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割れた硝子の上を歩く31


「気が付いて良かった……痛むところはあるか? 治療はしてもらってあるけど、まだ完全じゃない。余り無理はしないでくれ」
「ああ、大丈夫……麻酔が効いてるのかな? 痛みはないよ」
 そしてそのまま、身を起こしそうになる。慌てて、ルルーシュはそれを留めた。
 痛みがないからと言って、怪我がない訳ではないのだ。
「横になっていろ、まだお前の怪我は重傷に当たるんだ。さっきまで、重体だった」
「……そんなに大げさに」
「するさ。お前、ランスロットが落ちてからの記憶はないだろう」
「………」
 彼は黙り込んだ。確かに記憶がないのだろう。かなり意識はもうろうとしていた。
「今は、意識はしっかりしているか?」
「あ、うん……ゼロ。すまなかった。ちゃんと与えられた仕事をこなせられなかった」
 いいや、とゼロは首を左右に振る。
「お前が作った隙のお陰で、カレンが無事役割を果たした。ナイト・オブ・ワンは黒の騎士団に寝返ったよ」
「え? ……って、あ、僕!」
「どうした?」
「さっき、とっさに君の事をルルーシュって……」
「聞いていたのはカレンだけだ。後で話をする」
「ごめん……」
「仕方がない、お前は怪我人だ。意識がはっきりしていなかったんだ。事故みたいなものだよ」
「……それでも、ごめん」
「分かった。それで、ビスマルクが黒の騎士団の仲間になった。これから行動を共にすることになる。ブリタニア側に取っても大きなダメージとなるだろう」
「そう、良かった……」
「代わりに、ランスロットも紅蓮もギャラハッドも現在は使えない。しばらくは開店休業だな」
 言えば、スザクは苦笑した。
「その間、しっかり休め。お前とカレンは二枚看板なんだ。揃っていないと困る」
「分かったよ」
 頷き、再び彼は目を伏せた。
「眠いか?」
「うん……まだ、麻酔が……」
「そうか。しばらく、寝ていろ。まだしばらくここは移動しない。移動するときは、ちゃんと抱きかかえてやるよ」
「君が?」
 目をうっすら開けて、スザクは笑う。
「ちゃんとここまで運び込んだのは俺だぞ?」
「失態だな……」
「失礼な」
 憮然とした。確かに体格はスザクの方が断然いい。彼を運ぶのに骨が折れなかったと言えば嘘になる。だが、自分だって男なのだ。彼ひとり助ける事くらいは出来る。
「でも、ありがとう」
 そして、今度は目をはっきり開けて、スザクはルルーシュをしっかりと見て笑んだ。
 その笑顔だけで満たされた気がした。
 彼は生きている。それで、大丈夫だと思えた。
「じゃあ、もう少し寝ていろ。失態だと思うのなら、移動までには自分で動けるまで回復させておくことだな」
「ちょっと、骨折がそんな簡単に治る訳ないでしょ!」
「なら、失態などと言わない事だな」
「根に持ってるんだから」
 吹き出して、彼はそのまま目を伏せた。
 本当に限界だったのだろう。そしてすぅっと寝息が聞こえ始める。
 眠って治ると言う言葉もある。彼にはギリギリまで眠っていてもらった方がいいだろう。
「さて、カレンをどうするか、だな……」
 スザクの傍を立ち、思案をめぐらせる。だが、どうしようもなかった。彼女には素直に接するのが一番の対策だと思われた。妙に隠し事や攪乱をする方が失敗する。
 カレンとは、そういう人間だ。
 病室を出れば、その傍にカレンは立っていた。
 鋭い視線を向けられる。
「話をしようか」
「ええ」
 こくり、と彼女は頷いた。
 声音は固かった。



