開き直ったルルーシュは、スザクを自室へ運び込んだ。
救急の設備はそこにもある。彼に必要なのはひとまずは安静なのだから、救護室でなくとも問題なかった。
「お前は、もういいのか?」
一緒についてきたC.C.が問う。なにが? と思ったが、愛人疑惑のことだと少し考えて分かった。
「ああ、もうどうでもいい。贔屓だと取られるならば、そうなれる立場にそれぞれが立てるよう、努力すれば良い。スザクはゼロに近づくそれ相応の実績を上げてきている。カレンと同じようにな」
「カレンとは歴史が違うだろう」
スザクの横たわるベッドの端に彼女は腰掛け、苦笑する。
「まあな。だが、彼ほどの働きは、四聖剣ですら無理だ。藤堂でもどうだろうな」
「よほど向いているのだな、KMFが」
「そうだろうな。そして、機体との相性だ。あのランスロット、廃機にするのは惜しい。ラクシャータは何か言っていたか?」
「私が知る筈ないだろう」
それは、そうだ。彼女は黒の騎士団の人間でありながら、そうでもないのだ。細かな事に首は突っ込まない。
「後で聞いておくとするか」
報告が上がってくるとすれば、廃機になった時だけだろう。それよりも先に、修理を優先させる事を命じなければならない。他の機種に乗せてもスザクの能力は落ちないだろうが、相性の良いKMFを失う事は辛いだろうと思われた。
「そう言えば、お前の機種を作ると言っていたぞ。フレームは出来てるそうだ。もちろん、空を飛ぶ。副座式にしてもらったからな」
「お前、また我が儘を」
「向こうからどうするって聞かれたんだ、私のせいじゃない」
気を悪くしたように、彼女は唇を尖らせた。
彼女の気持ちなど、今更気にするルルーシュでもない。放っておいた。
スザクの負傷は長引いた。その間に、突貫作業でKMFの修理は行われている。同時並行で新機種まで組み上げているというのだから、見上げた根性だ。
ナイト・オブ・ワンが寝返った事は極秘にされていた。
だが、軍のデータをハッキングすることによって、その混乱は手に取るように分かる。元々政治的才能も、軍事的才覚もないオデュッセウスが総督なのだ。ナイト・オブ・ワンを失えば一気に引きこもってしまうだろう。その通りに、ブリタニアの動きは一気に鈍くなっていた。
そのナイト・オブ・ワン、ビスマルクは徐々にではあるが黒の騎士団に馴染みつつある。
黒の騎士団に入る事を命じたのだから、彼としては自然な振る舞いなのだろう。それに、付け加えた条件もある。自分に有利になるための、自分の思想そのものだ。それに共感した者も多かったようで、受け入れる人間も増えているようだ。
「ゼロ! もう、どうにかしてください」
そんな中、部屋へ飛び込んできたのはカレンだった。
乱暴なノックと共に扉の向こうで叫ばれ、慌ててこちらもロックを外す。
「どうした、カレン。騒々しいぞ」
「すいません……ちょっと、騒ぎが」
「何が起きた」
「ナイト・オブ……いえ、ビスマルクなのですが、ディートハルトと小競り合いが」
「何をしているんだ、ディートハルトのヤツは。ここ最近騒ぎと言えば、あいつが起こしてばかりだぞ」
「このところの変化について行けてないのでは……?」
「そこまで愚鈍な人間ではないだろう。分かった、向かう」
書類に署名を入れ、そのまま席を立つ。
騒ぎはブリーフィングルームが会場だった。騒々しい声が廊下に出た途端に響き渡ってくる。
思わずため息を漏らしてしまうのは仕方ない。ディートハルトの冷静ではあるが、決して冷静でないであろう声が響き渡っているからだ。
「あいつは、私を神にでもしてしまいたいようだからな」
「では、なぜビスマルクにまで? 以前のスザクについては分かったんですが……ビスマルクはゼロと個人的接触を特に持っていません」
「寝返りの理由がきっと気にくわないのさ。私の主張そのままだからな」
カレンとは、以前の関係に戻っている。ゼロと、イチ兵士。そうしてくれる事に、感謝していた。
「それに何の問題が……私たちも思っている事は同じです」
「なにか引っかかるところがあるのだろう」
話している内に、ブリーフィングルームに到着する。扉を開けば、一瞬しんとした。
「何をしているんだ」
室内には多くの団員もいた。生き残り、立派な兵士として育った新兵もいれば、古参組もいる。それらの中でただひとりディートハルトだけが立ち上がっていた。
「ゼロ……。ディートハルトなのですが」
「何をしていた、と私は尋ねているんだ」
「はい。私はこの男の事を信用ならないと言っていたんです。帝国ナンバーワンの騎士がそんな理由で騎士の座を捨てますか。今まで率先してエリア開発を行ってきた人間です。そのような……」
「その理由はビスマルク本人から既に語られた筈だが?」
「それが嘘くさいのです。ゼロ、あなたの主張とまるで同じだ。コピーして告げてしまえばそれでいい」
大きな身振り手振りで、彼は力説する。
