スザクのIFFはかろうじて生きていた。LOSTではない。
それを目指して、ルルーシュは降下する。戦場を私情で離脱する指揮官など、どうなのだろう? ふと頭を過ぎったが、そんな場合ではないと頭を振った。
彼がいなければ、生きていけない。そんな気がした。
それに、戦力的にも彼がいなければ、黒の騎士団は圧倒的不利になるのだ。日本解放戦線が無事であるなら、機体の修復も可能だろう。そこでスザクの手当もさせてもらえれば、と考え……負傷を既に考えている自分にイヤになる。
無事であるはずだ。そう思う事にした。
何より頑丈で、鍛え上げられた男であることは、ルルーシュが一番知っている。着やせするタイプなのか一見普通の学生にでも見えるが、しっかりと筋肉がついた体は体術でも黒の騎士団内でイチ、ニを争う。きっと無事な筈だ。
自分に暗示を掛けるしかなかった。
「そう、焦るな。簡単に死ぬような男か?」
「………分かってる」
「お前は心配しすぎている。それが、私には危険に思える」
「どういう事だ?」
急降下していく最中、敵機にも遭遇する。それらをアサルトライフルで葬りながら、C.C.の言葉に応える。
「お前の目的の妨げにならなければいいのだが」
「それは……」
自分でも、危惧していたことだ。
彼がいなければ生きていけない。
そんなバカな事を考えている。
それは、C.C.との契約に悖る。
「ひとまず、到着したようだ。幸運だな、木々がクッションになってるぞ」
大量の木をなぎ倒し、スザクの白いKMFは不自然な格好で地面に投げ出されていた。
自らのKMFから飛び出し、そちらへ駆け寄る。
背後から見送るC.C.はその姿を心配気に見ていたのだが、それは知る由もなかった。
「スザク、スザク!」
幸いにもうつぶせの姿勢で落ちている。コクピットが潰される事はなかった。手動で扉を開けば、中からは鉄臭い匂いがした。
「スザク!」
返答はない。
意識を失っているだけだ。そう思いこもうとした。だがこの匂いは知っている――血の、匂い。
「スザク!」
中に押し入った。白いパイロットスーツがあちこち血で汚れている。計器類はめちゃくちゃに飛び出していた。落下の衝撃は木々では吸収出来なかったのだろう。
それは、中に乗っていたパイロットにも言える事だ。
ぐったりと目を閉じたスザクを目にし、ルルーシュは血の気が引いた。
「スザク! おい、目を覚ませ!」
手を出すのを、何故かためらわされた。恐ろしい事実が待っていればどうすればいいのか分からなかったからだ。優秀だったはずの頭脳も、何も反応を返してくれない。凍り付いたように自分はその場から動けなかった。
だが。
「……る、るーしゅ……」
「スザク!」
反応があった。かすかな声ではあったけれども、確かに彼は自分の名を呼んだ。
弾かれたように、ルルーシュはスザクの元へ寄り、抱き上げる。
ぐったりとした体はそのままだ。脇に血だまりがある。計器がおそらく突き刺さったのだろう。それ以外にも骨折は無数に負っているに違いない。抱き上げる事で、ほんの少しスザクの表情がしかめられた。痛かったのだろう。
「生きているな?」
「……だい、じょうぶ」
「なにが大丈夫だ! 今すぐ、日本解放戦線本拠地へ移動する。治療するぞ」
「………う、ん」
それが精一杯のようだった。彼は再び無言に戻る。目は伏せられたままだ。
「おい、意識は保っておけ。声は聞こえるな? 頷くだけでいい、ずっと俺の声を聞いていろ」
小さな頷きが返された。
早くしなければと、再び焦りに襲われた。彼は重傷どころではない、重体だ。
可翔翼の唯一と言っていい弱点だった。あの高々度から落下すれば、無事で済まない。無事に脱出艇を使えれば良いのだけれども、スザクの機体には実験機の為か、脱出艇がついていなかったのだ。
だから、このような結果を生んだ。
早いうちにラクシャータにその作業をさせれば良かったと思ったが、今更もう遅かった。
「C.C.」
「私はここに残る。この機体は回収するんだろう? 場所は分かっていなければならない。だがIFF出しっぱなしはマズイ。機能を停止させるぞ」
話が早くて助かった。
「頼む」
