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スケープゴード16


 どう動けば効果的だろうか。
 素直に入団を希望してもルルーシュは到底受け入れる筈がない。そもそも、自分はまだルルーシュがゼロであることに確証を持っていない事になっている。
「ルルーシュほど頭が良ければな…」
「何無茶な事言ってんの、スザク」
 午後の生徒会室だ。思わず漏れ出た言葉に、リヴァルから茶々が入った。
「あいつの頭は、特別製」
 とんとん、と自分の頭を人差し指で突きながら、リヴァルは笑う。
「まあ、そうだよね」
「なに? スザクくん悩みごと?」
「ちょっとね」
「ふうん……私で良ければ、相談に乗るよ」
 邪気のないシャーリーの笑顔が眩しい。彼女も生きたまま過ごせる世界を作りたいと思う。
「ううん、そんな大したことじゃないんだ。ありがとう」
「そう? 気なら使わなくても大丈夫だよ」
 と言いつつも深追いはしてこなかった。彼女らしい配慮だ。
 そして代わりに「はい」とティーカップを渡された。今日のおやつはテーブルの上に並んでいる。
「会長、遅いなー。何やってんだろ。ルルはどうせサボりだろうし」
「悪かったな、サボりじゃなくて」
「きゃっ、ルル!」
 お茶の準備をしていて気付かなかったのだろう。彼はほんのわずか前に、扉を開きちょうど一歩室内へ足を踏み入れたところだった。
「驚かさないでよ!」
「悪かった。――俺の分はあるのか?」
「もちろん、用意させていただきます」
 彼女の声に弾みが出る。素直に好きだとの心情が漏れ出してきて、ほほえましい気持ちになってしまった。
「授業サボってたから、今日もサボりだと思ってたよ」
「書類がそろそろたまってる頃だろうと思ってな。午後からなら動けたから、出て来た」
「なに? 午前中調子悪かったの?」
 含ませたニュアンスはもちろんスザクへの嫌味だ。彼は今朝、足腰立たない状態で抱きかかえてシャワールームにまで運んだのだ。もちろん学校へなど行ける状態ではなかった。
「ちょっとな。もう大丈夫だ」
「無茶しちゃダメだよ――でも、ルルはもっとちゃんと学校に来なきゃ。出席日数足りなくなるよ」
「はいはい」
 渡された茶器を受け取り、叱る口調のシャーリーを軽くあしらう。かわいそうだなあと思った。彼はきっと、ずっと彼女の好意を知らないままだ。この先知る事はあるのだろうか? それは聞いていない。だが彼女が失われた時に泣いた事だけは知っている。
「大事なものは、ちゃん側に置いて守らないと」
「? どういう事だ?」
「いや、独り言」
 思わず口をついてしまった言葉はしっかりと隣に座るルルーシュに聞かれてしまった。
「俺はむしろ逆だと思うが。大事なものは離れた場所においておくべきだ。手近な場所だと失われてしまう」
「そうかな」
「いや――受け売りだ。俺も実は良く分かっていない」
 ルルーシュが受け売りの言葉など口にするのは珍しい。誰の言葉だろうと思った。C.C.辺りだろうか?
 彼女なら、言いそうな台詞だとも思った。だが彼女はルルーシュの側にずっといる。その意見に反した行動を取っている。でも、今の彼女の目的は違うのだったと思い出した。彼女は死ぬため、ルルーシュのギアスが彼女の願いを叶えるに価するまでを待っているだけに過ぎない。
 C.C.に相談してみよう、と思った。
 彼女の口添えがあればあるいは、と思う。自分の言葉ではルルーシュは受け入れてくれないだろう。彼女は既に自分が黒の騎士団に入団すると決めた事を知っている。彼等の関係とはまた違うが、自分とも彼女は共犯関係にあるのだ。手助けくらいはしてくれるだろう。
 しかし、困ったことに連絡手段がない。
 また中華の総領事館へ向かうべきだろうか?
 まもなくナナリーが着任する頃だ。ルルーシュはあの無茶な戦闘を開始するだろう。それまでに入団をすませておきたかった。今回はナナリーを守る人間がいない。戦闘は回避すべきだった。それともルルーシュの元へ帰してやるべきだろうか?
