感謝の言葉と共に、今後の協力体制について、円卓を囲んで黒の騎士団幹部と日本解放戦線幹部とでの話し合いがもたれた。
やはり頭が固い。プライドが高すぎる。
今回、本拠地が守られた事は自分達の功績によるものだが、それは礼の言葉だけに留められ、実際の行動にはずいぶんと口を出してくるようだった。やはり始末してしまった方が良かったのかもしれない。
だがあの状況でスザクを救えたのもまた、日本解放戦線だけだった。
時期はいつでもある。この集団を仲間と見なすのは保留として、その場では耳障りの良い言葉だけを受け取り、諾とし、散開した。
本来のルルーシュならそこで一刀両断に古いと切り捨て、自分の理論に持ち込んだ事だろう。
だが、今のルルーシュに取っては古い頭の老人達よりも重要なことがあったのだ。無駄な時間は過ごしていられなかった。早々に切り上げると、ゼロとしてスザクの様子を尋ねる。
彼は今、眠っているそうだった。それでも構わないと告げると、病室へ案内された。
病室らしく白を基調に整えられた空間で、スザクは横たわっていた。硝子越しにそれを見る。
上下する胸の動きに、ほっとする。
「彼は、左腕上部、第二、第三肋骨と、左大腿部の骨折を負っています。それと同時に、左脇にはKMFの器機が突き刺さり大きな裂傷が出来ました。幸いにも内臓はいずれも傷つけていません。輸血を施しましたので、後は本人の快復力次第です」
衛生班長の言葉だった。
左を下に落下したのだろう。
仰向けでなくて良かったと思ってしまう。その場合、自重に潰されてスザクの命は消えていたに違いない。それくらいのコントロールはスザクもまた行っていたのだろうが。
「ありがとう、礼を言う。――中に入っては?」
「構いませんよ」
簡単に彼は告げ、ルルーシュはゼロの扮装のまま、中へ入って行った。
重傷には違いないが、命に別状はないと言う。予想より軽かった状態に、ほっとした。今ここが日本解放戦線でなく、黒の騎士団の本部であったなら、きっと彼を抱きしめていただろう。
仮面など邪魔なものを取って生の声で生きていて良かったと伝えたい。
しかしここでは叶わない相談だ。
髪を撫でたかった。だが、そんな動きも衛生班長に見られれば困る。
なのでただ傍らに立つ事しかできなかった。
不自由な立場だと思う。好き合う相手の無事を精一杯喜んで見せれないとは。
だけどこれが、ルルーシュの選んだ道なのだ。彼すらも巻き込んで、この道を歩む事をやめる訳にはいかない。
「ありがとう。目を覚ましたら連絡をくれ」
「ああ。お疲れ様」
部屋を出る瞬間に、ちらりとだけスザクを再び見た。彼が目覚める様子はなかった。きっと、麻酔が効いているのだろう。
現在日本解放戦線のトップである、片瀬少将の元へと向かう。
トップ会談を行いたかった。もちろん、ギアスありでである。
こんな事に時間を掛けてはいられない。日本解放戦線にルルーシュは何の魅力も感じていなかった。この後、再びブリタニア側からの襲撃があるだろうか? その時には見捨てるつもりでいっぱいだ。
少将の部屋をノックし、伺いを立てるとすぐに部屋は開かれた。
「お願いしたいことがある。現在、黒の騎士団のKFMはほぼ壊滅状態に近い。せっかくのギャラハッドも不起動だ。それを修理する手を貸してもらいたい」
「……そうは、言え。日本解放戦線も」
「お願いしたい」
スライドを開き、ギアスを飛ばした。何か否定の言葉を紡ごうとしていた唇の動きがぴたりと止まる。
そして。
「そうだな、黒の騎士団のKMFは修理しなければ」
「技術屋は同行している。物資の提供さえしてくれればいい」
「ああ、分かった」
毎回思う。このギアスという能力の恐ろしさを。人の考えを簡単にねじ曲げる事の出来る能力。そんなものが自分は欲しかったというのだろうか? 時には自ら死を選ばせる事だって可能だ。そこらの催眠術とは訳が違う。
早速技術班へ連絡を出し始めた片瀬少将を置いて、ルルーシュは廊下へ出た。
入り口付近に死屍累々と言った形で集められているKMFへと向かうのだ。きっとラクシャータが憤慨していることだろう。
内部の倉庫には持ち入る事は出来なかった。数が多すぎたのもあるし、まともに起動しないものも多かったからだ。
上空から見れば、本拠地の場所はすぐさまバレる。
「ラクシャータ」
「なに? うちの子たちをこんなにしてくれて……しかもこんな不格好なのまで連れてきちゃってさ」
「怒っているのは理解している。だが早急に起動し、駆動するまででも持って行けないか」
「この数をかい?!」
ざっと数は四十機前後。全く破損していない機体などなかった。
「可翔翼は構わない。ランドスピナーが使えるようにしておいて欲しい。ここに余り長居はしたくない」
「それには賛成。すぐにでもまた追っ手が来るでしょうね」
「まあ、相手は攻撃の要を欠いている。差程脅威ではないが、しかしこの状態では戦う事すら出来ず無条件降伏だ。物資は日本解放戦線が提供してくれるそうだ、任せた」
「分かったわよ、坊や。取りあえず戦える状態…っと。みんな、仕事だよ!」
技術班のメンバーに早速声を掛ける。
班内部での彼女の存在は絶対らしい。煙管をふかしながらも、的確かつ明確に指示を出してゆくからだ。
