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スケープゴード8


 黒の騎士団、ブリーフィングルームにて。
 幹部の集まった部屋で縛られたままのスザクは、居心地を悪くしていた。
 ゼロは中央の奥まった席で座り、一言も発しようとしない幹部等の姿を見ていた。その姿を、幹部らもまた見ている。
 それにしてもすごい場所だった。まさかこんな移動式トレーラー……いや、そんなものじゃない。キャンピングカーと言うにもふさわしくない豪華な乗り物が、黒の騎士団の基地となっていたとは想像もしていなかった。
「で、どうなさるのですか、ゼロ?」
 口を開いたのは明らかにブリタニア人と分かる男。確か、ディートハルトと手配書にはあったはず。その後、シュナイゼルへ寝返った男だ。
「どうもこうもしない。彼を黒の騎士団、団員に迎えようと思っている。その割にあんまりな姿で申し訳ないとは思っているがな、枢木スザクよ」
「でもよ、ゼロ! こいつ、白兜のパイロットだぜ? ブリキの野郎の為に動いて来たヤツを今更――それに学園地区でも、こいつはブリキの味方だった。そんなヤツ信頼してもいいのかよ」
「枢木スザクは、虐殺皇女の騎士だった。それだけで十分だと思わないか?」
「え?」
 様々な人々の表情が疑問符に彩られる。
「日本人だった彼も殺害対象だった。それで分からないか?」
「!」
 ざ、とスザクへ全員の視線が向いた。
「お前…」
 さあ、ここからが芝居の幕開けだと息を呑んだ。彼は予め何も教えてくれなかった。理由は用意すると言っていたのに、いざとなればぶっつけ本番だ。少しばかり恨みたくなる。
「殺されそうに、なったよ。僕も日本人だ。元からナンバーズである騎士など良くは思われていなかった」
「ユーフェミアにか?」
「違う。僕が気付いた時にはもう、皇女の姿はどこにもなかった」
「私が証言するわ。あの皇女を殺したのはゼロ。それをスザクは救おうとしたけれど、果たしてその後どうなったのかしら。絶命してないのは確かだったとは思うけど」
 これから先、告げることは彼女を酷く侮辱する事になる。カレンの促しは分かっていた。
 だが、告げる事は――出来なかった。
「彼女は、あなたも日本人ですよね、とは言ったよ」
 これが精一杯だ。それでも彼女は呪いに打ち勝ってくれた。自分を敬愛してくれる気持ちを大事にしたまま、逝ってしまった。それは心の中にだけ秘めて置くことにするしかなかった。
「ちくしょう、ブリキめ!」
 誤解されるのは、正直辛い。だが、これが自分の選んだシナリオなのだ。
 次々と悪態をつきだす面々は、次第にスザクに対し、同情的な目を向けてくる。
「学園で生徒を庇ったのは、同じ生徒会のメンバーだったからよ。きっと。知り合いを目の前で見殺しになんて出来ないでしょ。私だって、酷くしないでってお願いした筈よ」
 カレンのフォロー。
 正直、助かった。
「私は彼を信じる。仲間にしていいと思ってるわ。あの機体まで持ち出して来てくれたんだもの。一番やっかいだったあの機体をね」
 カレンは、ニッと笑った。彼女が対しなければ他では敵わなかった機体だ。それがこちら側につけば、戦力は二倍どころではない。二乗の価値があるだろう。
「俺は……カレンがそこまで言うのなら、と思う。ゼロの判断もあるだろう。反発の気持ちがあるのは分かる。だが、同じ日本人として戦ってくれるのであれば、垣根はないはずだ」
 扇要。確か、黒の騎士団副リーダーだった筈だ。随分平凡そうな人だとは思ったが、強烈過ぎる個性を持つ首魁を抱く以上、組織には必要な人材なのだろう。
 彼も自分の肩を持ってくれた。後はなし崩しだった。
 一番反発していた玉城という人物が、同情的になり、冷静そうな女性がお茶を振る舞う。
 そして、自分にかけられていた縄は解かれた。
 番茶だ。ひどく、懐かしい。
「彼には直接、私の指揮下で動いてもらおうと思っている。カレンと同じ扱いになる。構わないな?」
「もちろんだぜ」
「ああ、分かった」
「分かりました」
「じゃあ、新しい幹部の誕生を祝って」
 乾杯、と。
 まるで茶番のように簡単に物事は進んでしまった。
 日本人同士という結束が強いのだろうとひどく思わされた。



