結果だけを言えば、スザクは何も出来なかった。
黒の騎士団との交戦中、ブリタニアへ向かう術などどこにもなかったのだ。戦線に戻ればそのままロイドに捕縛され、「ちょっとおしおきだよ」と、私室へ監禁された。
現状、ランスロットの出番はなく、そして黒の騎士団は完全に崩壊へ向かっていたのだから。
一人きりの室内で、スザクは考える。
C.C.もCの世界を使える。ならば、ブリタニアへ向かう事は簡単だろう。彼女を待つことが最善に思えた。果たしてそれまでにこの処分が解けるかどうかが疑問ではあったが、その気になればこの扉ひとつ、簡単に壊す事が出来る。
だが問題が一つあった。彼女がどこへ現れるのか、自分は知らないという事だ。
あのまま神根島に残っていた方が良かったのかもしれない。
ルルーシュの気配を追い、彼女がそこへ現れるのが一番高い確率だった。だが、この状態だ。ランスロットも取り上げられた状態では神根島へ戻る事もままならない。
早計だったと今更ながらの後悔が襲いかかってくる。
現実と同じにC.C.が現れれば、用済みのルルーシュは殺されてしまうだろう。それとも皇帝が庇うだろうか? あの、歪んだ愛情しか持たない父親が。――と、考えていいやと首を振る。見捨てるだろう。ラグナレクの接続さえ済めば、例え肉体は死んだとしても会話が出来るようになる。そう、幼い頃、V.V.から庇うために日本に送り込んだのと同じように、目的を遂げるまではV.V.の事を切り捨てる事はすまい。
ならば、ルルーシュはやはり殺されてしまう。
そして最悪なことに、ルルーシュがいなければC.C.は協力してしまう可能性があるのだ。ルルーシュが皇帝へあれだけ訴えたから、彼女は彼らの夢を自分達だけに優しい世界と切り捨ててしまえた。それが出来なくなる。人の垣根が壊されてしまう。
あれだけ阻止したかった出来事が、起きてしまう。
やはり自分は、ルルーシュの言う通りの体力バカなのだろう。頭を使う事にはさっぱり向いていない。ゼロになった時だって、しばらくはただのお飾りでしかなかったのだ。
「ルルーシュ……」
この世界は間違いだろうか。跳躍した方が良いのだろうか?
だが、まだ彼が生きている世界だ。――まだ、諦めるには早すぎる。
まだ、扉が閉ざされた訳ではない。手はあるはずだ。
考えろ、と自らに命じる。
出来る事はある筈だった。
扉が開いたのは、それから一日半後の事だった。セシルが食事のトレイを持って、現れる。監禁中は食事も抜かれていたのだ。それは、スザクの身体能力を考えての処置であったに違いない。少しでも扉を開けば脱出される可能性があった。そして、スザクはもちろんそうするつもりでもあった。
「監禁、終了よ。お疲れ様」
簡素だがまともな軍の食事だった。トレイに乗せられていたそれを見遣り、食べるより先に行わなくてはならない事を告げる。
「セシルさん、ランスロットは…」
「ダメ。分かってないの? あなたは無理矢理に乗って行ってしまったから、この処分を受けているのよ?」
「……それでも、必要な事があるんです。V-TOLでもかまいません。移動手段を貸してください」
「だーめだよお。簡単に手放したらまた僕がお説教されちゃうんだから」
「ロイドさん。それでも必要なんです。人命が掛かってるんです」
「誰の? 別に誰が死んでも、この戦争の後だよ? 一人の命を救ってどうしようと言うんだい」
ばかにしているかのような口調は、彼独特のものだ。だが、そこには明らかに悪意らしきものが込められていて、いつも鷹揚にしていた彼をどうやら自分は完全に怒らせてしまったらしいと知る。
それでも、諦める事は出来なかった。
「ゼロ、です」
「ゼロ?」
「そう。ゼロの命が掛かってる。殺してしまうより、生け捕りにした方がいいはずですよね」
「――んー、まあそうかもねえ。でも、僕らにはあんまり関係…」
「僕しか場所は知りません。ここで逃したら、今度こそ責任問題になります!」
言葉を奪い取り、嫌な顔をしたロイドへ向き直った。
「殺しちゃってもいいんじゃない? その方が平和だし」
