彼は結論をなかなか出さなかった。
時間は迫っている。焦りが生じ始めた頃に、寮室にC.C.を伴ってルルーシュが戻ってきた。
「な……ここ、男子寮。女子厳禁」
「何を言ってるんだ、お前は」
当たり前のことを思わず口走れば、ルルーシュに笑われた。
少なくともあの日の会話は無駄ではなかったようで、彼がスザクを警戒する気配は解けていた。雰囲気も柔らかなものが混じり始めている。
「こいつがどうしてもお前に会いたいと言って聞かない。俺がゼロだと知っているなら、こいつの事も分かるな?」
「……君の、協力者? 戦場にいたね」
過去の――それも随分昔になる――記憶を掘り出し、無難な言葉をようやく紡げた。C.C.と言う名は現在の自分は知らない筈だ。そして、彼女の詳細についても。
「共犯者だ。名はC.C.と言う」
「C.C.」
「イニシャルだが、立派な名前だ。落ち着かないだろうが慣れてくれ」
「ってことは…」
「ああ、お前を黒の騎士団に迎える。ただ、お前の存在は騎士団内には知れ渡っている。当然受け入れられることもない」
「……だろうね」
堂々と敵対していた。ユーフェミアの騎士となり、常に黒の騎士団の邪魔をしていたランスロットのパイロットだと言うこともばれてしまっている。敵として葬ったものもいる。憎まれてもいるだろう。
「それでもお前は、俺を護ると言うか? 自分の命が晒されようと」
それには、すぐに頷いた。
「君を、護るよ。僕が死んでも構わない」
「どうしてそこまで思える? 俺はお前を騙していた。そして敬愛すべき主を汚名の元に殺した。何故だ」
「僕はもう、大事なものを失いたくないだけだよ」
ただひとつ、大切なもの。ルルーシュの命が救われるならば、何だって構わなかった。
「後悔か? そんな甘い感情ならやめておけ」
「ユフィの事じゃない。君が大事だということは、この一年で分かってもらえなかったかい?」
「監視下の家畜の自由を謳歌していた俺の事が大事なのか、お前は」
「違う。君には早く君を取り戻してもらいたかった。監視下に置くことは皇帝との契約だった。でも、君が記憶を取り戻しても何も伝えるつもりはなかった。幸いにも君は他のメンバーを抑えてくれた。後は僕が口をつぐむだけで、真実は闇に葬られる」
「あの男を裏切ると言うのか」
「最初からそのつもりだ。覚悟もある」
「――いいだろう」
そして、C.C.が前に一歩進み出た。
「こいつの言葉に嘘はないだろう。信じる価値はある」
たった一言だ。
それだけで、ルルーシュは気を許したようだった。彼女へは絶大な信頼を寄せているらしい。そのことが悔しくもあり、羨ましくもあった。
「ナナリーの護衛には、きっとラウンズが就く。並大抵の戦力では敵わないと思っていい」
「それはブリタニア側からの発言か?」
「いや。君を思っての言葉だ」
抑えた語調で続けられる会話は、緊張感に満ちている。ラウンズについては彼も懸念していただろう。
「実際、お前はラウンズというものに相対したことはあるのか?」
「本国に出向いた時に、少し」
彼等の活躍はニュースや新聞で大きく取りざたされている。実力もある程度は分かっている筈だ。それでも情報が欲しいのが、本音だろう。
「コーネリア皇女殿下より、数段上の能力を持った集団だ、とだけ言っておく」
「そうか」
スザクがラウンズにならなかった事により、現実と今は状況が変わっている。エリア11にまだラウンズはいない。実際、出てくるかどうかは分からなかった。しかし出て来るとすればジノとアーニャになるだろう。フロートユニットを装備している彼等は戦い方を良く知っている。それに対し、黒の騎士団ではまだフロートユニットを装備した機体が一機もない。現実と同じ流れになるなら、途中紅蓮が飛ぶようになるだろうが、それまで苦戦を強いられるのは目に見えていた。
それでもナナリーを助けなければならないと彼は譲らないだろう。
例えここで、これは彼女の意志なのだと告げても信じてもらえるとは思えない。彼等はずっと、利用されてきた子供だった。
これはルルーシュに取って必要な戦闘なのだ。
「お前の機体はもう本国に戻っているだろう。こちらで一機用意する。途中で参戦してもらいたい。正体は明かさずに」
「不審に思われない?」
「大丈夫だ。前回の戦闘で鹵獲したものがある。無頼で紛れ込めばややこしくなるが、新しい協力者だと告げれば俺の言葉だ、不審には思われまい」
「そう」
それは多分、ヴィンセントだろう。何故かそう思った。
「作戦が成功した後なら、お前も疑われないだろう。その後、お前を紹介する。その流れで頼む」
ルルーシュがこの時間のない中、捻出した作戦だ。きっと上手く行くだろうと思った。
スザクは素直に頷いた。
