「それよりも、君は早くトウキョウ租界へ戻った方がいい。君がいなくなって、黒の騎士団は既に崩壊寸前だ」
「…だろうな」
「他のみんなは?!」
「苦戦している。ルルーシュという指揮官がいなければ機能しない軍隊なんだ、黒の騎士団は。だから、崩壊しきってしまう前に、早く。今ならきっとまだ間に合う」
自分が騎士団側に就くのなら、それは避けなければいけないルートだった。
現状どうなっているのかは、現実でも戦線を離脱していた自分でも分からない。
「私もいない……そうか、戦力が圧倒的に不足してる」
「そういう事だ。君は――」
ルルーシュの機体はここにはない。C.C.が調整不足だと言うジェレミアと戦って、海底へ沈んでいる筈なのだ。
だが、どちらへ騎乗するのが正解なのだろう。まだ疑いを抱かれているスザクをひとりで乗せ、背中から紅蓮を撃たれるのはあってはならない可能性だ。だが、だからと言ってスザクと共に乗り、内部で暗殺を企てればそれも阻止すべき可能性。
だが現状はその二択しかない。
再び仮面を被り、ルルーシュはスザクを指さした。
「私はこいつの機体に乗る。カレン、見張りを頼む」
「でも、危険では…」
「二人ともやられてしまう方が今は危険だ。いいな?」
「――了解、しました」
危険の分散。なるほど、と思った。
彼は本当に頭がいい。
「コクピットは狭いよ。二人入ればぎゅうぎゅうになる、それでも?」
「構わない。経験がない訳じゃない」
話はまとまった。
三人は洞窟の外へと向けて駆け出した。
きっとゼロの直属として、カレンと共に動けと言ったのも今の命令と同じ理由だろう。ランスロットに勝てるとすれば、彼女の紅蓮しかない。見張れ、という意味だ。
疑われるのは仕方のないことだが、だが心に一つ、残念だという雫が落ちて波紋を広げるのは仕方なかった。
神根島を出ると共に、ルルーシュは通信機を取り出した。
「ゼロだ。すまなかった、戦線へ復活する。現状を」
通信機の受話口から大きな声が時折漏れ聞こえたが、現状がどうなっているのかスザクには分からなかった。ただ、決して良い状態ではない事だけは分かる。
「分かった。学園地区は放棄、PグループとBグループを再編成して政庁へ向かう。指揮系統はこちらが一元化し、各々に飛ばす。拡散してくれ」
『分かった』
それだけは、スザクにも聞き取れた。
そして再度通信機を別へつなげ、ルルーシュは話し出す。
「藤堂か、すまなかった、そちらの状況はどうだ」
それら全てが、自分の膝の上で行われている。狭いのだから仕方ないとは言え、緊迫した状況にそぐわない様相だなと、なんだか笑いが浮かんできそうになった。
「分かった。Nグループは一時撤退。第二次防衛ラインまで下がった後再編成。その間にPグループとBグループが再編成して攻勢を行う事になっている。まもなくQ1が戻る、それまで持ちこたえられるか?」
しばしの沈黙。
相手が藤堂さんなのだとすれば、声を荒立てることはしないだろう。欠片も漏れ聞こえては来なかった。
「分かった。申し訳ないが、頼む。本国からの軍が到着するまでまだ数時間はある。それまでに片を付ける。ディートハルトが今再編を行っている。学園地区は放棄することに決めた。……ああ、…………………ああ、分かった。すまなかった。こちらの用は片付いた。後で説明する。一度切断する」
それから、数件連絡し、逆に連絡が入ったりしとルルーシュは忙しそうだった。
自分は、ただトウキョウへ向けて機体を操縦するしかできない。だが、急いだ方が良さそうだった。
「カレン、速度を上げられるかい?」
『ええ!』
急いだ方が良さそうだ、と告げてブーストをかける。エナジーフィラーの残量は残り半分を切っているが、到着するまでは持ちそうだった。補給は受けなくてはいけない。それは、黒の騎士団で行ってくれるだろうか?
