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全て夢で終わる3


 政務に明け暮れる日々が、続く。
 だがスザクに取ってはその方が良かった。忙しければルルーシュの事を忘れられる。それに、ゼロとして生きていけば行くほど、ルルーシュへの道は近くなる。
 そんな折り、東京でテロが起きた。



「ここはゼロ様の出番じゃありませんわ。自爆テロです、軍隊の発動は必要ありません」
「しかし、テロはテロだ」
「声明もなにもないテロです。こちらにお任せください」
 神楽耶との押し問答。
 都心で起きた自爆テロは多数の一般市民を巻き添えに、まだ終息を見せていなかった。
 現場は阿鼻叫喚だ。血を流し倒れているもの、恐れおののき、その場から動けなくなっているもの、そして野次馬。
「いや、ここはやはり私の出番だろう。テロに対するなら軍を出動させる必要はない。しかしゼロと言う名が必要だ」
 そして、スザクは現地へと降り立った。
 途端に起こるざわめき。それは安堵にも似たものだ。
 一般市民におけるゼロへの信頼度は高い。
 既に救急車は数台も乗り付けられ、けが人の回収を行っている。現場で治療を受けているものもいる。
「ゼロ、何故東京でテロが!」
 遠くから問われる声がする。きっと、数週間後に控えられた超合衆国会議に抵抗するためのものだろう。これほどまでにまだ世界はまとまっていない。
「私がいる限り、このような暴挙は許さない。今後一切のテロを許さない。起こさせない。それを誓おう」
 幸いにも死亡者はテロを企てたもの以外にはいなかった。
 ゼロのコールが響き渡る。
 この名前は重い、と、スザクは時折感じる。
 警備はより一層強化する必要があるだろう。犯人の特定もだ。
 もっとも犯人は既に肉片と成りはてている。声明が出なければ、特定は不可能に近い。
 考えろ、と自分に命じる。
 この会議で不利益を被るのは誰だ? どの国だ?
 ゼロコールを背に受け、被害者の保護を最優先に依頼すると、スザクは再び元政庁へと戻った。



「今回の会議で不利益になるのは、主にEUですね。サクラダイトの分配率が下がる。もっともそれは他の国でも同様ですが、EUにはサクラダイト鉱山がひとつもない。深刻なはずです」
 室内に戻り、シュナイゼルと対話する。
 彼はギアスに掛けられたままだ。だが、非常に優秀な頭脳は健在だった。
 即座に解答を弾き出す。
「EUか……広いな。どこの地域かまで特定できればいいのだが」
 このような暴挙が繰り返されれば困る。組織だったテロなら手の打ちようもあるが、自爆テロなど防ぎようがない。
「取りあえず、EU代表と連絡を取ろう」
 通話チャンネルを合わせる。時差を考えれば、向こうは既に深夜の筈だった。
 だが、EU代表はすぐに通話に出た。ある程度覚悟をしていたのだろう。
「ご連絡が来るのは、予測していました。自爆テロの件ですね」
「ああ、ならば話が早い。なにか目測は立っているのですか?」
 彼女はまだ年若い。神楽耶と同じ年頃だ。だが、代表としての資質があるのか、いつも凜としていた。
「はい。近頃、反合衆国を名乗る者が現れ始めています。ゼロこそが世界を治め、統治すべきだという者達です。数は少ないので放っておいたのですが……」
「そういう情報は、早めにいただきたかった」
「申し訳ありません。我が国内で対処を、と思っていたのです。軍隊を用いて制圧すべき対象ではありません。ただの民衆運動にしか過ぎないのです。ただ、一部に過激派がいたようですね」
「そうすると、今回の自爆テロはその一貫だと?」
「私はそう思います」
「サクラダイトの利権を巡ってのものかとこちらでは思っていたのだが」
「それもあるでしょう。しかし、ゼロ。あなたを引っ張りだすのが目的ですわ」
 そしてしばらくして、通話は切れた。
 まさかの展開に、スザクも呆れ果てる。
 ゼロが世界を統治する? ルルーシュならともかく、スザクでは無理だ。
 それに権力と軍隊を掌握すれば、そこで起こるのは恐怖政治。そんなものは許してはならない。
「シュナイゼル、EUの最近の情報を集めてくれ。主に民衆運動に関するものだ」
「分かりました」
 側に控えていたシュナイゼルが席を外す。
 さて、ルルーシュならどう動くだろうか。
 確かに軍を動かすような内容ではない。だが、ゼロをまつりあげようなどとばかげた考えは放ってはおけない。
 ひとりになった室内で、伸びをした。
 思ったより、難解な問題になりそうだった。



