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スケープゴード10


 フロートユニットは、まだ特派が実験的に作っている段階だ。相手もそう多くは用意できまいと踏んだ。それをルルーシュへ伝えれば、有益な情報だと喜ぶ。
 基本的に、やはりV-TOLを使った移動と、来ない筈のない指揮官、シュナイゼルを乗せたアヴァロンの機上での空中戦となるだろう事は予想がついた。
 準備は、突貫で行われているようだった。
 紅蓮が空を飛んだ。
 藤堂らの乗る、月下もだ。
 フロートユニットの扱いについては、スザクが一番経験を積んでいる。それぞれに教える事が出来るのは彼一人だった。先の戦闘での働きで、既にスザクは皆に受け入れられている。もっとも、より悪い状況を迎えたことも確かで、中には数人まだ疑いの目を向けているものはいるが、おおむね好意的な感触になった。
 この時代のエナジーフィラーの効率は、まだ差程良くない。フロートを使用すれば減りの早いのも問題ではあった。旗艦となるは、巨大な潜水艇だ。そこへ積める限り代替えのフロートユニットを積み込み、やばくなったら取り替えるという原始的な方策しか採りようがなかった。
 その間もルルーシュは索敵を怠らなかったようで、各隊、ほぼ2、3機にのみ設置出来た段階で、その時は来た。



「来るぞ。トウキョウ租界へまっすぐのルートを使っている。堂々としたものだ」
 私室に入り浸っていたスザクは、その声を聞いてびくんと跳ね上がった。
 それに対し、ルルーシュの声はどこか嬉々とした響きを含んでいる。彼には戦闘が必要なのだと思った。いや、頭脳ゲームだろうか。彼のそれは命をかけたゲームに見える。
 すぐさま、準備が開始された。まだ相手は洋上だ。トウキョウ上空へ到着まで約五時間。その前に食い止めなければならない。
 潜水艇の準備はされていた。大勢の黒の騎士団員が乗り込み、調整を開始する。フロートユニットを取り付けたKMFも、そうでないものもまずはV-TOLでの移動となった。少しでもエナジーの消費を軽減させるためだ。
「本当に君も出るのかい?」
 ルルーシュへ問えば、当たり前だとの返事が来ただけだった。
 動かず、安全な場所から指示を出す指揮官になど、誰がついてくるのだ、と。
 確かにその通りだ。彼の言うことは正しい。ただ、洋上戦という慣れないものに対し、酷く怯えを抱いていたのは確かだ。それを伝えれば、軽く笑って髪をくしゃりとかき混ぜられた。
「お前が守ってくれるんだろう? カレンもいる、安心して俺は戦える――さあ、行くぞ」
 ゼロの扮装はずっと解いていない。仮面だけを被れば、それでゼロの完成だ。
 すっと伸びた後ろ姿の姿勢が綺麗だった。
 そう。自分は、彼を守らなければならない。
 ずっとこの先の未来のためにも。