実際、フロートユニットを装備した機体に対し、V-TOLで移送する陸戦機で戦うのは無茶と言っていい。現実でもそうだった。自爆するものも多くいた。
ひとつだけ幸いだったことは、ナナリーの移送を請け負った貴族がバカだったことだ。
無駄なプライドに邪魔され、素直に救援を求めて来なかった。それが救出を遅らせていたことを思い出す。それを今回はメインに突くしかなかった。
寮の一室で、まるで学生にはふさわしくない内容を話し合う。
その貴族を知っている事を、ありのままに告げた。
「正直、助かる。向こうの情報を俺は手に入れられないからな」
ルルーシュは柔らかな笑みを浮かべて告げる。
まだ機情のトップである自分は、その気になれば本国の情報を新しく取り寄せる事が出来た。
「また、新しい情報が入ったら頼む」
「分かったよ。でも、機情は皇帝直轄の別動機関だ。ナナリーのことを余り深く問い詰めると、ボロが出かねない」
「お前はナナリーの幼なじみでもあるだろう? その手を使えばいい」
なるほど、と思った。
その手を使えば護衛が誰になるのか、ラウンズは誰が来るのかを確かめる事が出来るだろう。直近になれば通信を入れようと思った。
もっともその直近は、目の前に迫っていたけれど。
彼女が洋上に姿を現すまで、後四日しかない。
護衛につくのは、案の定ジノとアーニャ。彼らは手強い。
次いで、現実と同じようにギルフォードの手勢も加わるだろう。
混戦は免れない。自分が敵側にいない事だけは救いではあったけれども、ランスロットもない今、自分はどれだけの働きを見せられるだろうかと不安も抱えていた。
ヴィンセントはランスロットの量産機モデルタイプだ。基本的な操作は変わっていないだろう。
ただ、フロートが付いていない。空中戦に慣れていた自分が陸戦機で、しかも機上で戦うなどと言う無茶が可能だろうか。――いや、不可能であろうと、可能にしなければならない。幸いにも移送機でナナリーがどこにいるのかを自分は知っている。早くに向かう事が出来るだろう。ルルーシュを上手く誘導出来ればいい。
その日は簡単に、あっと言う間にやってきた。
黒の騎士団は善戦していた。
護衛艦を早くに落とし、ナナリーの乗る移送機だけを残して機上での戦闘となっている。紅蓮は奮闘している。だが、無理をしすぎている感もある。あのとき、彼女は途中で落下した。今回も同じように救いが来るとは限らない。自分の存在がなんらかの影響を及ぼしてしまっている可能性もある。
「カレン、無理をしすぎるな!」
『え……その声。スザク? スザクなの?』
「ああ。後で説明する。気を散らせてしまってすまない、無理をしすぎてるように見える。落下すれば終わりだ、気をつけて」
『…分かった』
複雑そうな声音が返って来た。声を掛けてしまったのはマズかっただろうか。だが危うくて見ていられなかったのだ。
その間も爆砕音は絶えず聞こえている。狭い機上のあちこちで戦闘が行われている。
「――藤堂さん!」
音声はオフにしてあった。見慣れた機体が落下していくのが見えて思わず叫んだ。間近にあった敵機を切り捨て、藤堂の乗る機体のあった場所まで向かう。
幸いにも藤堂の機体は落下していなかった。エンジン部に引っかかり、体制を立て直そうとしている。ほっとした。
その背後に近寄ってくる敵機がいる。無防備な姿を一瞬でもさらしてしまったのだ、仕方ないだろう。だが、振り返りざまに叩き切った。
『スザク、そちらはどうなっている』
ルルーシュは艦内に侵入していた。ナナリーの居る場所は予め教えてある。そこへまっすぐに向かっている途中だろう。
「混戦中。だけど、不利にはなってない、ラウンズの到着もまだだ。そっちは?」
『問題ない、まだ到着はしないが……』
そこへ、爆音がした。
コクピットから見えただろう藤堂の機体を、艦載砲が打ち抜こうとしたのだ。
間一髪、藤堂は機上へ戻ったが、代わりに左舷エンジンが打ち抜かれた。
「……っ、バカが!」
『何があった』
「急いで、ルルーシュ! エンジンが一個やられた。落下を始める」
『分かった』
切迫した声で、通信は切られた。
V-TOLは既に戦場から遠く離れている。回収に来るには無理があるだろう。このままでは全滅だ。
気付いた幾人かは脱出艇を使い、戦場を離脱している。最終的には自分もそうせざるを得ないだろう。これがランスロットでなくて良かったと安心してしまう。
だが、スザクは最後まで残るつもりだった。ルルーシュとナナリーを回収する人間が必要な為だ。
カレンの飛行が早く可能になれば…と、祈るが海上を見ることは出来ない。
潜水艇が現れれば、彼女に飛び降りさせる事も可能なものを。
「……っ、くそ」
それでも敵機は襲いかかってくる。火の粉を振り払うように、現状最新機である筈のヴィンセントを操り、陸戦機に対する。
