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割れた硝子の上を歩く3


「共犯者と言うからには、いつまでもそのような格好をさせてはいられないな。どうせ、また出なければならない。何か衣服を見繕ってこよう。サイズは?」
 ごくごく一般的なサイズを告げられ、好みは特にないから任せると言われた。
 彼はまだ白のローブ姿のままだったのだ。元の服は血に汚れてとてもじゃないがもう使い物にならないだろう。
「あの、血だが…」
「僕のじゃないよ。それについても、ちょっと待って欲しい。どちらも君に不利になるような理由じゃないから。大丈夫だから」
「それを信じろと?」
「共犯者だろう? 僕は今すぐにでもここを出て行く事が出来る。ゼロの正体を言いふらす事も出来る。それをしないんだから、少しは信じてよ」
「気付いてないだろうが、ここの扉は内側からでも鍵がなければ開かないぞ?」
「そう? でも所詮扉でしょ。蹴破れば問題ない」
 ぶっそうな事だ。だが、身体能力は高そうだった。体についた筋肉が違った。
「分かった、信じよう。じゃあブランチを作るから、しばらくそこで待っていてくれ」
「了解しました」
 かしこまった口調で言われ、思わずルルーシュの頬に笑みが浮かんだ。
 どうにも調子が狂う。彼は人の懐に入り込んでくるのが上手い人種なのかもしれないなと思った。
「そして、不自由を掛けるが人質だ。蹴破らないように注意してくれ」
「わかりました」
 キッチンで料理を作っている間、スザクはソファに席掛けたままだった。
 おかしな事になったものだと思った。
 そして、ブランチを食べ終わると一度外に出た。言っていたようにスザクのための服を買い求めなければならないし、一度自宅へ戻って不審を解く必要があったからだ。
 ルルーシュの自宅は、通っている学園の敷地内にある。と、言っても寮ではない。
 本来、通っている学園は寮生活が基本とはなっているのだが、妹のための特例処置がとられ、クラブハウスの使用されていない部屋を使わせてもらっているのだ。寮よりも立派で広かったけれども、家事の一切は自分でしなければならなかったが。
 ルルーシュには、妹が一人いた。彼女は体に障害を持っている。目が見えず、そして歩けないのだ。だからこその特例処置だった。
 昔から知り合いの現生徒会長兼、理事長の孫娘でもあるミレイ・アッシュフォードの計らいにより、クラブハウス内部はバリアフリーに改造されてある。そして、妹のための世話係として咲世子を手配してくれたのもまた、アッシュフォードなのだった。
「ただいま」
 まだ学園では授業中の時間だ。こんな時間に私服で戻るのは滅多にない。
「あら、お早かったんですね。ナナリー様が心配しておられましたよ、もしかしてテロに巻き込まれたのではないかと…」
「すいません、と、咲世子さんに言っても仕方ないですよね。寮の方で昨日は盛り上がってしまって、そのまま泊まってしまったんです」
「まあ。学園内でお酒はダメですよ」
「飲んでませんよ」
 と答えてもとてもこの年頃の青年が集まってノンアルコールで済むはずがないのは自分でも分かっている。ナイショにしてくださいねとの笑みを浮かべ、元来なかった罪を作った事で若干の不自然さを覆い隠す事に成功した。
「今度からは連絡を入れてくださいませね。ナナリー様はお部屋でお休みです」
「学校は?」
「少し、調子を崩されまして…」
 ああ、と思った。原因は自分だ。何かあればと心配した余りに眠れなくなり、体調を崩してしまったのだろう。元々頑丈な子ではない。不安を与えるのがどれだけ酷かを自分は思い出さねばならなかった。
「分かりました、ナナリーの部屋へ行ってきます」
「まだお休みかもしれませんが…」
「起こさないよう、静かに部屋に入るよ」
「かしこまりました」
 ひとまず部屋へ戻りカバンを置くと、階下へ降りてナナリーの部屋へ向かう。
 シュン、と自動ドアが開く音だけは殺せないが、出来るだけ静かに彼女の元へ向かった。本当に眠っているようだ。だが、すぐ横の椅子に腰掛けた瞬間、ナナリーの見えない瞳がルルーシュを見た気がした。
「お兄様…?」
「ああ、起こしてしまったか。すまない」
「いいえ、それはいいんです。それより、無事で良かった…!」
 たったふたりきりの兄妹だ、親はいない。彼女の不安はたまらなかっただろう。
 体を起こした彼女を抱き寄せ、絹の手触りの髪をなでる。
「心配を掛けてすまなかった。まさかあんな事が起きてたなんて知らずに、寮にいたんだ」
「まあ。久しぶりですね。でも、本当に良かったです」
「ごめんね」
 ぎゅうとしがみついてくる体が悲しかった。彼女のためなら、なんだってしようと決意した。
「それで、済まないんだけど、今日からしばらく旅行に出る事になったんだ」
「え?」
「一週間以内には戻るつもりなんだけど、またナナリーをひとりにしてしまうな…。ごめん」
「いえ、どちらへ?」
「河口湖にでも行ってみようかと思うんだ。まだ出席日数には余裕があるし、どうせなら学生の間に行きたいところは行っておこうかと」
 するすると口をついて流れ出る言葉に、自分でも驚いた。何が、ナナリーにだけは嘘をつかない、だ。だが、必要悪と言うものもある。このまま自分が姿を消せば、間違いなく彼女は狂乱してしまうだろう。
「お一人で、ですか?」
「ああ。一応学校もあることだしな」
「そうですか……」
 ほんの少し、沈んだ口調になる。だが、がらりと調子を変えて、
「それではおみやげを楽しみにしています! どんな場所だったか教えてくださいね」
「あ、ああ。分かったよ、ナナリー」
 一度、河口湖には行った事があったのが幸いした。口を突いて出た言葉だったが、そればかりは彼女に嘘をつかなくて済みそうだと安堵した。
「じゃあ、旅行準備があるから」
「分かりました。行く前には寄ってくださいね」
「ああ、もちろん」
 笑顔の頬に口づけを落とし、ルルーシュは部屋を出た。愛すべきたった一人の妹だ。守りきらねばならなかった。
 自室へ戻り、一応の旅支度をする。残念ながら枢木スザクの体格は自分よりかなり良さそうなので、貸す事は出来なさそうだ。一瞬むっとした気分になるが、軍人なのだから仕方がないだろうと自分をなだめた。
 小さなボストンバッグに衣類をまとめ、後は帰った時に持っていたカバンを担ぐだけ。至ってシンプルな旅装になった。
 ナナリーの部屋に寄り、そして咲世子に後を任せて外へ出た。
 休憩時間に入ったようで、学内は騒然としている。誰にも見つからないようにと、裏口からルルーシュは学園を出た。捕まっても面倒だからだ。



