ルルーシュは着々と物事を進めて行っていた。
疑わなくて良い現状は、心に優しい。スザクは全てを見て見ぬ振りして過ごした。機情のデータも嘘と分かっていながら受け入れた。ヴィレッタには辛い現実だろうが、彼女に対し同情はしない。守る対象でもない。我ながら酷いな、と苦笑が漏れたが、仕方がなかった。
自分はルルーシュさえ守れればいい。彼の大事なものさえ守れればいいのだから。
そして彼女は、その対象ではない。それだけの話だ。
ジノとアーニャがエリア11へ来た。まもなく、ナナリーも来ることになるだろう。
彼女の意志でエリアの総督になることは、きっとルルーシュに衝撃をもたらす。だが、それまでを阻止するのは難しい相談だった。
彼女には自立してもらわなければならない。最後まで生き延びて、ゼロレクイエムが終わるまでずっと。
彼女と通話させるような真似はしなかった。彼を試す必要はない。ただ、彼が動きやすくするために次の総督の名はさりげなく伝えてあった。
そして、自分は再び中華の総領事館へ向かう。
「お前……」
現れたC.C.は酷く驚いた顔をしていた。
きっと気のせいだと思ったのだろう。だが彼女の与えたギアスの気配はきっと濃厚だったはずだ。だからこうやって出て来た。
「お前に、私はギアスを与えたか?」
「ずっと未来にね」
「未来だと? 時間跳躍…そんなバカなギアスが存在してなるものか」
「でも、分かってるんでしょ、C.C.。僕がそのギアスを持っている事を」
「――……ああ」
しぶしぶ、と言った感じで彼女は頷いた。
「ギアスは物理現象に干渉しない。なのに何故だ? 何故お前はそんなイレギュラーなギアスを得ている」
「何故かは僕も知らない。別の君が、僕の願いと君の願いが合わさって化学反応でも起こしたんじゃないかって言っていたけど」
「――別の、私。お前、何度目の時間跳躍を行っているんだ?」
それには、言葉が詰まった。
それは自分が失敗した数だったからだ。
それでも答えない訳にはいかない。
「今回で、六度目になる」
「そんなにか?」
単純な驚きの声だったが、何故か責められている気分になった。それはルルーシュを救えなかった数に他ならない。
「だが、確かに私の与えたギアスのようだ。……何を生きる目的にした?」
「ルルーシュが生きている未来を」
「それは…どういう事だ」
「これから先、ルルーシュは様々なことを巻き起こし、最後には僕の手に掛かって死ぬ事になる。ゼロレクイエムと名付けた計画で、全ての憎しみを彼に集め、ゼロになった僕が彼を殺した」
「バカな」
「そうなるんだよ。でも僕は、ルルーシュのいない世界が辛かった。君もそうだったようだね。だから、君はある日突然僕にギアスを与えに来たんだ」
彼女は考え込んだ。
正真正銘、自分の与えたギアスを持つ人物が目の前にいる。だがその相手は敵対する人物であり、そして言っている内容も破天荒にすぎた。
素直に信じるのは、そう簡単ではないだろう。
「細かく、話してくれるか」
「そう来ると思ってたよ」
彼女に説明をするのは二度目、説明自体は三度目になる。既に要領は得ていた。簡潔に、だが漏らさずこれから起こる全てを彼女へ伝えていく。今回は何も違えていない。同じ事がこれから先に起こって行くだろう。
全てを話し終えると、彼女はいかにも有りそうな話だ、と納得してくれた。
「でも、この中で僕は阻止したい事がある。シャーリーとロロの死だ。ルルーシュをもう悲しませたくない」
「そんな、無茶な」
「シャーリーは僕が守る。だから、ロロを通じて嚮団を殲滅する作戦は今回はないだろう。だが嚮団を潰さなければ、ラグナレクの接続が起こる。それは阻止したい」
「……それは」
まだ、この少女に見える永遠に生きる女性はラグナレクの接続に協力する立場にいる。迷っているのは如実に分かった。彼女のこんな姿を見るのは、初めてのことだった。
「協力して欲しい。それは、皇帝とルルーシュの母上にとってだけに優しい世界に過ぎないんだ。嘘がなくなって、ルルーシュはどうなる? 彼は黒の騎士団という立ち位置を失うだろう。破滅しか待っていない」
「いずれ、そうなるのだろう?」
「ああ。だが、それにはロロの命が犠牲になる。それも協力して欲しいんだ。君は逃げないで欲しい。逃げずに、ルルーシュを助けて欲しいんだ」
「わがままだな、枢木スザク」
ふ、と彼女は笑う。ようやく見知った顔になった。
「私が逃げるだと? そんな現実は私も見たくない」
そして不遜な顔をする。彼女にはそんな顔こそがふさわしい。
「シャルルに利用されて終わるだなんて、まっぴらだ。あいつは私の契約を断り、マリアンヌも契約不履行だ。あいつは気に入ってはいるが――そうだな、枢木。お前がそこまで言うなら、協力してやらないでもない」
「C.C.!」
「実際にお前は私の与えたギアスを持っている。そこまで壮大な嘘をつくような人間でもなかった筈だ。その話、信じよう」
握手を交わした。
