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割れた硝子の上を歩く18


 それでも日本軍はまだしも善戦していた方だろう。
 KMFの大量投入にも関わらず、一般市民の犠牲は少なかった。
 それは内地からの援助がなかったからと言うのも大きい。内と外、同時に攻撃していればもっと話は早かった筈だ。こんな筈ではなかったと、ブリタニア軍の指揮官などはほぞを噛んでいる事だろう。
 開戦から一ヶ月。
 日本軍がほぼ機能しなくなり始めた頃に、政府は敗戦を受け入れた。
 第三国であるEUを仲介に、停戦調停を始めた。
 軍備の放棄。エリア制度の導入。それによる、ナンバーズ支配。
 EUとて人ごとではないだろうおぞましい手配がなされていく。
 黒の騎士団は、ほぼ無傷だった。ここで失っては困る軍隊なのだ。
 内地へ攻撃された時には出撃した。だが十キロ圏内に収める事など、現在のブリタニアを相手に無理な話だったのだ。
 その時点でルルーシュは戦闘放棄を黒の騎士団へ伝えた。
 もちろん、反論はあった。だが、いずれ来る日本を取り戻す日の為の兵力の温存だと言えば、それぞれ不承不承な者もいたが、納得していた。
 そして、戦争は終結し、日本はエリア11と言う名を冠する事になる。
 日本と言う名を失い、矜持も誇りも奪われた。



「作戦通り、と言うわけですか? 桐原老」
『いや、少し遅かったな。被害が多すぎた』
 基地での通話相手は、裏で政権を牛耳っていた狸だ。この戦争も彼のさじ加減で行われていたに過ぎない。
「らしくない事をおっしゃる。で、今後は」
『わしどもは今後、エリア11を経済自立させるため、NACと言う名で企業連合となる。だが、バックではレジスタンスを支援しよう。もちろん、お前達黒の騎士団もだ』
「面従腹背、ということですか」
『そうなるな』
「あなたは恨まれますよ? それでも?」
『そのような事を気にしては、日本は取りもどせん』
 呵呵と笑い、桐原は言い切る。
『インド軍区からの技術屋は手配しておったのだな? それの資金援助をしよう。ランスロットといい、紅蓮といい、どちらもまだ改良が必要だ。それに無頼だけでは弱すぎる。新規生産も考えとる』
「日本製ナイトメア、ですか。それをテロリストに渡すのだから、大したものだ」
『なに。わしが生きているうちに日本が取り戻せれば良い』
「なかなか難しいかもしれませんよ?」
『お前達に任す。我々はしばらくはもう動けん。しっかりやれ』
 そして、通話は切れた。
「勝手な事ばかりを……」
「どうだったの?」
「金は出す、だから日本を解放しろ――だとさ」
 ベッドに座っていたスザクの隣に、ぼすんと座り込む。スプリングが弾んでスザクはバランスを崩しこちらへ傾いて来た。
「おいおい、大丈夫か?」
「あんまり、大丈夫じゃないかな」
 そう言い、寄り添ったままスザクは自分を抱きしめて来る。
 力を抜き、それに従おうと思った時の事だった。
 扉が開く。
 ここの扉は内側からゼロが開かなければ基本的に開かないはずなのに、入り口の暗証コードを知っている人間だ。
「おい、ホモるなら後にしろ。私は話がある」
「C.C.。お前、何を……っ」
「その格好で、他になにを言えと?」
「え、と……彼女は?」
 スザクは初見の筈だった。かく言うルルーシュも最近は別行動を取っていたため、久しぶりに会う事になる。C.C.。若い少女の姿をした、永遠を生きるコードの持ち主。ルルーシュにギアスという異能の力を与えたのも彼女だった。
「お前が枢木か」
 ちらり、と興味もなさそうにスザクを見て、C.C.は告げる。
「あ、はじめま……」
「ルルーシュ、ここにはピザがない。宅配も頼めない。お前が作れ」
「それを言う為にわざわざここへ来たのか?」
「当たり前だろう。私に取っては重大な危機だ」
 あっさり無視されたスザクを放って交わされる会話は、なんともバカらしい。
 だが、長い緑の髪と金色の目を持った彼女の姿は美しかった。
 もっともスザクにとっては傍らの存在の方が、大事で愛していたけれども。
「人質とまさか出来るとはな。まあ、お前らしくていいか」
「出来…っ、お前、言葉を選べ」
「付き合うか? それともセックスする仲か?」
「………っ、C.C.。ピザはもういらないんだな?」
「それは困る」
「なら、黙っていろ! しばらく」
 静かに怒っていたルルーシュは、ついに堪忍袋の緒が切れたようだ。怒鳴りつけ、彼女を追い出す。
「おい、ピザは」
「食べれるとでも思ってるのか」
「なら言いふらすぞ、お前と枢木が出来ていることを」
「…………っ、魔女め」
 扉を隔てて、交わされる会話。
 これはもう十分ヤバイのではないだろうかとスザクは思うのだが、冷静さを欠くという珍しいルルーシュの姿を止めることは出来なかった。
「分かった、作ってやる。だからちょっと待ってろ」
「分かればいいんだ、分かれば」
「あの女……」
 舌打ちをして、憎々しげにつぶやかれる。
「ねえ、あの人って誰?」
「俺の共犯者だ」
「共犯者?」
「そう。俺がブリタニアをぶっ壊す事を手伝う代わりに、俺はあいつの願いを一つ叶える事になっている。その願いはまだ聞かされていないが」
「……ふうん。そんな人がいたんだ。ところでピザって、どうやって作るつもり? まさかゼロが作るんじゃないよね?」
「当たり前だろう」
 そう言うと、ベッドからルルーシュは降りた。
 クローゼットを開くと、中から団服を取り出す。
「大所帯になったからな。見知らぬ顔がひとつふたつ増えたところで分からない」
 なるほど、と思った。
 手早くルルーシュはゼロの扮装を解き、団服を着込んで行く。
 目新しい姿だった。
「なんだか、似合うね」
「ありがとう、と言ったほうがいいのか」
 しかしいくら似合っても、これからするのはキッチンでのピザ作りだ。
 間抜けこの上ない。ゼロとバレれば、憤慨ものだった。
「じゃあ、行ってらっしゃい。同時に出ると不審だから、僕はしばらくここに残るね」
「ああ、そうしてくれ。部屋のロックを掛けて、俺がいるように装ってくれるとありがたい」
「分かったよ」
 そして、ルルーシュは外へ出た。幸いにも誰もいない。もっとも、ここへ来る人間はゼロに会いに来るためにしか来ないので、滅多に人通りはないのだが。
「あの女め……」
 まだルルーシュはぶつぶつ言っていた。



