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硝子の上を歩く2


 この隠れ家は二つの部屋に別れている。奥の寝室と、手前の居間だ。そこには簡易のキッチンも併設されていた。居間ではなく、ダイニングなのかもしれない。
 そこに置いてあったソファでスザクはのんきにも横になると、眠り始めた。
 何かの糸がぷつりととぎれたような唐突さだった。
「なんなんだ、こいつは…」
 しかし、重要な駒だ。
 ルルーシュがゼロとして首魁を務める黒の騎士団は開戦派だ。生きた状態のままで脅しを掛けても良い。国と息子、政治家としてどちらを取るかなど明白過ぎてするだけ無駄かもしれないが、死体を送り付けるのは最終手段にしたいと思っていた。
 白いローブ姿で横たわる姿に、遠慮なく近づいた。
 はっと目を覚ますあたりはさすがに軍人だ。眠りは深い様に見えて、浅い。
「今から、証拠写真を撮る。協力しろ」
「証拠写真?」
 奥の部屋からガムテープとタオルを持ち出す。両手を前に持って来させ、ガムテープでぐるぐるにする。そして、猿ぐつわを噛ませた。
 それらを面白そうに観ているのだから、彼の頭のねじはどこか緩んでいるのかもしれない。
「ちゃんと、悲壮な顔をしてくれ」
 携帯のカメラを構えると、興味津々と言う顔をされたのでそんな事を注意しなければならなかった。危機感が足りないどころか、やっぱりバカなのかもしれない。
 だが、告げた言葉の意味は分かったようで、だが演技も出来ないようで彼は目を閉じた。
 その写真を五枚ばかり撮る。中で一番ぐったりとした模様に写ったものを、首相官邸のメールアドレスへと世界各地を経由させて送信した。もちろん、写真からデータが分かる事はない。特注の通信機は便利なカメラにもなる。一切の機材データを残さずに写真は撮れる。
 拘束したまま返信が来るのを待っても良かったのだが、そのうちにうーうーとうるさくうなり始めた。
「なんだ、うるさいな」
「うーうーうー」
「誘拐されたんだろう? それくらい我慢しろ」
「ううっ! ううううう!」
 聞いてない、と言われた気がした。しょうがないので猿ぐつわだけでもはずしてやる。
「お前、誘拐には同意したのだろう? この程度で音を上げてどうするんだ」
「苦しいんだよ、結構これ」
「少しくらい我慢しろ。手はそのままでもいいな?」
「う。うん」
 不満が有りそうだったが、放置した。
 そしてそれから、二十分後。返信が来た。
――要求は。
 一言の短いメールだった。
 覗きに来たスザクも、息を詰めているのが分かる。
「さあ、どうしようか」
 頭の中には何十パターンもの返信文言が思い浮かぶ。彼の利用価値は開戦へ向かわせる、それひとつだ。
 かた、とキーボードを打つ。
「どう返すの?」
「まあ見てろ」
 かたかたかたと早い勢いで打つ文字に、スザクは最初つまらなくもスピードに感心していたようだが、文面を見て凍りついた。
「え…。それって」
「これはこれで、面白いだろう?」
 悪い笑みだ。浮かべて、彼を見上げる」
――枢木スザクは黒の騎士団の一員となった。
  開戦を唱える彼の要求に従い、
  我々はトウキョウ租界を二十四時間以内に攻撃する事とする。
「酷いよ、これじゃあ僕のせいだ」
「誰もそうは思わないよ。お前、バカだろう」
 ようやく言ってやれた。さっきから気になってたまらなかったのだ。
「バカだなんて酷いな、そんな事は言われた事もないし、バカで少尉はつとまらないよ」
「どうせ親の偉功だろう?」
「違う」
 きっぱりと、そこだけは彼は言う。
「僕は十で軍に入った。イチ兵卒から始めたんだ」
 十歳。ちょうどその頃は、ブリタニアとの緊張状態が始まり、徴兵制度の改変が行われた頃だ。その頃の首相も枢木ゲンブだった。一度退任した後、再びの緊張状態で駆り出されたのだ。
 十歳など子供でしかないのに、それほどの緊張状態を強いられたのだ。そして、トウキョウ、フクオカ、オオサカなどの租界を与えて一時的な平和を取り戻した。国を売るのかと当時の世論は酷い物だったが、今となれば正しかった事だとされている。そうしなければ日本中がブリタニアのものになったいたのだから。
「たたき上げか。すごいな」
 ただ、彼の告げた二十三方面軍とは黒の騎士団担当だった筈なので、そればかりは皮肉だが。
 彼と自分の年齢は同じ、十七だった。



