「ルルーシュ!」
戻って来た彼へ、スザクは駆け寄る。
一足先にスザクは学園へ戻っていた。今頃あらゆるメディアではゼロが演説を始めているはずだ。
「スザク、無事だったのか」
「ごめん、KMFに……。爆風にやられて、先に出てしまったんだ」
「そうか、怪我はないのか?」
彼は変わりないように見えた。だが、そんな筈はない。C.C.から記憶を戻された。既に自分がルルーシュを皇帝に売った事実を知っている筈だ。そんな自分を、許していないはずがない。
そんな欠片も見せない彼は、さすがだと思った。
そりゃあ騙された訳だと、過去の自分を慰めさえしそうになる。
「大丈夫」
「そうか、無事で良かった」
「ルルーシュこそ無事で良かったよ。あの後、KMFは?」
「一般人だと分かると撤退していったよ。それに――」
「それに?」
「テレビを見ていないのか?」
「え、うん」
そこで、テレビのリモコンを手に取った。付ければ、予想の通りゼロが演説を行っている。
「ゼロ……?」
「ああ。黒の騎士団が復活したらしい。俺が見逃されたのは、一般人だからと言うより、そのせいだろうな。ブリタニア軍は一斉に引いて行った」
それも、嘘だ。
ルルーシュが全てを殺してしまった。
こうやって、ずっと騙されてきたのだ。
「そう……ゼロが、復活したのか」
「同じ人物とは限らないだろう。なにしろあの仮面だ」
「確かにそうだね」
「この一年の間にも模倣犯はたくさん出てきた。それと同じだろう」
「そうだったらいいね。トウキョウ租界が壊滅するのは、もうイヤだよ」
「スザクは本国へは帰れないからな。ここが安全でないと、一番困るだろう」
「君だって…」
と、言いかけて慌てて口をつぐんだ。今の彼には本国に両親がいることになっている。その設定を忘れてはいけない。
「出張ばかりの両親だって言ってたじゃないか。そんな場所にいるより、こっちがいいって」
「それは、そうだが。でも余りに酷くなるようなら、本国に戻るのもいいかもな。スザク、お前も来るか? 一人くらい養える余裕はあるぞ?」
「その時はお願いするよ」
上っ面の会話はそれでもスムーズに進行する。まるで記憶を取り戻したなんて嘘のように。
彼はずっと嘘をついて生きて来た。
皇子であることを隠し、母親を暗殺された事を隠し、良すぎる頭を隠す為に成績も落とし、まるで平凡な学生であることを装って生きていたのだ。今更ひとつふたつの嘘が増えたところで、何の苦もないのだろう。
ゼロであった事も上手く隠してきていたのだ。
一番側にいた、自分にのみほんのわずかの違和感と不審を植え付けるだけで。
「でも、無事で良かった」
それは心からの言葉だった。もっともC.C.とギアスを取り戻したルルーシュに何かが起こるとは思えなかったけれど。
目の当たりにした、絶対遵守の力。
現実で奴隷を生み出す姿は見ていた。だが、あそこまであっさりと一瞬で自分の命を奪う行動まで取らせるとはと、恐れすら抱く。
「お前こそ。あそこでいなくなったから焦ったよ。いつの間に消えてたんだ」
「焦らせてごめん。KMFが降って来た時、爆風で飛ばされたんだ。そして、もうひとつごめん、君を置いて行ってしまった」
「構わない、今こうして無事なんだから」
「……ありがとう」
内心、彼はほっとしている事だろう。ルルーシュが記憶を取り戻す前の時期だ。それがはっきりすれば、少しは安心するはずだ。
それともそれも、疑われているだろうか? 可能性のひとつとしては捨て切っていないことは、確かだろう。
それがルルーシュという人間だということは、もう痛い程知っていた。
ルルーシュは上手くやり通していた。
学園にもそれなりに顔を出し、それでも機情の網をくぐって時折身をくらませる。
C.C.に接触したかったスザクは、ある夜、ルルーシュをつけた。機情の人間では撒かれてしまうのだ、自らが乗り出すしかない。そして、向かう先を自分は知っていた。
中華の総領事館だ。そう思えばつけることは楽だ。
彼は途中、ゼロの扮装に着替えて総領事館に侵入する。極秘の経路なのだろう、決して正面ではなく、地下を用いていた。
スザクは中に入ることが出来ない。だが、C.C.は気付くだろうと外で待っていた。
ギアスを与えた人間とはどこか繋がっているそうだ。例え未来とは言え、自分の持つギアスは彼女から与えられたものだ。そして、彼女は既にそのことに気付いている。
待つのは、少しの時間で良かった。
騎士団服をアレンジした、少し扇情的な衣服で現れた彼女はスザクを見ると、呆れたような顔をした。
「まさか、お前にギアスを与える事となるとはな」
「僕も思ってなかったよ」
「時間跳躍。また、やっかいなギアスだな」
「そうでもないよ――少し、疲れるけどね」
「いつだ?」
まっすぐに彼女は自分を見る。
「未来。これから先、ルルーシュは様々な事に巻き込まれ、巻き起こす。その結果、僕の手に掛かって死ぬ事になる」
「お前が殺すのか」
「合意の上だ。説明すれば長くなる。――今、大丈夫なのかい?」
「ああ。今ヤツはカレンに捕まっている。しばらくなら平気だろう」
「それじゃあ、説明するよ」
