※この話のギアスは物理現象にも干渉します。
「お前にギアスを与えに来た」
そう、彼女は深夜に訪れた。
その日は一つの内紛を終わらせ、当座の平和をもたらした日だった。数日ではあったが蜂起した一般市民を傷つける訳にはいかず、気の張る時間だったのだ。ようやく気を緩め、私邸へ戻ったスザクは目の前に立っていた人物に目を見張った。
それは、あの時に別れを告げた後、年単位で会えていなかった人物だった上に、ここには他者が入り込めない仕様になっていたからだ。だが彼女ならば苦もなくそれを突破するだろうとも思わされた。どういう手を使ったのかは分からないが。
「どういう、意味?」
「言葉の通りだ。仮面を脱げ、枢木スザク。お前の望みを叶えよう」
「その人物は既に死亡している。C.C.、分かってるな?」
「私の前でまでゼロである必要はあるまい。どうせここには誰もいない。お前にしか出来ない事を叶えてやろうと言うんだ。そして、どうかそれを叶えて欲しい」
「どういう意味だ? まさか君を殺してくれと言う願いなら、ごめんこうむるが」
「そういう意味じゃない。ずっと思っていた事がある――ルルーシュが、生きている世界を見たくはないか?」
「え?」
彼女は、更に言葉を重ねる。
「お前なら望んでくれると思っている。だから、こうやって決意してきた。ルルーシュの生きている世界を、私に見せてくれ」
「無理だ」
「無理じゃない」
そして、彼女は歩を進めた。至近で立ち止まると手を伸ばし、簡単に仮面を取り去ってしまう。
「あ…、C.C.!」
それは、してはいけないことだ。例え彼女であろうとも枢木スザクはもういないのだ。それを、知られてしまっては――と、考え。彼女は元より知っている、共犯者だったのだと思い出した。
彼女も手を貸していた。あのゼロレクイエムで重要な役割を果たしていた。
彼の盾として立ち回り、既に優しく出来なくなってしまった自分の代わりに彼へ緩和を与えてあげた筈なのだ。今更、自分がゼロであることからのけものにする訳にはいかない、とも思ってしまった。
「――お前は強情だな。だからこそ、期待したくなるんだよ」
笑って、彼女はまっすぐに自分を見た。
「ギアスを与えよう。お前の望む通りの世界を手に入れるために」
「C.C.。それは――無理、なんだよ。死んだ人間は生き返らない」
「それはどうかな?」
そして、衝撃が訪れた。
世界が一度分裂してしまう感覚。C.C.の声。お前は生きる理由がある、そして、人の理とは違う時間で生きる覚悟もあるだろう? ――と。
いくつもの流れ込む情報と自分が一人ぼっちで立ち竦む感覚。そこから我を取り戻した時には、もう彼女は微笑みを顔から消していた。
「出来るな?」
「――ああ」
自分に与えられたギアスは、不思議と分かっていた。最も強い望みが能力になるのだと彼女は言う。だから、お前に賭けたのだと告げた。
「僕に、出来るのなら。僕なら、出来るから。僕ならやってみせる」
「頼んだ」
泣きそうな顔で彼女が微笑んだ。彼女の記憶もいくつか契約時に流れ込んできた。彼女もまた、ルルーシュの事を特別に思っていたのだ。恋情とは別に、今まで契約してきた誰よりも強く印象に残る彼を失った事を悔いていた。
最後まで流れを止められなかった自分と、同じように。
赤く飛ぶ鳥が自分を包み込むような気がした。ギアスが発動したのだ。
「任せた」
との彼女の声を最後に、自分は意識を飛ばした。
「まさか、こことはね」
神根島へ向かうランスロットの中だった。時間は分かっている。特区日本が夢と散り、血塗れの惨劇が終わった後の世界だ。
自分に与えられたギアスは、時間跳躍。過去へ戻る力。
どこへ戻るのかは分からなかった。ただ、ルルーシュの生きている時間を願った。
それが、ここだと言うのだ。
ランスロットのコックピットで苦笑が浮かんだ。
今はもう、知っている。目の前で撃たれた自らの主がギアスに掛かっていた事、そしてそれが事故であったこと。ルルーシュも静かに泣いていたことを。
