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割れた硝子の上を歩く25


 ブリーフィングルームにはなんとも微妙な空気が流れていた。
 C.C.のせいだ。分かってはいるが、男色趣味があったとはとの目でちらちら見られる。事実そうなのだから流してしまえばいいのだけれど、自分はどうやら繊細に出来ているようだった。
「可翔翼のセッティングはほぼ全て完了。後は飛行実験だが、紅蓮やランスロットと違い、技量の足りない団員も可翔KMFに乗る事になる。事故は目に見えている。近いうちに、ナリタへ行こうと思うのだが、どうだ?」
「ナリタ? なんで」
「あそこなら、ブリタニアの目も届きにくい。移動には租界を迂回したルートを使用することが出来る。それに、――あそこには、日本解放戦線の本拠があると言うからな。確認をしたいと思っている」
「……!」
「まさか、手を組むって訳じゃないですよね?!」
 日本軍の残党が作り上げたレジスタンスグループだ。頭の固い連中が多い上に、自分達は戦争のプロだという自負があり、プライドも高い。実際、この短い間にいくつかのテロを成功させているが、自分達と合うとはとても思えなかった。
「まさか」
 あっさりと、ゼロは告げる。
「この機会に、使えるかどうかを見極めるだけだ。四聖剣たちも懐かしいだろうしな」
 彼等は元軍人だ。スザクとはまた違うルートで脱走兵となり、黒の騎士団に身を寄せた。
 日本軍では日本を守れないと知った結果だったのだろう。
「それは酷じゃあ……」
「いや、私も気になっている。ゼロ、もし叶うのであれば、実際面識を得て置いても損はあるまい」
 藤堂は間を繋ぐと言っている。脱走兵だが、それでも重用されていた人物なのだ。それなりの信頼がまだ残っているとの事だった。時折戻らないかとの連絡も入るらしい。
「こちらが優位に立ち手を組めるとなれば、それは戦力の拡大にもなる上に、貴重な軍備も手に入る。損はないと思われるがどうだろう?」
「……そうだな」
 だが、意に沿わない動きをする兵は邪魔なだけだ。
 軍備は魅力的だが、さてどうしようと考える。
 いっそ兵を一掃して、軍備だけを手に入れると言う手もあるが、それは藤堂らが強く反発するだろう。なら、その役割をブリタニアに行わせれば?
 そうすればこちらも実戦を持って訓練に行える。救出という形で向かえば、こちらがかなり優位に立つ事も可能だ。悪くない考えだった。
「よし、そうしようか。近いうちにナリタへピクニックだ。だが、その事は日本解放戦線にはまだ伝えないで欲しい。中には反発する者もいるだろう、リークでもされれば面倒だ」
「分かった」
 新兵達はここで生きのこって、ようやく一人前になれるだろう。
 スザクは同席していなかった。部屋で待機している。
 その事を深く追求する者もいなかった。カレンもまた、ここには同席していない。
 彼等二人は戦闘の要として存在しているのであって、戦略、戦術を立てる立場ではないからだ。
 細かな内容を詰めてゆく。担当、補給、そして人員。
 時間は流れるがままに過ぎて行った。



 我ながら、悪どい方法だとは思う。
 邪魔だからブリタニアを利用しようなどと考えるとは、普通想像もしないだろう。だが、それによってブリタニア側の戦力も計れれば、一石二鳥どころの話ではないのだ。
 この話はスザクには出来ないな、と思ってしまう。話して、軽蔑されたら嫌だと思ってしまうのだ。
 女々しい考えに反吐が出そうになったが、それでも自分は多分話さず、自分ひとりで策略を巡らしてしまうだろうと思えた。
 やることは簡単だ。日本解放戦線が基地としている場所をブリタニア側へリークする。きっと掃討作戦に出るだろうから、その日に合わせてこちらも動く――簡単だ。簡単過ぎて、笑えて来てしまう。
 だが、決して褒められた内容ではなかった。
 こうやって自分の汚い面はスザクに隠して行くようになるのだろうか。
 参謀になると言うのは、そういう事だ。汚い事も利になると思えば時には為さねばならない。
 隠し事が増えて行くのだろうか――それは、いやだな、と、思った。
 彼と一緒にいる事。その共有する感覚。全てを愛しているのだ。
 こちらに引け目がある限り、その感覚はどんどん乖離して行ってしまうだろう。いつかは別々の道を歩む結果にすらなりかねない。
「それは、いやだな」
 思わず、声にまで出た。
 そんな未来は想像したくもなかった。
 だから、今回だけだと自分を説得するしかなかった。