 翌朝早くに通信が入った。
 EU代表だと思い、なにも考えずにつなぐ。
『面倒な事が起きているようだな』
 すると、そこからはとても聞き慣れた声が流れてきた。
「ルルーシュ!」
『この状態は想定内だ、そう慌てるな』
「違うよ、慌てたのは君が…君が連絡をくれたから……!」
『いちいち俺ひとりの通信でそんなに取り乱しているのか? ゼロは勤まりそうにないな』
 笑い含みに言われた言葉。それが、久しぶりすぎて懐かしい。
 以前連絡をくれた時から、既に半年が過ぎようとしていた。もう連絡はもらえそうにないのかと諦め始めさえしていた。あれは、単なる気紛れだろうと。
「怪我は? 体の状態はどうなの?」
『そんな場合じゃないだろう? 取りあえず目先の問題だ。ゼロをまつりあげようとする輩は必ず出てくるはずと踏んでいた。目に見えて功績をあげているし、各国代表はまだ幼い。頼りなく思っている者もいだろう』
「うん…」
 確かに、少女の集団だ。神楽耶を除けば政治とはなんたるやから始めなければならない者すらいる。
『だからこそ、ゼロが必要だったんだ。あくまでもゼロは補佐でしかない。EU代表に連絡を取れ、そして代表の背後に立ち、彼女自身の言葉で語らせろ』
「大丈夫かな……まだ、子供と言ってもいい年齢だよ?」
『神楽耶嬢はどうなる』
 言って、彼は笑った。
『まあ彼女は特別かもしれないが、ここらで彼女達にも国の代表としての自覚を持ってもらわなくてはならない。いいな?』
「分かった」
『じゃあ』
「待って!」
『なんだ?』
「怪我の状態は? そしてなんで、僕に通信をくれたの?」
『怪我はほぼ完治しつつある。連絡をしたのは――気紛れだ、気にするな』
 そして、ぷつりと通信は切れた。
「気にするよ、そんなの……」
 真っ黒になった画面に語りかける。
 気紛れだろうか。本当に?
 彼の優しさじゃなかったのだろうか。
 まだ一人前じゃない事は身に染みて分かっている。だから、ルルーシュの助言はありがたかった。だがなにより嬉しかったのは、彼の声が聞けた事だ。怪我の完治も近づいていると言う。
 大きく呼吸をした。
 そうしなければ、泣いてしまいそうだったからだ。



 ルルーシュの指示通り、翌日にスザクはEUへ飛んだ。
 機内で代表には話を通し、全国放送を流す事を決定する。それらは彼女から超合衆国議長へと連絡が為されることとなった。
 今回、たまたま蜂起したのがEUだけなのであって、その芽はいたるところにくすぶっているだろう。
 それを一網打尽にするのだ。
 空港へ到着すれば酷く緊張した面持ちの代表が待っていた。
「緊張しすぎです。そんな顔では、民衆に安らぎを与えられませんよ」
「す、すいません」
 金髪の幼い少女だ。天子と似たくらいの年だろうか。そのような年で国を背負わされるのは、苦でもあるだろう。
「貴方は笑顔でいればいい。それだけで安心をもたらす。国のトップとはそういうものです」
「そうですか」
 頷いて、微笑みを浮かべた。可愛い少女だ。
 政治はほぼ超合衆国で行われている。トップダウンで各地に広められているのだ。もちろん、各地の陳情も受け付けられている。それらをまとめるのは彼女らの役目でもある。
 だが、象徴である部分も多い。
 いずれ――そう、十年もすれば立派な政治家になるだろう。それまでは猶予期間なのだ。
「放映の準備は?」
「整っています。正午より放映と、各メディアにも伝達済みです」
「貴方の準備も整っていますか?」
「ええ。決めました」
 たおやかに見えるが、決してそれだけではないらしい。
 正午から始まった放送では、彼女は立派に自分の言葉で意志を伝えた。所々たどたどしい場所はあったが、それでも彼女自身の言葉と知れる。
 自分はその傍らに立つだけだった。
 そして、最後に一言。
「私は国を治める立場ではない。軍を率いる立場だ。それ以外為すべきことはできない」
 それは半分事実で半分嘘だった。
 実際は政治にも参画している。ただ、表には一切でない。それだけだ。
 放映が終われば、テレビ局の周りには各メディアのインタビュアーと野次馬が押しかけていた。
 代表はもみくちゃにされかねない。かばいつつ、歩き進める。
 ひとりがゼロ、と呼んだ。幾人かが呼応した。そして次第に、ゼロコールが巻き上がって行った。
 代表とふたり、専用車に乗れたのは、彼等のおかげと言ってもいい。



 その車中でだ。
 車を出して、まだほんの少しの時間も過ぎてない時間。
 あり得ない人影を見た。
「止めて!」
 慌てて、運転手に告げる。
 そしてスザクは扉を開けると、その人物の元へ駆け寄った。



「気付くのが遅いじゃないか」
「まさか……だって、君」
 言葉が、上手く出てこなかった。
 彼はまだ人前に出てきていい存在ではなかったはずだ。
 だが、もう一年が過ぎようとしている。
 そう、一年。全治の時間だ。
「俺の休暇は、もう終わったんだろう?」
「………ルルーシュ」
 思わず抱きしめた。人目のない場所だったのは幸いした。ゼロが誰かを抱きしめるなど、あってはならない光景だ。
「さあ、連れていってもらおうか?」
 彼は綺麗に笑った。
 仮面の中で、スザクは涙を流していた。
 ああ、車中に取り残して来た人たちにはばれてしまったなと思ったが、それに気付くのはもっと先の話で、今は目の前の存在で手一杯だった。



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2011.4.15.
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