 途中、スウェットの上下とジャージをひとそろい買った。細かいサイズまで分からなかった上に、外に出す気がなかったからだ。それと下着も数枚買いそろえ、隠れ家へと戻った。
「え、これ僕の分? いいの?」
「いつまでもそんな格好でいられないだろうが」
「わあ、ありがとう!」
 素直に喜ばれると、少し困る。ただの安物のジャージとスウェットなのだから。
「この格好も楽だったんだけど、少し寒かったんだよね。着替えてくるね」
「バカ」
「え?」
「そう言うことは早く言え。風邪でも引けば面倒な事になるだろう」
「心配してくれてるの?」
「自分の手間の問題だ。早く着替えてこい」
「……分かった、ありがとう」
 ついでにシャワーも浴びたのだろう。水音がした後で、スザクはジャージを着込んで戻って来た。サイズはぴったりのようだ。
「もう少し余裕があった方が良かったか…」
「そう? ちょどいいよ」
 くるんと回って、スザクは自分の姿を確認し、満足したようだ。
 出る前と違って、やけに幼い印象を受ける。一人で何をしていたのか、彼からは死角になる角度でいくつか設置してあるここの録画画像を見ていたが、ソファに座っていただけのようで、特に何をするでもないようだった。
 ただ、ひとつだけ気になる事はあった。思い詰めたような表情をしていたのだ。
 今とはまるで違った。
「テレビは少し待ってくれないか。まさか配送も頼めないから、持ち込める大きさのものを探してくる」
「ありがとう。人質だっていうのに、随分待遇がいいね」
「共犯者なんだろう? 狂言誘拐ならば、その程度……」
 言葉の途中で、彼はふと気付いた顔をした。
「狂言誘拐なら、もっと僕にも利点があってもいい筈だよね」
「まあ、そうなるが。どうせ自殺しようとしていた筈なんだろう? だったら、死ぬも誘拐されるも構わないじゃないか」
「それとこれとは別の話」
「……分かった、何か考えておいてくれ。それより俺は、やることが山積みだ」
「なんで?」
「成り行きとは言え、二十四時間以内に攻撃を行う事になったからな。返答次第で行動は変わるが、まだ返信は来ていない。準備を行わねばならない」
「……」
 彼は、痛いような表情を浮かべた。返答がないことに関してか、攻撃を行う事に関してか。いずれかは分からない。ただ、彼は黒の騎士団を止める急先鋒に立っていたのだから、悔しくはあるだろうなとは察せられた。
 さて、スザクの相手をしていられるのもここまでだ。言った通りに作戦を練らねばならない。
「退屈だろうが、ソファで寝ててくれないか」
「……見てちゃダメ?」
「気が散る」
「そっか。分かったよ」
 彼は素直にソファへ戻って行った。この粗末な廃墟には不似合いなソファを置いている。だがしかし、自分と同じような身長の彼が寝るには狭いだろうとは思えた。しかしここには自分用のベッドしかない。諦めてもらうよりなかった。
 さて、彼についてはここまでだ。彼に告げた通り、作戦を練らればならない。日本のちゃちなテロ組織ならともかく、トウキョウ租界相手となればコーネリアの軍が出て来るだろう。彼らは強い。にわか仕立ての黒の騎士団でどこまで相手に出来るか分からないほどに。
 予告に近いものを出してしまったので、動きも制限されるだろう。我ながら、面倒な事をしてしまったと思わざるを得なかった。



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2011.4.12.
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