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割れた硝子の上を歩く5


 出撃は午前0時。
 揃えられるだけのKMFは準備を整え、暗闇の中、ファクトスフィアの光りだけを灯している。
 五分前になって、各隊の状況を確認する。いずれも問題なしだ。
「では、出撃」
 丁度秒針が十二に重なった瞬間に、ルルーシュ――いや、ゼロは告げた。
 各隊は整然と静かに動き始める。気付かれた時点でおしまいの作戦だ、慎重を期していた。
 やがて地下へ続く道へ入る。
 入り口の警備員にはギアスを掛けてある。そのまま問題なくその場は通過出来る。
 この調子で多分切り抜けられる筈だった。
 だが、そこへPCからメールの着信音がする。傍らに開いたまま置いてあったそれを見た。
「………だから、意味が分からない。そう言ってるんだ」
 文面の変わらないメールだった。何を訴えたいのかも分からない。既に期限は切られた、作戦は進行中だ。今更取りやめる事など出来ない。
 そのメールを見なかった事にして進軍を続けると、再びメールの着信音が鳴った。
「ええい、面倒臭い! 何が言いたいんだ、あのバカの親父め」
 そのまま無視しても良かった。だが、ルルーシュはPCを見てしまった。
 そこにはこうある。
――現在の交戦は望まない
  要求は何でものもう、攻撃は中止するように
 思わずルルーシュは舌打ちした。これで進軍を進めてしまえば、人質の意味を失う。
 諦めるより他、方法はなかった。
「全軍に告げる。撤退だ、今回の作戦は中止とする」
 政庁まではまだほど遠い場所だった。だが、当然のように各隊はざわめく。理由を問う声も少なくはなかった。
「政庁への攻撃は今夜は中止だ。威嚇行動はまた後日に改める。……手間を掛けて、すまない。撤退する」
『えええ、なんでだよ。せっかくここまでスムーズに来てるのに!』
『玉城、うるさい。中止って言うんだから中止でしょ。戻るのよ』
 ゼロを絶対的に信望しているカレンが、玉城の愚痴を遮る。
『ゼロ、理由を教えてくれないか』
「政庁を攻撃出来ない事情が出来た。今行けば、威嚇の意味を失う。それだけだ」
 藤堂からの冷静な通信にも、本当の事は告げられない。もっともらしく告げれば、納得はしていないようだったが「そうか」と答え、彼の隊をまとめ上げて行った。それにならい、他の隊も撤退準備を開始する。
――せっかくのチャンスだったのにな。
 だが、この通路が使える事だけは確認出来た。
 それだけでも収穫としようとルルーシュは自分をなだめるしかなかった。



 その日はすぐに散開となった。
 改めて同じ作戦を取ることになるだろう事だけは伝え、不満気な顔をした面々を残し、基地を後にする。
 それにしても、今更になって何故あのようなメッセージを寄こしたのだろうか。
 レジスタンスグループが租界を攻撃することなど、今更の話だ。それが政庁になったところで大して話は変わりあるまい。それに、相手には攻撃対象は租界としか伝えていないのだ。
 今更大事になる訳でもないのに、焦って告げられたようなメールには不審を抱いた。
 だが、所詮文字の羅列に過ぎない。
 それを送信した人物の頭の中身までは読めない。
 仕方なく、ルルーシュはそのままスザクのいる隠れ家へと戻った。
 幾重にも掛けた鍵を開ければ、室内は真っ暗だった。しばらく目が慣れない。
 廃墟内とは言え、外はそれなりに明かりはあるものなのだ。だがこの部屋は外部から異変を悟られないよう、窓は潰してあるし、明かりを灯さなければ光源など一切ない。
 目を一度閉じて、暗闇に慣れようとした。
 そして、ソファの上にスザクがいない事に気付く。
 慌てて電源のスイッチを押した。突然の明るさに目がついて行かないまま、それでもスザクの姿を探し求めた。
 果たして、彼はすっかり眠りこけていた。
 ルルーシュのベッドの上で、だ。
「こいつ……」
 悪い夢でも見ているのか、表情はしかめられている。だが傍らに自分が立った事すら気付かない程の深い眠りを得ている。こちらはうっかり手に入れてしまった彼のせいでてんてこ舞いしていたというのにと思えば、怒りのようなものが沸いてきた。
「おい、起きろ!」
 どん、とスプリングを叩くと波打つベッドの上で酷く驚いた顔でスザクは目をしばたかせた。
「あ、おかえり」
「おかえり、じゃないだろう。誰がここで寝ていいと言った」
「いや、だってほら。ソファばっかりだとやっぱりちょっと辛かったっていうか、このベッドふかふかで気持ち良さそうだったっていうか……」
 さすがに目覚めは良い。
 だが口から出てきた言葉は最悪だ。彼には危機感や現状把握能力が欠如している。
「お前はソファで十分だと告げていたはずだ。人質らしく素直に移動しろ」
 はぁい、とふてくされたような返事をし、スザクは身を起こす。
「でもこのベッド、寝心地いいね。君の匂いもするし」
「なっ……何を言ってるんだ」
「ん? でもさ、共犯者なんだから少しは待遇改善を僕は求めてもいいと思うんだけど」
「残念だがこの部屋にベッドは二台置けない。諦めろ」
 大きなため息を落とし、今度こそ諦めたようにスザクはソファへ向かって行った。
 そして、ふと気付いたように振り返る。
「あれ? 君、今日戦闘じゃなかったの?」
「それは中止になった」
 そうだった。それを告げねばならないのだ。
「連絡が来た。何の要求でものむから、今日の交戦は中止して欲しいとの事だ」
「へぇ」
 さして興味もなさそうに、スザクはソファに腰掛ける。
 そしてそのまま上半身を横へ倒して、「やっぱり寝心地が違う」などとひとりごちていた。
「さあ、それじゃあ何を要求しようか」
「ここは妥当に、お金じゃない? 誘拐でしょ? 僕の生殺与奪は君が握ってるんだし、開戦したければとっとと殺せばいいだけの話だよね。それをしないって事は何か読みがあるんじゃないの?」
 へぇ、と少しだけ感心した。
 ただのバカではないらしい。
 実質は使い勝手に困っているだけだが、それは使い方の幅がありすぎるからに他ならない。
 殺して送りつけてもいいが、そのまま立たせて開戦派の御柱として祭り上げるのもいい。
 実際に少尉の位があるほどだ、KMFの扱いには長けているだろう。実戦に投入してもいい。……まあ、その方法は実際彼が従うか否かの不確定要素が強すぎたが。
「有効にお前は使わせてもらう。さて、じゃあ何を条件にしようか」
「でもきっと今頃、誘拐されたって知って捜査とか入ってるよね。犯人が黒の騎士団だって分かってるんだから、今までより念入りに巣を探されてるかもしれない」
「騙りの可能性も考えているだろう。誘拐犯が本当に黒の騎士団かどうかを確かめる機会を、今日、彼等は失った。実際に攻撃があれば分かっただろうに」
「そうしたら大変な事になってたんじゃないの? 戦争になる」
「どうせお前が見放した世界のことだ、構わないだろう?」
 自殺しようとしたのだ。それは同時に、自分が世界を捨てたのと同意だ。
「確かに、そうだね」
 苦笑混じりに彼は告げた。そして、両手を投げ出しうなだれた。
「それとももう自殺願望はなくなったか?」
 その行動に、問いかけてみる。
 だが彼は静かに首を左右に振るだけだった。