幸いにもラウンズの到着は遅れている。ギルフォードらもだ。
バカな貴族が増援を今になっても求めていないのだろう。
だが、時間との戦いでもある。いずれの部隊も現実では救援を待たず、参戦していたのだから。
周囲を見渡すのはくせになっていた。トリスタン、モルドレッドの姿が見えないか、気になって仕方ないのだ。
移送艇は降下を始めた。
「ルルーシュ、そっちは?!」
『まだだ!』
「降下を始めた。僕はそっちへ向かえない」
『っ、無駄に広いんだ、ここは…っ』
苛立ちが感じられる。朝比奈の乗った機体から脱出艇が射出された。攻撃を受けたのだろう。
「――カレン!」
彼女は非常に際どい場所に立っていた。複数の機体に取り囲まれている。自分が正対していた敵機を両断すると、そちらへ向かう。だが、一歩遅かった。
「カレン!!!」
『スザクっ』
「早く、脱出艇を!」
『……ダメ、無理。動かない』
悲壮な声が聞こえてきた。まさかの整備不良だ。
彼女の機体が使えなければ、ルルーシュ達を助けられない。
間に合ってくれ、と祈るような気持ちになった。潜水艇が来てくれさえすれば、救出に間に合う。ルルーシュ――ゼロの向かった先のデータは彼女も持ち合わせている。
祈ることしか出来なかった。やがて、彼女が可翔翼を付けて舞い上がって来る姿が見えることを。
左舷のエンジンが被弾したことで、他のエンジンに負荷が掛かり、連鎖して爆破が起きていた。
降下の速度は速い。
間に合うかどうか、分からなかった。だが、スザクは機体を捨てた。飛び降り、戦闘で出来た穴から艦内へ飛び込む。
位置関係は把握していた。ここが最もナナリーのいる場所に近い筈だ。自分一人が行って、何が出来るわけでもない。だが、じっとしていられなかったのだ。
至る所で人が死んでいた。焦ったルルーシュがギアスを用いたのだろう。それも仕方なかった。時間はないのだ。
そして、蝶の舞う庭園に躍り出る。
そこにはゼロへ手を差し伸べるナナリーの姿があった。ルルーシュは明らかに動揺している。自分の存在に気付かない程に。
「ゼロ!」
「――スザクか」
「スザクさん?!」
二つの驚いた声が重なった。正体をばらしてしまえばいいと思った。彼女はそんなに弱くない。彼女の為に動き始めた事で、ナナリーは自分を責める事になってしまうかもしれないけれど。
自分の口から告げようか、とも思った。だが躊躇した。
「何故、スザクさんがゼロと?!」
「それは後だ、この機体は降下している。もう数十秒もすれば海面に叩きつけられる」
「そんな…」
「そこまで時間がないのか」
その時、壁が破れた。
真っ赤な機体。カレンの紅蓮だ。間に合ったのか、と、息を吐く。
「カレン!」
『分かってる』
輻射波動ではない方の手を、差し伸べて来る。
しかし、移送艇の爆発は連鎖を起こし、破れた壁から入り込む風と共にこの場全ての人間がバランスを崩していた。
差し伸べられていた手が、消えた。
それと共に、至近での爆音が聞こえる。追って、爆風が舞い込んできた。
「ナナリー!」
「……え?」
ルルーシュはわずかに取っていた間を走って詰めようとしていた。自分はそのルルーシュを追った。ナナリーは事態に気付けず、切迫した名を呼ぶ声に、明らかに動揺していた。
壁が爆発の余波で破壊される。盛大な風が舞い込んだ。
手を精一杯に伸ばして届いたのは、ルルーシュの右腕だった。
ナナリーにまで届かない。
「離せ、スザク!」
「無理だ!」
舞い上がった体はコントロールを失い、ただ風に翻弄されるのみだった。ナナリーが車椅子から飛ばされ、舞っている姿が見える。
ここに、ランスロットがあれば。
自分がラウンズであれば。
彼女を、助けられた。
赤い手が差し伸べられた。叩きつけられるように、自分とルルーシュがそこへ落ちる。
「ナナリーが!」
彼は今にも飛び降りてしまいそうだった。
その体を、必死で引き留める。この高度から落ちれば命取りだ。
「離せっ」
「離せない!」
「ナナリーを見捨てろと言うのか!」
「もう………彼女は……」
吹き飛ばされた彼女の姿は既に視界になかった。
紅蓮に助けられただけで、既に海面はすぐに迫っている。
考えたくはなかったが、なにも引き留めるもののなかった彼女は、もう……
「離せ、スザクっ! ナナリーを、早く!」
「もう、無駄だ!」
言うしかなかった。
彼の暴れた体は、ぴたりと止まる。
そして、ゆっくり振り返った彼は仮面を投げ捨て、蒼白な顔を見せた。
「無駄、だと?」
「………」
何も、言える言葉などない。
奥歯を強く噛み、うなだれる。
こんな世界は間違っている。
こんな顔をさせたかった訳ではない。
赤い鳥を呼んだ。
逃げたのだ、自分は。
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