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割れた硝子の上を歩く16


 深夜を過ぎた時間を見計らって、スザクのチップを借りる。
 この時間を選んだのは単なる嫌がらせだ。
「桐原か」
 相手は、すぐに出た。
『ゼロか。――本当に少年とはな』
「完敗だ、お前にはしてやられた。早期開戦、早期降伏も考えていたか?」
 言うと、呵呵と笑う声が聞こえた。
『潔いヤツだ、それに頭も回る』
「最初から狙っていたのだろう? このタイミングを」
『ああ。お前達が政庁を攻撃するのは予想外だったがな。しかし、それも役に立った』
「それは光栄だな」
 スザクは傍らに座り、うつむきがちに会話を聞いている。
 外部スピーカーをオンにしてあった。
『そこに枢木の息子はいるのか』
「ああ。だが、代わるつもりはない」
 ちらりとスザクは自分を見る。だが首は左右に振った。ここで彼を出しては意味がなくなるのだ。
「枢木スザクは、当初の脅迫通り黒の騎士団に入った。分かったな」
『……っ、何を』
 横でスザクも驚いた顔をしていた。
「今後俺の下で動いてもらうことになる。もちろん、俺の正体を明かすような事があれば枢木スザクの命はない」
『……この、卑怯者が』
「彼が死ねば、枢木の家は絶えるな。そうさせる事はできまい、キョウトとしては」
『…………』
「こちらからの連絡は以上だ。今後、このチップは破棄させてもらう。何かおっしゃりたいことがああれば、どうぞ」
 最後だけ出来るだけ優雅に語りかけてやった。
 だが、相手は沈黙のままだった。
「では、問題ないようですので、失礼」
 通話を切る。そしてチップを二つに折った。
「ルルーシュ、僕が黒の騎士団にって…っ!」
「それがお前に与える罰だ」
「………そんな」
 スザクは呆然とした顔をしている。
 説明が必要だと思われた。
「言っただろう、死より重い罪だと。――日本軍は脆弱だ。このまま開戦しても勝ち目は十にひとつもない。早期降伏するのが唯一の手段だと言っていい」
「それは…っ」
「元日本兵のお前としては言いたい事もあるだろう。だが、実際はテロの制圧が精一杯の軍隊なんだよ、日本軍というのは」
「元って……」
「実際そうだろう。もうお前は脱走兵として扱われているはずだ。行方をくらませてもう十日以上。休暇申請などもしてないだろうしな」
 スザクは今気付いたかのような顔をした。
 そう、実際にスザクは今、行く場所がないのだ。
 キョウトへは戻る事が出来るだろう。だがそれは父殺しの名を背負い、家を背負うだけの人形に過ぎない。軍へはさっき本人に告げた通り。KMFを駆れる人間をみすみす見逃す訳にはいかないのもルルーシュの立場だった。
「早期降伏。そこで一旦兵力を温存する。正規兵は粛正されるだろう。だが我々のようなテロ組織にまでは手が回らないはずだ。実数も把握してないだろうしな」
「それは軍のデータを見れば分かる事だ」
「そうか。それじゃあ、そのデータは消しておこう」
 あっさりと言ってやる。
 スザクは驚いた顔をしていたが、ふと諦めの表情に戻った。自分の軍籍コードを調べられた事を思い出したのだろう。軍内のデータごとき、ルルーシュはいかようにもできた。
「そしてスザクにはもうひとつ役割がある。開戦までに、KMFを何機でもいい、鹵獲して欲しい」
「そんなの無理だよ!」
「もちろんこちらからも人は出す。みすみすブリタニアに潰されるために残しておくのは、惜しい。スザクなら軍内部の事も知っているし、KMFがどこに保管され、キーがどこにあるのかも知っているだろう」
「確かに……そうだけど」
「なら、話は簡単だ。俺が一緒に行く。お前は不審がられる事はないだろう」
「どうして?」
「それは秘密だ」
 ギアスの事は、話す訳にはいかなかった。