それだけ告げ、スザクを横抱きにしたまま自分の無頼に乗った。
遙か離れた場所からは、爆発音がしていた。
もしかしたらカレンがナイト・オブ・ワンを仕留めたのかもしれなかった。そちらも気に掛かる。もし落とせたのだとすれば、ギアスを掛けなければならない。
だが、現在の第一はスザクだった。
誰かに任せると言う手もあったのに、その時は全く頭に浮かびもしなかった。
日本解放戦線の本拠地は上手く藤堂が立ち回っているようだった。場所を知られる事もなく、だが近寄ってきた機体は無音で葬る。IFFが消える事でいずれ敵にはバレるだろうが、時間稼ぎが今は必要だった。
「藤堂、こちらの状態はどうだ」
『なんとか持っている』
「日本解放戦線に治療設備は整っているか? 枢木スザクが重体だ。治療を願いたい」
『……! 枢木が?!』
「ああ。ギャラハッドに可翔翼をやられて落下した。そのため、全身に多分骨折を負っている。そして脇からの出血が激しい。止血してみたが、私の手では不可能なようだ」
ぎり、と奥歯を噛む言葉だった。
自分でスザクの事は助けられないのだ。
『分かった、依頼してみよう。治療設備はある筈だから、本拠地さえ死守出来れば問題ないだろう』
「頼む」
さすがに常に先陣を切り結果を出してきたスザクの負傷に藤堂も驚いているようだった。
すぐに返答はやってきた。本拠地の入り口が開けられ、中から日本解放戦線の衛生兵が出てくる。
ルルーシュはスザクを抱きかかえ、KMFから降りた。
「頼む。何があっても生かしてくれ」
「分かりました………この傷だけでも先にどうにかしないと」
スザクの顔色は白くなっている。出血が過ぎるのだ。
本当は傍についていたかった。だが、自分は指揮官であり、先陣を切るキングでなくてはならない。今回の動きはイレギュラーなのだ。
「頼んだ」
「いえ、こちらも守ってもらっています。お互い様ですから」
そう若い衛生兵が告げ、スザクを担架で運んで行った。
その姿を見送って、ルルーシュは再びKMFに乗り込んだ。
「藤堂、ここは死守しろ。必要であれば人員を増加しても構わない」
『今のところは大丈夫だ。それより、こちらへ軍を向けさせないよう気を引きつけてくれ』
「分かった、頼んだぞ」
『承知した』
その返事を受け、再びルルーシュはエナジーフィラーを交換して元の場所へと戻った。
そこでは、ギャラハッドの片腕が沸騰し、地面に落ちていた。
「離れていて悪かった。カレン、戦況は」
『大丈夫、ギャラハッドの動きは止めた。それよりスザクは……っ』
「日本解放戦線に任せてきた。こちらではどうしようも出来ない重体だ。だが、生きている、心配するな」
それは自分に言い聞かせた言葉だったのかもしれない。
だが、それでもカレンはほっとしたようだった。
彼女は古参組の中でも唯一と言っていいほど、親スザク派なのだ。
「ギャラハッドの動きを止めたとは?」
『腕を落として、本体動力にも輻射波動をお見舞いしました。脱出艇はまだ出てません!』
「そうか、良くやった。カレン側の被害は」
『右手を――輻射波動をもう打てなくなりました。エナジー切れでなく、どこかやられてしまったようです。そして、エナジーもう切れそう!』
「補給に向かえ!」
『はい!』
まだ戦場は混戦に近い。ここでKMFを降りるのは危険だろうと思われた。だが、仕方がない。
離れた場所にKMFを止めると、ルルーシュ――ゼロは、生身で戦場に降り立つ。
そして倒れたギャラハッドへと向かった。手動で再びコクピットを開く。
片手には銃を構えている。向こうもそうだろう。
開いた瞬間、銃弾が飛んできた。お返しとばかりにこちらもお見舞いする。狭い場所だ、上手くゼロは避けたが、ナイト・オブ・ワン――ビスマルクのどこかには命中しただろう。うっかり致命傷を与えていなければいいがと思いながら、思い切って扉を全開にする。
銃を構えた男が、そこにはいた。
ふ、と笑いが浮かぶ。
銃弾が弾き出される前に、ルルーシュは仮面のスライドをオンにした。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。ナイト・オブ・ワン、ビスマルクはこれより黒の騎士団に仕えよ」
