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硝子の上を歩く1


※このお話ではまだ日本はエリア11ではありません。
 スザクとルルーシュの7年前はありません


「よし、Q1は後退。この場はこれで決着がついた。各自撤収の準備を」
 崩れそうな廃墟の屋上にルルーシュ・ランペルージは立っている。見えるのは、戦闘の炎とそれに染まる空の色だけだ。廃墟群に人は少なく、明かりもまた少ない。戦況は離れたこの場所からでも良く見えた。
 手に持つ敵、味方共にIFFを示すマップを閉じ、ルルーシュもまた帰る用意をしようとした。携帯電話に模した通信機を内ポケットに直す。
 どこの学生でも持ちそうなバッグ。ジャケットにジーンズ。そして、帽子。少し帰りの遅くなった学生か、野次馬にでも来たバカな学生かのどちらかに見えるスタイルだ。
 イレギュラーに始まった戦闘では、今回現場に立ち会えなかったのだ。そこで、以前より確保していたこの場所を選んだ。現地の人間でも立ち寄る可能性の低い崩れかけたビルは、屋上にまでヒビが入り、コンクリートの破片が散乱している。
 ここも、かつて戦場だった場所だからこそ、見捨てられたのだ。
 カバンにPCを入れ、帽子を深く被って早く租界へ戻ろうとし、振り返った時に思わずからだが硬直した。凍り付いた。
「へえ、学生…かな? ゼロがこんなに若かったなんてね」
 ひとりの青年が立っていた。階段でしか上り下り出来ない昇降口の真横に、いかにも普通の表情で、姿で。いや、若干の驚きの色は見せている。
「いつから」
「君が指示を与えているところから」
 全く気付かなかった。気配には聡い自信があったと言うのに、そんな前からそこに立っていた人間がいたなどとは。とっさに腰に差してある銃を取り出し、狙う。ギアスを使っても良いがそれより何者かが気になった。
「そんな物を手にしなくてもいいよ。僕はどうせ自殺志願者だ。放っておけば死ぬ」
「死ぬ?」
「ああ」
 そこで、彼の服がべっとりと何かに汚れている事に気がついた。暗くて分かりづらいが、多分あれは、血。怪我をしているのかもしれない。
「死にきれなかったから、飛び降りか?」
 とっさに思いついたのは割腹自殺だ。ニッポンにはそういう死に方があると資料で読んだ事がある。
「え? ああ、これは違うよ。僕の血じゃない。ただ、そうだな。だから死にに来たってところは合ってるかな」
「お前は誰だ?」
「君は? 自分が素直に答えられない事を、問うのは……」
 そこで、ギアスを使った。真っ赤な鳥が左目から飛び立ち、彼の元へとたどり着く。
「名は?」
「枢木スザク」
 枢木? ありふれた名前じゃない。現首相の名と同じだ。
「父は」
「枢木ゲンブ。日本の首相だ」
 やはり。
「なぜここへ来た」
「自殺をしに」
「なぜ自殺を」
「取り返しの付かないことを、行ったから…」
 酷く辛そうな表情を浮かべ、彼は答えた。
 枢木スザクと言えば、日本軍の将校でもあったはずだ。その人間のした取り返しのつかない行い。
「通信機は」
「持っていない」
「発信器は」
「今日はプライベートだ。ない」
「よし、分かった」
 取りあえず、自分が重要な駒を手に入れた事が分かった。彼の存在は重要だ。この現在の状況をどちらへ転がすことも出来る。
 夢から覚めたような顔をしている彼へ、自分は微笑み掛けた。
「死ぬのなら、もう少し先にしろ。俺がお前を誘拐する」



