酷く疲れていた。
同じ数日を繰り返すことがこんなに疲弊することだなんて、思っていなかった。
それは偏に、思い通りに物事が全て進まないからに過ぎないのだが。
自分では無理なのではないだろうか、と弱気にも思い始めてしまう。
しかし、その直後両手で頬を思い切り叩いた。
「ダメだ、こんな弱気じゃ」
C.C.に約束した。きっと変えてみせると。
そして自分にも誓ったのだ。彼の生きて幸せになれる世界を作るのだと。
だがそれは、どうしてこんなに難しいのだろう。戻る時期が悪すぎるのだとの思いも過ぎる。ちょうど、惨劇のあった後だ。ルルーシュは自分を責めている。そして、自分は彼を恨んでいると思いこんでいる。そこをほぐすところから始めなければならないのだ。
もう四度目になる同じ機体の中で、スザクはため息をついた。
彼をゼロにしてもいい。そう、思い始めた。
彼をゼロとして生かし、自分も黒の騎士団に入ってしまえば良いのだと。
そうすれば、彼の片腕として支えて行けるだろう。いずれ来る裏切りも、守りきる事が出来る。先を知っているからこそ、回避出来る事も多い。
「よし…まだ、やれる。諦めない」
一度スザクは強く目を閉じ、再び世界を瞳に取り込んだ。
過ちばかりを犯している。ルルーシュが死ぬ世界はもうまっぴらだ。心に痛みの走る、絶望とも呼べる濁りを感じながらも、スザクは神根島へとたどり着いた。
見慣れた洞窟の先には、同じようにゼロが扉に向かっていた。なにもかもが同じだ。
少しの変化でもあれば手の打ちようも変わるのに、全く持って変わらない。それは、分岐点はここからのみしか作ってもらえなかったからだろう。
望んだのは自分の筈だ。だが、こんな難解な場所を選んだつもりはなかった。だとすれば誰が決めたと言うのだろう。神とでも言うつもりだろうか? ――まさか。
乾いた笑いが浮かぶ。
「ルルーシュ」
そして、自分は同じように呼びかけるしかないのだ。
反応は大きく変わらない。否定し、拒絶する。だが、自分は諦めずにルルーシュと呼び続けた。
「君の手をふりほどいた事を、今では後悔している。ランスロットも共にいる。黒の騎士団へ入れてもらう訳にはいかないか?」
「――はっ、なにを言い出す。気でも狂ったか、スザク」
「ゼロが君なのだとすれば、僕はいつでも手を取った。教えてくれなかったのは君の方だよ。ずるいのは君だ」
言って、笑ってやった。酷く場にそぐわない事は承知だった。だが、これくらい気分を変えてしまった方が良い。
「最初の時、明かしてくれれば良かったんだ。そうすれば僕は軍事法廷へ向かわなかっただろう。君の誘いを受けていただろう。惜しい事をしたと思っているよ」
「あれほど、ゼロを否定していたと言うのにか」
「ゼロの行動原理が分かれば、否定など出来る訳がないじゃないか」
告げれば、ゼロ――いや、まだゼロの仮面を被りこそしているが、ボロの出ているルルーシュは黙った。
「僕は君が何故、ゼロになったかを理解出来る。ブリタニアを憎む心も痛い程知っている。それでも、納得してくれないかい?」
「お前は、ユフィの事はもういいのか」
「もう、いいんだ。恨める筈がないじゃないか。君の行動だ。君がそうせざるを得なかった事だ。だから、受け入れる」
「……っ、あれは、そんな綺麗な事じゃない」
「事故だろう?」
「なっ」
ここでスザクは、事実を歪曲して伝える事を選んだ。
「僕は残された君の機体から出てきたC.C.に会っている。彼女から聞いたよ、早すぎるって」
「――早すぎる?」
「君のギアスの暴走が」
もっとも、ギアスがなにかは分からないけれどとぼやかし、「君の望まなかった結果だったはずだ」と伝えるに留めた。
「そうか……知って、いたのか。なら、あの電話は? 憎しみで人を殺すと宣言したあれはどういう意味だ?」
「――君の」
言葉の選択に迷う。ここで間違えれば、ようやく得られようとしている信頼を失う。
「君の、反応を見ていた。君がルルーシュなら、憎しみを受け入れるだろうと思った。そして、その通りだった」
「憎しみを受け入れる?」
「僕は今までルールに縛られて生きて来た。それを破ろうとしたんだ。それを君が許すか、許さないか。それが知りたかった」
どうだろうか。ギリギリだ。彼は訝しんでいる。その後、戦闘にまで及んでいるのだ。
息を呑んで、彼の反応を待つしかなかった。
「そういう、ことか。俺が試されてたのか」
そして、彼は乾いた笑い声を上げた。
「お手上げだ、スザク。お前はいつから気付いていた? ゼロが俺だということに」
「多分、ずっと前から。可能性についてはずっと考えていた。それを否定しようとしていただけに過ぎない」
「そして?」
「ナリタで確信を得た。C.C.がいた。あの時の少女だ。君は戦闘に紛れて離ればなれになったと言っていたけど、部屋には髪が落ちていたね。それが多分、確証だ」
「あの女のせいか」
彼は、落ち着いている。このままなら思い通りに行きそうだと思った。
「わかった、スザク。お前を黒の騎士団へ迎え入れよう。ランスロットとか言ったな。その機体も同時にだ」
「ルルーシュ!」
だが、と彼は付け加える。決して信頼した訳ではない事を。
スザクがスパイとして入り込む決意をした可能性を考慮している。自分にそんな器用な事が出来ないのを知っていながら、可能性のひとつとして捨てきれないのだろう。彼らしいと思った。いくつもの最悪のパターンを想定し、それを回避するための準備を行う。
