top ◎  about   text
文字サイズ変更:


割れた硝子の上を歩く20


 軍備を整えるのが、まず第一だった。
 エリア制度が確立される前に動く事は前提条件だ。
 インド軍区からやって来たラクシャータという技術屋は、確かな腕を持っているようで、さっそく現在の機種の確認を行っている。中でも紅蓮とランスロットには強い興味を抱いているようだった。最新鋭機、そのせいだろう。
 そちらは彼女らに任せ、自分には行わなければならない事が山のようにあった。
 まず、増えてしまった団員の整理。
 日本人はまず問題ないが、中にはブリタニア人も紛れている。間違いなく主義者だろうが、そうでない可能性だってある。素性は確認しなければならなかった。
 それら一人一人のファイルをチェックし、入団可か不可かを早急に決めなくてはならない。入団したものは、藤堂らに任せ鍛えさせる。
 そしてなによりも頭を悩ますのは、エリア11に着任した仮総督、シュナイゼルをどう絡めとるかの作戦だった。
 あの人には勝てた試しがなかった。だから余計に焦りもする。
 メインにファイルのチェックを行いながら頭の中では何通りもの手段を考えてはそれを考慮し、取り下げる作業が幾日か続いた。
 エリア制度が確立してしまうまで、待った方が良いだろうか?
 そうすれば本来ブリタニアの宰相であるシュナイゼルが総督をつとめる筈はなく、もっと手軽な皇族か貴族あたりが着任するだろう。それを崩す方が簡単だ。
 しかし、いずれブリタニアを壊すためには、シュナイゼルは避ける事の出来ない存在だった。今逃げたところで意味もない。
 頭が堂々巡りを始める。
 こんな調子ではだめだ、と一時手を止めた。
 室内には誰もいない。
 外に出れば、新しく入った団員を鍛えるための集団や、和気あいあいとした和んでいる集団が出来ていた。
 最初からこの軍隊――レジスタンスだった頃より、ずっと頭脳はルルーシュが担当している。初めて補佐が欲しいと思った。時間がない、なのに手が思い浮かばない。
 そんな状況にいらいらとし始めている自分も自覚していた。
 こんな心理状態では出来る事も出来なくなる筈だ。
 それをまるで読んでいたかのように、するりと傍にC.C.がやってきた。
「どうした? 随分苛ついているようだが」
「参謀が欲しいな、と思ってな」
「お前がか? 邪魔にしかならないだろう」
 ルルーシュの全ての行動を知っている彼女は、その出来の良い頭についても熟知していた。
「いや、時間が足りない」
「お前が弱音を吐くとはな、珍しい」
 そして、ふらりと自分の部屋へと彼女は入って行く。
 ちょうど団員の中に紛れていたスザクとも目が合った。正確には仮面越しにだったが、きっと彼も気付いたのだろう。こちらへ向かってくる。
 自分の部屋へ戻れば、ベッドに座るC.C.と、遅れてスザクが入って来て、キーをロックした。
「どうしたの?」
「少し、疲れた」
「君は一人で背負い込みすぎだよ」
 確かにそうなのだろう。小さいとは言え一個軍隊を率いるのに、ひとりきりの首脳部では弱すぎる。
 気弱になっているのかもしれなかった。
「シュナイゼルが邪魔なんだ、あいつには勝てる気がしない」
「君がそんな事言うなんて、珍しいね」
「お前まで言うか」
 苦笑して、必要はないのだと気付き仮面を脱ぐ。
 ひとつ息をはきだして、スザクを見た。
「お前は俺のために死ねるか?」
「どっちかと言うと一緒に生きたいけどね」
 それは、肯定の意味だろう。だがそんな手は自分でも使いたくはなかった。
 ランスロットと紅蓮、ふたつの突破力を生かし一気に再建途中にある政庁へ突っ込ませる。それはこちらの被害も甚大になる作戦だ。優秀な指揮官ならば選ぶ筈もない愚策だった。
 ゆるく頭を左右に振った。やはり、自分は疲れているのだろう。
「シャワーを浴びてくる。少し、様子を見ておいてくれ」
「分かったよ」
 スザクの返事を背に受け、シャワールームへと向かった。
 冷たいシャワーを頭から浴びれば、少しは目も覚める。
 なにをしようとしてたのだと、先ほどの自分に嘲笑を与えたくなった。
 弱気になっていてはいけない。彼に勝てなかったのは、もう七年以上も前の事だ。それに、当時は成人していた義兄と、まだ子供でしかなかった自分との間での事だったのだ。
 思い出せ、と自らに命じる。
 彼とはチェスを幾度かやった。彼の戦い方には一定の法則があった。
 それを、思い出せ。
 シャワーの水を止め、髪を拭う。
 体を拭いて再びゼロの衣装を身につけた頃には、気弱な心などどこかへ消し飛んでいた。



