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割れた硝子の上を歩く9


 ゆっくりとした時間を掛けて正気を取り戻した瞬間、ルルーシュはスザクを殴った。
 頬に綺麗に決まる。
「……っ、いた、なに」
「自分の胸に手を当てて聞け!」
 言い捨て、ベッドから降りた。足も腰もがたがただ。だが気力で耐えた。中で出されたものが内股を伝って漏れ出してくる。気持ちが悪い。
 シャワールームに入り、全てを洗い流した。屈辱的にも中に出されたものもかき出した。
 みじめな気持ちになるのは、しょうがなかった。
 確かに途中から、自分だって乗ってしまった。でもだからと言って、まさかこんな事が起きるとは予想だにしていなかった展開だ。気の緩んでいた自分にも腹が立った。
「なにが、一目惚れだ……っ」
 がん、と壁を殴る。
 腹立ちは当分おさまりそうになかった。
 シャワールームから出ると、おろおろとしているスザクを無視し、部屋に戻る。
 ベッドでなんて眠れるはずがない。
 内開きの扉を背にして自分をバリケード代わりにし、大きく息を吐き出した。
 あれは、殺してしまってもいい。
 情の移りかけた結果がこれだ、甘い事は考えないほうがいい。
 租界で日本人が殺されたとしても、租界は租界内で完結している。隠蔽しようとするだろう。
 なら、廃墟群か日本の街で行わなくてはならない。
 誰かそこにいてもおかしくない人間を捜さねばならなかった。
 租界にもブリタニア軍は駐留している。その人間を引っ張り出せればベストだ。
 そこへ、コールがなる。プライベートのものは電源をオフにしてあるので、黒の騎士団専用のものだろう。
「私だ、どうした」
『遅い時間にすまない、ゼロ』
 副団長を務めている扇の声だった。凡人だが使えない男ではない。前線で戦うタイプではないのだが、人心掌握に長けているのだ。
「どうしたんだ?」
『サムライの血が暴れている。このままじゃ租界にまで影響を及ぼしそうだ』
「そうか。……分かった、すぐ向かう」
 通話を切る。
 サムライの血は非戦派の最右翼だ。非戦を訴えながら、ブリタニアまでも巻き込むことも多い。
 今の時期にそれは避けたかった。
 元から邪魔だった存在だ、この機会に掃討してしまうのも良かった。
 衣服を改める。最初からゼロの扮装に身をやつした。
 仮面だけを持って、部屋を出る。
 はっとして駆け寄ろうとしたスザクの事は一顧だにしなかった。何かを言おうとしていたようだが無視した。
 そして、部屋を出る。
 鍵は忘れず、しっかり掛けた。



「状況は」
「新宿廃墟で開戦派、ヤマト同盟と対戦している。だが同等の規模のため、決着が付かない。そのままトウキョウ租界まで戦線が伸びてしまいそうなんだ」
 頭の悪いものばかりで嫌になる。
 それくらい計算してから戦争など行えと言いたい。いずれも組織を名乗ってはいるが、烏合の衆に近い。統制が取れていないのだろう。
「どちらも潰すぞ、邪魔だ」
「でも、ヤマト同盟は……」
「所詮烏合の衆。生きのこって黒の騎士団に入ってもいいと言うヤツがいたら助けてやれ」
「わかった」
 扇は各系統に伝令を伝える。
「カレンは」
「今、紅蓮に」
「いるのか」
 そのことに少し驚いた。彼女も二重生活を行っている。普段は同じ学校に通うたおやかで病弱なお嬢様と言う事になっている。こんな時間、どうやって抜け出しているのだろうかと毎回疑問に思う程だ。
「だが、助かった。紅蓮を先頭に突破。両チームをそれぞれ藤堂、卜部のふたグループに分けて殲滅作戦を展開する」
「分かりました!」
「承知」
 カレンの病弱はただの設定だ。ここでは生き生きと走り、トップグレードでKMFを駆る。
 マップを開き、詳細な説明を行う。それぞれトップが把握していれば行動に問題はない。カレン、藤堂、四聖剣は信じるに足る存在だった。
「私はカレンにつく。以上だ」
 いくつかの了解の声が唱和された。所詮小競り合いが大きくなったもの。それでどうこうなるなど思ってもいない。いつもの事だった。



