もはや朝食どころではなくなった。
スザクは食い入るように画面を見ている。
声を掛けれる状態ではなかった。それでも、「まさかこんな時期に」、と、つぶやいた事だけは聞き逃さなかった。
テレビでは強行な開戦派の犯行だろうと報道している。発見されたのは、新宿廃墟だ。
何故そんな場所に首相が赴いたのかは不明なままだ。
情報はいくつも欠落していた。
CMに入ると、詰めていた息をスザクは吐き出したようで、長い吐息の音がした。
「……スザク」
「…あ、ああ。ルルーシュ」
顔色は悪かった。血の気が引いたように青白い。
コーヒーを手渡すと、マグカップを両手でくるむように掴む。少しでも温度が欲しいようだった。指先までもが白い。
なんと言葉を掛ければいいのか分からなかった。
開戦派に属する自分としては、枢木首相の存在は目の上のたんこぶのようなものであったかもしれない。だが彼の政治手腕は高く評価していた。これで、世界の均衡は崩れる。
日本は戦場になるだろう。
そう、思った。
その日、ルルーシュはまたしても学校には行かなかった。
こんな状態のスザクをひとり残しておくのは気が引けたが、黒の騎士団としても動かざるを得ない時期だ。鍵を閉め、ルルーシュは途中でゼロの扮装に身をやつして基地へと向かう。
「おい、枢木首相が…」
扇が駆け寄ってくる。一番一般人に感性の近い彼は、すっかり動揺しきっているようだった。
「なに、これでやりやすくもなる。非戦派はこれで御柱を失った。開戦へ持ち込むには今が最適だ」
「た、たしかにそうだよな……」
「皆、武装を整えよ。以前中止した政庁への攻撃を、今から行う」
「はい!」
カレンが一番に返事する。
それぞれが規律をもって動き始める。
KMFに乗るもの、バックアップを勤めるもの、それぞれだ。
一度使った道だった。それぞれは把握している。
迷いなく地下道を通り、以前ストップした場所からも先へ進み、政庁に一番近い場所で陸上へ出る。
当然パニックが起きた。こんな街中でKMFが現れる事はないからだ。ブリタニアはKMFをメインに戦争を行っているが、一般市民はそれを実際に目にする機会すらも少ない。
「一斉射撃」
政庁の防衛システムが働き始まる。
それより前に、揃えられるだけ揃えたKMFのアサルトライフルを乱射した。
政庁の壁は強固だ。だが、集中的に砲火を浴びせればそれすらも破れる。
「よし、やめ!」
数カ所に穴をあけ、防衛システムが起動するのを確認した上で撤退命令を出す。
このような威嚇で人員を犠牲にするつもりはなかった。
再び地下に戻ると同じルートで基地へと向かった。
邪魔は入らなかった。
「あんなんで良かったのかよ。もっとさ、どっかーんと!」
「玉城」
「だってよ。せっかくのチャンスじゃねぇか。やっちまえば良かったんだよ」
基地に戻ってから、ブリーフィングを行う。
玉城としてはあの程度の威嚇射撃では物足りなかったらしい。だが政庁の防衛システムは手強い。KMFなど一発でやられてしまうだろう。
「死にたかったのなら、そうすれば良かっただろう」
ルルーシュ――ゼロは、冷たくそう告げる。
「政庁の防衛システムを甘く見るな。対空・対地に優れた砲撃システムだ。当然火力もKMFのものとは違う。はるかに上回る。それでもやりたかったのなら、私は止めなかったが?」
「……なんでぇ、先にそれを説明しろっての」
「説明してあったでしょ。それに政庁の防衛システムなんて常識よ」
カレンがバカにしたように言えば、玉城は拗ねたように黙り込んでしまった。
「これでこちらの意志は伝わった筈だ。今回の威嚇はむしろ日本政府への宣戦布告に過ぎない。首相亡き今、開戦派を留められる事は果たして出来るかな」
スザクを悼む意味とは別に、ほくそ笑む。多分、不可能だろう。開戦は避けられないはずだ。
「そこで、皆に伝えておきたいことがある。黒の騎士団としての戦争へのスタンスだ」
「どういう事だ?」
扇が疑問を呈する。
「なに、言ってなかった事がある。それだけだ」
そして一拍をおく。皆が自分を見ている事を確認し、口を開く。
「ブリタニアとの戦争は、即時開戦、即時降伏だ」
「え?」
「ええ?」
即時降伏――これまで伝えていなかったことだ。もちろん彼等は徹底抗戦を考えていただろう。
「ちょっと待てよ、ゼロ。日本にブリタニアの植民地になれっていうのか?」
「一時的には、そうなる」
「一時的ってなんだよ」
「今現在、日本がブリタニアと戦争をして勝つ確率は0%に近い。KMFの保有数が絶対的に違う上に、ブリタニアは戦い慣れている。日本軍はせいぜいテロの火消しに回っているだけに過ぎない。私たち黒の騎士団も、同じくだ」
「ちょ、ちょっと待てよ。それじゃあ俺たちはなんの為に開戦派を名乗ってたんだ?!」
「だから、告げただろう。即時開戦、即時降伏のためだ」
「なんでそうなるの?!」