 困った事がひとつだけあった。ルルーシュは学生だ。このまま彼を監禁するのは決定事項だが、見張りが足りない。黒の騎士団より一人派遣すれば良い話だが、自分の素顔を見られている人間を近づける事は出来ない相談だった。
 それに万一の逃げ場の一つだから、食料も全く足りていない。
 狂言誘拐。
 それに、掛けてみる事にした。
 どうせ内側から部屋を開ける事は出来ないようになっている。必要な機材は自分のPCひとつだけだ。
「俺はこれから出てくる。お留守番は、出来るな?」
 少しだけ彼は驚いた顔をしたけど、頷いた。
「逃げるとか、思ってないの?」
「狂言誘拐なんだろう? お前にも利がある限り逃げ出さない筈だ」
「僕の利点って何か聞いてないはずだけど、大丈夫なの?」
「言いたいなら、どうぞ」
「逃げてる。キョウトから」
「キョウトから? ……何をしたんだ」
「取り返しの付かないこと、だよ」
 だから死のうとしたんだ、キョウトから逃げる事なんて出来ないから、と言い、少しだけ傷ついたような顔をした。
「君は何も聞かないね。あの血についても」
「怪我がない事は分かった。とすれば、返り血だろう。戦場の側にでも居たか?」
「まあ、そんなところ」
「そうか」
 腑に落ちない返答は多いが、嘘はつかない。そう判断した。
 ひとまず、短時間部屋を離れてみる事にした。食材を用意するのだ。
「留守番を頼む」
「分かったよ」
 そして、外へ出た。
 その瞬間に飛び出して来るかと身構えていたが、その気配すらもなく彼はソファに座ったままだった。いくつもの鍵を掛け、息をつく。成り行きだが、二十四時間以内にトウキョウ租界へ攻撃を行う事になってしまった。願ってもいないことなので、それは構わないのだがどのパターンで動かそうかと頭の中からスザクの存在は追い出され、黒の騎士団の面子へと入れ替わった。



 廃墟内には食料を売っている場所はない。
 一度租界へ戻り、ギアスを掛けてある検問所を通ると、賑やかな雑踏に紛れた。
 世界は平和だ。こんなにも。さっきまでいた廃墟とは違って、綺麗に整備された街、太陽光発電パネルの高い塔。歩いている人々の表情も明るい。
 戦争が起こっても彼らの無事だけは保護されているかと思っているようだ。
 ここが日本である以上、全てのブリタニア人が無事とは限らないのに。
 皮肉めいた気持ちを抱きながら、スーパーへ向かう。適当に必要なものをかごに入れ、会計を済ませると電話を一本入れた。
「ああ、咲世子さん?」
 電話に出たのは、妹のために手配された使用人だ。
「すまない、ナナリーに伝えて欲しいんだけれども、しばらく帰れそうにないんだ。……いや、大丈夫だよ。問題はないから。少し、旅行に行く事になって」
 言ってからまずかったなと思った。荷造りもせず旅行など、愚の骨頂だ。
「一度後で戻るから、すいません。お願いします」
 ピ、と音をさせて通話を切ると、ため息が落ちた。
 便利な駒を手に入れたは良いが、面倒も増えたらしいと気付いたからだ。
 そのまま租界を出、アパートに戻るとスザクはそのまま眠ってしまっているようだった。緊張感のカケラのない人質だなと思い、苦笑する。
 冷蔵庫に食材を入れ、朝抜いたご飯を作り始める。ちょうどブランチには良い時間になるだろう。
「あ、おかえり」
「おかえり、じゃないぞ。気を抜きすぎだ」
「だってここ、ヒマだし。テレビでもあればいいんだけど」
「……そうだな、善処しよう」
「え、いいの?」
「狂言誘拐だからな。共犯者には不自由はさせられない」
 言えば、ぷっと彼は吹き出した。
「そうか、僕たちって共犯者ってことになるんだ」
「まあ、そうだろうな」
「ところで、外で変わった事はなかった? 何かニュースでも」
「いや。みんなのんきに歩いていたよ」
「……そう」
 その声が余りに低かったので、思わず振り返った。声と同じように、彼の表情も固くこわばっている。
「どうした」
「あ、いや…、なにも」
「なにも、という顔ではないようだが?」
「まだ…ちょっとだけ待ってくれる? そのうちきっと話すから」
「そうか。分かった」
 キョウトから逃げなければならない理由、自殺しなければならない理由、それだろうと当たりをつけた。



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2011.4.12.
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