また、ここなのか――と、スザクはため息をついた。
戻って来たのは神根島へ向かうランスロットの中、血塗れの惨劇が終わった後の時間だった。
戻れる時間は選択出来ないのか、それとも偶然にふたつが重なっただけなのかは今のスザクには判断出来なかった。ただ、今回もここからやり直すしかないと言うことだけだ。
出来ればもっと早い時間が良かった。まだ自分がルルーシュ=ゼロを認めようとしなかった頃。
あの頃に戻って、ルルーシュの頬でも叩いてやりたかった。そして手を結ぶのが一番いい選択に思えた。今は、既に惨劇が起きてしまった後だ。現実でも自分はもうゼロ=ルルーシュとの構図を――それでも期待しながら――半ば認めてしまっている。
ここから始まったのでは、仕方なかった。ここからやるしかないのだ。
ただ、前回のやり方は失敗だったことだけはスザクも理解していた。
彼は信じない。絶対に。
それなら、別の方策を考えなければ行けない。
紅蓮の付いて来る途上、スザクはずっとその方策を考え続けていた。
乾いた洞窟の中だ。足音が響く。
憎まれても構わない、なんて嘘だ。そんな乱暴なやり方は今回はやめようと思っていた。誠心誠意話して通じる話でもないことは分かっている。ただ、今までとは違う方法を取りたいと思っていた。
「ルルーシュ」
Cの世界へ通じる扉。それを開けようと躍起になっているゼロの姿へ、自分は出来るだけ優しい声音で呼びかけた。
「……っ、スザクッ!」
彼は酷く驚いた顔をして、振り返る。
「まさか…ルルーシュが? なんで?」
ついて来ていたカレンが、小さくつぶやく声が聞こえた。ただ、今までとニュアンスが違う。それはそうだろう。彼はまだ仮面を脱いでいない。
「知っているんだ、もう。だから、仮面を脱いで話をして欲しい。どうして、ゼロになったのか。差し伸べられていた手をはじいていたことは、今、謝る。だからお願いしたい」
「……っ、どういう――」
動揺もあらわにした声でこちらをまっすぐに見ていた視線が、多分外された。
「違う、私はゼロ。誰でもない存在だ」
「いいんだよ、ルルーシュ」
彼は取り繕い始めた。時間をかけなければいけない。前回のように駆け足ではいけない。彼に不審を与えてはいけない。その三点を心に命じて、ただスザクは優しく呼びかける。
「いいのか、虐殺皇女の騎士よ。敵を目の前に、そのような態度で」
「構わない。僕は君をどうこうするつもりでやってきた訳じゃない。ただ、話し合いがしたいだけだ」
「そこで罪を問う訳か。正しくあろうとする者のやり方だな」
そう言うと、乾いた声であざけりの笑い声が与えられた。
「どう思われようと構わない。仮面を、脱いでくれないか。君の目を見てちゃんと話したい」
そして、今までの調子からがらりと反転させて勢いを付けて走り出すと、ゼロの前へ立った。
一拍遅れて反射的に銃へ伸ばした手を、やんわり押さえる。
「必要ない」
そして、ゴメン、と思いながら仮面のギミックに手をかけた。今ではもう知りすぎている仕掛けだ。簡単な事だった。近づきさえ出来れば、仮面など簡単に外す事が出来るのだ。
溢れ出す黒い髪。至近の距離で驚きに見開かれた目は甘い紫。手にした仮面は、投げ捨てる事なくそのまま持ち続けた。これは、彼の大事にしていたものだ。
「ほら、ルルーシュだ」
「……っ、違っ」
慌てて、彼は自分の顔を隠そうとした。だがもう遅い。
「僕はもうしっかり目に焼き付けた、その声も、顔も、髪も、全て知っている」
「どうして、お前はっ」
「ずっとそうじゃないかと思っていたのは確かだ。確信を得たのは――いつだろうね」
内緒だよ、とこの場にふさわしくない声で告げて笑えば、彼の動揺は更に激しくなった。