 現実との齟齬がまた出来てしまう。
 本来と思っていた場所とは違う分岐が生じてしまう事になる。
 それでもルルーシュが安心するなら、それもいいと思わされる。
 ただ、彼女の意志が殺されてしまうけれども。
 しかし、と気付く。
 現実とは違い、自分はなんのアクションも起こしていない。次に着任する総督がナナリーだと言うことを、ルルーシュは知っているのだろうか?



「なんだ、枢木スザク。そう頻繁に会う訳にはいかない関係なんだぞ、私たちは」
「分かってる。でも、頼みたい事がある。僕は黒の騎士団に入団することを決めた。だが、ルルーシュは決して承知しないだろう。そこで、君が口添えしてくれる訳にはいかないか? なんならギアスの事を話してもいい。僕の話は信じないだろうけど、君の話ならルルーシュは信じるだろう」
「本気で言ってるのか?」
 総領事館から出てきた彼女は、呆れた顔をした。
「お前のギアスを話す訳にはいかない。お前のは、イレギュラー中のイレギュラーなんだ、いくら私の言葉でもルルーシュは信じまい」
「え? どういう事?」
 初めて聞く事柄だった。契約を交わした時ですら、彼女はそんな事なにも言っていなかったはずだ。
「本来ギアスというのは、物理現象に作用しない」
「えーと、どういう事?」
「ロロというのは、時を止めるギアスを持っていたのだろう? だがそいつが持っていたのはあくまでも掛けられた対象の体感時間を止めるギアスだっただろう。ルルーシュのギアスは例にするのはややこしいが、物体に命令を下しても何も起こらない。人の脳に作用するのがギアスというものなんだ」
「――でも、僕は時間を飛んでる。それともこれは、僕の脳内旅行って訳?」
「それでもいいな」
 言って、彼女は笑う。
 だが――と、続けた。
「それはあり得ない。実際にお前は私の記憶にないギアスを与えられている。未来から来たというのなら、それは事実だろう。多分私の願いとお前の願いが合わさって、化学反応でも起こしたのではないか?」
「よく、分からない」
「要するに、お前の持つギアスはルルーシュの常識の範囲外と言うことだ。私から説明した事からも外れている。だからイレギュラーだと言っているんだ」
「なるほど……」
 と、答えながらも半ばも話は分かっていなかった。
 とにかく、自分のギアスについてルルーシュは納得をしないのだろうという事だけはなんとなく理解した。目の前で証明する訳にもいかない。この世界から旅立つ事になってしまう。
「じゃあ、ギアスの事はなしで」
「それは私でも難しい。お前は犯してはならない手を既に用いている。口添えくらいならしても構わないが、私が主体となってお前を黒の騎士団に入れる訳にはいかないな」
「そうか…。やっぱり、自分で努力しなきゃいけないって事だよね」
「そういう事だ。自分の事くらい、自分でしろ」
「ごめん、分かったよ」
 分かればいい、と言い、彼女はそのまま総領事館へと戻って行った。
 ナナリーの件についてだけ、聞き忘れた。
「C.C.!」
「なんだ、そんな大声を出さなくとも聞こえている」
「ルルーシュは知っているのか? ナナリーが次の総督だと言うことを」
「ああ。それは私が話した。お前から告げる訳にはいかないだろう? 現実との乖離は出来るだけ防いだ方がいいと思って、伝えておいた。なに、私はC.C.だ。知らない筈の事を知っていてもあいつは深く追求してこない」
「そう…良かった。じゃあ、戦闘の準備は始められているんだね?」
「もちろんだ」
「分かった。それまでに入団をしておきたいと思ってる。何かルルーシュが言えば、口添えを頼むね」
 了解した、と、今度こそ彼女は帰って行った。
 残された手は、直談判しかなさそうだった。



 そしてその夜、ルルーシュが戻ってくるのを待った。
 時間は差程残されていないだろう。カレンダーを見る。あの戦闘があった日まで、一週間もない。
 彼はやはり帰りが遅かった。ナナリーを救出するため、策を練り作戦を伝達し、準備を行っているのだろう。疲弊した表情で戻って来た彼は、部屋の明かりが付いていることにひどく驚いたようだった。
「ルルーシュ、話がある」
「明日にしてくれないか、今日は疲れて…」
「今日じゃないといけない話なんだ。いや、迷ってた僕が悪かった。もっと早くにしておく話だった」
「なんだ?」
