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スケープゴード18


 蒼白な顔を思い出し、手に力が入る。
 逃げ出した、と思った。あの引きつったような無表情から自分は逃げ出したのだ。
 ナナリーを失ってはルルーシュが生きる理由がなくなる。そう分かっていたのに、彼しか助けられなかった。彼のためならなんだってすると決めたのに、耐えられない事実も存在していた。
 逃げ出した事を早くも後悔している。あのまま、彼の頬を張っても生きさせなければならなかった。
 そのために自分は存在しているのだから。
 だが、大事な妹のようなナナリーが消えてしまったことで衝撃を受けたのも自分も同じで、そこまで頭が回らなかった。
 自分は至らない、と思う。
 自分では彼を助けられないのではないか、と。
 六度目のやりなおしだ。
 もう、いいかと思った。自分の考えでは彼を助けることが出来ない。
 だから、ルルーシュの頭脳を借りる事にした。
 現実を、そっくりそのまま繰り返すのだ。
 ただふたつの条件がある。
 シャーリーを殺させない事。ロロを死なせない事。このふたつだ。
 彼から大事なものを、もう奪ってはならない。
 ラウンズとなる自分では、黒の騎士団側の動きは制御出来ないだろう。やはり今回もC.C.の協力が必要だと思われた。



 ルルーシュを皇帝に売り、籠の鳥に仕立て上げると、自分はラウンズとなった。
 七番目のラウンズ。懐かしい響きと衣装だ。すぐにEU戦線へと引っ張られて行った。
 ラウンズとなり、緊張をしていた頃だった。ルルーシュを売ってしまったことで肝は据わっていたが、それでも名に恥じないよう動くようにと気の張っていた頃だ。
 今では、二度目になる同じ動きを難なくかわせるようになっていた。機体性能が若干落ちるが、前回駆っていたヴィンセントよりは慣れた機体だ。それに最後まで意地を張っているEUは正直に言えば数ばかりで弱かった。戦い慣れてしまった自分の相手ではなかった。
 ルルーシュが籠の鳥である期間は定められている。ナナリーの護衛として先にエリア11に到着する頃には既に彼は記憶を取り戻した後だ。
 それでも、スザクは疑いの目を向けたまま過去の行動をなぞった。
 彼との関係性は、書き換えられた記憶以外には変わらない。恋人としても振る舞った。
 再編入も予定通りだ。
 そしてその夜、スザクはルルーシュの元へと訪れた。



「久しぶりだね」
「本当にだ、スザク。放っておかれたままの俺の立場はどうなる」
「ごめん、それは本当に悪かったと思うよ」
 あの一年間の無邪気さはなりを潜めていた。知っているルルーシュの姿だ。だが、その姿でさえも愛おしくてならない。自分を憎んでいようとも、謀り、警戒の思いを抱いていたとしても、生きて笑ってくれている姿は前回の蒼白な顔を思い浮かべれば、何百倍も嬉しい事だった。
 お茶を振る舞われ、「この後、時間はあるのか?」と問われれば素直に頷いた。
 彼の手料理を食べれるのも、久しぶりの事だ。
「あ、お帰りなさい、兄さん……」
「おかえり、ロロ。久しぶりのヤツがいるだろう?」
 遅れて帰って来たロロに、自分を指さして彼は笑う。
「本当だ。お帰りなさい、スザクさん。どうしてらしたんですか?」
「おいおい。そいつの事なら本人に聞くより新聞を読んだ方が早いだろう?」
「確かに、そうですよね。活躍は拝見してます」
「やめてくれよ、くすぐったい気持ちになる」
 とんだ茶番だ。ロロは既に籠絡された後だろう。しきりに自分を気にしながらも、手では携帯のストラップを弄っている。華奢なデザインのそれは、本来ナナリーに送られる筈のものだったのだろう。男性が持つには愛らしすぎた。
「今日は、夕食を?」
「ああ。そのまま泊まって行くだろう? なあ、スザク」
 キッチンにこもったルルーシュが、スザクより先にロロに答える。
 これは現実にはなかった出来事だ。あのときは、二人きりの時間を持とうとはしていなかった。挑発されているのかと思えば、ルルーシュの笑顔に邪気らしきものはない。
「うん、君が泊めてくれるって言うんなら、喜んで泊めてもらうよ」
「お前を俺が追い返した事があったか?」
「――いや、ないね。そういう訳だから、よろしく」
 ダイニングのテーブルに腰掛け、居づらそうにしているロロへと微笑み掛けた。
 目でしきりと合図してくる。彼にとって、今の自分は上司に当たる。伝えたい事でもあるのだろうと察した。
「出来上がるまで、ロロの宿題を見てやっててもいいかい?」
「お前がか? やめてくれ、ロロのせっかくの成績が落ちる!」
「酷いな、一年前のだよ?」
「その一年前だってお前は留年寸前だっただろう」
「それは出席日数が足りなかったから! それに、君に教えてもらったからね。大体の事は覚えているよ」
「仕方ない……ロロ、そいつの言う事を鵜呑みにだけはするんじゃないぞ」
「うん、兄さん」
「――失礼な兄弟だな」
 言い、笑った。
 表面だけを見れば、本当に仲の良い兄弟と幼なじみにしか見えなかっただろう。



