ナリタの日取りが決定した。
ブリタニアが決定したので、便乗したに過ぎない。これより一週間後の正午丁度に作戦は展開されるようだった。なら、警備線が引かれる前にこちらは動き出さなければならない。
資料を読み込み、午前七時にこちらは出発することにした。
早すぎる出発に玉城らは何かを言っていたが、戦争は待ってくれるほど生易しいものではない。
「実戦だと思え。事故を起こせばその場で死亡するつもりで行うよう、各団員には伝えておくように」
よく言う、と自分でも思う。事実実戦になるのだ。生き残れるのは何人だろうか。
KMFは出来るだけ残って欲しい。古参だけでなく、新参者にも残れるよう、作戦は立てたつもりだったが、上手く行くかどうかはそれぞれのシミレーターによって得た技量に掛かっていた。
素直にスザクに教わっておけば良かったものを、と思うのはただの惚れた贔屓に過ぎないだろうか。
あれからも、スザクの元に教えを請う人数は極端に少ないらしい。
愛人だろうがなんだろうが構わないだろうが、とは思うのだけれど。戦争を行う上で、それは邪魔な嫉妬心に過ぎない。
しかし、自分だってスザクが浮気すれば心も揺らぐだろう。
そういうものと同じなのだろうか?
恋愛らしきものをしたことが今までなければ、何かに執着したこともない。
唯一ナナリーだけは自分が執着した存在だが、彼女もスザクも自分を一番に慕ってくれている。
そうじゃない事、と考えてみれば想像ながら何故かむかついた。
なるほど、と思う。
その対象が自分だと言うのがどうにも納得行かないが、それでも事実そうなのだから仕方ないのだろう。
せめてナリタまでには、そういう感情を取っ払うか、一時的に忘れて欲しいものだと思う。
そうでなければ生き残れない。
戦場はそう甘くはないのだ。
古参組に関してはその点安心していたが、新参組は果たしてどうだろうか――
午前六時半を過ぎて、準備は完了した。
後は出立するばかりだ。
早すぎて眠そうな顔をした者が多い。
昨晩ばかりはスザクにも自重させた。
「大丈夫だろうな、新参兵は」
スザクとカレン、二人に問えば、「なんとか」とカレンが答え、「多分」とスザクが答えた。
「本当に大丈夫なのだろうな」
曖昧な答えに、心持ち心配になった。
そこで、スザクにだけは告げてあった事をカレンにも伝える事とする。
副団長の扇にもだ。ふたりには、これから起こる事に冷静に対処してもらわなければならない。
スザクに扇を呼びに行かせ、自分のKMFの傍に四人集まる。そして、これからブリタニアが攻めて来る事、それと乱戦になるだろう事を伝えた。
「どうして、そんな情報を?!」
ふたりは酷く驚いたようだった。
だが、ソース元は明かせない。軍のデータをハッキングしたと告げるに留める。
「何故、それじゃあそんな日を選んだんだ。新兵はまだ慣れていない。ここで死ねと言っているようなものじゃ」
「訓練で慣れるようなものではない。実戦でこそ、技量は身につく。そうだな、スザク、カレン」
ほぼぶっつけで可翔翼を使ったふたりに尋ねる。機体もそうだった。最新鋭機を捕獲した後、即座に実戦に出したようなものだ。
それでも彼等はこうやって無事に生きのこり、そして技量を増している。
「このふたりは特別で、ほかのしん」
「特別はふたりだけとは限らない。誰もに初陣はある。それが今回だと言うだけだ」
「じゃあ、せめて先に告知だけでも」
「固くなられては困る。あくまでも訓練という名目でなくてはならないのだよ、これは」
そこまで告げて、ようやく扇は黙った。
カレンは早い内に納得したようだった。自分がどれだけ動けるか、考えてすらいるようだ。
「このことを、スザクは知ってたの?」
「さっき、聞いたとこ」
ここは嘘をつかせた。カレンに対してまで余りに特別扱いをアピールすると、余り良くない結果が生まれるような気がしたのだ。
カレンは黒の騎士団内部でも上位に昇るゼロ信望者だ。
人である面をあまり見たくはないだろう。
「僕のランスロットでどこまで出来るか……。ナイト・オブ・ワンが出てくれば、きっと今の僕たちじゃ太刀打ち出来ない。それでもやれるとこまでやらないと」
「そうね。その時は協力体制で挑みましょう。一機で勤まる相手ではないわ、きっと」
ふたりが相談をはじめた。それは織り込み済みの作戦のひとつだ。
一機で敵わないのは当然だろう。だが、もしもナイト・オブ・ワンが一瞬でもいい、顔を出してくれればと祈っていた。そうすれば、ギアスを掛けれる。
帝国第一の騎士を裏切らせる事が出来れば、ダメージも大きいだろうしその上こちらにとっても魅力的この上なかった。
「出来れば、殺すな。捕虜に出来れば最適だ」
「無茶言いますね、ゼロ」
カレンが呆れたように笑う。そんな手加減が通用する相手でないのは百も承知だ。
それでも、伝えるだけは伝えておいた。
もしかしての奇跡に賭けるために。
そして、七時。出立の時間だ。
どこかのんびりとした空気が流れていた。ナリタなど、トウキョウ租界近辺から離れるのは久しぶりの事だ。幸いにも戦火を逃れた場所でもある。
穏やかな、本当にピクニックと言う空気が流れても仕方がないだろう。訓練だと皆は信じ切っているのだから。
警備線が引かれはじめるのが午前九時。それまでには余裕でナリタへは到着する。