 その二日後の事だった。
 既にスザクは室内から出た。黒の騎士団の幹部生候補として紹介してある。
 ブリーフィングルームで、鹵獲のための作戦に一日を費やし、そして今日実行に移す。
「この格好……なんか、慣れないな」
 団服を着たスザクは、苦笑を浮かべる。確かにそうだろう。今まで真正面から敵対していた制服だ。だが、それにも慣れてもらわなければならない。スザクは拒否しなかったのだから。
「似合ってるよ」
 言ってやれば、また苦笑を浮かべる。
 現在保管されている機体はデータ上二十機だった。なので、KMFを操れる人間を自分達ふたりを除いて十八人用意する。移動はこれも鹵獲した軍用ジープだった。幌が完全についているものなので、運転席以外は外に見えない。
 偽の軍票を見せ、敷地内に入れば、後はスザクの出番だった。
 彼の案内に従って、敷地内を移動する。
 そして巨大な倉庫にたどり着けば、こっそりとルルーシュはギアスを使いその扉を開けさせた。
 キーはこの内部に一緒に保管されていると言う。
 薄暗い中は、壮観だった。
 二十機のKMF。いや――見知らぬ機体がある。
「これは?」
 スザクに問いかけた。真っ白な機体で、実戦でも見たことがない。
「僕も、良くは……もしかしたら実験機かもしれない」
「それにしては、良く出来ている」
 ルルーシュとスザクはコクピットに乗り込み、起動キーを挿した。
 モニタに浮かび上がる文字。ランスロットと言う騎士の名。
「はは。日本人のくせに、外国の騎士か」
 笑いながらも、起動画面を読み込んでいく。そのデータは膨大で、しかし驚くべきものだった。
「最新鋭機だ」
「え?」
「この機体は多分実験機だろう。だが、現状のスペックを全てにおいて凌駕している。第五世代を一気に飛び越えて、第七世代相当だぞ、これは」
「まさか」
「紅蓮を越えかねないな……よし、これをいただいて行こう」
 予備の人員は連れて来ていない。一機取りこぼす事になってしまうが、この機体の方が魅力的だった。実際操れるのはカレンくらいしかいないだろうが、スザクももしかすればいけるかもしれない。なにせたたき上げの少尉様だ。
「各自、KMFを起動。移動を開始する」
 自分は無頼に乗り、オープンチャンネルで命じた。
「出発」
 そして、入り口から堂々と出て行く。
 中には軍事訓練が行われるのかと思った人間がいたかもしれないし、スクランブルが掛かったと思った者もいたかもしれない。だが、気付いた者らは絶叫を上げ、追いつこうとしていた。
 しかしここにもうKMFは一機しかない。
 軍用ジープでも、KMFの速さには追いつけない。
 行く手を遮るものは、全て躊躇なく排除した。スザクには辛い現実かもしれないが、これが罰なのだ。
 軍を裏切る事。黒の騎士団に就く事。自分を生きながらえさせる事。
 そして、ルルーシュを守る事。
 最後の一つは、ごく個人的な欲求にすぎない。だが、スザクはその全てを飲んだ。
 だから、受けなくてはならない痛みなのだ。



「すっげえ! 二十機だぜ、二十機! 一気に倍!」
 玉城がはしゃぐ。その気持ちも分かる。
「この機体……私じゃ、扱えないかも」
 ランスロットだ。かなりキーピーに処理してあるらしい。起動させ、一通りの動きを行ったが降りてきたカレンは疲れた顔をしていた。
「そうか」
 井上がタオルとスポーツドリンクを差し出している。確かに、カレンはひどく汗をかいていた。
「スザク、どうだ」
「え、僕?」
 団員と喋っていた彼は、突然の指名に驚いた顔をして、こちらへ駆け寄って来た。
「ランスロットだ。お前も挑戦してみるか?」
「いいよ。僕、KMFは得意だし」
「言ったわね? かなりこれ、ピーキーよ。操るのに手間取る」
「これしか取り柄がなかったんだ、乗りこなさなきゃ名が折れるよ」
 そして、団服のままランスロットに乗り込んで行く。
 起動させ、まずは通常に走行していた。だが途中でかなりアクロバティックな動きを取り入れて来る。
「嘘」
 驚いたのは、カレンだ。
 そのままスピンを効かせて一度停止させると即座に逆方向へ転換し、装備してあった剣を取り出しくるりと回す。
「嘘よ、あんな動き……」
「どうやら負けたようだな」
「ゼロ……っ」
 かなり悔しそうな顔で、だがしかし感心した様子でその姿をカレンは見ていた。
 その汗が引いたころだろうか。
 ゆっくりと速度を落とし、元の場所へ停止する。
 そして、中からスザクが降りて来た。
 汗一つかかない涼しい顔をしている。それどころか、喜色満面だ。
「すごいよ、この機体。僕の動きにぴったりついてくる。どのKMFもどこかずれるんだけど、これはまったくずれない。すごい」
 興奮の面持ちだった。
「決まったな。その機体は、スザク。お前が乗れ」
「いいの?!」
「お前しか乗れない。乗るしかないだろう」
 やったと叫び出さないのが嘘のような喜び方だった。伊達に腕一本でのし上がってきた訳ではなさそうだ。
「悔しいか、カレン」
「当たり前です!」
「なら、追いつく事だな。技術屋がそろそろインド軍区からやってくる。紅蓮にも手を入れるぞ」
「………分かりました」
 奥歯をかみしめたような顔で、カレンは頷いた。
 これからは黒の騎士団が正規軍となるべく準備をしなければいけない。
 カレンのみならず、KMFに乗る全ての人間を育てなければならなかった。
 その役割は、藤堂、四聖剣が買ってくれている。
 だが最終的にチェックするのは自分自身だ。いざと言う時に使えない駒になってもらっては困るのだから。



 帰って来るのは、やはり新宿廃墟の隠れ家だった。
 ルルーシュも既に学園には戻れないのだ。あの日、あの時間、制服姿で姿を見せなかった生徒がどれだけいるだろうか? 自分に疑いの目が向けられるのは分かっている。それに、帰るタイミングを見失ってしまっていた。既に遅すぎるのだ。
 遅い夕食を取り、二人で眠る。
「これが、僕への罰?」
「そうだ」
「………ありがとう」
 礼を言われた。
 そんなつもりはなかったのだ。ただ、スザクを手放したくなかっただけだと言えば、軽蔑されるだろうか。



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2011.4.19.
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