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全て夢で終わる4


 彼を乗せて、黒塗りの車は進む。
 車中でスザクは何を語ればいいのか分からなくなっていた。
 横にルルーシュが座っている。その非現実さに動揺している。そして、運転手の存在も気に掛かっていた。ルルーシュは既に彼にはギアスを掛けたと言ったが、それでも尚、人目は気になる。
 ルルーシュは、いてはいけない筈の存在なのだから。
 だがその人間を引っ張り出したのは自分自身に他ならない。
 いざその時が来てしまって、動揺してしまう自分の姿はルルーシュには愚かに見えるだろう。
「で、この先は?」
「え?」
 狼狽え、平静ではいられずにいたスザクは突然声を掛けられて、更に動揺した。
「この先はどうするんだ、と聞いてるんだ」
「ああ……蓬莱島に戻る予定だよ……いや、蓬莱島へ戻る予定だ。お前も一緒に行くのだろう?」
 自分はスザクである前にゼロである。そのことを急に思い出した。
 奇妙な言葉になってしまったが、それはいたしかたなかった。
「ああ、ご一緒させてもらえるのなら。それとも、俺はブリタニアへ戻った方がいいか? それとも日本か」
 超合衆国の事を言っているのだろう。それならば日本に行くべきだ。
 今現在、元首を名乗っているのは神楽耶であるのだし、世界政治の中心は日本を中心に回っている。
 だが、スザクはここでわがままを貫く事にした。
「いや、蓬莱島へ来て欲しい。助言をもらった礼をしたい」
「そうか、分かった」
 固い口調で、変成器から告げられる言葉は酷く冷たくて、自分でもいやになる。
 だがゼロである以上は仕方のないことだ。抱きしめたくとも、キスをしたくとも、睦言を告げたくとも、全てをゼロと言う名が邪魔をする。
 それでも構わないと、彼の生を願ったのは自分だったのだ。
 せめて傍にいて欲しかった。
 やがて空港に到着する。ルルーシュは最初から持っていたのだろう、サングラスを掛け深めに帽子を被った。まるで一般人のような顔をしてゼロから距離を取り、空港内で同じ方向へ歩く。
 乗るのはゼロ専用の小型ジェットだ。
 KMFで乗り付けていなくて良かったと思った。それともKMFの方が良かったのだろうか?
 それなら狭くて他の人の目のない場所で、彼と会話が出来た。
 だが、イフの話は今は存在しない。彼を貴賓と紹介し、ジェットには乗せる事が出来た。
 そして、一切の客室乗務員を乗せない事にした。サービスなど必要ない。操縦する機関士がいれば問題がなかった。一刻も早く彼とふたりきりになりたかったのだ。



 ようやく二人きりになれた機内で、スザクは意を決して仮面を外した。
 彼はこの行為をどう思うだろうか。許さないだろうか。
 だが、彼はなにも言わず、懐かしそうな目で自分の顔を見ただけだった。
「久しぶりだな、スザク」
 そして、名を呼ばれる。
「うん……ルルーシュ。会いたかった」
 枢木スザクであることを、認められた。それは奇跡を起こす魔女に出会う確率と同じくらいに素晴らしい事だった。
「いきなり抱きしめられて、びっくりした。まるで自分だものな」
 思い出してルルーシュは笑う。
 その笑顔すら懐かしく感じる。一年と言う年月は決して短くはないのだ。
 心が渇いてしまうくらいに、長い時間だ。
「そうか、僕、ゼロのままだったもんね」
 そして自分も苦笑する。背丈もそう変わらない。かつての自分に抱きしめられたかのような気がしただろう、ルルーシュは。
「お前は変わらないな。良かった」
「良かった?」
「ああ。俺の掛けたギアスのせいで、個を失っていないかどうかだけが心配だったんだ」
 彼の掛けたギアス。それは、死を目前にしたかすかな言葉の事だ。枢木スザクは死ぬ。人々の為にゼロとして生きる――との、ギアス。願い。
「君がいる限り、それはあり得ないよ」
「そうか」
 彼が苦笑する。その姿を見て、自分も笑った。
 そう。ルルーシュの生を願ったのは自分だ。その時点で我が存在していた。決して人の為だけに生きる存在ではあり得なかったのだ。
 まさかそれに気付いていない訳でもないだろうに、告げてくれることが嬉しかった。
「俺は、お前を許さないと思ったよ」
「そうだろうね。僕は最後の最後で裏切った。酷い裏切りだ」
「ああ。生きていると知った時は、絶望すら感じた。お前を殺したかったくらいだ」
「――本当に、憎まれたんだね」
「そうだな」
 だが彼は懐かしむような顔をしていた。それはもう過ぎ去ったのだと言う事が、スザクにも分かる。
「この世界はまだまだ優しい世界とは程遠い。そもそも優しい世界など、永遠に作る事は出来ないのかもしれない。でも、俺たちは尽力しないといけないんだ」
「そうだね、まだ紛争も起こるし、前みたいなテロも起きる。不穏な動きもあるみたいだし」
「それに手を貸せるというのなら、生きてみるのも悪くない。そう、思う事にしたよ。自分のやり残した事だ。最後までやってしまわなくてはならない」
 だから、とルルーシュはスザクを見る。
「お前の傍でも構わない。俺を政治に携わらせて欲しい。神楽耶嬢の元でも構わない。いや…彼女の傍の方がいいのかな」
「僕個人としては、僕の傍にいて欲しいけど」
「本当に個人的な意見だな」
 笑われる。だが、悪い笑い方ではなかった。
 どちらかと言えば、期待を持たせる笑い方だ。
 ずるいな、と思った。彼には手札がどうやら何枚もあるらしい。
 自分は彼が傍にいるというだけでいっぱいいっぱいだと言うのに。
「だが、お前の元にいても神楽耶嬢のサポートは出来るだろう。行こうか、蓬莱島へ」
「いいの?!」
「ああ。その代わり、お前……ボロを出すなよ」
「う、うん」
「うんじゃないだろ。仮面もそう簡単に外すな。機関士にギアスは掛けていない。万一室内に入って来たらどうするつもりだったんだ」
「その時は……えーと」
「考えてなかったんだな」
「…………うん」
「この、バカが」
 こつん、と頭を叩かれる。緩い力のそれが心地良いなんてどうにかしている。
 でも、とっくにどうにかしているのだ。傍らの存在のためになら、いつでも、なんでも。
「ほら、仮面を被れ。ゼロらしくしろ。まもなく蓬莱島に着くぞ」
「え、うそ」
 慌てて機内時計を見る。到着時間まで後十五分もなかった。機内乗務員をひとりも置かなかったので、アナウンスもまたないのだ。
「時々はゼロを代わってやってもいいぞ」
「ホントに?」
「嘘だよ、お前がちゃんとやり通せ」
「ええっ。酷いよ!」
 そう言っている間にも時間が過ぎる。シートベルトを確認し、スザクは仮面を被った。
 気持ちの切替などそう簡単には出来ない。
 今の今まで枢木スザクでいた自分がゼロとして振る舞うのは、非常に抵抗があった。
 だがやってのけなくてはならないのだ。
 横の席ではルルーシュがサングラスを掛けていた。淡いブラウンのグラスは良く似合っていたし、目の色も隠せて身元をバレにくくしていた。その上に帽子だ。ラフな服装をした彼がどこの誰かなど、分かる人間がそうそういるはずはなかった。



