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スケープゴード9


 政庁までの道のりは、険しかった。
 本国から追加された軍は規律も取れており、しっかりとした隊列を組んでくる。
 ルルーシュの仕掛けはどこまで行われているのだろう。足場はこれ以上崩せない筈だ、一刻の休みもなく飛ばされるルルーシュ――いや、ゼロからの指令はそれでも冷静さを欠いていない。
 一進一退の攻防を続け、それでも黒の騎士団の方が有利だった。
「これは、兄上の指揮だな」
 プライベート回線で、ルルーシュはスザクに語りかけてくる。
「シュナイゼルの?」
「そうだ。コーネリアと違い、やりにくい。お前の突破力に掛かってると言ってもいい、政庁までの道のりを開いてくれ、頼む」
「イエス・ユア・マジェスティ」
「違うだろう、スザク」
 苦笑と共に、返される。だがうっかり口を突いて出た言葉だった。こういう場面は過去にもあったのだ。そう、ゼロ番目のラウンズを名乗っていた時に。
「すまない、つい」
「面白いヤツだ、こんな時に。頼んだぞ」
「ああ、分かった」
 MEブーストを加速させる。一気にヴァリスを打ち込み、がれきを巻き上げ敵機を複数機吹っ飛ばした。かつてロイドと同じ研究室に在籍していたという技術主任、ラクシャータは自らの機体ではないのに、数日でランスロットの仕組みを読み解いていた。もちろん、その武装についてもだ。突貫工事の改造をされ、ヴァリスは以前より威力を増している。
 出来た空白の空間を、ランスロットが先頭になり疾走した。
 政庁までは、後少しだった。
 ロイドはこの機体に脱出装置すら付けていない。自爆装置や、操作を制御する外部機関などの開発も行っていないようだった。それが幸いした。
 だが。
 政庁も目の前となった時だ。
 目の前に走り込んでくるものがあった。
 見慣れたトレーラー。特派のものだ。
「どういうつもりだ、枢木少尉」
 スピーカーを通じて聞こえてくる、ロイドの低い声。
 恨まれている。それは、心臓を貫くように痛みをもたらした。かつて大事にしてくれた人だった。恩人とさえ言ってもいい。自分を騎士にしてくれた人なのだから。
 裏切ったのは必要なことだ。だから覚悟していた筈だったのに、歩みが止まってしまう。
 オープンチャンネルに切り替え、スザクは応対する。
「守りたいものがあります。そのために、僕はブリタニアを裏切ります。あなた方には感謝もしています。そこを…どいてください」
「ふざけるのもいい加減にしてくれないか。その機体は我々のものだ。返してもらいたい」
「すいません、出来ない相談です」
 そして、MVSを構える。あくまで威嚇のつもりだった。
 だが、しびれを切らしたものがいる。
 カレンだ。
 こんな場所で足止めを喰らっている場合ではないというのも、百も承知だった。
「邪魔よ!」
 手にした重火器で、トレーラーを吹き飛ばす。あっけないものだった。
「………――」
「スザク! あんたはこちらの人間よね。裏切ったのはあなたよ!」
 彼女の声が急き立てる。
 だが、今あった場所には燃えさかるトレーラーの残骸のみだ。その現実に心がついていかなかった。
 そう簡単に物事が進む筈がない。綺麗事で世界は変えられない。
 だけど、彼らは最後まで――現実では最後まで、賛同し、協力してくれた人たちだった。
「スザク! 聞いてるの!」
「あ、ああ」
「今更後悔しないで。もしそうならば、私は貴方も討つ」
「いや」
 言って、頭を振る。自分はたった一つを選んだのだ。ならば、これは受け入れなければならない現実。
「いや、大丈夫だ。行ける!」
 ブンッ、とMVSを構え直した。そして前進する。燃えさかるトレーラーを避け、一人でも助かっていればいいなどと甘い考えを捻り潰し、ただ、前へ。
 そして政庁へとたどり着いた。
「チェックメイトだ。シュナイゼル、投降しろ」
 政庁は元々要塞状に出来ている。あちこちから火器が顔を出し、今も砲撃を行っているが外を駆けるKMFが一機もなくなった現在、孤立する塔でしかなかった。
「ゼロ、だったかな」
 政庁からのオープンチャンネルが全ての機体へ語りかける。
「確かに君のチェックだ」
 そして、火器は仕舞われてゆく。砲撃がやみ、静かな時間が過ぎた。
「私は、一時撤退させてもらうことにするよ」
 そして。
 屋上から飛び立つ巨大な飛行艇が見えた。アヴァロンだ。とっくに用意していたのだろう、きっとあの中にはコーネリアも居ることだろう。
「うそ」
 カレンの、呆然とした声。
 飛行艇は高度を上げ、例え飛行出来るとしても、既にスザクにも届かない場所へと進み切ってしまっていた。
「勝ったのか……俺たち」
「うそ…」
 全員が呆然としているようだった。与えられた勝利。それに動揺している。
「くそっ」
 と、手近な計器を叩いたであろう人物はゼロ一人だった。
「これは勝利なんかじゃない。――与えられただけだ。すぐにやってくるぞ、手勢を揃えて。今度は七年前の戦争とは訳が違う。徹底的に来るだろう。サクラダイトを手放す訳がない。それに、あの男が……負けを認める筈がないんだ」
 そう言えば、言っていた。
 シュナイゼルは勝利に固執しないと。ただ負けない戦いをするだけだと。
 現実での出来事だ。しかし人物はそう簡単に変わらない。「ここ」での彼も同じ人格なのだろう。
「撤収する。急ぎ、準備を整える事が必要だ。日本を戦場にしたくなければ、急げ!」
 ゼロの指令に全ての黒の騎士団員がはっとした。
 呆然と勝利を受け入れる場合ではないとようやく気付いたのだ。
 政庁を落としたというのに、歓喜の声ひとつなく自分達は撤収を開始した。



