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スケープゴード22


 政庁では攻防戦が行われていた。
 蜃気楼、紅蓮の突破力と防御は桁はずれている。それに、無頼が一機。それは多分C.C.が乗っているのだろう。ブリタニア勢はほとんどが他の黒の騎士団と対峙し、戦闘を行っている。突破されるのは時間の問題だろうと思われた。
 そこへ自分が戻って来たのだ。歓迎されない訳がない。
 だが、自分は裏切った。
 政庁の防衛システムへ向け、ヴァリスを打ち込んだ。そうやって政庁の砲撃を静止させてゆく。
『なにをやってるんだ、スザク!』
 すぐにジノからの通信が入った、追って、他の隊からもだ。それら全ての通信をオフにする。
 そして、C.C.への回線を開いた。
「C.C.、ルルーシュへの回線は」
『お前、本気で裏切るつもりか』
「ああ。ここでチェックを掛ける事が、ルルーシュなら可能だろう。それに従う」
 焦ったC.C.の声という、珍しいものを聞けた。
『確かにヤツならやってしまうだろうな……ここの突破もまもなくだ。お前がこちらに就くと言うなら、もっと話は早い』
「だからルルーシュと話をさせて欲しいんだ。今の自分の言葉なら、聞いてくれるだろう」
『分かった』
 しばらくの間があった。C.C.からルルーシュへ説明がなされているのだろう。それはどのようなものか分からなかったが、彼女へは全てを話してある。そう不利にならない筈だ。
 その合間に、スザクはどんどんと防衛システムを落として行った。やがて、不自然な沈黙が訪れる。戦場でありながら、あり得ない静けさだ。
『スザクか』
「ルルーシュ」
『話は聞いた。お前はこちらに就くと考えていいのだな?』
「ああ。見ての通り」
『正直、C.C.の言っている事は良く分からない。取りあえず俺は政庁に乗り込み、シュナイゼルに会う必要がある』
「分かったよ」
 まさかこんなにあっさりと物事が進むとは思わなかった。
『では、政庁上空まで飛べ。屋上庭園から侵入する』
「了解――ルルーシュ、もしかして一人で乗り込むつもりかい?」
『もちろん、そのつもりだ』
「危険すぎる」
『俺にはギアスがある。お前ももう知っているのだろう?』
「――そうだね」
 そう。彼の絶対遵守の力さえあれば、無敵に近い。自分たちの存在は返って足を引っ張るだろう。それに、死を命令する姿を彼も他の面子に見せたくはあるまい。
 そして、スザクは砲撃のやんだ政庁の壁に沿って上空へ飛翔する。このままシュナイゼルを落とせるのであれば、黒の騎士団の裏切りはなくなる。それは願ってもないシナリオだった。
 屋上庭園は、惨憺たる有様だった。
 かつて、ブラックリベリオンの時と同じだ。整えられた庭園は踏み荒らされ、燃え、形を失っている。
「ここは、アリエスの離宮に近かったんだっけ」
 ひとりごちた。ルルーシュが最初に手を下した皇族、クロヴィスはなんだかんだ言いつつも彼らを慕っていたらしい。ユフィから聞いた事があった。彼はルルーシュら家族の肖像を描いていた。そしてこの庭園もまた、彼らの住む庭に似せて作られていたのだと。義弟を失った地で総督を務める事は、彼なりの弔いの気持ちもあったらしい。数奇なものだと思う。その本人に殺される事になるとは、まさかクロヴィスも思っていなかっただろう。
 だがルルーシュはその事実を知らない。きっとこのまま知らないままの方がいいだろう。
『こっちだ』
 ルルーシュから通信が入る。既に着地した蜃気楼、紅蓮、無頼の三機は目視出来ていた。そちらへスザクも向かう。
『先にシュナイゼルを落とす。それまでお前達は待機していてくれ』
『ルルーシュ一人で大丈夫なの?!』
 カレンが危惧の声を上げる。
『俺にはギアスがある、問題ない。それにシュナイゼルには手勢を連れて行っても意味がない。こちらにも策がある、任せて欲しい』
 そう言い、蜃気楼から彼は姿を現した。
「分かったよ」
 命は奪わないつもりだろう。そう、あの時のように。
 シュナイゼルの頭脳は実際使える。ここで葬ってしまうのは惜しい。今後の世界のために、傀儡にしてしまった方が良いだろう。
 政庁が落とされそうになっている今、彼は脱出艇に乗り込んでいるはずだ。状況はダモクレスの時に近い。
 ルルーシュは上手くやり遂げるだろう。
 そう信じ、待つよりなかった。