「お前はどこで暮らす? しばらくはここにいるか、ここなら見つからない。軍を勝手に抜けたんだ、捜索隊は出ているだろう。もしくは撃沈されたと思われているか……」
「出来れば、君のところがいいんだけど」
 ゼロの居室という個室へ、しばらくの時間が過ぎてスザクは招かれた。ゼロはもうゼロではなく、仮面を取りルルーシュへ戻っている。
「バカ、危ないだろう」
「それは、そうか」
 あそこへはセシルも来たことがある。スザクの通う学校だという事も知っている。戻らないスザクを考えれば捜索の手が伸びるのは必至だろう。
「まあ、ここで過ごすのが一番無難だろうな。この部屋なら鍵も掛かる。――いや、ここを与えるのは贔屓と見られるか。雑然としているが、この下の……」
「僕ならどこだっていいよ。どうせ特派へ行くまでは軍の最下層で雑魚寝をしていたんだ。どこだって寝れる」
「そういう訳にはいかない。多分、ああは言ったものの納得していない者もいるだろう。お前を殺したく思っている者もいるはずだ」
「それは……そうだね」
「鍵の掛かる場所の方がいい。階下の倉庫を一部屋明けよう。居心地は良くないが、我慢してくれ」
「分かったよ」
 決して敗北ではなかったが、勝てる戦いを逃した事で残務処理にまだ幹部達は追われている。ゼロもそうである筈なのだが、わずかな時間を割いてこの話し合いの時間を設けてくれたのだ。
 そうしている内にも、扉がノックされる。
『ゼロ、ちょっとよろしいですか』
「なんだ」
『概算が出ました。資料をお渡しします』
「分かった、入れ」
 その合間に仮面を被り、リモコンで部屋の鍵を外す。
 顔を覗かせたのは、ディートハルトだ。彼はこの軍の大きな役割を担っているらしい。主義者なのだろう。
「こちらの損害率は39%。主立った戦死者は吉田。井上は攻撃を受けましたが、現在治療中で無事です。勝てる戦いを逃したのは惜しかったですが、元々が烏合の衆。このパーセントなら補填は十分に可能です」
「そうか。途中で抜けて申し訳ない事をした。あのままなら、多分押せていたのだがな」
「いえ、あなたは大きなおみやげを持って来てくれました。だから構わないのです。多少、混乱はしましたがね」
 苦笑を浮かべ、彼は最後の言葉を告げる。随分芝居掛かった人物だと思った。
「ただ惜しいのはタイミングです。現在コーネリアは…」
「私がある程度の足止めを喰らわせている。今すぐ動く事が出来るなら、あいつが戦線に復帰する前に行動を起こしたい」
「そうおっしゃると思いました。KMFの修理を今、急がせています」
「人的被害は」
「若干出ていますが、動ける者の怪我はたかが知れています。動けない者は、元より必要なかった人間でしょう」
 ばっさり切り捨てる論調にぞっとした。この男はどこかが狂っているのかもしれないな、とスザクは思った。
「それで、ですが」
「なんだ」
「次の作戦で、白兜を出す事は検討されていますか」
「ああ、もちろんだ。誇示するためにも全面に出すつもりでいる」
「では、紅蓮の調整を若干後回しにさせてもらいたい。ラクシャータが可翔翼を取り付けると意気込んでいます」
「紅蓮も飛ぶのか。それは、見物だな」
「幸いにも白兜は無傷に近い。メインをそちらへ任せたいのですが」
「分かった。それで策を練ろう。後ほど、追って連絡を入れる。後、階下の倉庫だが一室枢木スザクのために明けてやってくれ。彼には行き場がない。だが、鍵の掛からない場所で放置するのもまだ危険だ。第一戦を終えるまで、彼には身を護る場所を用意してやってくれ」
「了解しました」
 そして、彼は出て行った。
 再びゼロはリモコンを用い、鍵を掛ける。
 仮面を脱ぎ、息を吐く。
「疲れる男だ」
「え?」
「優秀だが、優秀に過ぎる。あいつの相手をするのは、いつも疲れるんだ」
 言って、仮面を取ってルルーシュは背もたれにぐっともたれかかった。
「結構重責だね」
「当たり前だろう。一個の軍の指揮官だ。代理はいないことはもう理解したしな」
「無茶な道を選んで…」
「でもこれからはお前が一緒だ、スザク。なら、俺は少し気が楽になれる」
「どうして?」
「お前に隠し事をしなくて良くなったからだよ」
 といい、柔らかく笑われた。鼓動の一つ跳ねるような笑い方だった。



 そしてその日は来る。
 ランスロットはわざわざペインティングを変えなかったそうだ。そういう案も出ていたようだが、より裏切ったと見せつけるために、彼らはその道を取った。
 だがパイロットスーツは別のものを与えられている。生存率が上がる、とのふれこみでラクシャータという技術開発者にはとうてい見えない色気を振りまく女性が与えてくれたものだ。色は白。だが、デザインはまるで違った。
 そして、黒の騎士団の団服も与えられた。二日目、初めて手を通した時はいかにも奇妙な気分になっていたが、三日も過ぎれば慣れた。軍とは言え、レジスタンスだ。フランクな雰囲気にもすぐに慣れる。時折殺気に近い感覚を覚える事はあったが、それは敵対していた以上、仕方のないことだと甘受することにしていた。自分は、それに対処出来るだけの体術を持っている。
 三日目にゼロから次の作戦を知らされた。まだトウキョウ租界は壊滅的な状況で、復興に力を注げる段階でもないらしい。なので、第二波をかけるなら早いうちに。
 五日後の今日、それが来た。調整途中の紅蓮は今回留守番だ。代わりに無頼を駆って、カレンはゼロの側に控えている。
 自分が第一陣の戦闘を切る事になっていた。
 大丈夫だろうか、と、心配する声も多い。
 戦場に出たその先で振り向いてこちらを攻撃するのではないか――と。
 だが、ゼロはその配置を最後まで貫いた。やってみせろ、と言うのだ。やれと言われたなら、やってやる。どこまで疑われても構わない。そんなものははじき飛ばしてみせる。
「では、出陣」
 ゼロは特徴的な装飾をヘッドに施した無頼に乗り、スザクの背後についた。傍らにはカレン。そして、その後ろにゼロの親衛隊とも言える零番隊と藤堂さん率いる一番隊が就いた。
 敵陣に入り込み、スザクは迷わずMVSを抜いた。かつて友軍だった機体を一刀両断する。決してコーネリアの軍は弱い訳ではない。むしろ、歴戦を戦い抜いてきた強者ばかりだ。そこへ本国からの増援も混じっている。楽な戦闘になる筈はなかった。自分は気を抜く場所もなかった。ただ、目の前の敵を――かつては味方だった敵を、葬り去る。それしか出来なかった。
 きっと、今頃ロイドは僕を呪い殺そうとしているに違いないと思った。



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2011.4.4.
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