そうだった。学園のイベントでもそうだったし、ゼロの行動だってそうだったのだ。
彼の頭の良さは桁外れている。
それでも構わない、と自分は告げた。
ルルーシュの側にいれるのなら、問題ないと。
それは心からの言葉だった。
「そして、カレン。今の話は全部聞いていたな」
「――っ! は、はい。いえ……ええ」
息を潜め、彼女は全てを聞いていた。ゼロがルルーシュだという絶対的な証拠はまだ出ていない。物事の推移を慎重に見極めていたのだろう。
「俺の正体はもう分かったな。それでも付いてくる事は出来るか」
「貴方は――ゼロは、正体など関係ないと言っていました。ただ何を成せるか、行動のみがゼロの本質だと。だから……ルルーシュ。あなたがゼロだと言うのなら、私は…」
「……」
沈黙で、待つ。彼女とて葛藤はあるのだろう。その先の言葉はなかなか出て来なかった。
「――貴方がゼロと言うのでも、私は、貴方を信じます」
「ありがとう」
ルルーシュの声は柔らかかった。変成器を通じてだが、それが分かった。
「でも! でも、どうして?! 貴方はただの学生。平穏な生活を送れるブリタニア人の筈よ。それを教えて」
「事情がある。それについては明かせない――ただ、平穏な生活を送れるブリタニア人というのは、誤解だ。俺はいつだって危うい均衡の上に立つ平和を享受するしかなかった。今にも失われるかもしれないそんな場所しか持っていなかった。ナナリーを守るためなら、俺は何でもやる。それだけだ」
「ナナリーのため?」
「いや、俺たち兄妹の為だな。ただ一つだけ理由を明かせるとすれば、俺たちの母親はブリタニアに殺された。ブリタニアへの憎悪は本物だ、疑う必要はない。ブリタニアを壊し、安寧の場所を作りたいのが俺のただ一つの願いだ」
「お母さんが…」
そして、彼女はひとつ納得したように頷く。
「――そうすれば、日本は解放される?」
「ああ。今まで通り、ゼロは日本を解放するため、ブリタニアを壊すための軍隊として戦おう」
「なら、安心して身を任せます。貴方に命を預けます、ゼロ」
だが、ときっとルルーシュは仮面の中で苦渋の表情を浮かべたに違いない。
「ただ、今そのナナリーが行方不明だ。この扉の中にいることだけは分かっている。早く助け出さなければならないんだ、スザク、カレン。俺に協力してくれると言うのなら、手伝って欲しい」
「それは、やめた方がいい」
スザクは、そう言った。
前回のいきさつは痛い程に覚えている。V.V.とルルーシュを会わせる訳にはいかない。
「彼女は、今ブリタニアへ向かう途上にいる」
「なんだと?!」
「今は彼女の意志じゃない。攫われたんだ。でも――いずれ彼女は皇族復帰する。それは、彼女の意志だ」
「どうしてそんな事が分かる」
「ナナリーから聞いているからだよ」
またしても、事実を歪曲する。嘘ばかりになっていく。
「ナナリー、から?」
「ああ。ブリタニアへ戻る機会があれば、ユフィを手伝いたいと言っていた。ユフィ亡き今、彼女の意志を継ごうとするだろう。ナナリーがユフィの行いを信じる筈がない」
「……信じていいのか」
「構わない。時間が証明してくれる。彼女は決して政治の道具として扱われる事はないだろう。強い意志の持った子なんだから」
それは、ルルーシュも知っている事だろう。
弱いだけの子供じゃない。事実を知り、考える力を持っている。
ならば、スザクが告げたに言葉にもルルーシュはもうなずけるはずだ。
「スザク。お前は、俺がゼロだと言う秘密を貫けるか?」
「もちろん」
「黒の騎士団では、きっとお前は反発を買う。ずっと敵対していたんだ。その理由をごまかす事は可能か?」
「なんだってやる。君の側にいれるなら、反発を受け入れる事も、寝返った理由をごまかすことも、なんだってやるよ」
す、と彼の右手が差し出された。
「なら、そのごまかしの理由は俺が考えよう。その方がもっともらしくなるだろう」
「酷いな」
「嘘なら、俺の方が得意だ」
宙に浮いたその手の意味をはかりかね、彼の顔を見る。もっともそれは仮面に覆われていたけれども。
そこで、ああ、と彼はつぶやき仮面を外した。
「――っ、本当に、ルルーシュ」
「信じてなかったのか、カレン」
「信じては――いたわよ。でも、実際に見るのとはまた別でしょ!」
「言葉が随分ぞんざいだな。仮面を被ったままの方が良かったか」
「いいえ! スザクが守るというのなら、私だって守ってみせるわ。貴方がゼロだってこと、絶対にばらしたりしない。ボロも出さない。絶対に負けないから」
何故か、スザク自身が睨まれた。勝手に敵対心を燃やされているらしい。もっとも今まで命がけで戦っていたのだ。そう簡単にはい、そうですかなどと言う気分にはなれないのかもしれない。
「じゃあ、スザク。握手だ。俺はお前を迎える。だが、まだ疑いを持っている事は忘れないで欲しい。直属として動いてもらう事で、証明してもらう」
「ちょっ、ルルーシュ! 直属は私の…!」
「君もだ、カレン。お前達二人で私の直属として動いてもらいたい」
「……分かったわ」
「うん」
差し出された手の意味が分かり、スザクも同じように右手を差し出した。
そして、固い握手を交わした。
涙が出そうな程、安堵した瞬間だった。
NEXT