『面白い事を考えたね、ゼロ』
『そちらこそ、随分早いおでましで』
 背後にちらりとチバが見える距離だ。差程距離は稼げなかった。V-TOLにつながれた状態で、スザクは相手の布陣を見る。案の定、フロートユニットを装備しているKMFの数は少なかった。艦内に控えていればともかく、その可能性は低いだろうと考える。きっと、ルルーシュも同じ事を考えているだろう。――いや、彼の事だ。最悪の可能性を想定し、アヴァロンから放出されるフロートユニットを装備した機数を算段してるに違いない。
 ざっと見渡して、だが、スザクは目を見張る。
 まさか、と、思った。
 そこにいる筈のない機体があったからだ。
 これを指揮するのはあくまで宰相シュナイゼル。皇帝の騎士を――ナイト・オブ・ラウンズを、連れ出せる訳がないと。考えていたのが、甘かった。
 背中に巨大な剣を装備している、ナイト・オブ・ワン。彼はやっかいだ。未来を読むギアスを持っている。
「ルルーシュ。左舷後方に位置している機体、分かる?」
 プライベート回線を用いて、忠告をする。
『ああ。あのでかい剣を背負ったヤツか……あれは……』
「ああ。ナイト・オブ・ワンだ。まさか引っ張り出してくるとは」
 ルルーシュにも覚えがあるようだった。苛立った空気が回線越しに伝わってくる。
「彼の動きは常に人の先を読む。やっかいな相手だ」
『先を読む? 剣の達人という訳か……確かに、やっかいだ』
 ここでギアスの事を伝えられれば良かった。だが、自分は知らない事になっている。それを口にする訳にはいかない。
 互いの布陣を読んで数分。その後に、ルルーシュは指示を出し始めた。
『Q1は左舷後方のでかい剣をもったKMFを担当しろ。相手は先を読む、動きに気をつけろ』
『はい!』
『藤堂と四聖剣は散開。それぞれの部下を連れ、卜部から左舷、千葉は左舷中央、藤堂は中央、仙波は右舷中央、朝比奈は右舷を担当。卜部はカレンのサポートも頼む』
『承知!』
『私は中央突破をはかる。傍らにはスザク、お前が付け』
「わかった」
『以上だ。V-TOL隊は適時見計らい、アヴァロン上へ乗り込み、破壊を試みる事』
『了解しました!』
 そこで、一呼吸。自分はルルーシュの傍らに置いてもらえた事に感謝する。
『では、開始』
 戦闘は、始まった。