「平和になっていいんですか? 兵器の開発はそこでストップします」
「ここが平和になっても、別の戦場があるから構わないよお」
埒が明かなかった。これでは、到底説得するのは無理だ。
「生きていた場合は? また、ゼロが蜂起すれば?!」
「それはこのエリアの問題。僕たちはそろそろ本国に戻る身だからどうでもいい…」
ガッ、と、その頬を殴った。二度目の事だ。
「……君」
「ランスロットのキーを貸してください」
「スザク君!」
「君はゼロに固執しすぎだよ」
「固執もします、正体を知っているんだから」
「へえ、それはすごいね」
「親友なんだ! やめさせなければならない!」
「――もしかして」
あのときの? と、セシルが問う。答える事は出来ず、うつむく事しかできなかった。
「分かったわ。10時間に限り貸してあげる」
「セシルさん!」
「セシル君!」
違う色の声が二重に重なった。
彼女が取り出したキーを、ロイドよりも早く奪い取った。
「10時間、時間はそれだけよ。それを越えた場合は私もあなたの味方にはなれない。分かってね」
「はい。ありがとうございます」
握りしめたキーの感触を確かめながら、彼女の目を見て頷いた。
その間にC.C.は現れてくれるだろうか。現れてくれればいい。
願いながら、格納庫の方向へ走った。
背後でセシルを叱責するロイドの声が聞こえたが、今は詫びを言うことも出来なかった。
そして、再びコクピットにスザクはいる。
神根島へ向かう行程だ。
今度は追跡する紅蓮の姿はない。単機のみだ。
疾走する感覚は確かにあるのに、もどかしくてならない。早く着けとばかりに、MEブーストを加速させる。
そして到着した神根島は、あの日となんら変わりのない姿をしていた。
洞窟へ向かう。あそこしか、手がかりはないからだ。
そして、驚いた。そこには緑の髪の少女が扉を前に立ちつくしていたからだ。
「――なんだ、枢木か」
気配に気付き、振り返った彼女は冷めた口調でそう告げた。
「遅いじゃないか。遅すぎる。お前は、ルルーシュの友達ではなかったのか?」
彼女の口調は淡々としているのに、叱責に近い感覚を覚えた。何故だろう?
「いや、友人ではないな。恋人だったはずだ。それなのに、敵対していた。――もう、分かっているのだろう? 時間跳躍のギアスを持つ、お前なら」
「やっぱり君には分かるんだね」
「私を誰だと思っている。与えたギアスを見間違える事などあるまい」
きっと未来の自分が与えたのだろう、とまで言い当てた。
「だが、今の私でも同じギアスをお前に与えただろう――手遅れだ。ルルーシュの気配は、もうない」
「――……っ」
「私がここに立った瞬間、それは立ち消えた。私は囚われ人だ。もう、私も逃げられない」
「まさか、まさか、ルルーシュは…」
彼女は何も言わなかった。
冷たく固い無表情が向けられるだけだ。
「何を願ったのかは知らない。だが、行くといい。お前の望みはもうここにはないはずだ」
「――そんな!」
手遅れだった、と言うことか。
彼女が予想外に早すぎる復活を遂げていたことが原因だった。だが、それを責める権利はない。
「こうなる事は、予想していた筈だ――枢木スザク。それとも、これがお前の本望か?」
「違う! 俺は、ルルーシュを! ルルーシュの生きている世界を作るために!」
「それでは、もう旅立て。ここにお前の望む世界はない」
彼女は、軽く手を振った。
「それとも、ラグナレクの接続を見て行くか? それも良かろう。死んだルルーシュと話をすればいい。嘘の欠片もない世界で」
「――いいや。それは、いいんだ。もう、知っているから」
首を左右に振った。その世界は、自分達が――ルルーシュが、拒否した世界だ。
赤い鳥が飛来した。
両目から彼女が見送る瞬間、表情を歪めまるで泣いているかのように見えたのが気になった。
彼女もまた、一緒に旅立ちたかったのだろう――そう、気付いたのはまた同じコクピットの中で意識を取り戻した時だった。
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