 週が明けて、本格的に物事は動き出す。
 ルルーシュのリークした情報はブリタニア側でも吟味されているようで、議事録などがハッキングで手に入った。それによれば、掃討作戦はやはり展開されるようだ。
 黒の騎士団に次いで、今ブリタニアに取って迷惑な存在と言えば日本解放戦線なのだから、情報が確かならばそうしない訳がない。
 ただ、まだ日時は確定していなかった。
 その限り、こちらはまだ動けない。
 黒の騎士団側でも動きは見せていた。藤堂が日本解放戦線と連絡を取り、是非とも一度会合をとの話が出ているのだ。
 だが、その会合は実現しないままで終わるだろう。
 自分達は彼等をおとりに使うにすぎない。
 いや、自分は、と言うべきだろう。
 藤堂らはブリタニアの攻撃があることを想像だにしていない。
 私室にはスザクの姿はない。最近はいない事の方が多かった。可翔翼の取り付けたKMFを他の団員にも使わせるためのシミレーターによる特訓に付き合っているからだ。カレンとふたり、経験者は貴重な参考人だった。
 だから、室内にはC.C.ひとりがいる事が多い。今日も背後のベッドで寝そべって、何をするでもなく時折寝返りを打っていた。
「お前は、悪いことをしている時の方が魅力的だな」
「なんだ?」
 ぼそっと呟かれた言葉だ。彼女にだけは、今回の作戦を話してあった。なにせ共犯者だ。いざと言う時のサポートにも彼女は回ってくれる。それくらいには信頼している。
「最近のお前は、追い回されてるばかりでちっとも覇気がなかった。これくらい悪い事をしている方が向いていると言ってるんだ」
「心外だな、俺が悪人みたいじゃないか」
「だからそう言っている」
 ふふふと笑い、C.C.は楽しそうな顔をした。
「私の共犯者だ。悪人くらいでちょうどいいのさ」
「お前に付き合って、落ちたくはない」
「枢木の為にか」
「………、それは、関係…」
「あるな。今回の作戦も告げないのだろう? お前は枢木に嫌われるのを怖れている。何を少女みたいな事しているんだ」
「煩いな」
「図星だからと言って、怒るな」
 ころん、とC.C.は寝返りを打った後、すとんとベッドから降りた。
 そして、背後から座っているルルーシュを抱きしめる。
「なあ、ルルーシュ。私たちは共犯者であって、お前の願いは叶えなければならない。それに一歩でも近づくためなら、躊躇するな」
「………分かっている」
「枢木はそんなに甘い存在か? 知ったところでお前を嫌いになどならないくらいに惚れているとは思うが」
「………っ」
 そして、くてんと彼女はルルーシュに体重を預けた。
「私の言葉が外れていた事があるか? 信じてみろ、お前の相方の事を。その方がいい。お前の本性は私とあいつで抱えていてやる。だから、やりたいようにやれ」
「お前がスザクを語るのか」
「ああ、同じ愛人同士だからな」
「お前な……」
 苦笑が浮かんだ。
 だが、気が楽になったのは確かだ。
「分かった。今夜にでも、話してみるよ」
「そうしろ。私は席を外して居た方がいいか?」
「どちらでもいい。どうせお前はいてもいなくても、部外者だ」
「酷いな」
 くすくすと彼女は耳元で笑った。吐息がくすぐったかったが、ルルーシュは甘受した。



「あああっ! なにやってんの、C.C.! 僕のル」
「黙れ!」
 危うく名前を呼ばれそうになって、慌てて叫んだ。
 扉は開いたままだ。この声は外にも聞こえているだろう。
 自動ドアがようやく閉じて、ずかずかとスザクはこちらへ歩み寄り、しなだれかかっていたC.C.を無理に引きはがした。
「なんだ、ちょっとくらいいいじゃないか。いつも独り占めしてるくせに」
「当たり前でしょ。それにルルーシュも抵抗くらいしてよ!」
「なんの為にだ」
「なんの為って………っ、あああ、信じられない!」
「信じられないのはお前の方だ。あんな場所で名前を呼ぶ気だっただろう」
「だって仕方ないじゃない、あんなの見せられたら」
 やれやれ、と言った顔でC.C.はルルーシュに苦笑を送り、再びベッドに転がった。
「私たちは共犯者だ。時にはあれくらいの接触はする。心配するな、色恋は欠片も存在しない」
「そうだ。してたまるか、こんな魔女に」
「そういう問題じゃないの。色恋とか関係なくても、これは、僕の! 勝手にあんまり触っちゃダメ」
 ぎゅ、と抱きしめて、スザクはC.C.を威嚇する。
「どこの子供だ、お前は……」
 さすがにルルーシュも呆れた。
「それじゃあいいの? 僕がカレンと抱き合ってても」
「………っ、それとこれとは話が別だ」
「別じゃない、同じ事だよ」
 う――…と、うなり声がしそうな程にお互いにらみ合う。
 C.C.はそんな中伸びをして、「痴話げんかには付き合えん」と言って、出て行こうとした。
 そうだ、さっきの会話もだ。
 こいつは、『僕の』と、言った。また愛人疑惑が再燃することだろう。
「ちょっと待て、C.C.。お前が今出て行くとややこしい話になる」
「もう十分なってるだろう」
「そういう意味じゃなく、騎士団内での事だ」
 彼女がここで出て行ったとする。そうすれば、きっとC.C.対スザクの痴話げんかにスザクが勝利したと言う結果が出てしまうだろう。
 それはなんだか、余り求めたくない結果だ。
 まだしも噂だけを流されるなら異性であった方がいいくらいの常識は兼ね備えていた。
 別にスザクをパートナーに選んだことを後悔している訳ではない。ただ、頭の固い人間はまだごまんと存在し、それらに不利益な立場に自分が立ちたくないだけの話だった。
「取りあえず。今後、C.C.はあんな触れ方、しないでよね」
「……約束は出来ない」
「どうして」
「時と場合と気分による。私はC.C.だ、命令されるのは嫌いだ」
「そういう女だ、諦めろスザク」
「…………カレンと抱き合ってやる」
「だから、どうしてそうなる」
「仕返しだよ! さっきの僕の衝撃を想像して欲しいね」
「それは……悪かった」
 確かにカレンとスザクが抱き合ってでもしていたら、衝撃どころではないだろう。
 ルルーシュの場合は、そこへ愛人疑惑まで存在していた。証拠を押さえた、とでも言ったところだろうか。
 頭の痛い時期に、頭の痛い問題が増えたと感じるには、十分な騒動だった。
 結局、スザクが泣く泣く諦めるしかなかったのだが。――C.C.は人のいいなりになどならない。
 それは、スザクも良く知っていたのだ。



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2011.4.26.
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