「一班から三班はランスロットに掛かりな。あれが一番損傷が酷い。四班は紅蓮を、五班は私と共にギャラハッドに向かうよ。他は各自無頼の修理。分かったね」
了解の意が唱和される。
後は任すしかなかった。
そして、再びルルーシュは日本解放戦線本拠地内部へと入り込む。
技術班へとそのままルルーシュは向かった。
日本軍の物資を持ち出したと言うのは本当なようで、十数機のKMFと重火器類が山高く積まれていた。アサルトライフルの残弾も残りわずかな者が多いだろう。それらも補給しておきたい。
「すぐに黒の騎士団からの使いが来る。片瀬少将からも連絡が入っているだろうが、物資の提供を頼む」
「分かりました」
彼等は非常に従順だった。偏にこの場所を守ってくれた黒の騎士団への感謝の気持ちなのだろう。それをいずれ裏切る事になるかと思えば、若干心が痛まない訳ではなかった。
次に日本解放戦線が襲撃された時に、黒の騎士団が参加して得るものは何もない。
きっと気付かなかったで済まし終わらせてしまうだろう。
スザクを助けてくれた事は感謝を感じている。だが、それとこれとは話は別なのだ。黒の騎士団とて、決して余裕のある軍隊ではない。
「ゼロ、ゼロ!」
廊下に出て、再びスザクの元へと向かおうとしているところだった。
背後からカレンに呼び止められる。
「じっとしててください。落ち着き、ありませんよ!」
「そうか? 単に……」
「いつもなら部下に任せる事を、さっきからゼロは行っています。落ち着かないのは分かりますが、ここは自分達の基地ではありません。どうぞ、御自重を」
苦い気持ちになった。
無意識のうちに取っていた行動だったのだろう。
カレンの言葉はもっともだ、本来なら自分が行うべき事ではない事ばかりをしている。
それもこれも、スザク不在の不安を隠す為に過ぎなかった。
「スザクがあんな事になって――私も、反省してるんです」
「何故カレンが反省をする。お前は良くやり遂げた。たった一機だったと言うのに」
「でもそれは! スザクが隙を作ってくれたからで…!」
ふと、彼女の目元に涙の気配を感じた。
彼女にもスザクの負傷が応えているのだろう。
「大丈夫だ、命に別状がある訳じゃない」
「でも、だって、ゼロが」
「私が?」
「余りに、らしくない事をするから……っ」
ぼろ、っと大粒の涙がこぼれ落ちた。
心配を余計に掛けてしまったのだろう。自分でも無意識の行動だったと言うのに、不安を与えてしまった。今回最大の功労者とも言えるカレンにだ。
「すまない、自分でも自覚していなかった。今からスザクの病室に向かう。お前も来るか」
「は……はい。すいません」
「謝る必要はない」
「でも……こんな、女の子みたいな」
ぐずっと鼻を鳴らして涙を彼女はぬぐった。それにルルーシュは笑う。
「何故笑うんですか!」
「だって女の子だろう、カレンは。それでも構わないのだよ」
「……でも、その辺りの女の子と同じじゃ、ダメなんです」
「そうだな」
だが、泣いてダメと言う訳ではない。
彼女も彼女らしく、女の子で入る時間も持てると良いのだがと思われたが、黒の騎士団のエースパイロットとしてはそれは難しいのだろう。例えスザクが入っても、そしてナイト・オブ・ワン、ビスマルクが参入しても、エースパイロットの位置は彼女から動かすつもりはない。
技量ではないのだ。
ただ、その気力。それに巻き込む周囲への影響力。それに掛かっている。
「ここだ」
ノックをし、扉を開ける。
今度は室内には誰もいなかった。
「スザク………っ」
カレンは駆け寄って行った。
頭部にも包帯は巻かれているが、CTなどの検査により異常がない事は分かっている。単なる裂傷に過ぎない。だが、視角に訴える重傷さ加減はハンパなかった。
「麻酔が効いているのね……。移動、出来るかな」
「大丈夫だろう。骨折箇所にはギプスが巻いてあると言うし、腹部の裂傷は縫い閉じてある。輸血も済み、本人の気力次第で気も付くと言っていた」
「そう……。でも、可翔翼、こわいですね。こんな事になるなんて」
「相手も飛んで来るようになれば、落とし合いの合戦になるだろうな」
「イヤな戦闘」
枕元で話していたせいだろうか。スザクが小さなうなり声を上げる。
「スザク?」
ゼロを向いて居たために背を向けていたカレンが、慌てて振り返った。
「………ここは。ああ……ルルーシュ」
「……!」
「ルルーシュ?!」
まだ麻酔が効いているからだろう。スザクの理性は非常にもろい。本来なら呼んではいけない名を、いとも簡単に呼んでしまった。
焦ったのは、ルルーシュだった。そしてカレンは信じられないようなものを見るように、スザクの視線の先を見る。
そこには、見慣れたゼロの姿。
彼しか存在しない。
「カレン……少し、席を外してくれないか」
「ゼロ、もしかして、あなた……」
「その話は後だ。きちんと、時間を取ろう」
彼女に、バレてしまった。
きっと喧伝はしないだろう。だが、同級生として過ごしてきた日々が存在する。彼女は、ルルーシュがゼロだと言う事実を受け止められるだろうか……?
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