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割れた硝子の上を歩く15


「どういう事だ、これは……」
 朝のニュースを見て、ルルーシュは呆然とする。
 酷く荒い画像だ。元々設置されたのが古い上に放置されていたような場所だ、監視カメラなど手入れもされていなかっただろう。
 それでも、そこに映る制服がアッシュフォード学園――自分の通う学園のものと分かる。
 そして、それがあの日の自分であることも。
 幸いにも高い場所から映されたそれには顔が入っていない。モノクロの画像では髪色も分からない。
 だが、これでは犯人が自分だと断定されたも同然だった。
 事実ニュースでもそう取り扱われている。
「スザク、お前」
「僕を解放するときは、殺してくれって言ったよね」
 彼は泰然としていた。
「殺さないって言ったら、殺すような事しなきゃって言った筈だよ」
――確かに、そんなやりとりはあった。
 だが、これはスザクひとりでは行えないやり方だ。
「お前、父親を殺したか」
「……………」
 思い出すのは、出会った日の血痕。日本刀で斬れば返り血も浴びるだろう。
 それから既に十日以上は過ぎている。だが、遺体の保存など首相の死亡を隠したい面々が揃えばどのようにでもなるだろう。
 スザクからの返答はなかった。それが、答えだろう。
「何故殺した」
「………父が、開戦すると言ったからだよ」
「枢木首相が?! 今までの主張とは逆じゃないか」
「そうだよ。でも、抜き差しならなくなった今、日本の矜持を保つにはそれしかないと言った」
「だから、殺したのか」
「……許せなかったんだ。日本を今まで守り抜いて来たくせに、ここで放り出す父を」
「お前は日本軍人だろう。状況がどうなっているのか知っている筈だ」
「ああ、知ってるさ! 明日にも艦船がKMFを山のように搭載して日本に接岸しようとしてることは!」
 だが、と、スザクは一息ついて告げる。
「日本は被害者でなくてはならない」
 静かな声だった。さっきまで激高していたのが嘘のようだった。
「どうやってこんな手段を用いれた」
 尋ねれば、スザクはパジャマのポケットから、マイクロサイズの通信機を取り出す。
「まさか……お前は、通信機も発信器も持っていない筈だ」
 ギアスで確かめた。確かな事の筈だった。
「うん、僕も持ってるとは思ってなかった。服に仕掛けられていたみたいだね。コールが鳴った時には驚いた」
 自分のミスだった。早くにスザクの衣服を処分していれば、こんな事にはならなかった。
「幸いにも君はいなかった」
「それから、どうしたんだ。バックに立つのは桐原か」
「ご明察」
 舌打ちをした。自分のミスが招いた事とは言え、この状況は痛すぎる。少なくともアッシュフォード学園には捜査の手が伸びるだろう。中に黒の騎士団員がいることもバレるかもしれない。
 保身には長けているつもりだった。なのに、このざまだ。
「笑いたいだろう、お前は。まんまと乗った俺のことを」
「…………そんなこと、ないよ」
 小さな声だった。
「でも、僕を殺したくなった?」
 そして、問いかけてくる。
 それには答えなかった。自分でも解答が出なかったからだ。
「あの日、ビルの屋上に上ったのは本当に自殺するつもりだったからだよ。いくら激情に駆られたからと言っても、してはならないことだった。自分を罰しなければならなかった。命の代償は命しかない。そう思ったんだ。だけど、君と出会ってしまった」
 そして、スザクはルルーシュの向かいになるよう、ダイニングテーブルに座る。
 手を伸ばして来た。その手には、応えられなかった。
「もう、無理か」
 言って、彼は自嘲する。
「君の事が好きになった。それは本当だよ」
「人質と犯人の間には、長期に渡れば渡る程、恋愛感情や信頼感情が生まれる。ストックホルムシンドロームと言う。それに過ぎない」
 説明をしながら、まるで自分に言い聞かせているようだとルルーシュは思った。
 スザクの事が好きだった。
 それが嘘の感情かもしれないと思いつつも、それでも好きだった。
 男同士でセックスを行うなど……しかも、自分が下になるなどという屈辱を受け入れてもいいくらいに好きだったのだ。
「理論で感情は整理出来ないよ――そんな説明をされても、僕はやっぱり君が好きだし」
「そうだな」
 伸ばされた手を、取る。
 軽く握り合った。
「俺たちはブリタニアからの攻撃でなければ意味がないと思っていた。早期降伏を行うためには、開戦は向こうから仕掛けなければならない。そして有利な内に降伏すべきなんだ。その時期を見計らう為にも、こちらは柔軟な対応が出来るようにしておかなければならなかった」
「だったらこの映像は後押しになるんじゃないの? ブリタニア人が首相を殺した。それは立派な開戦理由になる」
「準備が整っていない。それに、学生なんかに殺されてはいけないんだ。枢木ゲンブは生きていてこそ、役に立った」