それとも、この決戦中は捕縛されてしまうだろうか。
どうせなら早くに協力してしまいたかったが、そうなっても仕方はなかった。
ロイドはきっと酷く怒るだろう。いや、憎まれるかもしれない。セシルもだ。良くしてくれた人たちを裏切る事になるのは心が痛むけれども、それよりルルーシュが大事なのだから仕方がなかった。
トウキョウへ戻るまで、ルルーシュはスザクと会話をするいとまもなく通信に掛かりっきりだった。数時間の遅れを取り戻すには、それ相応の作戦の練り直しが必要なのだろう。ただ、スザクも知っている事がある。ブリタニア側もトップは現在不在だと言うことだ。
コーネリアはまだあの破壊された屋上庭園で眠っているだろうか。それとも既に発見され、手当を受けながら彼と同じように指示を飛ばしているだろうか。だが、彼女は前線型の指揮官だ。ルルーシュもそうだとは言えるが、頭脳で全てを解決する側とはまた違う。
今のところ、まだ互角と言えるのではないだろうか。
そしてようやく到着したトウキョウ租界では、混戦と言って良い有様になっていた。
『邪魔、のいて!』
スザクを押しのけ、ルルーシュから指示を受けていたカレンは真っ先にその戦中へ身を投げ出す。
そしてその場の戦場を制圧すると、残った黒の騎士団員から、事情を聞き始めた。
『ゼロ、Pグループはほぼ壊滅。Bグループがなんとか踏ん張ってる。私は政庁の方へ向かう!』
「待て、カレン! お前は一時補給だ。ランスロットもそろそろエナジーフィラーが尽きる。お前もそうだろう」
『でも!』
「ここで無理してはお前まで失う事になる。早くと思うなら、物資調達所へ早く向かえ」
『っ、了解しました!』
「スザク、お前もだ。場所は――ここ、分かるか?」
「分かるもなにも、僕たちの軍の補給所じゃないか。制圧したのかい?」
「ああ。物資を押さえるのは戦略の基本だ。当たり前だろう」
そこまではまだ持ちそうだった。ルルーシュを膝に乗せたまま、自動操縦にしてそこへ向かう。そして空いた両手はマント越しに彼の体を抱きしめた。
「なにをしている! そんな場合じゃ…」
「少しでいいんだ、堪能させて。君が生きてるってことを」
「なにを……おかしな事を言うヤツだ」
「はは、そうだね」
笑って、そして、強く強く抱きしめた。涙が出そうになる。この状況と、彼が生きている事に。
彼と手を結ぶだなんて、ゼロレクイエムを起こすまで、考えた事もなかった。だが、今は違う。彼の為に生きていける。これからもずっとだ。
「もう、いいか?」
「うん」
本当は名残惜しかったけれども、彼はまだ何かをしなければならないようだったので、言葉だけは素直に、実際はしぶしぶ手放した。
「卜部、そちらの制圧状況はどうなっている」
『完了したよ』
「そうか。これから、紅蓮が向かう。エナジーフィラーの交換を頼む。そしてその後一機到着する。これは敵機だったものだが、わが軍に落ちた。これにも交換を」
『敵機を? そのために外れたのか、戦線を』
「――ああ」
彼は、しれっと嘘をついた。だがこれは必要な嘘だろう。ここで妹の為に戦線を手放したと言う事がばれれば、彼の指揮官としての信望が失われる。そして、得た敵機は今まで散々黒の騎士団を手こずらせて来たランスロットなのだ。十分な理由となり得るだろう。
通信を切ったルルーシュに、自分は笑いかける。
「そうやって上手く騙して来たんだね」
「悪いか。そうするしかなかったんだ」
「僕まで騙して……恨むよ、本当に」
「お前には言えなかった。それだけだ」
拗ねたような口調になった。仮面を被っているのが惜しかった。彼は今、どんな顔をしているのだろう。本当は外してしまいたかったけれども、まもなく補給基地へたどり着いてしまう。そうすれば、彼の顔を誰にもさらす訳にはいかない。彼は彼でまた、自分の機体へ戻ってしまうだろう。
そう思えば、わずかな焦燥感が走った。
「ちょっとだけ、ゴメンね。まだ時間があるから」
「え?」
仮面のギミックを発動させ、脱がせる。驚いた顔をしたルルーシュが自分を見上げている。
「――…バカ、もう補給基地に」
「だから、少しだけだよ」
そして、少し焦った風な表情を浮かべた彼へ、口づけを落とした。
唇を合わせるだけの甘いキスだ。
「スザクっ」
「少しだけ、って言ったでしょ。はい」
そして、紅潮した頬を隠すように仮面を再びかぶせてあげる。
どうして仮面を簡単に…などとぶつぶつ言っているが、そう悪い気持ちはしなかった。彼の声は焦っているようでいて、満足気でもあったからだ。
「まさか……」
「白兜?!」
「ゼロが?!」
補給基地に赴いた途端、周囲がさんざめくようにざわめきに包まれるのが分かった。
それは、そうだろう。コーネリアの軍とは別に、一番に面倒に見られていただろう機体だからだ。
コクピットを開き、スザクの膝に座るなどと言う姿勢ではなく、傍らに立った状態で、ゼロとしてルルーシュは皆に姿を見せた。
「この通り、白兜は我が軍に落ちた。パイロット付きだ、良かったな」
「まさか、ゼロ! そいつを信用するのか?!」
「そのつもりだ」
「いくらゼロが奇跡を起こすとは言え、これは……」
ざわざわと騒がしくなる。
「気になるというのであれば、本戦にこの機体は投入しない。実際IFFの書き換えが終わっていない。敵を混乱させるには良い手ではあるが、この場では黒の騎士団員の戦意の方が重要だ。パイロットも捕縛しろ」
「わ、分かりました」
「構わないな、枢木スザク」
それは、覚悟していた事だった。先に相談していてくれたら良かったのにとは少しだけ思ったけれども、頷くよりほかない。
「一体どうやって…」
「なに、パイロットは日本人だ。条理を説いたまでだ」
笑い、ルルーシュは騎士団の制服を着た人間の中へ紛れて行く。スザクはランスロットを降りると素直に捕まり、縛られるのをよしとした。
この場で役に立てないのは残念だけれども、ルルーシュの言ったことが正論だ。
諦める事にした。
一度崩れた戦況は、大きく覆す事が出来なかったらしい。
第一次トウキョウ決戦は勝者不在のまま、痛み分けで終わる事となった。本国からの増援が来れば、一気に壊滅させられる事は目に見えている。一旦ルルーシュは各騎士団員を全国へ再び散らせ、潜伏させた。
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