 戦場は想像以上に混沌としていた。カレンの突破が役に立たない。
 即座に作戦を変更する。
「カレン、手当たり次第に片付けろ。こんなやり方は本意ではないが、租界へ出るまでに食い止める」
『はい!』
「藤堂、四聖剣もだ」
『承知!』
 敵味方、どちらがどちらなのか、IFFを見ないと分からない。元々乗っている機体がブリタニアから奪い取った同型種なのだ。見て分かるものではない。それらが入り乱れているのだから見分けなど付く筈がなかった。
 こういう力任せの方法はルルーシュとしては信条にもとる。だが租界を最優先に考えれば取れる策はそれしかなかった。
 自分も無頼を駆って、戦線に突入する。
『ゼロか、こちらの支援を頼みたい』
 ヤマト同盟からの通信が入った。だが、どこからもたらされたものかは分からない。IFFの表示は無茶苦茶だ。逆にどうやったらここまで無茶苦茶に出来るのか尋ねたい程だった。なので、その通信には無視を決め込む事にした。
 ここで一方に肩入れすれば、こちらの損失もでかくなる。
 そういう訳にはいかない。黒の騎士団もギリギリのところでやっているのだ。
 スラッシュハーケンを撃ち込み、一機を爆破させる。戦場には入ってくるなといつも騎士団のメンバーには言われるが、動かないキングなどものの役にも立ちはしない。
 アサルトライフルを構え、もう一機を集中的に狙う。
『ゼロ、下がっていてください!』
「そういう訳にはいかない。数は足りていないんだ」
 そう、たとえ烏合の衆とは言え、ふたつのグループと戦う事になるのだ。黒の騎士団は数が圧倒的に足りなかった。
 自分が安全圏に居て良い訳がない。
「藤堂、そのまま切り込め。分断出来る」
『承知』
「カレンは租界側へ回れ、租界に被害を及ぼさないように動くんだ」
『はい! でも、租界に……』
 いつもなら、租界にだって攻撃をしかける。今回の命令は若干不可思議なものだろう。
「今立てている作戦がある。そのために、現在租界に攻撃するためにはいかないんだ。分かったか」
『は、はい! 分かりました!」
 彼女の目立つ赤い機体は、そのまま指示された方向へと回り込んで行った。
 カレンの身体能力、KMFの操縦能力は非常に高い。ひとりに任せても大丈夫なところだったが、四聖剣のひとりをサポートに付けた。
「卜部、カレンを追え。サポートに回るんだ」
『承知!』
 彼女を追うように、もう一機が動き始める。
 その道を邪魔するような動きを見せたKMFにはスラッシュハーケンを撃ち込んで足止めした。
「朝比奈、千葉、藤堂は租界側とは逆を殲滅しろ。租界側へ向かわせるな」
『承知!』
 気持ちの良い唱和が聞こえて、複数機が移動した。
 全て黒の騎士団の機体だ。この混戦の中にあって秩序だった動きをしているのはもはや自分達以外には存在しなかった。
 そこへ、衝撃がやってきた。
 はっとモニタを見ると右足部が損傷を受けている。スラッシュハーケンによるものだ。捕らえられなかっただけでも良かったと思った。
 ぐらりと傾く機体をなんとか片手で倒れる事を防ぎ、来るだろう第二派に備える。
 左手のアサルトライフルはまだ残弾が十分にある。
 近場で動けそうな機体はない。目をこらし、周囲を見渡す。
 そこへ第二派がやってきた。今度は銃弾だ。
「……っ、面倒な!」
 不幸にも現在、ゼロの機体は単機だ。指令を下しながら戦っていたので足下がおろそかになっていたらしい。自分の迂闊さをののしりたくなる。
『ゼロ、大丈夫なのか?!』
『ゼロ!』
 被弾した事はすぐに分かっただろう。IFFが反応を示している。
 脱出艇を使っても良い事態だった。だがこの場で脱出してどうなる? 固い装甲もない脱出艇では、被弾すればすぐに終わりだ。
「問題ない、各自先ほどの指示に従ってくれ。私はこの場をどうにかする」
『わ、わかりました』
『無理すんなよ!』
 ようやく目標を発見した。アサルトライフルを乱射する。その機体は攻撃されたかのように見せかけ、伏せていただけに過ぎなかったのだ。これだけIFFが乱れた状態だからこそ出来た荒技だろう。
 だが相手もただでは死ななかった。
 スラッシュハーケンを再び撃ち込んでくる。そこはコクピットへまっすぐの進路だ。
 避けようとした。だが、片足を打ち抜かれた状態では、自由が効かなかった。
「……くぅっ」
 強い衝撃が訪れる。計器に乱れが生じる。幸いにも貫通こそしなかったものの、ルルーシュはシートから落ち、したたかに体中を打ち付けた。
 なんとか這って、脱出艇の射出ボタンを押す。
 胸の辺りが痛かった。もしかしたら肋骨をやられたかもしれなかった。



 戦闘はそれから小一時間を要し、終了した。黒の騎士団の圧勝だ。いずれのグループも立っている機体はいなかった。
『ゼロ!』
 戻り、特徴的な装飾を付けたヘッドの機体が投げ捨てられているのを見て、各々が慌てる。
 怪我をした事は、知られない方が良かった。手当などされれば、肌の白さが分かってしまう。決して日本人ではありえない白さだ。痛みをこらえて、脱出艇からルルーシュは這い出した。
「大丈夫だ、問題ない。機体はやられたが私は無事だ」
『だから、最前線に出ないでくださいって言ってるんです!』
 カレンが悲痛な声で告げて来る。
「だから大丈夫だと言っているだろう? 私はこのスタイルを崩すつもりはない。戦わない指揮官など、ただの人形と同じだ。危険を伴わずして、どうしてお前達に危険を冒せと言える」
 そう告げれば、しんとした。
 反対の声は聞かれない。
 納得してくれたものと信じ、撤収作業の指示を出した。



 この手当は自分でするしかあるまいと思っていた。
 撤収が済み、基地でブリーフィングを行い、散開する。
 自分はそのまま隠れ家へと向かった。
「おかえりなさい」
 そう、この問題も残っていたのだと思い出して頭が痛くなる。
 だが確実に肋骨がいってるのは確かだった。この場合、人がいるのは助かった。
「手伝え」
「え?」
「肋骨を折った、包帯を巻いて固定させる。それくらい軍人なら出来るだろう」
「う、うん……出来るけど。医者に診せなくていいの?」
「どう理由を説明するんだ。戦闘で負った傷だぞ」
「そうか」
 彼に素肌を晒すのは非常に抵抗があった。だが背に腹はかえられない。
 上半身裸になり、用意してあった救急箱からテーピングと包帯を取り出しスザクへ渡した。
 上半身は、包帯でぐるぐる巻きにされた。



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2011.4.15.
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