時間がなかったとは言え、やはり安易に過ぎたかと反省する。
「では、何と言えば貴殿は納得するのだ? 皇帝に反旗を翻したからにはもう戻れない。ここにいるしかないのだよ」
「スパイと言う手もある」
「通信手段を取り上げれば良い」
「何を持っているか分かる筈がないだろう」
堂々巡りだ。このままでは話はつかないだろう。
「ディートハルト、そしてビスマルク。共に頭を冷やせ。特にディートハルト。近頃のお前は神経が尖り過ぎている。私の求めていないものをどうやらお前は求めているようだが?」
告げれば、ぐうと彼は黙り込む。
神になりたい訳ではない。象徴ににもだ。
今は、黒の騎士団という軍隊のトップであり、率いる立場でしかあれない。神は、象徴は、そのような事をしない。
「私はあくまでも黒の騎士団のトップだ。気に食わないのであれば、考えを改めるか退団するかのどち…」
「そのような事は求めていません! ゼロ、私は貴方に全ての人の上に立って欲しいと願っているだけです」
「まだそのような軍隊ではない、黒の騎士団は。エリア11――日本すら解放することの出来ない軍隊だ。そういう戯れ言は、せめて日本を解放してから言え」
「…………分かりました」
枢木スザクについては諦めたのだろうか。今は、もう口にはしなかった。
そして彼は引き下がる。
「ビスマルク、入団早々すまない。頭の固い連中も中にはいると言う事だ」
「そのような者、帝国には掃いて捨てるほどいましたよ。今更の話です。どうぞ気になさらず」
彼は非常にスマートなやり方で、その場を去っていった。
ブリーフィングルームは一時の静寂につつまれる。
「ゼロ……本当にあの男を信じていいのですか?」
「私は信頼していいと思っている。帝国最強の地位を棒に振ってまで行った行動だ。意味があるに違いないと思っている。それに、ナイト・オブ・ワンがスパイをする程に黒の騎士団は大きな組織ではない。そこまでの価値がまだないはずだ」
「………そう、ですか」
「ディートハルトにも告げた。気に入らないもの、納得出来ないものは去ってくれても構わない。ここは私の考えに賛同してくれる者の軍隊に過ぎない」
「そんな!」
ざわざわと兵達が騒ぎ始める。
「ゼロ。そんな風に煽らないでくれるか。ここはようやく結束を見せて来た軍隊なんだ。これから強くならねばならない」
扇だった。
実際、団員の結束を高めているのは扇なのだ。彼の仕事の邪魔をしてはいけないだろう。
「悪かった。だが、忘れないで欲しい。ここは、私の軍隊であることを」
「分かっているよ。お前がいてくれるからこそ、我々は勝ち続ける事が出来る。それを忘れるほど愚かじゃない」
告げて、それでも頼むと重ねられた。彼は凡人だからこその強さがある。頭を下げることを苦に思わないのだ。
なのでルルーシュとしても無碍には出来ない。
分かった、とだけ告げ、再びルルーシュは自室へと戻った。仕事は山積みだった。
「ル……ゼロ、目が、さめたよ」
部屋に戻れば、スザクが声を掛けて来た。
ロックは既に済んでいる。
「ルルーシュでいい。そうか……気分はどうだ?」
「大丈夫。なんか、寝過ぎてて頭がぼーっとしてる」
ははっと笑った。それくらい言えるのであれば、大丈夫だろう。
「怪我の状態はまともに聞いていたか? 覚えているか?」
少し考えた顔をして、スザクは多分、とだけ答えた。
なので改めて伝えてやる。
血色はそう悪くなかった。緊急の輸血と元々の彼の身体能力のおかげだろう。
「そっか。結構僕、あぶなかったんだね」
あっけらかんと言われてしまうと、脱力する。あの緊迫した空気を彼は全く覚えていないのだ。
それも仕方ないと言えばそうなのだが、無茶をするなとも言えないのが、指揮官としての立場だ。
だが、それでも……
「頼む、もうこんな思いはさせてくれるな」
「……ルルーシュ」
思わず声に全てが現れてしまった。そこまで重く言うつもりではなかったのに、気持ちが優先されてしまった。
「ごめん、心配掛けたよね」
「ああ。お前が死ぬかと思うと、血の気が引いた。お前がいない世界はどうやらもう、俺には無理らしい。命だけは守ってくれ」
「……出来るだけ、努力する」
「出来るだけじゃなく!」
「でも僕は兵士だ。君の優秀な駒でありたい。そのためには、時には命を晒すこともあるだろう。それを躊躇して、作戦に影響が出るのもイヤなんだ。君は優秀な指揮官なんだ。君の能力が損なわれるような事があっちゃいけない」
「なら、お前は死なない努力をしてもらわないと」
「だから、そう言ってるじゃない」
スザクに笑われてしまった。
今でも思い出すと、指先から冷たくなっていく感覚がする。
スザクがこの世界からいなくなる――。
恐ろしくて、たまらなかった。
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