 相手もフロートユニットを使い慣れている訳ではない。戦況は混戦となった。
 自爆していく者、コツを掴み、上手く立ち回っている者、それぞれだ。
 だが、圧倒的にこちら側の軍勢が足りない。それに、カレンは未来を読むギアスを持ったナイト・オブ・ワン相手に苦戦しているようだった。
 アヴァロンは戦火に包まれている。V-TOL隊とあちらも準備しきれなかったのだろう、陸戦用KMFが激しく戦い合っている。
「ゼロ、アヴァロンの左舷エンジンを狙う。上手く行けばナイト・オブ・ワンも巻き添えに出来る。構わないか?」
『構わない、やれ』
 ひとつ頷き、改良されたヴァリスを構える。狙いはわずかにそれた。だが、運良くナイト・オブ・ワンの隙を突く事が出来たようで、あちらの陣形が変わる。
 相手があきらかにこちらを意識した事が分かった。
 元々遊軍扱いなのだろう、彼の立ち位置は布陣としては不自然な場所にあった。まっすぐにこちらへ向いて来る。追撃する紅蓮をなんなく躱しながら。
「こっちに来る。ルルーシュ、下がって!」
『名を呼ぶな! 誰に聞かれているか分からない!』
「そんな場合じゃない。早く!」
 ルルーシュにかつて掛けられたギアスが発動する。生きろ、という呪いのようなギアスだ。だがそれに今程感謝する事はない。
「くっ」
 強大な剣にMVSでは弱すぎる。支えるいとまもなく、断ち切られてしまう。だが反射的にヴァリスをその巨体に撃ち込んだ。これは効いた筈だと思うが、彼はまだ悠々と空を飛んでいた。
『スザク、私が!』
「カレン!」
 背後から襲い掛かろうとした彼女の機体が、返す刀で振りかぶられた剣の犠牲になりかける。
 間一髪で身を翻した彼女だったが、『エナジーが…!』との叫びが聞こえて来た。
 こちらも、そろそろ危うい。潜水艇へなど取りに戻る時間などありはしないだろう。
 その合間にナイト・オブ・ワンに仕留められる未来が、ギアスも持っていないのに見えそうだ。
「ゼロ、下がってて。君には荷が重い。それより各隊へ指令を!」
『…っ、分かった。無理をするなよ、スザク』
「分かってるよ」
 先を読まれる。以前のように機体性能には頼れない。こちらには折れたMVSとヴァリスしかない。カレンの輻射波動は、そもそも懐に入り込まなければ使えない。八方手詰まりというのはこういうのかもしれないなと思った。
「カレン、こっちで注意を引きつける。背後から輻射波動は撃てるか?」
『誰に言ってんの? やるわよ、やってみせる!』
 エナジーの残量が30%を切った。どれだけ持ちこたえられるか、我慢の時間だ。
「反則なんだよ、未来を読むギアスなんて!」
 通信が切れていることを確認し、スザクはコクピット内で叫ぶ。きっと彼は目を縫い閉じたままだろう。それほどに侮られているだろう。それも当然だ。この中で使える機体と言えば、紅蓮と自分のランスロットのみに近い。藤堂らも上手く立ち回っているが、使いこなせているとは到底言えない。
 その二人を軽く手玉に取っているのだ。
 生まれるだろう油断を突くしかなかった。だが、この人間が油断などというものを見せた事があっただろうか? 現実でもスザクは目にしたことがない。ずっと過去からシャルルに仕えていた、KMFもなかった時代からワンであった彼に勝てる手段などあるのだろうか?
 オープンにしてある受信チャンネルからは、ゼロの指令が次々出されている事が分かる。
 その声をBGMに、受け身に回るよりほかなかった。もっとも受け身とは言え、逃げる先さえ読まれる。神経はギリギリに張り詰めているのに、勝てるという気がどうしても起こらない。あってはならない事態だ。だが、緊張の糸が切れそうになる。
『スザク!』
 カレンの声にはっとさせられた。彼女は右手で強大な剣を掴んでいる。
『捕まえた…!』
 輻射波動の気配。その間に、自分もヴァリスを撃ち込む。
 ぶくぶくと沸騰していく剣に巻き込まれないよう、ナイト・オブ・ワンは遂に得物を手放した。
「よしっ」
『――スザクッ、ゼロを!』
 悲痛な叫び声だった。
 手放した剣を、ワンは投擲した。その先にあるのはゼロの機体だ。とっさに体が動く、背を向けてももう構わない。ナイト・オブ・ワンは他に得物を持っていない。剣に絶対的な信頼を寄せていた。
「ルルーシュっ!」
 オープンにしたプライベート回線で呼びかける。だが、今からでは到底間に合わない。自分が、間に入れば、あるいは……!
 考えるより先に体が動いていた。
 射線上、ゼロの機体の前に身を投げ出す。
 背後から凄まじい衝撃がやってきた。そのまま、勢い付いてルルーシュの元へと流されてしまう。それはダメだと必死でルートを変えようとした。だが、次々に出るエラーの画面。実際に脇腹をえぐった沸騰寸前の剣はランスロットの動きを止めてしまっている。
「避けて、ルルーシュ!」
『……スザク!』
 逃げてと言ったのに、彼は逃げなかった。その場で立ちつくしていた。いや、自分を待っていた。それに、逃げる時間など……なかっただろう、きっと。
「避けて、って、言ったのに」
『お前を見捨ててか…?』
 自分を貫いた剣はゼロの機体までもを貫いただろう。
 顔の横で、断線されたコードが火花を散らす。
 えぐられた脇腹からの出血も酷い。ルルーシュはどうなっているのだろう。真正面から受け止めた筈だ。
「無事? ルルーシュ」
『お前の方こそどうなんだ』
「僕は、大丈夫」
 嘘を、ついた。
 彼の声が苦しそうだったからだ。
『そうか、こっちも無事だ』
 破壊の衝撃が伝わってきた。じきにこの機体は爆散する。きっと、ルルーシュを道連れにして。
「ごめん。約束、守れなかった」
『なにをだ?』
「守るって誓ったのに」
『守ってもらった。お前が庇ってくれなければ、俺はまっぷたつになっているところだったよ』
 そう言い、けほ、と彼は咳をした。しめった音の咳だった。

――心中か。それも、いいかな。

 ほのかに笑みが浮かんできた。
 意識はとぎれそうになっている。
 モニタは複数のエラー画面を表示した後、遂に真っ黒になってしまった。
 落下する感覚。エナジーも、もう切れているだろう。
 彼と共に死ねるのであれば、それでもいい。
 そう、スザクは思った。
 だがその瞬間世界は赤く染まった。


 ギアスが、発動したのだ。



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2011.4.5.
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