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スケープゴード4


 時間は、ない。
 感傷に浸る時間はないのだ。
 ルルーシュが自分を殺したという事実は違う時間軸の出来事だと割り切ろうとスザクは必死で努力した。まもなく神根島へついてしまう。どうするかまだ何も決める事が出来ないでいる。
 無策では無理だと分かっていた。だが、どうすればいいのかルルーシュ程優秀な頭脳を持っていない自分には早くも行き詰まりを感じ始めていた。
 焦るばかりで時間が過ぎて行く。いっそ、神根島へ行かないと言う手もあるんじゃないかと思えた。そうした場合、どうなるだろう。ナナリーはV.V.がさらった。自分が動かないだけで現実と同じシナリオが用意されているだけなのではないかと思えた。
 V.V.がルルーシュを皇帝へ差し出す――いや、それはない、と思った。
 マリアンヌ皇妃の息子を、皇帝へ差し出す筈がない。あの二ヶ月の間に聞いた話では、彼は弟である皇帝シャルルへの依存が高かったという。マリアンヌを殺したのも、奪われるのを恐れての事だったと。ならば、ルルーシュが殺されてしまう可能性の方が高いだろう。
 では何故ナナリーは無事、本国へ戻されたのだろうか。
 答えはない。ただの気紛れと考えるしかないだろうか。それともマリアンヌに余り似ていない彼女だから戻したのだろうか。ルルーシュは、マリアンヌと外見が良く似ていると言われている。
 男女逆転祭の時も、ナナリーが言っていた筈だ。きっとお母様のようだろう、と。
 実際、自分の目で見た彼女も皇帝よりもずっとマリアンヌ皇妃にルルーシュは似ていた。黒髪と甘い紫の瞳。整った顔立ちと堂々とした立ち振る舞い。
 ダメだ、と思った。
 ルルーシュがもっと先に殺されてしまう可能性のあるシナリオになど任せられる筈がない。
 だが、どうすればいいのかがスザクには分からなかった。
 ルルーシュに殺されたという衝撃からまだ立ち直っていないのだ。
 頭はまだ正常に回転しない。
 そのうち、神根島が見えて来た。どうすればいいのか分からないまま。



 機体を降下させて、だがまだコクピットから出られないでいる。考えがまとまっていないからだ。時間はないと言うのに。
 じきに、カレンの紅蓮も追いついて来た。彼女はまさかこの機内に自分が乗っているとは思わなかったのだろう。そのまま飛び降りて、しばらく迷った末にここしかないだろうと洞窟内へと入って行った。
 彼女がルルーシュを救い出すシナリオ。それはどうだろう。
 それは、ゼロが再び立つという事に他ならない。
 だが、ゼロを続ける限りルルーシュに未来はない。
 それは阻止しなければならなかった。だが、どうやって?