赤い鳥が飛び、銃弾は発射されなかった。
銃を持つ手も、下げられる。
そして。
「イエス・ユア・ハイネス」
と、彼は最敬礼をした。
ギャラハッドは今は使えない。スザクも、スザクのランスロットも使えない。カレンの輻射波動も使えないとなれば、もうこちらとしては打つ手がなかった。
飛行KMFだけでは、エナジー消費が激しく全軍を討ち取る前にエナジーが切れてしまう。
結果は得た。ここらが引き上げ所だろうと思われた。
ビスマルクには無頼を一機与え、好きに暴れさせている。さすがナイト・オブ・ワンと言ったところか。機体性能に頼らずとも、圧倒的な強さを示していた。
だが、中途で終わらせる訳にはいかない。
スザクの保護されている本拠地は死守しなければならないのだ。
しかしブリタニア側にも動きが出ていた。
ナイト・オブ・ワンが討ち取られたとの情報が駆けめぐったのだ。
それは大きな情報だった。
志気を下げるには十分の内容で、ブリタニアの動きが鈍ってきたのを見逃すルルーシュでもなかった。
「一気に攻勢を掛ける。これで終わりにするぞ」
『了解!』
残りのエナジーは少ないだろう。それをギリギリまで使って、残弾わずかなアサルトライフルでブリタニアのKMFを打ち、空から斬りかかる。
時間にして、およそ三十分。ブリタニアが撤退の意志を示すのに掛かった時間はそれだけだった。
「これが、ナイト・オブ・ワン……」
「ビスマルク・ヴァルトシュタインだ。よろしく頼む」
「なぜ寝返った?」
「スパイじゃねぇの?」
「なんでナイト・オブ・ワン自らがスパイなんてするのよ、バカじゃない」
「でも、じゃあなんで寝返るんだよ! おかしいだろ」
「ブリタニアに勝ち目がないと、理解でもしたのだろう」
しれっとゼロはそう告げた。
場所は、日本解放戦線の本拠地だ。ナイト・オブ・ワンを連れてくるのに抵抗を示す者もいたが、ゼロが連れて来させた。黒の騎士団内ではゼロの言葉は絶対だ。
本当は早くスザクの様子を見に行きたかった。だが、意識を取り戻したとの報告は既に受けている。だから、我慢をしているのだ。彼が寝返ったのは確かに異質すぎる不自然だ。
それを、どう取り繕うか。
その準備をしていなかった。
「彼は皇帝に謀反の意を抱いている。それを手っ取り早くするために、エリア11の解放からはじめるようだ」
「――まさか。だって、ワンだぜ? 一番って事だろ?」
「だからこそ、と言う事もある」
重厚な声が告げる。ゼロの言葉を補足するように、ビスマルクは告げて行く。
このエリア制度に対する反感。弱者を虐げる国是のあり方。それら全てへの否定。――それは、ルルーシュの思っている事そのままだ。彼に吹き込んだそれはそのまま根付いてしまったらしい。
重々しい声で告げられれば、真実味は増す。
「そういう事らしい。我々とは意見が一致するようだな――重要な戦力にもなる。彼を黒の騎士団に迎えたいと思うが、どうか?」
「しばらく、様子を見た方がいいと思われますが」
実際に戦ったカレンが告げる。
あれは本気の戦闘だった。だからこそ、疑念も抱くのだろう。それは仕方なかった。
「あの立ち位置では、ああ振る舞うしかなかった。君には悪かったと思っている……そして、もうひとりのパイロットにも」
スザクの事だろう。
ほぼふたりが対していたため、他の被害がなかったのは幸いした。
圧倒的な強さはしかしその目にしている。左目を縫い止めた異様な出で立ちをしてたが、彼は間違いなく帝国最強の騎士なのだろう。
「一時、冷却期間を置く。機体がかなり損傷した上に、スザクの負傷だ。黒の騎士団としてもしばらくは動けない。その間、彼の様子を見る事でどうだ? 裏切りの気配を見せれば、誰でもいい。その手を下せ。躊躇は必要ない」
それを諾とビスマルクも受け入れた。
そこで、一時散会となった。機体の回収もしなくてはならない。各自は役割を与えられ、また忙しく動き始めた。
ルルーシュは早くスザクの元へ駆け寄りたくて仕方なかったが、日本解放戦線の面子がしばらくは離してくれそうにはなかった。
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