「お、新入りか?」
「あ、はい。食堂の係をいいつかりました。ゼロがピザを所望との事で、作りに来たんです」
「ゼロが? っていうか、ピザ作れるのか?」
「元々コックだったんで」
 嘘で塗り固めておく。C.C.が姿を現したとなると、こういう機会も増えてしまうだろう。
 足場は固めておいた方がいい。
「普段は後方支援です。俺には出来る事が少ないので」
「そうか。まあ、ガンバレよ」
 玉城に言われたくない。そう思うが顔には出さず、にこやかな笑顔を維持し続けた。
 この姿では後輩にあたるのだから。



 ピザを焼き上げ、再びゼロの居室へ戻る。C.C.は見計らったように部屋に戻って来ていた。スザクと談笑している。珍しい姿だ。
「遅いぞ」
「うるさい、このピザ女が」
 早速手を伸ばし、チーズを伸ばしながら口に運ぶ。その表情は至福そのものだ。
 だから、時々こうやって甘やかしたくなるのだ。
「それより、この男。かなりの天然だな。面白いぞ」
「天然じゃないって。酷いよ、この人」
「だっておかしいだろう。誘拐するって言われてのこのこついて行くヤツなど」
 ふた切れ目に手を伸ばし、彼女はもぐもぐする。
「ああ、こいつの頭のねじはどこか緩んでいるようだな。それは俺も認めよう」
「酷いよ、ルルーシュまで!」
「仕方ないだろう。お前の言動はたまに突拍子もなさすぎるんだ」
「それは……そうだけど……」
 あ、しまった。そう思う。
 彼はおそらく、父殺しの事を思い出した。声のトーンが激しく落ちた。
「だが、それでもいいんだ。こいつはこいつのままで」
 そう告げれば、スザクはルルーシュを見上げほんの少しの微笑みを浮かべた。
 痛々しく感じるのは、きっと気のせいだと思う事にした。
 彼には乗り越えてもらわなければならないのだ。戦いに躊躇があってはならない。父の事をいつまでもひきずっていてもらってもいけない。
 既に全ては過去。
 そう、思って欲しかった。
 取り返しはもうつかないのだから。



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2011.4.21.
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