 基地に戻ったゼロの動きは早かった。まずラクシャータの元へ急ぐ。スザクもそれに追随した。
「紅蓮の可翔翼についての出来は、何パーセントだ?」
「あら、早いじゃないのさ。政庁を落としたって聞いたけど、どうしてそんな切迫してるのかしら」
「時間がない、答えてくれ。そして、それを他の機体に付けるとして何日必要だ」
「急かす男は嫌われるわよ……――可翔翼はほぼ完成してるわ。後は実地での実験を行うだけ。それが上手く行けば、他の機体にも付ける事は可能よ。キョウトのじいさん達が金を出してくれればいいだけの話だけど、もうキョウトも黒の騎士団の下にいるんだし、問題ないんじゃないかしら」
 くい、くい、と煙管を指で遊びながら、それでも彼女は的確な返答をよこした。
 これで、紅蓮も飛べる。
「では、急いで着手してくれ」
「どうして? 勝ったんでしょ? 宴会は?」
「そんな事をしている間に、日本は焼け野原だ。空中戦を仕掛ける。それしか道がない」
「どういうことだい?」
 彼女の口調は、ようやく真剣みを帯びた。
「今回の指揮官――シュナイゼルは負けを認めない男だ。すぐに軍隊を引き連れて、エリア11を改めて取り返しに来る。その時戦えるのは我々黒の騎士団のみだ。ヤツは以前の戦争より軍備を固めてくるだろう。日本を戦場にしないためには、空中戦で挑むしかないんだ」
 なるほど、とスザクも納得した。目の前の女性も納得したようだった。
 嫌われそうな男だねぇとつぶやきつつ、彼女は既に頭の中で準備を整えているようだった。
「あんたの機体は無頼でいいのかい?」
「今はそれしかない、それでいい」
「優先順位は?」
「藤堂と四聖剣だ。後は各隊の上位十機くらいあればありがたい」
「うーん、さすがにそれはちょっと無理ね。いつ頃来るかによるけど、四聖剣まではなんとかしましょ。それ以下については約束出来ない」
「それでも十分だ」
「分かったよ。その前に――カレン、いるかい!」
 声を張って呼ばれた名に、はい、と遠くで返事がある。
 そしてすぐに駆け寄って来た。
「なんですか、ラクシャータさん」
「紅蓮のテスト飛行、やっちゃいましょ。どうもこの坊やが急いでいるようだからね」
 え、と少しひるんだ様子で、でも彼女は頷いた。
「紅蓮、飛ぶんですよね」
「ああ。大丈夫、理論上はカンペキだよ。そこの白兜よりよっぽど立派に飛んで見せる」
 ほんの少しむっとしたが、顔には出さないでおいた。
 それに開発者は――もう、いない。
 そのことを思い出して、気が沈む。
「スザクは休息を。俺は作戦を練る。なんなら部屋へ来てもいい」
「構わないのかい?」
「ああ。お前なら気も散らない」
「分かった、じゃあ一緒に行くよ」
 既に去ってしまったカレンとラクシャータの後ろ姿を見ながら交わされた会話は、誰に聞かれる訳でもなく、そしてそのまま誰にも意識される事もなく、彼の私室へと向かった。
 他のメンバーにも休息は言い渡されていた。



