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割れた硝子の上を歩く7


 買い与えたシャツにジーンズ姿のスザクと街を歩く。
 なんとも違和感を感じる状況だった。だがこれが現実なのだ。
 逃げない、と言ったのは本当のようで、幾度か意図的に隙を作ったのだが彼はそれに気付いた風もなく、租界を珍しげに見ている。
「すごいね、日本とは大違いだ」
「ブリタニアのソーラーエネルギー技術は群を抜いているからな」
 だからこそ、サクラダイトが喉から手が出そうな程欲しい訳だが。
 天を貫くようなソーラーパネルの塔。ビルの壁面も全てソーラーパネルだ。
 基本的に低層階が多い日本の建物の造りとは違う。
 日本でのソーラーエネルギーは一極集中型だ。山間で作られ、各家庭に配給される。
 どこもかしこもエネルギー源に変えてしまうブリタニアとは根本的に違う。
「それにしても、すごいや」
「余り見るなよ、目がやられる」
 ソーラーパネルの塔を見上げているスザクに注意してやる。だが、これではおのぼりさん丸出しだ。目立つことこの上ない。
「少しは普通にしていてくれ。お前が見咎められると俺までとばっちりが来るんだ」
「はあい」
 数歩先に進んでいたルルーシュへ、素直に追いついてくる。
「ねえ、僕らどんな風に見えるんだろうね。学校をさぼった学生? それとも恋人?」
 最後の言葉にぶっと吹き出した。
「見える筈がないだろう! 良くて学生だ」
「そうか。まあ、でも、僕たちが誘拐犯と人質だなんて、誰も思わない訳だ。面白いね」
「こんな図々しい人質もそういないとは思うけどな」
「そう? 共犯者なんだから別に問題ないんじゃない? どうせゼロの顔は誰も知らない。僕の知り合いが万一見たとしても、君が誰かなんて分からない。そう思うと不思議な気分にならない?」
 確かに、そうだろう。
 ブリタニア人と日本人の学生が仲良くしているのなんて、そう滅多に見掛けない事だ。
 租界にも日本人はいるが、それはあくまでもビジネスとして訪れる人が多い。
 ここは日本であって、日本ではない。敷地に入る前に、身分証の提示が求められる程に、だ。
「あ、そうそう。あの身分証ってどうしたの? まさか偽造した?」
「当たり前だろう。日本軍のお前の軍籍証なんて持ってたら、入り口で門前払いがせいぜいだ。ただの日本の学生証だ。作るのに問題などない」
「犯罪だー…」
「今更」
「いつ作ったの?」
「でてくる五分前」
「え、そんな簡単にできちゃうものなの?」
「軍籍証や免許証とは違うからな、学生証の作りなどちゃちい。簡単なもんだ」
 へーえと感心しているスザクを横に、そろそろ電器屋へ向かい始めた。租界ツアーではないのだ。もちろん自分の技術自慢大会でもない。欲しい者を早く手に入れ、帰るのが得策だ。万一にでも誰かに見つかればヤバい状況には変わりないのだから。
「おい、こっちだ」
「あ、うん」
「どうした?」
「いや、このシャツ格好いいなって思って」
 ふと見れば、紳士服店のショウウィンドウ前にスザクは立っていた。
 安価だが質の良い衣服を提供してくれる店だ。自分も良く利用していた。
「欲しいんだったら、買うが?」
「え、いいの?」
 スザクは素直に喜んだ顔をした。彼は自分と同じ十七歳としては幼すぎると思う。それとも自分が老成しているのだろうか。
 そのまま店内に入ると、スザクはそのシャツを見て、そしてその隣のシャツも見始めた。
 ショップの店員が近寄って来るが、手で構わないと合図する。
「ああ、これもいいなぁ…」
 三枚目のシャツも見て、ため息をついている姿など、どこかの女の子のようだ。
 思わず苦笑が浮かんだ。
「どうせだ、全部買ってしまえ。それくらい養える余裕が俺にはある」
「え、それはさすがに悪いよ。これにしとく」
 と、最初に見ていたシャツを一枚、手に取った。
 ジーンズに合わせても良いそれは、きっとスザクに似合うだろうと思わせるオレンジ色のシャツだった。
 ほくほく顔のスザクと並んで、またスザクは口にする。
「僕ら、親友同士みたいだね。誰かと一緒に買い物とかするの初めてだ」
「親友か。俺も初めてだな、こんな事をするのは。もっとも、金を出したのは俺だが?」
「だからありがとうって。感謝してる。大事にするよ」
 ショップの袋をぎゅっと抱きしめ、邪気のない笑顔を浮かべる。
 その表情は嫌いではなかった。
 電器屋で小さなテレビを買い、それをスザクが持つ。ショップ袋は自分が持つことになった。
 そしてまっすぐ隠れ家に戻る。
 部屋に着けば早速テレビの取り付けを行うかと思ったのに、スザクはシャツを着替え始めた。
 何をやってるんだ、とは思うがそんなに嬉しかったのかと思うと面映ゆく思わないでもない。
「どう?」
 きっちり着込んで、くるんと回る。
「まあ、いいんじゃないか?」
 陽性の彼にはよく馴染む色だった。確かに似合っていた。
「反応薄いんだから」
「どっかの女みたいな事言ってないで。お前はテレビが欲しかったんだろう? 設置したらどうだ?」
「あ。うん」
 そしてそのまま、テレビの設置に彼は取りかかった。
 うっかりしていて昼飯は抜きになっていた。自分は夕食の準備をしなければならない。きっと腹ぺこだろう彼の為に量を作らねばならないだろうと思ったが、面度なのでカレーにした。これならどれだけでも食べてもらって構わないし、作るのも簡単だ。
 煮込みに入った段階で、スザクは作業を終えた。テレビが無事ついたのだ。