そして、これから起こる全てを話した。本来自分が彼の見張りでなかった現実での出来事を、だ。自分がラウンズにならなかったこと、機情の管理者である事で起こる齟齬はどうなるのか分からない。だから、現実の話をするしかなかった。
彼女は淡々と耳を傾け、時折細かい事を尋ねてくる。それら全てに答えてゆく。
「なるほど、いかにもありそうな話だ」
「その道を、僕は阻止したい。今はルルーシュを皇帝に売り、監視役を買っている。この先はどうなるのかも分からない。道は変えてしまったからね。でも、おおまかなルートは変わっていないと思う。君にも協力してもらいたい」
「分かった。それが私の望みでもあるのだろう?」
「ああ」
彼女の飲み込みは早かった。自分の与えたギアス、というのが最も効いたのだろう。
それに話の整合性は取れているはずだ。一度目に戻った時にルルーシュに説明をしている。その時尋ねられた詳細も、おぼろげながら覚えていた。それらを参考にして話したのだ。
「作り話にしては手が込み過ぎている。信じるしかあるまい、お前に協力しよう」
「僕も、――無理はあるかもしれないけど、変えて行くつもりだよ。最終的にはゼロレクイエムを起こしてもいいとは思ってる。そこで彼の命を奪わなければいいんだから」
「だが、それは最後の手段だな。そうすればあいつは世界からは姿を消さなければならない。それは避けたい」
「僕もだよ」
そして、スザクは右手を差し出した。
いつぞやと同じだ。彼女は察しよく、自らの右手を差し出してくれた。
「僕たちは同士だ」
「仕方がないが、そうなる。だが、まさかお前と手を組む羽目になるとは思っていなかったぞ」
「だろうね」
握手をしながら、彼女は苦笑を浮かべる。
今までの自分と言えば、敵対しかしてこなかったからだ。
思えば何度もルルーシュは自分に手を差し伸べていた。それを全て断ってきたのは自分だったのだ。
「不満かもしれないけど、我慢して」
「いや、今のお前なら信頼出来る。こちらこそ頼んだ」
そして、彼女は総領事館へと戻って行った。ルルーシュが戻る前に自分は部屋にいなければならない。スザクもまた、帰路を急いだ。
「おかえり、遅かったんだね」
「なんだ、起きてたのか?」
ルルーシュの戻ってきたのは深夜二時になる前だった。さすがに眠気を催す時間だ。本来は、起きていない筈の時間。
「眠れなくて。今日はどこで打ってたの?」
「いつものところだよ。さすがに怪しい場所に行くのはやめた。スザクも見て、安心した筈だろ?」
彼は新しい賭けチェス場を見つけていた。元々、通っていた場所だそうだ。そこは貴族も多く、警備もしっかりしている。警護役としていつも付いてくるスザクはそこに案内されていた。
それは、自分がついてくるのを防ぐ役割もあったのだろう。
抜け出す度に自分がついて行けば、ゼロに戻った意味がない。
同時に、機情のメンバーを徐々に割り出して行き、ギアスを掛け警備の無効化もさせて行っていた。トップである自分には既にギアスが掛けられている。二度、同じ人物にギアスを掛ける事は出来ないと現実では説明されていた。だから、それらはスザクに怪訝さを抱かせないための周到なものだった。
事情を知っている自分ですら、時折騙されるくらいだ。
物事は順調に進んでいるようだった。ナナリーの事が気になるだろうに、欠片も素振りを見せない。自分の事を憎んでいるだろうに、そんな気配もない。
「ルルーシュ」
呼べば、なんだとこちらを向く。
手を伸ばせば届く場所にまで来てくれた。
「好きだよ」
「お前のそれは、もう口癖だな」
苦笑し、口づけを甘受してくれる。
偽りだと思っているだろう。それは残念ではあったけれども、この世界の過去は書き換えられない。
自分で選んだ道だと納得させるより他はなかった。
ゼロは、捕らえられた黒の騎士団員の人質について脅されている。
ロロのいない今、彼はどう動くだろうか。
それでも、確実に彼は勝利するだろうとの確信は持っていた。
抱きしめれば応えてくれる。たとえ偽りであろうとも、そのことに心が凪ぐのは止めようがない。彼が生きている世界はこれまでも見てきた。そのたびに彼が生きている事に感謝する。
C.C.はいきなりだったが、彼女にも感謝していた。ギアスを与えてくれたおかげで、何度でも自分はルルーシュに会う事が出来るのだから。だが、正しい未来へ導く事が出来ない。それには時折苛つく。自分の無能さにだ。
「どうした?」
「ううん、ちょっとルルーシュが恋しくなっただけ」
「バカな事を言ってないで。お前は明日、学校へ行くんだろう? 早く寝ろ」
「明け方まで抱き合ってても僕は学校へ行けるよ」
ニュアンスを含ませて言えば、彼は呆れた顔をした。
「今日はそんな気分じゃない」
「分かってるよ。僕もそういうつもりじゃない。ただ、寝不足でも大丈夫だって事だけ」
「ああ、忘れてた。お前は体力バカだったからな」
「酷いな、それ」
「事実を述べたまでだ。俺は疲れた、もう寝るぞ」
そして、彼はシャワールームへと姿を消す。
見えない場所に行ってしまうのが、ほんの少しだけ嫌だった。
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