日本から公式に宣戦布告を発布されたのは、それから一週間後の事だった。
首相暗殺は被疑者不明のまま、ただ犯人はブリタニア人であるとの理由での開戦だ。
日本軍もこの日の為に備えをしてきた。艦船にはKMFを乗せ、経済水域ギリギリまで来ているブリタニア勢へと向かう。ブリタニアもじっとしている訳ではない。戦線布告を受け、動き始めた。
「戦争が始まったな」
「……父さんが言ったんだ。早期開戦、早期降伏。そんなのは許せないと思ってた」
「死に損だったな、お前の父親は」
「ああ……僕が、無駄に殺したんだ」
テレビで開戦の模様が伝えられ、国内には緊急事態宣言が発布されている。
勇ましく見えるよう映された日本兵士達だが、内心はひやひやものだろう。あのブリタニアに挑むのだ。無事で済む筈がない。
「戦死者は出来るだけ少ない内に、降伏すべきだな……だが、早すぎてもいけない。桐原の腕の見せ所だ」
「黒の騎士団はどうするの?」
「内地への攻撃があった際は、出撃する。そのための作戦は遠に出来ている」
「みんなへの伝達も?」
「ああ……お前には告げてなかったな。上陸ポイントから10km圏内に押しとどめるのが作戦だ。こちらの兵力を集中させる。お前のランスロットが加わった事で、戦力は増してる。日本軍と一時的に共同戦線を張る事になるだろうが、まず可能な筈だ」
スザクは頷く。
「ああ、その前に、トウキョウ、オオサカ、フクオカの租界を叩く。軍隊がいるからな。内部から来られてはたまらない。その作戦は今日からでも動き始めるぞ」
朝食の席だった。スザクは既に団服を着用し、ルルーシュもすぐにでれるようゼロの扮装をしている。
「まずはトウキョウ租界だ。政庁までの道のりは確保してある。後はあの要塞のような建物をぶっ壊すだけだ」
「簡単に言うね」
苦笑し、トーストをかじる。
「日本にいて一番手強いのはトウキョウだけなんだ。なにせコーネリアの軍がいる。それを叩けばあとはなし崩しになる筈なんだ」
「そのための準備は?」
「今朝、ブリーフィングする。作戦はある」
「分かった」
朝食は食べ終わった。これが最後の安らぎの時間なるだろう。この後は怒濤の戦場になる。
食器を片付けていると、スザクが傍らに立ちルルーシュを抱きしめ、キスを落とした。
それをルルーシュも甘受する。ルルーシュにもこれがしばしの別れだと理解しているからだ。これからは、ゼロといち団員にしか過ぎなくなる。
「さあ、行くぞ」
ルルーシュは仮面を被り、ゼロとなる。
スザクは帽子を被った。
そして、外へ出る。
ここへ戻る事もしばらくは出来ないだろう。
そう思えば、様々な思いが去来した。
だがこれからも傍らにはスザクがいる。それだけでも、ルルーシュは満足だった。
「これから政庁を叩く。前回は威嚇で終わらせた作戦だ。それを実行に移す」
ブリーフィングルームでのゼロは、開口一番にそう告げた。
覚悟はあったのだろう。異議の声は聞かれない。
「前回使用した通路を使用する。警戒はされているだろうが、こちらは全勢力を投入する。そのくらいは、出来るな」
「あったりまえじゃねぇかよ!」
「玉城、はしゃぎすぎ」
「うっせえ。やっとこの時が来たんだ。俺等の実力、見せてやろうぜ」
「あんたいつも一番先にやられるくせに……」
「う、うっせえよ!」
慌てた顔の玉城が面白かったのか、スザクも笑う。
「今回は、私の直属としてスザクも加える。文句はないな?」
事実、あの最新鋭機を操れるのはスザクしかいないのだ。文句は出なかった。
「カレン、スザク、共に戦闘を走れ。中盤は藤堂のグループ、殿は今回四聖剣に任せる」
それぞれから返事がある。
「私はカレン、スザクと共に行動する。政庁を落とし、コーネリアの軍を落とすのが今回の目的だ。意識を集中させろ、一瞬たりとも気を抜くなよ。やられるぞ」
「了解」
「よし、では開始」
それぞれが動き始めた。
今回は威嚇ではない。重火器隊も出撃する。租界の構造を生かせて足場を崩すと朝に説明があったが、それはどのようなものなのかがスザクには良くわかっていなかった。
ルルーシュは各々の問いに答えている。自分も準備しながら、だ。
「ル……ゼロ。君も先陣を?」
「当たり前だ」
「危険だ、せめて藤堂さん達のグループに…」
「私は常に先陣を切ってきた。今更スタイルは変えられない」
「……それは」
敵として、良く知っているだろう。最前線に出てくる指揮者。それを撃てば終わるのに、紅蓮が邪魔でなかなか落とせはしなかった。
「分かったよ」
「スザク、早く! あんたの機体をのかさなきゃ、他のが動けない!」
カレンから呼びかけられ、スザクは不承不承の様子で向かっていった。
失う事を極端に恐れているのかもしれないなと、ルルーシュは思った。
父を自分の手で失ったばかりなのだ、彼は。心が不安定でも仕方がなかった。
そんな者に先陣を切らせて大丈夫だろうかとの心配も過ぎるが、KMFに乗れば気分も変わると言っていた。戦闘モードに入るのだと。それを信じる事にする。
自分も、それが指揮官の乗るKMFと分かるようヘッドに装飾を付けた無頼に乗り込み、出撃を待った。
租界地下の通路はまだ使えた。前回、潰しておく案があったのだが、そうしなくて良かったと今では思える。
この上をあがれば政庁の真正面だ。きっと前回の威嚇で知っているコーネリアはそこへ布陣しているだろう。
オープンチャンネルを使う。
「コーネリア、十分だけ時間を与える。撤退するなら、今しておけ」