「それで、何か」
 ロロの部屋まで戻り、彼に問う。
「機情のデータだけでは足りませんか」
「いや、そういう訳ではない。僕はルルーシュの友人でもある。この状態はおかしなものではあるまい。それに、断った方が不審に思われる」
 どうやら、籠絡された事に気付かれたかと不安に思ったらしい。その心配なら早めに取り払ってあげるべきだった。今回、自分はもう全てを知っている。無駄な駆け引きなど必要ないのだ。
「そう、ですか…」
「機情のデータは見せてもらったよ。彼の記憶はまだ戻らないようだね」
「ええ。まだ籠の鳥のままです」
「ゼロが復活したと聞いて、よもやと思ったんだが」
「いえ、あの時間、ヴィレッタと共に兄は学校にいました」
「そうか」
 全て報告済みのデータだ。改めて納得の顔を見せてやれば、ロロはほっとしたようだった。
「弟役は大変だろうが、これからも頼む」
「いいえ、大変だなんてことは! そんなことは…ありませんけど」
 思わず高くなった声に本音が出ていた。彼はやはり籠絡されている。それは、そうだろうと思った。今まで家族どころか人間の繋がりというものに無関係だった少年が、ナナリーに接するような優しさといたわりを持って一年を過ごしたのだ。情が移ったとこで誰も文句だど言える筈がなかった。
 文句を言うとすれば、そのような境遇の少年を生み出したV.V.にだ。彼には今回、自分一人で相対しなければならないだろう。
 ロロにシャーリーは殺させない。そうすれば、ルルーシュは嚮団を滅ぼす理由を失う。
 ならば、元から存在してはいけない代物だ。自分が決着を付けるより他、手がなかった。
「おい、お前達。夕飯が出来るぞ」
 しばらくもしないうちに、キッチンからルルーシュが自分達を呼んだ。まるでお母さんだな、と、ホームドラマのような雰囲気に笑えてくる。
 そんな自分を、ロロは怪訝に見ていた。



 その夜は、彼を酷く焦らした。
 果たして本音を吐くだろうか、と試してみたのだ。
 彼の体には自分自身、溺れている自覚がある。自分にとっても苦しい時間だったが、なかなかいかせず柔らかく内部を突いては、いきそうになれば止めるの繰り返しをしていた。
「……も、やめ…スザク。い、かせて」
 しゃくり上げるように、ルルーシュが言う。かわいそうだな、なんて思ってしまう。
「じゃあ、知ってる事、全部教えて?」
「なに…を……ぁああっ、あ、ああっ、んっ」
 顔は涙でぐちゃぐちゃだ。現実では抱かなかったが、実際抱いてもきっと同じ事をしていただろう。そう思い、わざと苛めた。優しく抱きしめたくもある。だが、それはまだしてはならない事。
 半年ほども我慢しなくてはならない。
 長いな、と気が遠くなる。
 だが、一年の時間を置いてようやくルルーシュに触れられるようになっただけでも幸せだった。
「ス、ザク、や、もう、いやだ…いきた……っ」
 何度焦らしても、彼は素直にならなかった。それは自分に気を許しきっていないからだろう。
 皇帝に自らの身を売ったスザクの事を、恨んでいる筈だ。それに身を任せるのは屈辱でしかあるまい。
「しかたないな」
 と、告げると弱い場所を集中的に突いた。彼の喘ぎが酷くなる。強い絞り込みに、こちらも頭が真っ白になりそうだ。
「ねえ、教えて」
「…ああっ、あ、な、…っ、あっ、も、い……く…っ」
 がたがたと揺さぶれるばかりだったからだが、そうでない動きで震えて、弾けた。
「ぅ……っ」
 自分も中へ吐き出す。
 一度だけで終わらせる気など、到底なかった。もっともっとルルーシュを追い詰めて、それでも本当の事を言わないか――自分に身を任せてくれないかを、試したかった。いや。試したいなんて大それている。ただ、自分がそうして欲しいだけだ。
 身も心も自分に預けて欲しい。それだけの思いで、再び萎えていないものでルルーシュの中をかき乱す。
「ああっ、んっ、まだ…っ」
「君は贅沢だよ」
 笑って、言ってやる。
「もっと、いかせてあげるから」
「はっ、あ…ああ、あっ」
 ぞくぞくとした快楽が背筋を駆け抜けた。
 彼をまだまだ好きにしていいのだ。
 そのことに、喜びを持った。
 ルルーシュからの抵抗はなかった。
 やがて彼が意識を失うまで、自分は彼を苛み続けた。そうやってようやく、優しく抱きしめる事が出来る。機情のデータには残ってしまうだろう。だが、それでも構わなかった。彼は最後まで何も告げる事はなかった。もっとも、最後にはもう気も狂わんばかりにただ感じていただけだけれども。
 気を失った彼の唇にやさしく自分のものを押しつける。
「好きだよ、ルルーシュ」
 耳元で、盗聴器には拾えない程のかすかな声音でつぶやく。
 もう、悲しませたりはしない。彼を欠片も損なわせたりしない。
 幾度も誓った事だった。今まで何度も違えられていた事だった。それでも、誓わずにいられない。
 彼の存在はそれほどにまで自分の中では大きいのだ。
 愛していると、幾度でも思い知らされる。



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2011.4.8.
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