「兵力を温存したまま、降伏をする。そうすればレジスタンスとしての活動はまだ続けられる。その間にこちらも兵力を増強する。既に紅蓮を作ったインド軍区とは話が付いている。兵士も増やす。そのためだ」
「時間が――そう、それじゃあ開戦なんかしないで時間を待てば良かったんじゃなかったの?」
「いや。ブリタニアは遅かれ早かれ、戦争を仕掛けて来た。それを悠長に待っていたのでは、こちらのペースで動けない」
しばし沈黙が落ちた。
それぞれ、自分の今告げた事に対して吟味を行っているのだろう。
「分かった」
一番に告げたのは、扇だった。彼はゼロの行動に一定の信頼を持っている。
「確かにそうだ、こちらのペースで動けるなら、それに越したことはない」
「そう、ね。いきなり戦争始まっちゃって、黒の騎士団も全滅しちゃったら、意味ないもの。それこそ一生私たちは奴隷よ」
皆が口々に賛同の意見を口にしだした。
意志は通じたらしい。
ほっと息をついた。
まさかとは思ったが、ここで黒の騎士団に離反されれば、自分には打てる手はないのだ。
テレビを付ければ、首相暗殺の事件と共に、政庁襲撃の事件が取りざたされていた。首相暗殺も黒の騎士団の犯行ではないかとの憶測も飛んでいる。
言わせたいように言わせればいい。
それでも構わないのだから。
隠れ家に戻ると、部屋はテレビの明かりだけを灯して真っ暗だった。
電灯のスイッチを入れる。
スザクはソファに座ったままだった。
「……あ、おかえり」
ゆっくりとした動作で頭を上げ、まるでいつものようにそう告げる。
だが良く見ればその手は小さく震えているようだった。
「昼は食べたのか? 夜も」
「………ううん」
「そうか」
食べれられる気分でもないだろう。無理強いをするのはやめにする。代わりにキッチンに立ちコーヒーを入れた。あの調子では朝から何も飲んでもいないだろう。
「報道されてたよ、君たちすごいことやったね」
「ああ……」
昼の一件だ。リアルタイムで中継されていたと言う。
これで黒の騎士団の名は更に上がる事だろう。
ミルク多めのコーヒーを手渡すと、小さな声でありがとうと言われた。だが、震えはコーヒーの水面に小さな波紋を浮かべている。
一口スザクは飲み、それを床に置いた。
「ルルーシュ」
そして、名を呼ばれる。手を伸ばされた。
応えて、側に近寄る。
そのまま抱きしめられた。
「ごめん……本当は、こんなのダメなのに……ごめん」
「どうしたんだ。なにもダメじゃない」
「いいや、ダメなんだ」
詫びの言葉を告げながらも、スザクの抱きしめる力は強くなる。腹に顔を埋めて、小さく震えている。
「スザク……」
何も言うべき言葉は思い当たらなかった。
「父さんは、家庭を顧みない男だったよ。政治家として一流だったけど、僕にとっては馴染みの少ない人だ」
「そうか」
なのに、なぜこんなに震える? 悲しんでいる?
「政治の事も僕たちには何も教えてくれなかった」
くぐもった声が次々と紡ぎ出される。
「だけど、父親だった」
ああ、と思った。どれだけ家庭を顧みようとしなくとも、肉親なのだ。
自分が実父に抱いている感情とは違う。
やはりダメージは大きいのだろう。
自分も膝立ちになり同じ高さになると、スザクを抱きしめた。
「ルルーシュのお父さんは? どんな人なの?」
「最低の人間だな」
「はは……酷いね」
「事実だよ。俺の母親は暗殺されている」
「え」
「だが、それを気にも掛けなかった男だ。俺は軽蔑している」
「………そう」
母は暗殺され、後ろ盾を失った自分達兄妹は、開戦間近と言われている日本へ送り込まれた。
日本では、放置同然だ。最初こそ監視の目があった。だがアッシュフォードに引き取られてからはその姿も見なくなった。
「その父親を、俺は殺したいと思ってるよ」
「そんな…」
事実だった。
ブリタニア皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア。それを殺すために、黒の騎士団を作った。今のブリタニアを壊すために、自分はゼロになった。
嘆いているスザクには悪いが、そんな最悪の親も存在しているのだ。
「すまない、スザク。お前がそんな状態なのに」
「いいや、いいんだ」
それよりも君の話が聞けて嬉しいと、スザクは言った。
抱き合い、そのままベッドへ移動する。
何もせず、そのまま眠りについた。
スザクは眠れたのだろうか?
それは分からない。
その夜、二人が眠りに就いた後で流れた放送がある。
それはブリタニアの学生が首相暗殺に用いられた日本刀に近いものを持ち、新宿廃墟――いや、首相が暗殺された慰霊館へと入って行き、出て行く姿だった。
そのことを二人は翌朝知る事となる。
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