これは、キーワードだった。
ギアスを掛けた者たちが地下ブロックを崩すための。
コーネリアに向けて告げた言葉ではない。だが相手は挑発されたと憤るだろう。
憤怒で動きが左右されるような武人ではないと知っている。だが、使えるかも知れない要素はいくつでも多い方が良かった。不意打ちはもはや不可能で、コーネリアの軍は強いのだから。
そして、十分後を直前に控えて自分達は陸上に上がる。
十メートルも離れていない場所にコーネリアの軍が立つ場所だ。
しかし、その間にはプレートのつなぎ目がある。
「十分経過」
そして、それは起きた。
コーネリア軍の足場がもろくも崩れ去ったのだ。
『え』
『なにが?!』
『これか…』
回線から驚きの声が上がる。ひとり納得しているのはスザクだ。
彼にだけは少しの概要を伝えてあった。
「ちょうどいい、事故のようだ。この瞬間を外すな、行くぞ」
良く言う、とでも思われているだろうか。苦笑しながら、それでも陣営を鼓舞し、前進させる。
足場は良くない。これで壊滅したコーネリアの小隊もいる。だが、それでもコーネリア自身は健在だった。
『早いっ』
『おのれ、ゼロ!』
彼女が怒りにまかせて飛び出してくる。そのゼロを守るのは白と赤、二つの機体だ。
「簡単には通させませんよ」
スピアをスザクの武器、MVSが弾く。そして、逆の手に持ったヴァリスを撃ち込んだ。スピアを捨て、瞬時に回避したコーネリアの操縦はさすがだ。だが、そのバックにはカレンが控えている。
『弾けな!』
紅蓮も実験機だったものだ。右手に輻射波動がついている。
その右手をコーネリアの背中に押し当て、もう一方の手で肩を押さえた。
『つかまえた……!』
ぶくぶくと沸騰する機体。脱出艇を射出された時のために、スザクがさらに後背に回る。
そして、射出される脱出艇。直後に機体は爆破された。
『つかまえたっと』
脱出艇はスザクがかるがると受け取ってしまった。これで捕虜と出来る。
「よし」
脱出艇を持ったスザクが戻ってくるのを待って、全軍に呼びかける。
「コーネリアは我が軍に落ちた。殺害されても構わないという者がいれば、そのまま戦闘を続けるがいい。そうでないものは即刻武器を放棄、降伏せよ」
コーネリアは皇族だ。見捨てる事など、ブリタニア軍に出来る筈がなかった。
そして、この場の戦闘は終了した。
コーネリアという捕虜を得て。
コーネリアには目隠しをし、基地へ連れ戻った。
倉庫の一室に幽閉してある。
「どうするんだ、あいつ」
「いずれ本国から軍が到着する。その時の脅しに使える」
そう告げていたが、ルルーシュにはもうひとつの目的があった。
母の暗殺についてだ。皇宮内で行われた母の暗殺には謎が多い。皇宮でテロなど有るわけがないのに、そのように処理されて終わってしまった。
当時の警備担当は、既に成人していたコーネリアの筈だった。何かを知っているのかもしれないと思っている。後で、ギアスを掛けるのだ。知っている事は洗いざらい喋ってもらうつもりだった。
「トウキョウが落ちたことで、オオサカ、フクオカの志気は落ちている。本来ならこのまま向かいたいところだが、急ぐ必要もなくなった。日本軍が今急行しているようだ。しばしの休暇をこちらはいただこう」
「いやったあ」
「はぁ……疲れた」
「良かった…」
こちらの死者は三名。怪我人は軽傷から重傷まで二十人近くに上る。実際動けないというのも事実だった。
「十二時間の休暇を与える。各々、しっかりと休みを取れ。次はブリタニア本軍だ」
「分かりました」
綺麗に唱和され、散開となった。
十二時間あれば、家に戻れる。
だが、ルルーシュは家に帰る事をせず基地内の自分の部屋へこもった。
スザクも当然のようについてくる。
「あんたさ、いつもゼロと一緒にいるけど…」
「いいんだ、カレン。こいつはイレギュラーだ。私の正体を知られている」
「ええ?!」
見咎めたカレンには、本当の事を告げた。
「ただし、これはここだけの話しに留めて欲しい」
「わ、わかりました……でも、なぜ」
「戦闘中に顔を見られた。あの、租界襲撃の時だ。俺が離れた場所から指示を出していただろう? 私は仮面を被っていなかった。それだけの事だ」
「そんな……そんな事があったなんて」
ゼロの神秘性は失われてしまうだろうか? いや。カレンは絶対的なゼロ信望者だ。それはあるまいと踏んだ。
「頼んだぞ、カレン」
「はい!」
素直な返事だった。それに満足して、自室へ戻る。仮面を脱ぐとほうと息をつけた。
苦しい訳ではないのだ。ただ、密閉された空間というのは違和感をどうしても感じてしまう。
「いいの? バラしちゃって」
「カレンなら大丈夫だ」
「カレンカレンって、君はカレンの事を随分信用してるみたいだね」
「ああ。あいつ程忠実な部下はいない」
「…………」
振り向くと、むくれた顔のスザクがいた。
「なんだ、焼いてるのか?」
「悪い? 僕より信用してるみたいじゃないか」
「それは仕方ないだろう。共にしてた時間が違う」
「…………」
再び黙り込んで、顔中に不満ですと書いた顔をした。
それが面白くて、ルルーシュは笑いながらキスをした。
「だが、特別なのはお前だけだよ、スザク」
「………うん」
少しは機嫌が上向いたようだった。
それに、ほっとした。
かなり自分は重傷だと自覚した。
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