『どうしてあんたが裏切ってるの?!』
 回線は既に黒の騎士団側に切り替わっている。開口一番飛び込んできたのは、カレンの問いかけだった。
「すまない、最初からやりあうつもりはなかった。僕はルルーシュの味方だ」
『虐殺皇女様を殺されてるのに?』
「その呼び方はやめてくれないか――あれは、不幸な事故に過ぎない」
『事故ですって!』
 狭いコクピット内にカレンの叫びが響き渡った。
『あんな事が事故であってたまるもんか、あんたのお姫様は間違いなく日本人を虐殺したんだ』
 それは、事実だ。
 だが、ほんとうの事を告げても構わないだろうか?
 それを読んだように、C.C.の回線が割り込んで来た。
『お前はもうギアスを知っているだろう。その事を言っている。カレン、あれはルルーシュの起こした事故だ』
『ルルーシュが………』
 呆然とした声だった。様々な考えが渦巻いているだろう。疑ってもいるかもしれない。ブラックリベリオンを起こすための策略だったのではないか、等。
「ルルーシュはギアスを掛ける気はなかった。ただの戯れ言だったんだよ。そこへ、ギアスの暴走が始まった。それにユフィは巻き込まれたに過ぎない」
『まさか、そんな…』
 あの血まみれの惨劇の真実を知り、彼女はやはり呆然としていた。
「僕はその事実を知った。だからもう恨めない。彼の事を守ると決めている」
『あんたが?』
「そうだ」
 受け入れきれない事実より、続く現実の方へ目を向けたようだった。
『どうして? ルルーシュはゼロよ。あなたの敵だったはずよ』
「僕たちは幼なじみだ。友人を守りたいと思うのは、間違ってるかな」
 本当は恋人で、かけがえのない人だけれど。それを告げる訳にはいかない。
『――……間違って、ないわ。あんたにも守りたいものがあったのね』
「当たり前だろう」
 でなければ、戦場になど立たない。
 だけど、現実の自分はどうだっただろう。日本を救いたかった。だが一介の騎士に出来る事など限られていた。ナイト・オブ・ワンになっていちエリアの平定をするつもりだった。だがそんなものは自分がワンである期間だけに過ぎない。
 新しいナイト・オブ・ワンが現れれば、失われる平和だ。
 そんなもののために躍起になっていたのだろうか。――いや。ルルーシュを。
 ルルーシュに、裏切られた事が許せなかった。彼を殺すために生きていたと言ってもいい。
 本当は日本などきっとどうでも良かったのだ。
 気付いた事実に愕然とした。
 そして、こうやってやり直せる機会が与えられた事に感謝する。
 しばらくの沈黙が続いた。
 ルルーシュからの通信が入るまで、それは続いた。



 一度、全員が機体から降りた。戻って来たルルーシュの背後には思った通り、シュナイゼルがついている。その目はどこかうつろだ。
「ギアスを掛けたの…?」
「ああ。これでこいつは我々の傀儡となる。次の皇帝として君臨してもらう」
「次の?」
「こいつを残して行く。カレンはこいつの保護を頼む。まだ政庁内が空だと言う訳ではない。気を付けてくれ」
「貴方は? どこへ行くの?」
「決着をつけなければならない。皇帝のもとだ」
「それには、連れて行ってもらえないのね」
「すまない」
 彼女はその一言で納得したようだった。もっとも、その後スザクとC.C.は同行するとの事について、一悶着があったが。それでも彼女はその役割を受け入れた。
 ラグナレクの接続。
 そこへ繋がる扉は、この政庁内にはない。ここは本国ではないのだ。
 向かうは神根島しかなかった。
 閉じていたブリタニア側の回線は、見なかったことにした。
 ジノはきっとやられることはないだろう。アーニャは既にルルーシュとの戦闘で戦線を離脱している。
 大事なものはたったひとつの筈だった。ルルーシュさえ守れればいいと思っていた。その想いは今も変わらない。
 だが、心配くらいはしても構わない筈だ。人というのは贅沢に出来ている、と自嘲が浮かんだ。



 移動中、スザクは説明に追われていた。
 ルルーシュの知らない事が今回は多い。嚮団については最たるものだ。C.C.から既に説明は受けているはずだが、それでも改めて説明を求められた。
『どうしてお前が知っていた?』
「分かってないの? ロロを手配したのは僕だよ」
 嘘をつく。実際の所は知らない。本当はV.V.の差し金だったのだろうと今は思うのがせいぜいだ。
『――そうか。そして、ふたりして俺に内緒で動いていた訳だな』
「ごめん、ルルーシュ。君を巻き込みたくなかった」
 それは事実だ。V.V.とルルーシュは接触させたくなかった。あの得体の知れない子供は、きっとマリアンヌの子供というだけでルルーシュを殺そうとするだろう。ロロにそう命じていたように。
『いや、感謝する。面倒事が一つ減った。V.V.というやからはもういないんだな?』
『ああ。私が看取った。あいつは最後まで弟を慕って死んでいったよ』
『そうか。そしてV.V.のコードはあいつの元にあると言う訳だな。やっかいだな……殺しても死なない。死ねと命じる事は可能だが、死んでくれない』
「それに関しては、僕に策がある。君にお願いしたい事もある」
『なんだ、スザク』
「君のギアスを、集合無意識に掛けてくれ。明日を望むように、と」
 放っておいてもあの場の再現になるだろう。そんな事は伝えなくても良かったかもしれない。だが、口をついて出て来てしまった。
『集合無意識に? そんなヤツ相手に俺のギアスが通じるのか?』
『ああ。おそらくは』
「もとは人だったものだよ。可能だ」
 ルルーシュは吟味しているようだった。
 スザクの言葉をどこまで信じているのかは分からない。
 しかし、考慮の余地があると考えてくれているだけでも今は幸いだろう。
 散々ルルーシュ――ゼロの手を振り払い、ルルーシュを裏切って来たと思われる行動をとって来た自分だ。今更信じてもらうのは難しい事だろうと思っていた。
 だが、彼は信じようとしている。
 重ねて来た時間は無駄ではなかったのだと、スザクには幸せに思えた。



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2011.4.9.
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