そこから、スザクの存在はないものとして扱った。メールのチェックは逐一しているが、返信らしきものはない。こちらからも要求は開戦のみなので、返しようがないのだろうと思われる。
作戦は、元々用意しておいたものを使う事とした。ただ、他のメンバーへと伝える事に時間が掛かる。
部屋の奥に仕舞っておいた、変装用の仮面と衣服を入れた鞄、そしてPCを持って、スザクを再び一人にすることにした。
途中、人目に付かない場所で衣服を着替える。この作業が一番面倒臭い。
ゼロとして名を売ってしまった以上、この扮装も知れ渡っている。
誰が中に入っているのかなど問題ではないが、ばれて仕舞うわけにはいかない。それに、ふさわしくない場所を歩く訳にもいかなかった。
マントを羽織り、自分の今まで着ていた服を仕舞うと、PCを再びチェックした。
驚いたことに、メールの着信があった。
「まさかな」
騙りの可能性はきわめて低い。このメールアドレスを知っている人間などいないに等しいからだ。だとすれば、スザクの保護者――枢木ゲンブとなる。
「開戦の準備は整っている……? どういう意味だ?」
たった一行だけのメールだった。スザクを守るため、開戦の決意が付いたとでも言うのだろうか。
それにしては、若干弱い。
戦争の準備など、七年近くも前から整えられているはずなのだ。まさか無条件降伏などはできまい。意味をはかりかねるメールであることは、確かだった。
その場で、簡易にメールを打ち返す。これでは解答にならないと。
攻撃の準備は始めるべきだろうと、基地にしている貴族から奪ったキャンピングカーへとルルーシュは向かった。
「今から?!」
「そう、後12時間以内に租界への攻撃を始める」
「おいおい、お前がいつも好き放題なのは知ってるけどよ、さすがに無理があるんじゃねぇの?」
団員の玉城が突っかかってくるのはいつものことだ。だが、今回ばかりはわずかに正当性があった。租界への襲撃は策を練って、それなりに日数を掛けてから行うのが常だからだ。
最初に驚いた声を出した紅月カレンも、同じように驚いたままだった。
「問題はない、策は準備してある。準備に時間を費やせなかったのは申し訳ないが、危急の事態が起こったため、今回は私に協力してほしい」
「なにが起きたって言うんですか?」
「まだ、話せる段階ではない。すまない」
謝ってみせると、いかにも驚いたという風な空気が流れた。そこまでワンマンだっただろうかと若干気に病むが、記憶を辿ると確かにワンマンだったと自分で認めざるを得なかった。
「まあ、準備が済んでるんなら構わねェけどさ」
「そうだな。だが、無理はないんだろうな」
扇が団員を気遣い、発言する。彼はこの手の事に本当は向いていない。だから、団員の無事をまず確認してからの行動を起こす事が多い。
「作戦自体に問題はない。準備も済んでいる。実行には後数週間掛けようと思っていたのだが、それを前倒しするだけにすぎない」
ざわざわと団員らのざわめき。異例の事柄に困惑しているのだろう。
「問題はない。私についてきて、今まで問題が起きた事はあったか? 信じられないものは降りて良い」
「いえ、私はゼロについて行きます!」
真っ先にカレンが答える。
そして、確かに今まで下手を打たなかった実績が物を言った。
「では、作戦を説明する。異論はないな? あるなら今のうちに言っておいてくれ」
「けっ、どうせするしかねェんだろ。わぁったよ、聞いてやるよ」
「玉城…」
やさぐれたように言い、どっかとソファに座った玉城をいさめるように、その傍らに扇も座った。カレンは壁際に立ったままだ。主要なメンバーはここに集結していた。皆、納得したようだった。
「結構。いつもと同じグループ分けで行動してもらう。カレン、Q1として攪乱を頼む」
「はい!」
「対象は政庁」
「……政庁?!」
「なにも本気で仕掛ける訳じゃない。威嚇だ」
「でも、政庁は租界の中心部に位置しています。そこまでどうして…」
「耐震構造の地下を使わせてもらう。新宿廃墟の西から、租界への地下へもぐりこめる場所があるのを知っている者は?」
幾人かが手を挙げた。
「あそこなら、警備は若干厳しいが使えない事はない。KMFも十分に通れる」
「確かに…」
考え込む面持ちで、つぶやかれる言葉。政庁を含む租界は、地震大国である日本において安全を確保すべく、多重構造の地下を作って免震させているのだ。
その作りは非常にシンプルかつ単純で、ブロックを積み重ねたものと思って良い。
ひとつのブロックを通過する度に敵がいることになるが、日常では使用されない空間だ。地上を使うより余程楽な行程になるだろう。