「これで、お前も私の共犯者という訳か」
「そうなるね」
「ルルーシュには内緒だ。あいつはああ見えて、案外独占欲が強い」
小さな声で言われて、思わず笑った。
「知ってるよ」
それは、子供の頃から知っている。ナナリーの事、自分の事、そして、スザクの事。
狭い世界しか持ちたがらないくせに、持った世界は手放そうとしないのがルルーシュだった。
それでももう、自分の事は手放してしまっているだろうけれど……
時間は綺麗に流れてゆく。ルルーシュは中華を手中に収め、超合衆国の設立を宣言した。
予定通りだ。彼の頭脳は本当に良く出来ていると、こうやって幾度も繰り返してきたからこそ、良く分かる。危険を回避し、目的を達成する力は尊敬に値する。
そして、その時はやってくる。
シャーリーは、自分が守った。あの時目を離してしまった事が全ての原因だったのだ。
彼女は自分の側に置いた。彼女はもう、記憶を取り戻している。許せない事なんてない、と言う言葉は懐かしく響いた。そうだね、と今なら素直に頷く事が出来る。
「あなたは、もう許したの?」
「うん。もう、とっくにね」
「――私も。ルルは、一人じゃないのね」
彼女は心から安堵した声を出した。ひとりぼっちで戦う彼を、切なく見ていたのだろう。
「ならなんで、ラウンズになんてなったの?」
ここは戦場であるのに、彼女はまるで学園にいるかのように普通に話す。強い女性だと思った。悲鳴を上げて逃げ出したりなどしない。彼の為に一緒に戦うと、心にひとつ強いものを抱いている。返答次第によっては、自分もただではすまないだろう。
「ブリタニア側から、彼を守る事も出来る。ここじゃなきゃ出来ない事があったんだ」
「でも、ルルの敵だわ」
「そう見えるだろうね。でも、決して敵対したい訳じゃない。本当は――内緒だよ」
そう言い、小さな声で、事実を伝える。
彼等との戦闘では手を抜いている事。ただカレンとの戦闘ではそういう訳にはいかない。だが、犠牲が少なくなるように、時には他のラウンズの邪魔をする動きさえしていた。
「スザクくんって、本当は嘘つきね」
「そうかな」
「そうよ。素直になればいいのに」
そうしたら、君の恋心は昇華させる事が出来ないよ、とも思った。
もっとも譲る気なんてない。彼女は彼女なりに頑張っている。だが、自分も彼の側にいるためならばなんだってする。
「いつか、ルルが振り向いてくれたら言いたい事が出来た」
「なに?」
「スザクくんの事。今の私が言ったって、信じてなんてくれないでしょ? スザクくんも自分で言うつもりはないみたい。だから」
笑った彼女はとても綺麗だった。ごめんね、と思う。
彼女の恋心を叶えてあげたくもあるけれど、ルルーシュだけは譲れない。
「ありがとう」
だから、そう告げるだけにおさめた。
「シャーリー。ロロのことを許してあげて」
「え?」
代わりに、それを告げる。記憶を取り戻した彼女なら、ロロの存在に不審を抱いているだろうと思ったからだ。
「彼は仕事としてルルーシュの弟役を演じてた。でも、今はすっかり情が移っている。完全に彼の弟として生きていると言っていい。だから、不審に思わないであげて。そして、ナナリーの話はしないであげて欲しい」
「…え、どうして?」
「自分の居場所がなくなると、不安を抱いてる。刺激しないであげて欲しいんだ」
「そうか……そうよね。ナナちゃんが帰ってきたら、ロロが不安にならない筈はない。うん、分かった」
そして、弾かれたように彼女は頭を振り仰ぎ、自分を見た。
「そうだ、ナナちゃんは? なんでナナちゃんは皇族になってるの?! 総督だなんて…」
「それには、長い説明が必要だ。秘密を守ってくれるっていうなら、また今度話してあげる。今は無理だ、理解して」
「分かった」
やがて、ビルの爆破が終了した。現場は落ち着きを取り戻しつつある。
その内のひとつから、ルルーシュが飛び出してきた。
「スザク、シャーリー!」
「ルルーシュ、無事?!」
「ああ、俺は平気だ。それより、スザクはともかくシャーリーはなんで」
「僕が守ってた方が安全だと思ったから、側にいてもらったんだ」
「バカか、お前は! テロ現場なんだぞ、お前はラウンズとして先陣を切らなければならない立場だ、シャーリーを巻き込んだらどうするつもりだったんだ!」
「でも、無事だったよ。大丈夫、何があっても守るつもりだったから」
「結果論だ。お前のやり方は間違っている」
酷くルルーシュは憤慨していた。そのことに喜ぶシャーリーがいる。
でも、構わなかった。これで彼女の命は守られた。打つ手は全て打てただろうとも思えた。もっとも自分の考えで起こした事象だ。完全に大丈夫かと問われれば、素直に頷けない。
今まではルルーシュの描いたシナリオで物事が進んできた。ここに来て、ようやく自分が現実を書き換えたのだ。
幾度もの失敗が、スザクを酷く臆病にさせていた。
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