 いつになく緊張した声音に、ルルーシュは自分のベッドに腰掛け、スザクを見る。
「君がゼロだと言うことを、僕は知っている」
「……何を…」
「ブラックリベリオンを起こしたゼロも、現在のゼロも同一人物だ。そしてその正体は君だ」
「面白い話だな」
 彼はひとまず、流す事にしたらしい。スザクが何を言うのかを聞いてみようと言う気になったのだけは確かだった。
「その君に頼みたい事がある。――僕を、黒の騎士団に入れてくれないか」
「はっ、何を言い出すかと思えば。突然だな、随分。例え俺がそのゼロだとしても、意味が分からない。お前はユフィ――」
「そう、ユフィの騎士だった」
 彼がボロを出した。記憶を取り戻している証拠を見せる。
 唇の端を噛み、明らかに失敗した者の顔をした。
「いいんだよ、ルルーシュ。君が記憶を取り戻している事はもう分かっている。多分殺したい程僕の事を憎んでいるだろうね。でもあれは、必要な事だった。一年と言う時間がなければ戦力は互角になれなかった。だから、この道を僕は選んだよ」
「――どういう、ことだ」
「ブラックリベリオンがもし成功していたとしても、すぐに本国からの増援が来ただろう。それに対処出来る能力はあったかい? それにナナリーの行方を捜していた君にゼロは勤め上げられたか?」
「お前…」
 射るように睨まれる。
「ナナリーは今、本国にいる。まもなくこのエリア11の総督として着任するだろう。知ってるよね」
「何を、どこまで知っている? お前はブリタニア側の人間だろう。それが何を言い出すんだ。黒の騎士団に入れろ? トチ狂ったか」
「トチ狂った。はは、そうでもいいよ。入れてくれるのなら」
 確かに狂ったかのように見えるだろう。自分の行動には確かに一貫性がないように見える。
 だが、今言ったように時間が必要だった。黒の騎士団が戦力を再び取り戻すため、ナナリーが落ち着きを取り戻すために。
「僕は君を守れるのなら、もうなんだって構わないんだ。機情を知ってるね。知らないとは言わせないよ、全て僕の部下を傀儡にしてしまったんだから」
「気付いて…いたのか」
「当たり前でしょ。君が記憶を取り戻したことは気付いていた。一緒の部屋で生活しているんだ、変化になんてすぐ気付く」
「あの時――バベルタワーで俺を見ていたのか?」
「それもあったね。うん、見ていたよ」
「この嘘つきめ」
「君に言われたくないな」
 彼はちっと舌打ちをし、自分の迂闊さを呪ったかのようだった。
「それでも僕はずっと見逃してきた。それが保証にならないだろうか、君を裏切らないという」
「あんな事をしておいて、今更…!」
「それについては、本当にすまないと思っている。でも僕には他に手はなかった」
「あの場所で俺を殺すという手だってあった筈だろう。憎んでいた筈だ、ユフィを殺した俺の事を」
「そのことは、もういいんだ。君を守りたいという気持ちの方が勝っている」
 虚を突かれたかのような顔をした。あのとき、自分は出来るだけ現実の再現を行った。憎しみの顔も本当であるかのように振る舞った。
「もう、いいというのか…? ユフィの事を?」
「うん。あれは僕の罪でもある。彼女を護るのが僕の役割だった。果たせなかった後悔を君にぶつけていただけだ」
「そんな事で、いいのか」
 彼の中で彼女の事は生々しい記憶だろう。なにせ取り戻したばかりのものなのだ。
「もう一年が過ぎる。僕の中での彼女は、過去になった」
 本当はもっとずっと長い時間が過ぎた。だからこんなに穏やかに話をすることが出来る。
「だから、お願いしたい。僕に君を護らせて欲しい。今度こそ間違えずに、大事な者を護るから」
「――……考えさせてくれ。お前が敵じゃないことは、分かった。だがそれとこれとは別問題だ」
「…分かった。時間がない、ナナリーが来るまでに、結果が欲しい。僕は十分な戦力になれると思う」
「そうだな」
 そして、彼は大きく息を吐き出した。
「なにもかも知っていたのか」
「うん…」
「とんだ茶番を演じてた訳だ、俺は。みっともない事この上ないな」
 ははと笑う彼の声は、空虚だった。



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2011.4.7.
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