重火器隊まで連れられて、黒の騎士団総出になってしまったのは何故かと思っている人間は中には紛れているかもしれないが、ピクニックだと告げてある。その言葉の甘さに乗った者も多いのだろう。
「実戦が始まったら、ルルーシュは?」
プライベート回線が開かれ、スザクからの問いかけが来る。
「もちろん、前線に立つ」
「可翔翼には慣れた?」
「おそらくは。シミレーションでは上手く行ったんだがな」
「そう。じゃあ、僕はナイト・オブ・ワンが出てくるまで出来るだけサポートするから」
「それはカレンも同じだろう。安心しているよ」
「ありがとう。でも、その後は本当に気を付けてね」
「分かってる。頭を失えば困るのは、向こうよりむしろこちら側だ。それなりの備えはするさ」
「それがいつも甘いから、僕は改めて言ってるの」
ぴしゃりと言われる。
確かにゼロの乗るKMFの破損率は他のそれよりも格段に高い。偏に指揮官機として狙われる機会が多いからなのだが。決してルルーシュの技量が格段に落ちている訳ではない。
ふたりの技量が高すぎるだけの問題だ。
「お前達と一緒にするな、こっちは凡人なんだ。それなりに、立ち回るさ」
「そう? なら、怪我はしないようにしてね」
「ああ、分かった。出来るだけ努力する」
完全に約束は出来ない。それは申し訳なかったが、出来ない約束をする事もまた不義理だろう。
向こうは全勢力を傾けてくる。
そこへ、途中参戦とは言え突っ込む形になるのだ。
曖昧な約束だったが、それでもスザクは納得したようだった。完全な約束など出来る状況でないのは、彼もまた理解しているからだろう。
日本解放戦線が果たしてどれだけ使えるか――だ。
それに掛かっていると言ってもおかしくない。
軍備は出来るだけ残して置いて欲しいが、それでもブリタニア戦力を削ぐ方が先だった。
九時前、ナリタへ到着した。裏側のルートを使い、登頂をはじめる。
緑の多い場所に出て、団員たちはよりリラックスをしたようだった。
それも仕方ない。いつもは味気のない訓練室やシミレーターに乗っているのがほとんどなのだ。
基地と言っても、放置された日本軍基地を新たに手に入れ、若干使いやすくしただけに過ぎない場所だ。
開放感とはほど遠い。
ルルーシュですら、緑の景色に心がなごむ。
これから戦闘でなければいいのにとすら、思ってしまう。
だが、進みを止める訳にはいかなかった。C.C.とも話していた事だ。
自分は願いを叶えなければならない。彼女との契約もある。
日本だけで、足止めを喰らっている場合ではないのだ。
十一時を過ぎてようやく目的ポイントへ到着した。
各自、KMFから降りたり軍用ジープから降りたりし、深呼吸をしている。
悪路とまでは言わないが、決して整えられた道ではなかった。尻が痛い。
開戦までは一時間ある。
ルルーシュも、KMFを降りて外の空気を吸った。
「ゼロ、話がある」
そこへ駆け寄って来たのは、藤堂だった。
彼は日本解放戦線とのパイプ役を務めてくれている。だが今回の事はまだ話さないように伝えたままだ。
「なんだ、どうした」
「ここまで来たんだ、そろそろ日本解放戦線へ連絡を入れてもいいだろうか?」
「いや、もうちょっと待ってくれ。せっかく皆がリラックスしている時だ。急がない戦略的な事は後に回したいのだが」
「……それも、そうだな」
ぐるりを見渡し、藤堂は微笑ましい顔をした。
彼も新兵達の訓練を取り仕切っている。その新兵らのこんな明るい顔を見るのは久しぶりの事だろう。
そこへ、ふらりと現れた姿がある。
C.C.だ。
「おい、どうしてお前が…」
「契約だ、守りにきた」
「守りに……?」
「KMFを一機貸せ。そう出来ないなら、お前の機体に乗せろ」
「勝手な事ばかりを……KMFは人数分しか用意していない。私の機体は狭すぎて、ふたり入るには不適当だ。お前は、」
「狭くとも構うまい。どうせお前と私の仲だ、少々密着してもお前の愛人が怒るだけの事だろう?」
「C.C.!」
どこで誰が聞いているか分からない開放的な場所だ。
言葉は選んで欲しかった。
「仕方ない……」
彼女が現れたからには、なんらかの意味があるのだろう。今まで戦闘に出て来た事は滅多にない。彼女なりの勘がそうさせているのかもしれない。
「私の機体に乗れ。その代わり、本当に狭いからな」
「知っている。無頼には私も乗った事があるからな」
彼女の登場に、団員たちがざわめいてもいた。
ふたりの会話を遠くから見守っている者も多い。その中にスザクの姿も見つけ、また嫉妬されるのかもしれないなとげんなり思った。
だが、仕方のないことだった。
彼に嫉妬されるのは、気分の悪いことではない。
それだけ自分に執着されているのかと、気分も良くなる。
ただ、戦闘の直前だ。気が散らないようにだけは祈った。そして、夜のセックスが執拗になりすぎないことも。
正午。
爆音が響き渡った。
そこで、団員たちの動きはフリーズする。
自由行動を言い渡してあった皆に、ようやくゼロとしてルルーシュは立ち上がった。
「さあ、遊びの時間はおしまいだ。訓練を開始しよう」
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