日本人は歓喜していた。
まだその余韻をかみしめている。自分達はまだ終わりではないのだという夢を抱けた。
政庁は再び再建を始めている。新総督は決まった。赴任は一週間後となる。皇族の中でももっとも穏健派として知られる皇位継承権第一位のオデュッセウス・ウ・ブリタニアと言う人物だ。だがもちろんそんな人間が矯正エリアの総督など務まるはずがない。
彼は飾りとして君臨し、実権は軍部が握ることとなるだろう。
その任命はまだ発表されていない。オデュッセウスは軍務に長けた人間ではないので、他の義兄弟からの軍を借り受けるのかもしれなかった。
本当は、だから歓喜に浮かれている場合ではないのだ。
だが、短な時間の喜びを奪う権利など、誰にもなかった。
黒の騎士団内部のみが、既に空気を入れ換え情報収集と新規団員の生きのこった者の鍛え直し、そしてラクシャータの指示により、他のKMFにもフロートユニットを設置すると共によりエネルギー効率の良いエナジーフィラーの開発に手を染め始めていた。
「読めないな……」
政務室で、ゼロの仮面を被ったまま書類の決裁を行っているルルーシュはつぶやく。
室内にはC.C.のみだ。他は各自担当を持っている。
「なにがだ?」
ベッドに寝そべり、雑誌のページをめくっていた彼女はちらりとも見ず、問うだけ問うて来る。
「次の着任者だよ。オデュッセウスにはこの地は重すぎる。だからと言って、コーネリアの部下がそう簡単に彼女の元を離れる筈はないだろう。本来なら、彼等こそがこの地を一番知り、治世には向いているのだがな」
「そうか……」
軽い返事だったが、そこには違うニュアンスをルルーシュは感じ取った。
「何か知っているのか?」
「いいや」
即答だった。怪しすぎるが、こうなれば彼女はてこでも話はしない事を良く知っている。
実際彼女が喋る気になるまで待つしかないのだ。
軽く舌打ちして、書類の決裁に戻るよりなかった。
まさか、彼女がこの地に赴任する軍部トップを知っているなどとは、その時ルルーシュは可能性はあるとは考えていたが、確信など持てようもなかった。
そして、オデュッセウスがやってきた。
傍らに就くは、まさかのラウンズだった。ナイト・オブ・ワン。皇帝が貸し出したのかと思えば、そうではないと言う。彼自らの意志でこの地の軍部を買って出たのだとC.C.は告げた。
「知っていたのか、お前」
その時、部屋にはスザクも居ていた。
激高したルルーシュを止めようと思っているのだが、滅多に感情的にならない彼をどうしたものかと動きあぐねている。
「ああ」
彼女は、あっさり告げる。それが余計にルルーシュの怒りに火を注ぐ。
ラウンズなど、ナイト・オブ・ワンなどがこの地に来られては、動きにくいどころの話ではない。
無能なオデュッセウスの着任はただのお飾りだとは思っていたが、傍らにそのようなビッグなものを置くなど、想像の埒外だった。
歓喜に沸いていた日本人達は一気に沈み込む。
黒の騎士団内部ですら、震撼とした空気が流れていた。
まさかの皇帝の騎士だ。これまで対峙してきた軍隊とは違う。
KMFが空を飛ぼうと、敵わない絶対の壁が有ることを人間は自然と知っているものだ。
そしてそれを知らしめるのに、ナイト・オブ・ワンは十分の存在だった。
「ルルーシュ」
ようやく、スザクが動いた。
抱き留めるように、C.C.へ迫る彼を止める。
「知っていようといまいと、これは事実で防ぎようがなかった。先に知っていたからと言っても僕たちに打てた手はない。怒ってもしょうがないよ」
「………」
ルルーシュは、黙り込んだ。確かに正論だからだ。
この怒りは黙っていたC.C.に対したものではなく、ナイト・オブ・ワンに対する怒りだ。ただの八つ当たりに過ぎない。
「――……すまない、C.C.」
「分かればいい」
彼女はあっさりとしたものだった。
ルルーシュは大きく深呼吸をし、気分を入れ替えようとしている。スザクは窓を開け、空気を入れ換えた。
「資料を集めないとな。それも、早急に」
ナイト・オブ・ワンのデータなど、数多く出回っている。だがそんな表層的なものではない。弱点を探らねばならないのだ。いずれ攻略対象となる。
オデュッセウスについては危惧していなかった。彼は飾りだ。ナイト・オブ・ワンを落とせば自動的に落ちてくる。いや、それとも皇族の名を掛けて、皇位継承1位を落とせば本国が出てくるだろうか。それとも、今度こそシュナイゼルが宰相の名と共にエリア11に就くだろうか。
不安要素しか出てこない。
このような状態ではダメだと、ルルーシュは気持ちを入れ替える事にした。
可翔翼を取り付けたKMFを視察しに行く事にしたのだ。訓練している者たちの姿も見てみたかった。それに、いずれ自分も乗らなければならない。スザクに概略は聞いているが、頭で考えるのと実際とでは大きく感覚が違う事だろう。