「こんな無理矢理な事は、本当はしたくなかった。君が自分でルルーシュだと認めてくれて、僕を呼んで欲しかった。でも、今は無理だよね」
「当たり前だ! 俺はお前の敵、お前は俺が憎くてしょうがない筈だ」
「そうじゃない事は、今の僕を見て分かってもらえると思うんだけどな」
苦笑して、隠す事を諦めた彼の目をまっすぐに見る。
「まさか、お前――」
「なに?」
「皇女を――ユフィを、見捨てたか」
「そうじゃない。彼女の事は今でも敬愛している。でも、それより大事な人が出来た。いや、いたんだ。ずっと」
言葉を切り、改めて彼を見た。
言葉じゃなくても分かるように、でも、きちんと言葉にして。
「ルルーシュ、君だよ」
「なら、お前はなんで!」
「手を振り払った事は、今、謝る。僕は君がゼロとして動くことに肯定的ではなかったね、ずっと。そしてその思いは今も変わっていない。君にゼロでいて欲しくないとは思っている」
ぎり、と彼は唇を噛む。
緊迫しないムードに拍子を抜かれたか、カレンが壇上に姿を現した。
「驚いた。本当に、ルルーシュ?」
「カレン」
視線を彼女へ向ける。彼も同じくだ。
「この通り、お前たちの指揮官の正体だ。仮面の中身はお前も知りたかっただろう?」
静かに息を吐いた後、不遜に彼はそう告げる。
彼女は欠片も笑わず、「ええ、そうね」と応えた。
「知りたかったわ。私たちを導くゼロは一体だれなんだろうと。貴方が、誰だって構わないじゃないかと言う姿勢を貫いたから私もそれに賛同した。――ゼロはゼロ。私は貴方に従います」
「カレン!」
驚いたのは、スザクの方だった。こんなシナリオは期待していない。
まっすぐに自分へ銃口を向けた彼女とは距離がある。ルルーシュとは違い、彼女の射撃の腕は正確だろう。この距離を詰める間に撃ってくるに違いない。
「邪魔は、させない」
カレンの切迫した声。
「ルルーシュ! 違うんだ、やめさせてくれ!」
「何が違う! 親切ごかしの同情は今、俺には必要ない。ナナリーが行方不明だ、この中にいる事だけは確かなんだ、時間がない!」
「ナナリーが?!」
カレンの驚きの声。
「そう、ナナリーだ。俺は妹と俺の生きる世界を作る為に今まで動いて来た。日本は解放される。そこが安住の地となる筈だった」
「スザク…あなたの差し金?」
「違う、誤解だ!」
至近の距離で、ルルーシュすらも銃を構えていた。
「邪魔をしないでもらおう」
「ナナリーなら、本国にいる!」
パーン、と破裂した音は天井へ向けて放たれたカレンの威嚇だった。
「え? どういう…意味だ。この距離を、どうやって。またナナリーを政治の道具に利用しようと言うのか!」
「違う、彼女自身の意志だ」
「あの状況からナナリーが一人で出られる訳がない。あいつの意志じゃない!」
外しようもなく、ルルーシュの銃口は自分の心臓部分へめり込ませてきた。
「お前がどうしてブリタニアなんだ。おかしいだろう。日本人であるお前が、ブリタニアを名乗りお前も妹のように思ってくれていると思っていたナナリーを利用する。それが復讐か? そんな世界なら、俺は……っ」
「やめてくれ、ルルーシュ!」
「お前は、もう必要ない。もう、いらないんだよ、ブリタニアは必要ない、スザク」
彼の目には、うっすら涙のようなものが浮かんでいた。
赤い鳥が飛来した。
命を失う前に、ギアスが自動的に発動したのだ。
衝撃は体に感じられなかった。
そして、再びコクピットの中だった。時間の選択は、出来ないようになっているらしい。
スザクは静かに、涙を落とした。
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