 迷い続けている間に、カレンは再び紅蓮の元へ戻って来た。不審そうな顔をして、ランスロットを見上げる。自分がいなかった事をいぶかしんでいるのだろう。だが、彼女もそう時間がないようだった。紅蓮を起動させると、そのまま洞窟内へ入っていく。
 なるほど、と思った。
 紅蓮を用いてCの世界へ続く扉を開けるつもりなのだ。
 そこで相対するのは、ルルーシュとV.V.。ナナリーはそこに居るだろうか。
 まるで傍観者の立場で、スザクはようやくコクピットから降りた。静かに洞窟内を進む。派手な破壊音が聞こえて来る。カレンが無理をしているのだろう。
「物理的にあれは壊せるものなのかな…」
 と、考えて、ルルーシュがかつてC.C.を待たずにあの中へ入った後、全てのシステムを爆破していた事を思い出した。そう、破壊出来る。中へ入る事も、多分V.V.が望んでいるのだから可能だ。
「随分乱暴だね、マリアンヌの息子」
 子供の声が聞こえた。聞き覚えのある、V.V.の声だった。
 駆け足で、スザクは洞窟の先へと進む。最悪のシナリオは回避しなければならない。
「なんだ、お前は……ナナリーは! 無事なのか!」
 カレンがいるにも関わらず、ルルーシュはゼロのまま、自分の言葉で喋っている。
「無事だよ。ちょっと攫っただけじゃないか、大げさだね」
「ちょっと、だと」
「ゼロ…ナナリーとは……」
「カレン、その話は後だ。今は急ぐ」
「分かりました」
 彼女は従順に後に引く。ようやくCの世界へ繋がる扉の全貌が見えたスザクは、かつて訪れた事のあるあの場所が目の前に広がっている事に郷愁のようなものを感じた。
 あの中でルルーシュは両親を消し、そして自分達は手を結んだ。
「ちょっとだよ。僕は君に話があっただけなんだ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
「……!」
 カレンの動揺した気配が伝わってくる。
 この子供の異質さは、彼女にだって分かるだろう。肩を揺らしわずかに動揺した彼の姿も見、彼女はきっとゼロの正体を知ったに違いない。
「君は面白い存在だね。生意気なところはあの女に似ているけど、シャルルにも通じるところがある。さすがだね」
 そう告げると差程面白そうでもなく、彼は笑った。
「何を話したいんだ」
「C.C.を渡して欲しいんだ。僕らはずっと待ってるんだけど、なかなか彼女は帰ってこなくて困ってるんだよ」
「C.C.だと? お前、何者なんだ」
「V.V.だよ。彼女と同じ、コード保持者。対の存在でもある。だから片割れがいないと困るんだ」
「どう、困ると?」
 ルルーシュは一歩後ずさり、異質なものからの距離を取った。C.C.で慣れている筈だろうに、それでも尚彼の存在は異質過ぎた。彼女の存在も知るスザクでも分かる。
「ルルーシュ…? でも、ブリタニアって」
「カレン、すまない。後で説明する」
「後っていつよ! そんな重要な事、見逃せないわ」
「そっちが先でも構わないよ、どうせ待ってた時間は長かったんだ、今更数分遅れても構わない」
 V.V.が言うと、ここぞとばかりにカレンはゼロの元へと駆け寄った。
「あんた、ルルーシュなの? 本当に?」
「………ゼロの正体は、何でもいいんじゃなかったのか? カレン」
「それとこれとは話が別よ!」
 すると小さく首を振り、ルルーシュは諦めたように仮面を外す。
「これで、満足か? その通り、お前達の指揮官であるゼロは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。ブリタニアに捨てられた皇子だ」
「捨てられた…?」
 現れた顔に息を呑み、そして告げられた言葉に衝撃を受けた彼女は反射的にだろう、問い返していた。
「言葉の通りだ。七年前、開戦が決まっていた日本に送り込まれた人質。母が殺された事で後ろ盾を失い、立ち位置も失った俺たち兄妹を父である皇帝は有無を言わせず日本へ送り込んだ。開戦のきっかけを作れればいい、そうとでも思ったのだろう」
「まさか――え、お母さんを?」
「そう。母を失った事は事実だ。父は存在しないも同然。いや、あんなものは父ではない」
「酷いな」
 V.V.が面白そうに言葉を挟む。
「お前は黙っていろ。どうせあちら側の人間だろう」
「そうだよ。僕はシャルルの兄だ」
「兄?!」
「コードを継いだからね。見た目はこんなだけど」
 そして、子供は満足気に微笑む。それが誇りだとでも言わんばかりに。
「………っ」
 ルルーシュの表情は一変した。酷く憎いものを見る目で、子供を睨みつける。
「そんなヤツに、C.C.は渡せない」
「元々C.C.は僕たちのものだ。マリアンヌの子供ごときが独占していいものじゃないよ」
「どういう意味だ」
「説明する必要は感じられないね」
 どうすればいいのだろう、とスザクはそれらを見守りながら思っていた。
 どうやら最悪のシナリオは回避されているようだ。だが、C.C.はこの場にいない。まだ数日は姿を現す事は出来ないだろう。なら、人質として彼は連れて行かれるだろうか?