 鍵を掛け、ようやく仮面を脱いだルルーシュはほっと息をつく。
 息苦しさはないものの、閉塞感は知っている身としては、彼のさりげない行動にはひどく納得がいった。
「マズい事になった……まさか、兄上が逃げるとは」
「どう来ると思ってたの?」
「真正面から、堂々と。一騎打ちでもするかと思ったんだがね、俺は」
 言ってから、ルルーシュは笑った。
「いや、それはないか。一騎打ちと見せかけて背後から襲わせるのがあの人の手だ。正直、苦手だよ。真正面からの戦術の戦いなら楽しめるものを、肉弾戦になんてな」
 告げ、襟元を緩めるとルルーシュはベッドへ座った。そしてちょいちょいと手でスザクを呼ぶ。
「どうしたの」
「俺も、休みたい。スザク」
 近寄った体を抱きしめられる。珍しい、と思った。そういう関係ではあるけれど、彼は奥手だ。彼の方から手を出して来るなんて滅多にない。
 立った腹の当たりに頭をうずめ、彼は心から安堵しているようだった。
「裏切ってくれなくて、良かった」
「最初から言ってあるでしょ。君と共にいれるなら、なんだってするって」
 言いながらも思い出した恩人達の最後の姿に、胸がつきんと痛む。
 ずるずるとスザクもその場に座り込んだ。ルルーシュより低い場所になった頭に、彼を引き寄せる。そして、唇を重ねた。
「でも、辛い事は、あるね」
「特派の件か」
「――うん」
 唇を重ねたまま、小さな声で会話をする。
「あの人達は、こんな僕にも良くしてくれたから。あんなにあっさりと――だとね」
「後悔しているか?」
「ううん」
 そして、口づけを深いものに変えた。
「僕には、君がいればいい。君がナナリーさえいればいいと思うのと、同じように」
「俺はお前にもいて欲しい」
「光栄だな」
 再び、口づける。
 膝立ちになっても彼の頭はそのまま抱きしめて、逃げる事を許さなかった。もっとも、そんな仕草は見せなかったけれど。
「いい?」
「防音は効いている」
 くす、と笑ってひねくれた肯定に満足した。
 衣服を、ゆっくりと緩めてゆく。ゼロの服装を暴いてゆくのは、これで二度目の事だ。
 あのときは、騙されてしまった。
 でも、今回は違う。今度こそ、彼の生きる世界を作れるだろうと思えてしまう。
 面倒なタイを引き抜き、ボタンを若干乱暴に解くと晒された素肌にも唇を落とした。強く吸い付き、跡を付ける。
「…っ」
 そのままベッドへ横たえ、本格的にコトを始める。
 彼は従順だった。与える快楽に素直に反応する。口づけを落とす度に小さな吐息のような声が漏れ、煽られる。ずっとそんな気になれなかったが、実質的にはもう随分の期間禁欲生活を強いられていた事になる。自分が昂ぶっていくのは、すぐに分かった。
 好きな相手が素直に身を任せてくるのに、そうならない筈もなかった。



 一度では済まず、二度、三度と繰り返した。
 突き揺らす動きに合わせて、ルルーシュは素直に鳴いた。縋るように、背に手を回され時折爪を立てられる。小さな刺激がスザクの欲望を更にかき立てる。
 意地悪に緩く浅くしか突かずにいれば、すすり泣くようにルルーシュはもっとと懇願してきた。
 そこで、一気に奥までを突く。
 ひくんっ、と跳ねた体から白濁が飛び散る。
「……っ」
 スザクも耐えきれず、中へと出した。
「ぁ……スザ、ク……っ」
 キスを求められ、素直に従う。貪るようなキスはまだ彼の体内にある熱を再燃させるには十分で、終わりは見えそうになかった。
「バカ……また」
「君が悪いんだよ」
 そして、ゆっくりと動き出した。
「ぁ…くぅ、ん…っ、ん、ス、ザク、スザク、スザク」
 名を呼ばれる度に耐えられなくなってゆく。動きは早く、弱い場所ばかりを狙って突いてしまう。
「ダメ、だ…や、また……っ」
「もうちょっと、堪えて」
「や……ぁ、あっあ、ああっ」
 まだ、もったいない。そう思い円を描くような動きに切り替える。それさえも彼の体には響くようで、甘い声がひっきりなしに漏れていた。
 防音はしっかりしていると言っていたけど、大丈夫だろうかと心配になるほどだ。
 尤も、ボリュームは知っているものより随分押さえられたものだけれども。彼も必死で理性を引き留めているのだろう。自分ももっと無茶苦茶にしてしまいたいのを酷く自制している。
 唇を合わせ、そのまま抜き差しの動きを止めずに肌に触れてゆく。いつまでだって触れていたくなるような、吸い付くような肌だ。これがルルーシュだからだと、理由は知っている。
 愛してる。
 彼のためなら、なんだってする。
 そう、決めた。
「やっ、あ、あ、ああ、あああっ」
「くぅ」
 強い絞り込みに、スザクも思わず声を漏らした。
 飛ぶ白濁と、再度注がれる白濁。
 この部屋にシャワーはあるのだろうか、と快楽に真っ白に染められた頭の端っこにそんな事が引っかかった。



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2011.4.5.
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