 スザクは考え込んでいた。ただ、手は握ったままだ。
 その手の力は、ほんの少しだけ増した。
「……君の言う事は、正しいね」
 そして手をつないだまま、スザクは席を立つ。自分の傍らへ立ち、ゆっくりと抱きついてきた。
「ごめん。こんなの、嫌かもしれないけど」
 だがふりほどく手は存在しなかった。自分だってスザクが好きなままなのだ。
 ぬくもりも、匂いも、柔らかな癖毛が触れるのも、好きでたまらない。
 裏切りは存在した。
 だが、それはそそのかされた裏切りで、自分のミスでもあった。
 誰がスザクを憎めるのだろう。
「嫌じゃない」
 そして、ルルーシュも手を伸ばし抱きついた。
 そのままベッドへ向かう。
 きっとこれがおしまいになる。
 桐原からの連絡が入れば、アッシュフォード学園に手が入れば、そして行方の分からない自分の存在が知られれば――もう、戻れなくなる。
 抱き合って、キスをした。
 昨日はただ抱き合っただけだったのにそれでは済まされなかった。
 急き立てられるような気持ちで、唇を貪り合う。
 互いのパジャマを面倒臭く脱ぎ捨て、裸で抱き合えばスザクはあちこちにキスを落とした。
 自分も柔らかなスザクの頭を撫で続ける。
 ずっと父親を殺してしまったことを背負ってきたのだ。
 それは、辛い事だっただろう。
 だがそんな片鱗も見せず、彼は演じきってみせた。
 負けたかもしれないな、などと思う。自分も平凡な学生を装っている。だが、今回の件でバレてしまうのは時間の問題だ。ナナリーに一度会う事は出来るだろうか? もうあの場所には戻れないのは確実だ。
「……っ、あ、ああ」
 小さな尖りを口に含まれ、甘く舐められれば思わず声が出た。
 片方の手が肌をまさぐり、そして緩く立ち上がった性器にたどり着く。それをゆっくりとなで始める。
「っあ、あ、……っ」
 とても大事にされていると分かる抱き方だった。
 思わず泣きそうになってしまう程だ。
 そのまま性器を口に含まれ、口撫される。じゅぷじゅぷと唾液の音が響いて、酷く気恥ずかしいがそれを吹き飛ばすくらいの悦楽が送り込まれた。
「だ…めだ、スザク、だめ、だ……い、く……っ」
 いいよ、と答えたようだった。口にものを入れたままだったので不明瞭な発音は聞き取れなかったが、それに後押しされ、ルルーシュはスザクの口へと欲望を吐き出した。
 酷い羞恥心がその後に襲いかかって来た。
 でも、スザクはケロリとした顔をしている。そのまま飲み干してしまったらしく、思わず「バカか」と言ってしまった。
「でも、体に害のあるものじゃないし……」
 そう言って、微笑む。その表情は反則だと思った。
 それから、スザクは体を反転させた。同じ事をルルーシュに求めている。そしてスザクは後孔を舌でほぐし始める。
 それはゆるやかでいて、手酷い快楽でもあった。
 羞恥心が背を押して、本来の快楽より、より強いものとして認識させられる。
 すっかり立ち上がったスザクの勃起を口に含み、先ほどのスザクの動きを真似して舌を絡めた。じゅぷじゅぷと、音を立てて咥えられる精一杯の場所から先端までを行き来する。
「……っ」
 スザクがわずかに声を漏らす。こんなたどたどしい動きでも、気持ちよくなってくれているらしい。
 ほっとして、自分に襲い掛かる快楽を出来るだけ無視して口撫に集中した。
 舌先が、中に入って来る。そして、指も一本。それが酷く際どい場所をかすり、思わずルルーシュは声を上げた。
「もう、いいよ。ルルーシュ」
 だがまだスザクはいってない。それを告げれば、君の中でいきたいんだと返された。
 スザクは本格的に後孔を緩めにかかる。オイルはなかったが、それでも十分な唾液でその場所は潤っていた。二本、三本と入っていくのに抵抗がない。
 ばらばらと動かされて、ルルーシュは嬌声を上げる。
「ああっ、あ、んっ、……くぅ、ああっ」
 それでもまだスザクは来てくれなかった。
「スザク、も……早く」
「まだ、苦しいと思うよ」
「それでも、いいから」
 騙された事も死にたがっていた事も全て忘れた。快楽だけが頭の中を支配する。
 少しだけ苦しかった挿入は、無事根本まで入れられる。
 わずかな時間を置いてから、早いテンポで抜き差しされた。
「ごめん、我慢できない」
 最初から最奥を突き、弱い場所を狙うやりかたにルルーシュは声を上げる事しかできない。
 手を、伸ばした。
 スザクの手を握る。
 恋人同士のように両手を重ね、握り合い、セックスした。
 絶頂までは、すぐの事だった。



「俺はお前を殺さないよ」
「…………」
「その代わりに、罰を与える」
「どういう事」
「死より重い罰だ」
 その先を今は、告げなかった。



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2011.4.19.
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