憎しみに駆られ追って居たはずのコックピットで、スザクは苦笑のうち、涙が流れてきた。
この世界では、まだ彼は生きている。
その喜びにだ。
「ゼロを、止める。それが必要なんだ。ルルーシュ、ごめんよ」
神根島へ到着すると、追って来た紅蓮の気配も感じられた。あのときと同じに彼女もゼロの素顔を知る事となるだろう。そして二人で説得すればいいのだと思った。話し合えば、きっと分かる事もある。消えたナナリーを助ける事も出来るかもしれない。
乾いた洞窟内を歩きながら、どうすればいいのかを組み立てる。
彼には自分がルルーシュだと言うことを認めてもらわなければならない。もしくは自分が知っているのだと告げなければならない。
歩いて行くうちに、Cの世界へ繋がる扉に対している彼の後ろ姿が見えた。
――変えて見せる。
あのときと同じに、銃弾を一発はなった。
そこで気付き、振り向くゼロ……ルルーシュの姿。
「仮面を取ってくれないか。もう、知っているから。君がルルーシュだと言うことを」
明らかに息を呑んだ彼は、全ての動きを止めた。そして、あのときと同じようにユフィの罪を告げようとする。
「そんな事はどうでもいいんだ、ルルーシュ。仮面を脱いで。そして、こちらを見て」
「ル、ルーシュ…?」
「カレン。君も知っていてもいいだろう。そこに立つゼロは、ルルーシュだ」
そして、君からも説得してくれ。
かたくななルルーシュは、仮面を脱ごうとしなかった。自分がルルーシュだとも認めない。だとすれば、こうするしかない。
銃弾を、額の上に当てた。ぱくりと裂ける、仮面。
その下から覗いたのは、ああ――あの時と変わらない。冷たい目をしたルルーシュの姿。
「いつから」
「信じたくはなかった。だが――そんな事はどうでもいいんだ。ルルーシュ、今からでもやり直せる。ゼロを終わらせるんだ!」
「スザク! ……何を企んでいる? そんな事をしてもユーフェミアは戻って来ない。ゼロであることは自分には必要な事」
そして、ゆっくりと彼は銃を持ち上げた。
「それより、必要な事がある。ナナリーが連れ去られた。この中にいる。助けてくれないか」
「君がゼロを終わらせてくれるなら」
「それは!」
まっすぐに向けられた銃口が、密かに揺れていた。
「脅すのかい? 当たるとでも思って?」
「スザク!」
「脅さなくても手伝おう。ただ一つだけ約束してくれ。ゼロは必要ないんだ、やめてくれ。そうしなければ、君は――」
「お前には分からない! こうしなければ生きていけない自分達の立場を」
「君にも分かっていない事がある。そうすればどんどん狭められてゆく君の生き方を」
「分かっている。何もかも失っても、俺は――っ」
「ルルーシュ!」
放たれた銃弾を避け、自分も反射的に引き金を引いた。彼の銃をはじく。そして、体技を使って彼を押さえ込む。
――このままでは、あの繰り返しだ。
「ナナリーは助けよう。だから頼む、ゼロを辞めてくれ。辞めてくれないのなら…」
「脅しか?」
「いや。君を監禁する。それで、ゼロは消える筈だ。君さえ表部隊から姿を消せば、自動的に黒の騎士団も崩壊する。日本は僕が解放する、だから!」
「出来るものか!」
「やってやるさ!」
そして、殴りかかろうとしてきた腕を止め、彼の首筋へと手を伸ばした。頸動脈を捕らえる。衣服越しに押し締める。
「ス…ザ、ク………っ!」
憎々しい目で彼は自分を見上げてくる。分かっている。それでも構わない。彼が死なないので、あれば。
そして、彼は意識を飛ばした。落ちたのだ。
「殺したの?!」
「いや。君からも説得して欲しかったんだが――無理だったようだね」
「だって、ルルーシュが、なんで」
「彼には彼の理由があった。知っていたんだろう? ゼロが日本人でないことは」
「…ええ」
「彼の身はしばらく自分が預かる。いいね」
とっさに銃を構えた彼女へ、自分も銃口を向けた。
「殺す訳じゃない。ゼロを終わらせるんだ」
「黒の騎士団は」
「君たちがどうにかすればいい。君たちの組織だ、僕が関知すべき問題ではない」
「卑怯よ、ゼロを人質に」