「おかえり、遅かったな」
 だが、そんなものをものともせず見通す人間が待ちかまえていた。C.C.だ。
 本来ならゼロしか入れない筈の部屋で、堂々とベッドに寝そべっている。
「それはどちらへのセリフだ?」
「もちろんお前に決まってるだろうが」
 と、問いかけたルルーシュをわざわざ指さして寝返りを打った。
「一年もいなくなるとは聞いていなかったぞ。おかげでヒマだったじゃないか」
「お前の為に生きてる訳じゃない。それに、お前は世界を回って見るんじゃなかったのか、C.C.」
「そのつもりだったが、お前が生きてる事が分かったから取りやめた。お前といる方が楽しいからな」
「なら、なんですぐに来なかった」
「バカか、お前は。私はC.C.だぞ。何故行ってやらねばならない。お前が来い」
 早いテンポで交わされる会話に、本来この部屋の持ち主であるスザクは口を挟む事が出来ない。
「ならここに来るのも間違っているだろう」
「お前はやはりバカだな。お前の居場所はここに決まってるだろうが。私の居場所も本来はここだ。戻るならここしかあるまい」
「どういう意味だ」
「黒の騎士団である事が、お前に取っては当然のことで、私に取っても当然にされてしまったってことだよ」
「あの!」
 この罵り合いのような口調の応酬は放っておけばいつまでも続きそうだった。
 思い切って、スザクは口を挟む。
「ここ、僕の部屋なんだけど。なんでC.C.が当たり前にいるの? それに君が黒の騎士団だっていうならなんで一年も離れていたのさ」
 ふう、と彼女は呆れたように息を吐き出した。
 そしてスザクを足の先から頭のてっぺんまでゆっくり見られる。非常に居心地が悪かった。
「お前もバカだろう。ここは本来私の部屋だ」
「待て、誤解されるだろう。ここは俺の部屋だ」
「どっちも同じだ。どうせ共犯者同士、一緒にいたんだからな」
「あーのー。それで? もーいい加減にしてくれない? 僕、久しぶりにルルーシュに会えたから堪能したいんだけど」
「それは性的な意味でか?」
「ばっ!」
「違うよ!」
 思わず二人の声が重なった。彼女は女性として色んなものが多分欠けている。
 殴り合いのような言葉の応酬は、しかしそれで一応収まりをみせた。
「一年離れていたのは、単にそいつがいなかったからなだけだ。面白みのないお前といるのは、疲れるからな」
「悪かったね、面白みがなくて」
「褒め言葉だ」
「どこがだ」
 ルルーシュが言い、ぞんざいに帽子を彼女へ投げつけた。
 むっとした顔で、彼女はその帽子をスザクへと投げつける。
 受け取って、それをどうしたものかと狼狽えた。
「そんな関係で、よくやって来れたね、君たち」
「これでも仲が良いんだぞ」
 しれっとした顔で、C.C.が告げた。
 ルルーシュが酷く嫌そうな顔をしたのを、スザクは見逃さなかった。



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2011.4.22.
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