「あら、珍しいじゃないのさ」
倉庫へ行けば、煙管をふかしたラクシャータが出迎えてくれた。
「可翔翼の方は、どうだ?」
倉庫内は突貫作業中だ。あちこちで工員が走り回っている。
「キョウトのおじいちゃんたちがたんまり弾んでくれたからね、結構上手く行ってるわよ。六十パーセントのKMFには設置済み。残りも手を付けてるところ。ただ、前回の戦闘でブリタニア側にも可翔翼の研究が一気に進んだって話よ。向こうも飛んで来るかもね」
「そうだろうな」
ひとつの研究と言うのは、顕現するのが一カ所であろうとも、同時多発的に研究されているのが常なのだ。KMFを飛ばすという考えは当然ブリタニアにもあっただろうし、その研究も為されていたことだろう。それが可能だということを、辛くもこちら側が証明してしまった。
向こうの研究員は必死の筈だ。そして必ず飛ばして来る事となるだろう。
「それに乗る人員にも訓練が必要ね。カレンとスザクだから上手く行ったけど、他の雑魚たちにはちょっと難しいかも」
雑魚呼ばわりされているとは、まさか他の面々は思っていないだろう。
だが、二人の身体能力とKMF操縦技術が飛び抜けているのは確かな事だ。
「訓練期間が必要だな。それには、そうだな……ここでは目立つ。いずれどこか山中にでもピクニックにでも行くことにしようか」
「あら、いいわねぇ」
ぷかりと煙管から煙を上げ、彼女はさも面白くなさそうに告げた。
「自爆されたりでもしちゃあ、あたしたちもバカみたいだからね。みっちりやってちょうだいよ」
「分かってる。こちらも戦えないと困るんだ」
「そうね」
そして彼女は工員達の元へ戻って行った。言いたい事は終わったらしい。
ルルーシュも、知りたい事は知れた。
ただ、ひとつ問題があるとすれば、自分が上手く可翔翼を操れるだろうかという心配だけだった。
「スザク、疲れた」
部屋に戻れば、スザクはまだ部屋の中でルルーシュを待っていた。
気を張り続けている。不安がどうしても頭から去らない。こんな気分の時に考え事をしてもろくな事にならないと分かっているのに、不安から考える事をやめられないのだ。
自分の頭は非常に良く出来ているとたまに思うが、時折不便に出来ていると思う。それがこんな瞬間だ。思考を止める事が出来ない。
「一度、帰ったらどうだい? 妹の事も心配だろ?」
「……そういう訳には…」
「ゼロであることを、一度休むべきだと僕は思うけど」
「それはお前が……」
スザクが、自分を抱く時。その時ばかりは自分はゼロではないと思える。
気も緩む。それを今、期待していなかったかと言えば嘘になる。
だから、スザクの言葉は意外だった。
「妹の顔でも見ておいでよ。ゼロは視察に行くって事にしたらいいから。僕も付き合うしさ」
「お前が?」
「うん。だって気になるじゃない? ルルーシュの妹ってことは、きっとスゴイ美人だろうし」
「ナナリーは可愛いんだ。美人なんて冷たいものじゃない」
どうやら価値観が違うようだ。
憮然としてスザクへは告げられた。
「じゃあ、その可愛い妹を僕に紹介してよ。君の配偶者だって言ってもいいし」
「バカか!」
「でも事実でしょ。僕は浮気を認めないし、もう君のことを手放すつもりもない。そうじゃなきゃ、こんなところまでついて来ない」
「……それは、そうだが」
あまりにも衒いのない言葉の数々に気恥ずかしくなってしまう。思わずルルーシュの声は小さくなってしまった。
「なに? 聞こえない」
「それは俺も同じだと言ってるんだ!」
やけになってルルーシュは大きな声で言ってやった。
しかし同じ歳の男を配偶者などと可愛い妹になど告げれる筈もない。案外ナナリーなら、ステキですねと笑ってしまいそうだが、そんなかすかな期待に希望を賭ける訳にもいかない。
軽蔑でもされれば、ゼロを放棄してしまいそうだ。
それでも、きっとスザクは捨てれないのだろうが。
「いいか、あくまでも友達としてなら紹介する。それでもいいか?」
「うん。紹介してくれるならなんでも!」
声を浮つかせて、スザクは答えた。
ルルーシュの家族に会えると言うのが嬉しくてたまらないのだろう。そう見て取れた。
少しばかり面映ゆい気持ちになる。愛されていると感じるのは、こんな些細な時だ。
そう、スザクの提案に乗ってもいいと思い始めていた。
気を張り詰め過ぎていて、もう切れてしまいそうになっていたのだ。
妹の安全は毎日確認している。それでも彼女に会えれば心は凪ぐだろう。
ゼロを完全に忘れ、ナナリーの兄としてだけ存在出来る事だろう。
それは、非常に魅力的に感じられた。
そんな提案をしてくれたスザクに、感謝をした。思わず、頬にキスを送ってしまう程に。
彼はとても驚いていたけれども、それが愉快だった。
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