「違う。これは、ルルーシュを守る為の」
「詭弁だわ。私たちには必要なの、ゼロが」
「頑固なのは、ルルーシュだけじゃなかったか。君もそうだったね」
ゆっくりとルルーシュを床へ横たえると、その動きが嘘のように身を走らせた。
彼女の身体能力は理解している。女性であるという弱点を差し引いても、自分が気を緩めて良い相手ではない。KMFの戦いでも十分に理解していた。だから、不意を突くしかないのだ。
「なっ」
いきなり直前に来たスザクにカレンはとっさに対応出来ないようだった。当て身を喰らわせる。
「……っ、卑怯…も、の」
ずる、と体を崩す。最後の意地で放った銃弾は明後日の方向へ飛んでいった。
「すまない。こういうやり方しか僕には出来ないんだ」
意識を失った彼女へ、告げる。もう少し優しく出来れば良かったのだけれど、ルルーシュと違って彼女には手加減など出来る筈もなかった。かつて神根島へ飛ばされた時にも理解しているのだ。
これで、立っているのは自分一人になった。
ルルーシュの元へ戻る。
彼は苦悶の表情を浮かべて意識を飛ばしていた。
その表情が痛々しくて、目元を緩めてやる。
そして、ゆっくりと抱きしめた。
「ルルーシュ…」
暖かい。そして、鼓動が聞こえる。自分が止める前の、きちんと脈打つ鼓動だ。
そして、そんな未来は作らせないと決意した。彼をゼロにしない。
「今度は、絶対に守るから」
今一度ぎゅ、と抱きしめるとそのまま抱きかかえてランスロットへと戻った。
彼の意識は戻らないままだった。
街へ戻ると、黒の騎士団の戦況は惨憺たる有様だった。トップを欠いては立ちゆかない――ルルーシュがいてこその集団だったのだと今更ながらに思わされる。
だが、それで良かった。混乱に乗じてランスロットを隠し、ルルーシュを安全な場所へと避難させる。彼をこれから監禁する場所だ。そして、これからの彼を変えて行く場所。
トウキョウから離れた場所の方が良かった。
シズオカに、決めた。フジが近い小さな街。かつて自分の住んでいた枢木神社のある街。
その片隅に、住処を決めた。
彼が意識を取り戻しても逃げられないよう、いずれは出て行けない場所を作るつもりではあったけれども当座しのぎとして、彼の両手両足に枷を付け、外れないようにした。
憎まれるだろうが、それでも良かったのだ。
未来から来た、と言って彼は信用するだろうか? と考えありえないと即座に結論づけた。
だが、この先の事を告げるだけは告げておこうと思った。
彼が目を覚ましたのは、日も暮れた時間だった。断線しているのか、電気は来ていない。真っ暗な室内で、彼は自由がない事に気付き酷く悪態をついた。
「これからの君を話しておこう。僕は君を皇帝に売る。そのことで、僕はラウンズの座を手に入れ、君は記憶を書き換えられC.C.を呼び寄せる為の餌として学園で籠の鳥の生活を送る事となる」
「なにを…」
無視して、続ける。
「だが、君はC.C.と再会することによって記憶を取り戻し、再び僕を欺いてゼロを再開させる。今度の君は世界が舞台だ。中華を手に入れ、超合衆国を作り上げる。だが、君の兄シュナイゼルによって黒の騎士団へは正体を明かされ、裏切られる事となる」
「嘘だ!」
「事実だよ」
「そして、君は父親の皇帝を殺害するに至る。君の母と共に」
「母さん……と? どういう」
「君の母親はギアス能力者だった。アーニャの中でずっと生きていた」
「ギアスだと? そうだ、そもそも何故お前がギアスを知っている」
「それに答えるのは簡単だけど、面倒な説明も付随する。聞くかい?」
「――戯れ言だが、聞いてやろう」
暗闇に慣れた目が、ルルーシュに一定の冷静さが戻った事を自分に示して来た。
彼の頭の回転は速い。自分が狂ったと思っているのだろうか、それとも――いや、どう思っているのかなんて、彼の頭の中だ。分からなかった。ただ、話を聞く姿勢になったと言うことだけでも僥倖だと思う事にした。
「C.C.と君の母上は、知り合いだ。かつて、契約を交わしている。得た力は人の記憶を渡る力。そして、V.V.と言う人物がいる。彼は皇帝の兄でC.Cと同じコード保持者で、君の母を暗殺した実行犯だ」