「KMFが欲しいな――だが、取り引きが難しすぎる」
 しばらく静かな時間が流れた後、ルルーシュがつぶやく。
 現在も結構な数を保有しているが、団員の数に比べれば圧倒的に足りない現状だった。
 独自開発出来るものではない。今ある機体も、全て戦闘中に鹵獲したものだった。
 事実欲しいのは確かだが、金と違い物が大きすぎる。こちらが捕まってしまうのが落ちだろう。
「KMF? キョウトからなら引っ張り出せると思うよ」
 キョウトは現在、非戦派に就いている。裏の政権とも呼ばれる集団だ、それも当然のことだろう。
「取り引きが難しい。それに、そんなものでお前を解放するのもためらわれる」
 たかが武器の為に重要な駒を手放すのは、本末転倒だ。彼の使い道はもっと慎重に考えなくてはならない。
「そう? 僕が協力すれば、なんとか出来ると思うけど」
「どういう意味だ?」
 やけにのんきに言われた言葉に、興味を持った。所詮無駄だろうが耳を傾けるくらいの時間はある。それに、話を聞きながらでも考え事くらいは出来る。
「キョウトを引っかけるんだ。取引相手は、そうだな、皇神楽耶がいい。彼女なら乗ってくるよ」
「皇? あんな大物を引っ張り出すのか?」
 現在、主であるのは年若い少女だと言うが、昔から連綿と続く一家の一つだ。同じキョウトの中でも格が違う。
「神楽耶はKMFを操れない」
「なるほど。現場にいるのを彼女一人に指名する訳だな。そして揃えられたKMFは団員が全て乗り込み持ち帰る、と――バカだろう、お前」
「また! 君、そんなに綺麗な顔をしてるのに口が悪いね。あんまり人にバカバカ言わないでくれる?……確かにそのつもりだったけど」
 転がっていた体を起こして、ベッドに腰掛けたルルーシュにスザクは訴えかけてくる。
「綺麗な顔とはなんだ。それに、どうせ与えられたKMFには発信器が取り付けられる。それで基地がばれるて一網打尽にされるのは目に見えている。そもそも皇などをただひとり寄こすものか。陰には山のように護衛が隠れているぞ。皇まで誘拐されてはかなわないからな」
「――う。そう、だね」
「ない頭を使ってる時間があるなら、夜食でも作ってくれないか。俺は夕食も食べず終いだ。腹が減ってきた」
「……分かったよ。でも簡単なものしか出来ないよ」
「食べられるものなら、十分」
 はぁ、と大きく息を吐き出した。
 期待はしていなかったが、それでもこの時間の無駄をどうしたものか。薄々感じてはいたが、頭の回転については共犯者として期待出来ないものらしい。KMFの実力で少尉にまで上り詰めたのだろう。明らかに体育系。
 スザクはそのまま立ち、冷蔵庫へ向かうと何かを探し始めた。
 本当に役に立つ方法は分かっている。殺して死体を投げ込むのだ。そうすれば開戦は目に見えている。だが、その犯人が黒の騎士団ではいけないのだ。
 日本人同士の争いにしてしまってはいけない。
 ブリタニア人に殺されなければ、意味がない。
 実際自分はブリタニア人だからそれでもいいのだが、ゼロの正体は不明にしてある。黒の騎士団内では、ゼロが日本人でない事は薄々感づかれているようだが、はっきりと明言していない。
 思ったより難解だと、頭の中で様々な駒を動かしては戻す作業を行っていた。



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2011.4.13.
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