 現実のように餌として。
「代わりに説明してやる。お前達は、思考エレベーターを使って全ての人の垣根を壊すつもりだろう? そのためにC.C.が必要なんだ」
「スザク!」
 ルルーシュとカレン、二人の声が重なった。
「ようやくお出ましかい? 虐殺皇女の騎士」
「お前に言われたくない」
 全てを知っていて、止めなかった存在だ。そのような者にユフィを貶しめる事を言われたくはなかった。
「スザク、どうしてここに……いや、それより。どうしてそれを知っている。それにどういう意味だ? 思考エレベーター? 人の垣根を壊す?」
「あーあ、ばらされちゃった」
 V.V.は無邪気な子供のように、嘆く降りをした。
「それより僕も不思議だよ、どうして君が知っているんだい? 僕はそこまで君に説明したつもりはないよ」
「僕も不思議だよ、何故知っているんだろうね」
 素直に答えるつもりはなかった。彼には自分がギアス能力者である事は分かっているだろう。コード保持者は関知出来ると、いつかにC.C.が言っていた事も思い出す。だが、何のギアスかまでは分かるまい。彼に与えられたギアスではないのだから。
「ふぅん。枢木スザク、短い間に何かが起きたようだね。C.C.と契約した? だとしたら邪魔なんだけど。それに早くC.C.を出してよ。知っているんだろう、君なら」
 ルルーシュ達へ説明をする間もなく、V.V.は語りかけてくる。
「彼女は海底だ。数日は戻らない」
「なんだ、また待たなきゃいけない訳? いい加減疲れて来ちゃったな」
「お前に、C.C.を渡すとはまだ言ってない」
 ルルーシュはにらみつけるように、V.V.を見る。
「君の意志はどうでもいいよ。僕は僕のしたいようにするだけだから」
「そんな勝手は許さない!」
 銃を向けると、V.V.は嘲るように笑った。
「なんだ、君は知らないのかい? コード保持者は不死身だ。C.C.と居ながら何も分かっていないんだね」
「……っ」
「不死身……?」
 もう、何がなんやらと混乱の最中にいるだろうカレンがつぶやいた。
 だが丁寧に解説してあげれる時間はなさそうだ。それに、その必要もない。
「じゃあ、僕はまた待つだけだ。ルルーシュ、君には餌になってもらうよ。君の存在をきっとC.C.は追ってくるだろうからね」
「そんな事をさせるか!」
「ダメだ…!」
 ショックイメージ。
 さりげなく伸ばされた手が、ルルーシュの体に触れる。その瞬間、彼は震えその場へうずくまった。
「ルルーシュ? ルルーシュ、ねえ、どうしたの!」
「カレン、ルルーシュに触れるな!」
「何を…!」
「害はない、ショックイメージを見せられているだけだ」
「どこまで知ってるんだい、枢木スザク……君も放ってはおけないようだね」
「ショックイメージって、何よ!」
「すぐに、戻る。大丈夫だから、君まで巻き込まれないで」
 カレンを押しとどめる。その間に、Cの世界が閉じて行くのを感じる。
「ダメだ、V.V.! やめろ!」
「君の処理は後にするよ、急ぐのはこっちだから」
 伸ばした手は届かなかった。急速に閉じて行くCの世界。残されたのは、ただの洞窟だ。
「どういう…ねえ、どういう事なの?! 訳が分からない! どうしてルルーシュがゼロなの?
 何が起きてるの? 不死身ってなんなの、ルルーシュはそれに関係あるの?!」
 一気に尋ねられるが、どれにも答える事は出来なかった。
「ごめん、カレン。僕にはすることが出来た」
 そして、洞窟を後にする。Cの世界が閉じたこの場所にはもう用はない。C.C.が戻るには一度目の事で分かっている、三日程度掛かる。その間に出来る事はある。
 ブリタニアへ、向かうのだ。


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2011.4.3.
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