それに、先にルルーシュは手を打ちギアスを至る警備員に掛けてある。いずれ使うつもりだった場所だからだ。
「地下を通り、政庁前へ出る。そこから威嚇射撃を行い、すみやかに撤退」
「それだけ?」
「ああ、こちらにも手があると見せかけるのが今回の目的だ」
もちろん、帰りの道は通り過ぎると共に崩していくのが前提だ。追って来られては適わない。
そしてそれによる租界地上の被害も政庁の追っ手を食い止める手となるだろう。
予め、その部分は軍関連の場所だと調べもついていた。だから取れる手段だ。一般人を巻き込んでは意味がない。
「じゃあ、私の攪乱っていうのは…」
「主に突入時と、撤退時の役割になる。お前の機体と腕前が一番正確だ。向いているだろう」
「ゼロは一緒に向かうんですか?」
「当たり前だ、私が行かなくてどうする」
「しかし、政庁です。対地、対空戦力も兼ね備えた要塞とも聞いています。危険なのでは」
「今までに危険でなかった場所などない。気にするな」
その通りだった。それに、陣頭に立ちたがる迷惑な指揮官なのだ、ここの首魁は。
「普通は後ろで控えてるものなんですけどねえ」
「それじゃあ何も変えられない。心配はありがたくもらっておこう」
そして、細やかな戦闘準備が整えられ始めた。
先陣を切るのはカレンの紅蓮と、ゼロの乗る無頼。そして、扇のグループだ。殿は井上が買って出た。今回、KMF以外での戦闘戦力は必要ないので、少数精鋭となる。話がまとまるのは早かった。
「出発は午前0時。この時期なら日も暮れている、目立ちにくいだろう」
了解の言葉を聞いて、ゼロはひとまず自分の部屋へと戻る事にした。メールが気になったからだ。
果たして、メールは再び届けられていた。
全く同じ文面だった。さっきは意味をはかり損ねたが、こうなると意味は変わってくる。
日本軍は戦争を行う準備があるのだ。それも、近いうちに。どちらが火蓋を切って落とす戦争になるのかどうかは分からない。だが、間違いなく戦争は起こるだろう。
その時に、自分の軍隊は使えるだろうかと思案する。
自分が考えているのは、早期開戦、早期降伏だ。
それ以外にこの国を守る術はないと言っても良い。
大量のKMFを踏み込ませたら、その時点で降伏を申し出るべきだと思っていた。そうしなければ日本の軍隊は壊滅状態になるだろうし、いずれのための用意も出来ないだろう。
何も甘んじてブリタニアの植民地として長くいる必要はない。軍備を残し、人命を守り、いずれひっくり返すための降伏なのだ。
それを枢木ゲンブは理解し、覚悟したと言うのだろうか。
だとすれば今説明したばかりの攻撃は無効だ。
だがこの短い文面だけではそこまでの意図を汲み取るのが難しい。
今一度、メールを送った。十八時までまだ三時間近くもある、返信を送るには十分の時間だろう。尤も、相手はこちらの作戦実行時間を知らない訳だけれども。
――二十三時四十分。
メールの返信はなかった。これで、作戦を中止する必要はなくなったと考えて良い。
万が一相手も開戦の準備があると言うのなら、今から行う作戦は良い口実にもなるだろう。
各々が一度ブリーフィングルームへ集まり、作戦の概要を改めて細部に渡って確かめた後、KMFへと散っていく。
「ゼロ」
「なんだ、カレン」
「この攻撃が、開戦に繋がるんですよね」
「その可能性は高いな」
「私たちは、その時点で日本の軍隊になる」
黒の騎士団は、現時点では開戦派のレジスタンスにしかすぎない。だが、日本を思ってのための行動だ。
正規軍とは違うけれども、きっと開戦となればKMFの扱いに長けた黒の騎士団は重要な役目を担うだろう。
「ああ。日本を守る軍になる」
「大丈夫なのでしょうか? 日本軍は余りにも脆弱で、弱い。私たちごときに苦戦を強いられている状況です。私たちも数が少ない。勝てるのでしょうか?」
「目先の勝利だけが、勝つことではないさ。さあ、時間だ。向かうぞ」
「…は、はい」
早期降伏について、黒の騎士団で話をしたことはない。
自分たちが戦ってブリタニアを退けるのだと思っている。正直、甘かった。
保有するKMFの数も違えば場数も違う。それらを相手に日本が互角に戦うことすら実は危ういのだ。それを知らないわけではないだろう。
だから、カレンのような不安が噴出する。
自分の説明に納得したようではなかったようだが、彼女は自分のナイトメア、紅蓮へと向かって行った。その背中は凛としていた。
彼女が我々のエースパイロットと言うことを誇らしく思える瞬間だった。
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