「あなたは……ルルーシュ?」
 問いの形式を取っていたけれども、彼女の言葉は確認に過ぎなかった。
 日本解放戦線に聞かれていい話題ではなかった。
 本拠地を離れ、修理を行っている黒の騎士団の姿がかろうじて見える場所にまで移動しての会話になる。
「ルルーシュって、あのルルーシュなの? ルルーシュ・ランペルージ。私の同級生」
「………ああ」
 そして、ゆっくりと木々に隠れた場所で仮面を外す。
 彼女には、もう隠しても意味がないだろう。
「何故?!」
 顔を見ても彼女は既に確信を得ていたのだろう。そう驚かなかった。
 ネックをずらして、髪をゆるく乱す。
「私――いや、俺にも目的がある。日本を解放する。そうしなければ、俺たちは生きていけない」
「俺たちって、ナナリーのこと?」
「ああ」
「どうして。あなたたちは守られてるのに」
「守られてなどいないよ。ただ、いつか人質にされるために飼われているだけだ」
 自嘲を浮かべれば、彼女はおかしなものを見るかのような目で自分を見た。
「どういう……」
「俺たちはある血筋に連なっている。それは利用できる血筋だ。だから、手放さず飼われているんだよ」
「アッシュフォードに?」
「そうなるな。いつ、気紛れで売られてもおかしくはない」
「………そう」
 告げて、彼女は沈痛な面持ちになった。
「そのためにゼロになったの?」
「それは半ば成り行きだ。だが、結果的にはこれでよかったと思っている」
「それは、ほっとしたわ」
 彼女は笑みを浮かべた。自分達の指揮官を信じたい気持ちが強いのだろう。信じなければついて行けない。
「ゼロであり続けてくれるのよね? ならば私は口外しない。あなたはゼロ。ずっとそう信じて就いていきます」
「……ありがとう」
 彼女の優しさだろうか。それとも、自分の信念のためだろうか。
 どちらかは分からない。
 ただ、自分の正体を明かさないでくれると言うのだけは、安心した。ブリタニア人、それも調べればいつか分かってしまうだろう皇族がブリタニアに対するテロ組織のトップに立っていると分かれば、とんでもない茶番と化してしまう。
「私は、知らなかった事にする。知らないままの私で接するから。あなたもそうして。特別扱いはしないで欲しい。私はスザクと同じ場所は求めていない」
「ああ、分かった」
 正直、助かった。
「仮面を被って。これからも、ずっと私の前では外さないでください」
「………ああ、そうしよう。私はゼロで居続ける」
「お願いします」
 そして、彼女はきびすを返してにっこりと笑った。
「では、私は自分の仕事を片付けて来ます。スザクの様子も知れてほっとしました。いってきます!」
「無理をしないように」
 過酷な戦闘を終えた後だ。彼女には本当は休息を与えたかった。しかし彼女は技術部の手伝いに走って行ってしまった。



 自分の出来る事は、今はない。撤収の時刻を決めるだけだ。
 しかしそれには、KMFがある程度回復してからでなければならない。技術部如何による浮動的な予定になるしかなかった。
「ラクシャータ、目処が付けば連絡をくれ。その時点で撤退をする」
「わかったよ」
 彼女はその間にも指示を飛ばし続ける。
 ランドスピナーだけでも修理するのは、時間が掛かるようだった。資材はあっても人手がたりないのだ。
 日本解放戦線のメンバーも何人か手伝ってくれているが、破損具合の激しい機体は根本から修理しなければならない。応急手当であっても、だ。
 ここでKMFを無駄にする事は出来ないのだ。
 彼女らに再び任せ、ゼロは本拠地内部へ戻る。
 そしてそのまま、スザクの元へと戻った。
 まだ彼は眠ったままだ。
 それでも傍らにいれば、安心出来た。
 呼吸と共に上下する胸。生きている証。
 息をひとつ大きく吐き出す。
「スザク……」
 この戦闘で、勝者はいたのだろうか。
 少なくとも、大きな結果を黒の騎士団は得た。代わりに損失をブリタニアは被った。日本解放戦線は無傷に近い。しかし黒の騎士団は損失が大きすぎる。
 勝者ナシとするのが正しい結果なのだろうか。
 ナイト・オブ・ワンを捕獲するという目的を達成したと言うのに、何故か勝ったと言う気分がしないのは確かだった。
「……ゼロ?」
 彼は、今度は間違えなかった。
 だが自分の声音が間違えていただろう。例え機械仕掛けのボイスであろうと、溢れ出したものが隠しきれないでいる。
「カレンには、説明してきた。彼女は大丈夫だ」
「そう………ごめんね」
「いや。事故だったんだ、お前が気にする必要はない」
 まだぼんやりした顔で、スザクは手袋に包まれたルルーシュの手を取った。
「おい、まだお前は…」
「うん、病人だよね。大丈夫、こっちの手は怪我してないから」
 右手は無事だった。打撲はあったが、動かすのに抵抗はないはずだ。
「君に、守られちゃったね。本当は逆じゃなきゃいけなかったのに」
「たまには俺にも守らせろ」
「……なんか、悔しいな」
 スザクは小さく息を吐く。
「君を守るのが僕の仕事だと思っていたのに」
「いつも守ってもらっている」
 ぎゅ、と手を握られた。それを、握り返す。
「お互いが、守り合えればそれでいいんだ」
 ルルーシュが告げれば、スザクはうんと小さく頷いた。
 ふたりで生きて行ければいい。そう、思った。



 撤収は日が暮れる時間になった。
 スザクの調子は差程変わっていない。慎重に軍用ジープに乗せ、自分は傍らにつくことにした。
 これで愛人説は高まったなとは思ったが、どうしようもなかった。事実なのだ。もういいと思った。



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2011.4.30.
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