「空を飛ばすよ、この二機は」
 元々いた黒の騎士団の技術部と、自分の率いてきた部下と共に壊れたKMFの修理をしながら策を練っていたらしいラクシャータは、ゼロへそう告げた。
「空を?」
「フロートシステムという理論がある。それを用いようと思うのさ」
「フロートか………空を飛べるとなると、相手の裏をかく事も出来る。本当に可能な策なのか?」
「まだ実験段階。でも、確実に飛ばしてみせるよ」
「かかる時間は?」
「一週間、ってとこかね」
「はやいな」
「準備はあったからね」
 長い髪をかきあげて、彼女は言い切った。
「分かった、やってみろ」
「わかったわ」
 技術屋らしくない色気を振りまきながら、それでも倉庫へ戻って行く。そして強い語調で指示を飛ばしていくのだ。その姿は見るには清々しい程だ。
 そうなれば、取れる手が一挙に増える。
 二機が飛べれば、それを政庁中心部へまず持っていく事が可能だ。もっと数が出来れば尚ありがたいが贅沢は言えないだろう。
 その間に、地上部隊はまだ整然としたとは言いがたい政庁近くを制圧出来る。トップを人質に取るのだ。動けやしまい。
 そして、思い出した事があった。
 義兄シュナイゼルの癖のようなものだ。
 もしかすると、当時まだ子供だった自分の為に打っただけの策だったのかもしれない。だが、それに頼るしかない。
 彼は、負けない戦い方をする人間だった。自ら攻撃には出ない。
 防御で固め、キングを逃す。そういう戦い方だ。
 思い出せた自分の頭脳に喝采を送りたくもなった。もしその癖が今でも健在ならば、トップを押さえるかもしれないこの作戦では完全にこちらが優位に立てる。
 その方向で策を進めるのが一番かもしれなかった。



 そして、一週間。
 ラクシャータは本当に紅蓮とランスロット、二機を空へ飛ばせた。
 まだ実験段階のものを使っているため、エナジー消費が激しいらしいが、未だブリタニアでも飛ぶKMFというものは作られていない。十分に奇を衒えるだろう。
 それから二日掛かってふたりには操縦に慣れてもらい、その間に自分の策を団員に伝えてゆく。
 新しいメンバーも既に選抜を終えていた。
 今回が初戦になる団員も多い。藤堂らが鍛えていたが、まだ半人前と言ったところだろう。結局は初期のメンバーに頼る所が大きくなる。
 最初はやはり、紅蓮、ランスロットの突破力を生かす。
 その上で二機は上空へ飛翔。政庁の中なら、データがある。政務室にあたる階数で二機を前後から挟撃させ、その間に地上を制圧する作戦だった。
 負けない戦い方をする相手は、どう出るだろうか。
 数パターンの動きが思い浮かぶ。中でも一番に高い可能性は、その場を捨て去る事だろうと思われた。政庁にこだわる必要はないのだ。それは単なるシンボルにしか過ぎず、日本がエリア11であることは一時政庁を執政官が離れた所で何も変わらない。
 だが、こちらの士気があがる。
 諦めに近い思いで過ごしている日本人達へのエールにもなるだろう。
 そして、ブリタニアへこのままエリア11は素直に言うがままにならないとのアピールも出来る。
 現在すでに矯正エリアなのだ。落ちる場所はない。
 相手を無駄に刺激し、攻撃的にさせる可能性は無きにしもあらずだったが、それでも敗戦のままただ支配を甘受するしかない日本人たちには支えが必要だった。
 そして、それは自分達が担わねばならない事なのだ。



 そして、それから更に二日が過ぎ、スザクとカレン、二人がフロートの使い方を覚えた時点で作戦は決行された。
 予想は見事に的中した。
 屋上から脱出艇により、シュナイゼルは逃亡を図ったのだ。
 もちろんこれは一時的なものに過ぎない。
 それでも黒の騎士団は、――日本人は、その事実に歓喜した。



「なんだか、妙な事になっちゃったよね」
「なにがだ?」
 どんちゃん騒ぎの中を抜け出し、ルルーシュはスザクと共に自室にいる。
「僕はただ、君に誘拐されただけだった筈だったのに。もっと言えば、自殺するつもりだったのに。なのに、こんな事になっちゃったなんて、妙だなって」
「妙な事じゃない。お前は、俺に誘拐されたからこうなったんだ」
「困ってたくせに?」
「……気付いてたのか」
 くすり、と笑ったスザクをねめつける。
「うん。だって桐原さんも手の打ちようがなくて困ってたもの」
「そうか、そうだったな。桐原とお前は繋がってたんだった。あいつは上手く立ち回っているようだがな」
 NACとして、日本経済の自立を促しながらも得た収益の一部を隠し財産とし、各地のレジスタンスの運動資金に回している。黒の騎士団もその恩恵を受けていた。
「許してよ。僕にだって不測の事態だったんだから」
「ああ、分かってるよ」
 別に許す、許さないの話ではない。もう。
 そんな所から遥か遠くに来てしまったのだから。
 ただ、あの夜。
 彼に出会え、自殺を止める事が出来た事を思い出せば、それだけは本当に良かったと思った。
 彼がいなければ黒の騎士団は攻撃の一端を失う。そして、ルルーシュがゼロで有り続けるための安定剤も失ってしまう。
 ゆっくりと近づき、スザクの体にもたれかかった。
「上手く行ってよかった」
「うん」
 そして、彼の両手が自分の体に回される。
 体は斜めに向いたまま抱きしめられるという妙な格好だったが、それでも良かった。



NEXT
2011.4.22.
↑gotop