した。人をさした事はあの頃以来だったけれども、まだ手に残る感覚は覚えている。その感覚に泣きそうになる。もし誤ればどうすればいいだろうと恐れも抱いていた。それに、察しの良いルルーシュに直前まで気付かれないかどうかもひやひやしていた。
 話を持ちかけたのは、ジェレミア卿、ただひとりだ。そして彼の口からアーニャへも伝えられた。そして、咲世子にも。いずれも信用に足る人物で、ルルーシュが生きている事を知っているのはこれが全てとなった。
 このまま、日本にいるよりジェレミアのミカン畑へ連れて行った方が良いだろうとの意見交換も済んでいた。彼は当分、人目に付かないほうが良い。悪逆皇帝とされた彼が生きていれば、なぶり殺しにされる事もありえるだろう。ならば、辺境にある人の出入りもほぼない彼のところがふさわしい。
 彼を憎んでいた事もあった。今もそうでないかと言われれば、言葉に詰まる事もある。
 自分一人死んでしまおうとした事を恨んでいる。残して行く気かと、最初に全て納得済みで立てた計画だったくせに、直前になって思った。情をもう取り戻していた。わだかまりのなくなった二人の間にには七年…いや、八年前の子供の頃からの友人の気持ちを取り戻していたし、学園で再会してからの恋人の時間も取り戻していた。
 お前になら殺されても構わない。お前だから安心して任せられるんだ。
 その言葉がどれだけ酷に聞こえただろう。
 体を重ね、肌を合わせても彼はもうカウントダウンを始めており、そのあきらめの良さにも腹がたった。だから、思いついたのだ。彼は殺さない。一生、自分の側に置いておくと。
 神楽耶が席を外してわずかな時間をおいて、ジェレミアが顔を出す。アーニャも一緒だ。
 彼らは最初からここに居て、神楽耶の来訪に合わせて席を外していたに過ぎない。
「目を覚まされたようですね」
「ああ、酷く怒っているよ」
「仕方ない。約束、破った」
「まあ、そうだけどね」
「でも、ルルーシュが生きているのは、いいこと」
 相変わらず生気の乏しい喋り方をアーニャはするが、わずかな笑みが浮かんでいた。
 彼女もゼロレクイエムの全容を知り、腹を立てた一人なのだ。
「まだ動かすのは酷なようですね。しばらくは、ここで?」
「ああ。私の私邸としてある。人の出入りも制限されているし、敷地外にのみ警護を置いている。最適な場所だろう」
「そうしていると、本当にゼロみたいだな」
 と、ジェレミアは笑った。
「ジェレミア卿が騙されてくれるなら、僕にも出来るだろうね。ゼロを」
「ええ、大丈夫ですよ。ただ、うっかり僕なんて言わないように気をつけてください」
「わかってます」
 神楽耶との会話を知っていたかのような事を言われて、またスザクは苦笑するしかなかった。
 モニタの向こうでは、手当を終えたルルーシュが点滴に繋がれ横になっているのが見える。睡眠薬を混ぜてあるので、しばらくはゆっくり休んでくれるだろうと思った。
 彼がようやく自分だけのものになったのだと、気付けた瞬間だった。
 心は凪いでいた。



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2011.3.25.
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