 ニュース番組が流れる最中の夕食となった。
「やっぱりテロが多いね」
「レジスタンス」
「どっちでも一緒だよ」
 かちゃ、かちゃ、と時折食器をスプーンが撫でる音を立てながら、食事は続いていく。テレビでは今日起きた各地のテロを放映している。
「政治家は何をしているんだろうな、こうまでなっているんだからそろそろ動くべきじゃないのか?」
「さあ……僕は、父さんの事、余り知らないから」
 官房長官によるインタビューとこの度のテロの犠牲者への哀悼の意。お決まりの流れだ。
 枢木首相は姿を現さない。
 ここ数日は官邸内での執務に明け暮れているのだという。
 枢木ゲンブは一言で言えば、行動の人だ。
 従軍制度を一気に改革したり、自衛隊と呼ばれた以前の軍隊を日本軍として再編した。世論の反発も強かったが、それより目前に迫るブリタニアの脅威の方が圧倒的に強かった。世間は彼に味方した。
 租界を作ったのも、彼だ。
 割譲という形の一種の植民地だが、そこで収まり、外へブリタニア人は出て来ず、租界内のみで経済が完結するシステムを作り上げた。今では日本企業のブリタニア支部を租界に作り、利便性が増しさえしている。
 その人物がここ数日姿を現さない。大規模な掃討作戦を練っているのかもしれないと、黒の騎士団でもおそれを抱いているものはいた。ルルーシュですら、その可能性は捨てがたいと思う。
「君、もういらないの?」
 三杯目のおかわりに立ったスザクは、まだ一皿目を持て余している自分へ声を掛けてくるが、思考に没頭していてろくな返事も返さなかった。
 それとも、息子が誘拐されたことで、開戦をついに決断したのだろうか。その準備を整えているのだろうか?
 だがハッキングを繰り返してもそのようなデータも議事録も出てこない。
 彼の動向は全く不明だった。



 テレビを見ているスザクを余所に、自分はうつらうつらしていたらしい。
 ダイニングテーブルに突っ伏しそうになって、目が覚めた。二日の貫徹が響いている。
 日本の家と言うのは、警備に乏しい。部屋に鍵が掛からないのだ。
 今夜も夜這いなどとふざけた事でやってきたらどうしてやろうかと思ったが、パジャマに着替え、先に寝ることを告げた。
 そこで、ふと思い出す。
 玄関先に袋詰めされた、スザクの衣服だ。
 早く焼却してしまわなくてはならない。あれは立派な証拠となりうる。
 パジャマ姿のままライターを持ち、外へ出た。余り治安の良くない界隈だ。注意しながら、一枚づつに火をつけていく。だが、注意は万全ではなかった。
 いつの間にか人に囲まれている事を知る。
「へぇ、ブリタニアのお坊ちゃんじゃないか。こんなところで何してるのかと思えば」
「離せっ」
 腕をつかまれ、顎を持ち上げられた。相手はただのレジスタンス崩れだ。ギアスを使ってしまうか、と思った瞬間、扉が開いてスザクがでて来た。すぐの事だからと鍵を閉めていなかったのだ。
 そのまま、自分を捕らえている男に蹴りを入れ、体術を用いて地面に叩きつける。
「何をしている」
「もの珍しい人物がいるから、見物に来ただけだよ」
 へらへらと笑っている男は、きっとクスリを決めている。味方がやられたのになんの躊躇もしていない。スザクが再び遠慮なく彼に暴力を振るった。さっきの男とは違い、それだけで気絶してしまう。
 逃げた者、伸された者、今現在交戦している者。
 結局ほんの五分も過ぎないうちに、人気はなくなった。
「なにやってるの! ここの治安が良くないってのは君が言ってたことだよ?!」
「お前の服を…」
「なに?」
「お前の服を焼いてたんだ。このままにはしておけないだろう」
「それは……そうだけど。でも昼でも良かったんじゃないの?」
「今思い出したんだ。思い出したら気になってしょうがなかった」
「そう。でも、無事で良かった……側にいるから、燃やしてしまって」
「ああ、分かった」
 そして、一呼吸おいて、ルルーシュは意志を固める。
「ありがとう」
 たったそれだけの事を言うのに絶大な勇気を必要とした。
「いいえ、どういたしまして」
 彼はなんでもなかったように、へらりと笑って返す。その感覚が心地良かった。



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2011.4.14.
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