 現在の日本は、非常に危うい線上での平和を謳歌していた。
 日本に存在するサクラダイト――超伝導物質は全世界の実に70%もの比率を採取し、各国へ分配している。もはやサクラダイトなしでは生活出来ない文化を創り上げた人々にとってそれは、喉から手が出そうな程欲しい物質だった。
 一方、ブリタニアという大国がある。元は大陸の一国に過ぎなかった、それでも強大な権力を持つ国だが、世代代わりをしたこの世代に入ってから、植民地政策を行い始めた。KMF――ナイト・メア・フレーム。人型の戦闘機を開発し、圧倒的な力と、力こそを是とする国是に支えられ、植民地の数は二桁を超える勢いとなった。日本とて無事ではないのだ。KMFはサクラダイトを使用するため、尚欲しいのが現実だろう。
 それを、日本の首脳陣は実に上手く今まで交わして来ている。
 明日には来るだろう、と言われていた戦争の日をいつまでも明日に留めたまま、サクラダイトの分配率を上げ、日本の経済的優位な土地を割譲し、明日を明日のままにしてきた。
 その、枢木ゲンブの息子が今ここにいる。
 隠れ家のひとつにしてある廃墟内のアパートに、念のため家に入る前に素っ裸にさせた上で家に入れた。ここは拠点のひとつだ。他にもあるとは言え、捨てるには惜しい。
 彼は非常に従順だった。死ぬ気だったから、と言えばそれはそうなのだろう。だが、あまりにも愚かな選択に腹立たしさを覚えたのも確かだった。
 ルルーシュは重要な駒を得た。
 その通り、彼の死は現在の均衡を破るに十分の役割を果たす事になるのだ。
 与えたガウンを着させ、ソファへ座らせる。PCを立ち上げている間、彼は一言も口をきかなかった。脱ぎ捨てたものはやはり血にまみれていて、染みこんだそれは肌にまで付着し、一度シャワーを浴びさせた程だ。
「軍籍コードと、階級コードを述べよ」
「IW3522248、階級コードは日本陸軍第二十三方面少尉、CW88786652847415」
 ハッキングして軍のPCから抜き出したデータと変わりはなかった。こんな長い数字を酔狂で覚えるバカもいないだろう。
「間違いなく本人のようだな」
「僕、名乗ったっけ」
「枢木スザク、現首相の一人息子だな」
「知ってたんだ」
 本当はギアスで得た情報だが、ここは知っていた事にした方が優位に立てる。
「ああ。それが自殺だと? ふざけた事を抜かす。自分の立ち位置が分かっていないのか、お前は」
「………」
 返ってくるのは沈黙。
 ここで彼の立ち位置は実に微妙なものだった。日本は今、二つに分裂していると言っても良い。
 開戦派と非戦派だ。
 共に派手にテロ行為を起こし、お互いをつぶし合い、時にはブリタニア租界を攻撃する事もある。
 政府は非戦に奔走しているのだが、ここでスザクが死ねばどういう扱いになるか。まず、非戦派が遺体を回収した場合は問題は少ないだろう。もしかすれば開戦派に寝返る人間が出てくるかもしれないが、それは些細な事だ。だが、開戦派が手にした場合は違う。
 殺された、と主張するだろう。そして決して世襲制の元首国ではないと言うのに、世継ぎが殺されたと喧伝し、より開戦ムードが高まるのは目に見えている。政府へも迫る事だろう。
 そして昨日居た、元新宿と呼ばれていた廃墟は開戦派の根城だ。
「父が守っているものを、全て壊す気だったのか」
「違う! 俺は……」
 ばん、と机を叩き、身を乗り出したスザクだったが、尻すぼみにその先の言葉は聞かれなかった。
「何が違う。あそこは開戦派の巣だぞ。お前の死体が見つかればすぐにでも観柱として祭り上げられた」
「あそこにブリタニア人はいないはずだ」
「現に俺はブリタニア人だ。いてもいなくてもいいんだよ、その理由さえ見つかれば、開戦派は一気に勢い付く。まさか今日の続きはまた明日、明日の続きはまた明後日とでも脳天気に考えて居るわけではあるまい、将校殿」
「分かってる、経済水域ギリギリまでブリタニアの戦艦が待機している事は」
「分かっていて、何故」
「君には分からない理由がある。それを説明する義理はない」
 誘拐、と言われて彼は盛大に笑った。そうだね、それもいいかもしれないといいながら素直について来たのだ。だが、今の彼は別人のようにとりつく島もない。ギアスでひとつ聞き忘れた事があった事を思いだした。
――どうして、自殺しようとしたのか。
 今更悔やんでも仕方がなかった。ギアスは一人に一度。そのうち、なんらかの手段で聞き出すしかなかった。
「ねえ、誘拐してあげる。お金が欲しいならそれなりの金を出すと思うよ。ゼロなら必要のないものかもしれないけど、キョウトとのパイプもある、それを利用してもいい。ただひとつだけ、お願いがあるんだ」
「なんだ?」
「解放するときは、殺して欲しいんだ。これって狂言誘拐かなあ」
「……約束は、出来ないな」
「ああ、やっぱりそうか。希代のテロリスト、ゼロも自らの手は汚さないって事か」
「挑発しても無駄だ。それにこの手はもう汚れ切っている。殺す必要を感じない、だから殺さないだけだ。その必要が感じられればそうとも限らない」
「ふぅん…じゃあ、殺されるような事をすればいいんだね」
「その前に忘れるな。お前は、俺に誘拐されたんだ。縛られないだけでもありがたく思え」
 あまりにも簡単に付いてきたので、基本的な事を忘れていた。相手は軍人だ。生身で敵う筈がない。縛るなり、拘束しなければいけなかったのにそれを忘れていたのだ。
「やっぱり狂言誘拐だね」
 と、彼は言うと、くすりと笑った。この状況で笑える気が知れないとルルーシュは思った。



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2011.4.11.
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