「な…っ」
「そのV.V.に僕はギアスの事を教えられた。ユフィが殺された直後に」
「……」
「V.V.はギアス嚮団というものの首魁だった。それを君は壊した。だが、V.V.からコードを引き継いだ皇帝は世界を今日と言う日で固定させるため、アーカーシャの剣と呼ばれるシステムと思考エレベーターと呼ばれるシステムを用いて、皇帝の考えに賛同する君の母と共に行動を起こそうとした。それを阻止したのが君だ」
「良く、分からない。どういう意味だ。今日と言う日を固定?」
「全ての人間の垣根を崩すと君は言っていた。死んだ人間とも意志を交わせ、嘘のない世界にするために彼らは動くと言っていた」
「嘘だ、あいつは…」
「嘘だと思うなら、そう思えばいい。ただ、僕が述べているのは単なる事実だ」
「そして? それからどうなるんだ?」
面白くもない作り話でも促すように、彼は言う。
「そこで、僕たちは和解した。和解せざるを得なかった。ひとつの目的の為に、手を結んだ。ゼロレクイエムという、世界の憎悪を君一人に集め、ゼロが殺害するというシナリオを書いたんだ」
「はっ、俺がお前と手を結ぶ? あり得ない。ずっと手をはじいて来たのはお前の方じゃないか」
「……君が。ゼロがルルーシュだと知っていれば、最初から話してくれてさえいたら、選べた方策もあった。でも、これも今は関係のない話だ」
関係がない、と言われ彼は傷ついた顔をした。
そう。言える筈もなかったのだ。そんな状況を作り出したのは自分でもあった。スザクは当初より徹底的にゼロの存在を否定していた。
だが、今は関係ないのだ。
「そして、そのシナリオは結実した。君は皇帝になり、黒の騎士団のCEOとなり、そして超合衆国の議長となって全ての権力を掌握し、恐怖政治を敷いた。ゼロになったのは、僕だよ。僕が君を殺し、世界は平和になった」
「めでたしめでたし、か」
「だが、君はいなくなった。僕が殺してしまったから――それを、悔いるのは、ルール違反だと分かっていた。だけど無理だった。僕は君の事が好きだったから」
「……っ」
「君も知っているよね。そうじゃなきゃ、お互い肌を重ねたりしない。君も、僕を好きだった筈だ。だから僕の手に掛かった」
「利用しただけだ」
「声音が違うよ、ルルーシュ。君は嘘つきだけど、心までは隠せない。ずっと、知っていたのに」
どうしてゼロが君だと確信をもっと早く持てなかったのだろう、と後悔していた。ずっと。
否定したがっていただけだと、今では分かる。
「それが、これから起こる全てだ」
「面白いお話だった」
「それを、僕は阻止するためにいる」
「お前が? 話が違うじゃないか。お前は今から俺を皇帝に売るんだろう?」
「そうはしない。その行動が間違っていたんだ」
ラウンズになって何を得た? 国を変える事なんて結局出来なかった。全てを為し得たのは結局ルルーシュの行動のみだ。
「君をゼロへ戻させはしない。でも、国を変える事はきっと出来る。その方法を探していきたい」
「無理だ。お前は俺を皇帝に売るだろう、そうした方がお前にとっては効率が良い筈だ。ラウンズになれれば、持てる権力も増える。日本を取り戻す為の行動も取りやすくなるだろうし、内からブリタニアを変える? それもしやすくなるだろう。全てがお前に取って良い方向へ向いている。しない筈がない」
「した結果、僕は裏切りの騎士と蔑まれる事となる。何も手に入れるものはない」
沈黙が落ちた。
ルルーシュも口を開かない。自分もだ。
これから、どうすべきかを考える。
ゼロレクイエムではなく、世界を変えて行ける方法はきっと存在する筈だからだ。
ルルーシュと早くに手を結べば良かったのだ。そうすれば、彼を殺す事はしなくて良くなる。
利己的な理由だなと自嘲が浮かんだ。
だが、それが今自分が動いている全ての理由だった。
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