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割れた硝子の上を歩く33


 一度目が覚めた後、再びスザクは眠りに就いた。
 まだからだが休息を欲しているのだろう。ルルーシュはそれを受け入れるしかなく、日常の雑務にまみれて行く。
 しかし次にスザクが目を覚ましたのは、それほど日数は過ぎていなかった。
 まだ三日しか過ぎていない。
 また寝過ぎて頭がぼーっとしていると言う彼の為に、ルルーシュは団服に着替え、いつかにスザクが作ってくれた「おかゆ」と言うものを作ってやることにした。日本人にはポピュラーなものらしく、作り方も簡単に教えてもらえた。滋養を足すためにと卵を割り入れ、淡く味を付ける。
 それを持って部屋へ戻れば、スザクは大層感激したようだった。
 自分が作ってきたという事に感激し、そして自分が過去に作ったもののことを覚えていた事にも感激していた。
「ありがとう」
「味は薄めにしてある。足りなければ、塩を足せばいいと言っていた」
「いいよ、大丈夫。しばらく食べてないみたいだから、味は薄い方がいいんだ」
 熱めのそれを、息を吹きかけて冷ましながら口に運んで行く。
 最初の一口目でびっくりしたような顔をして、それからはまるでぼんやりしてれば誰かに取られるんじゃないかと言うような勢いで食べ出した。
「おいおい、がっつかなくても足りなければすぐに作ってやる」
「うん。でも、本当においしくて……」
 そして、あっと言う間に器だけでなく、鍋まで空にしてしまった。
「腹が空いてたみたいだな」
「違うよ、おいしかったからだよ」
 満足したように、ふうと息をついてスザクは微笑んだ。
 柔らかな笑みに、ルルーシュもついつられて微笑んでしまった。



 政庁では大混乱になっていた。
 この期を逃せば、また本国が出てくるだろう。それまでに、一手こちらも打っておきたいところなのだが、黒の騎士団側もKMFに関しては問題がありまくりなのだ。
 フル回転で技術部は頑張っていて、無頼などはほぼ修理は完了しているが、メインである紅蓮の輻射波動がまだ修復されていない。ギャラハッドは根本的に作成方法が違うためにラクシャータですら頭を悩ませているようだ。ランスロットは、廃機に近くなっていた代物だ。外側のフレームを修理させたものの、内部については手つかずに近い。
 そんな中、ガヴェインと名付けられた複座式のゼロ用KMFだけはほぼ完成に近づいていた。
 技術部より分厚いマニュアルが二冊届けられている。自分の分と、C.C.のものだ。基本的に自分は膨大な情報処理システムを処理し、ブリタニアで開発されたハドロン砲を二機搭載されているその発射を任されるらしい。KMFの基本的な操縦はC.C.に掛かっている。
「俺を殺すなよ?」
「お前に死なれて一番困るのは誰だと思ってるんだ」
 いつもなら雑誌片手に転がっているベッドをスザクに占領され、C.C.は床に直截転がっていた。もちろんカーペット敷きで掃除もこまめに行っているから問題はないのだが、なんとなくルルーシュとしては落ち着かない。
 彼女はそれでも、雑誌ではなくマニュアルを開いていた。
 新規に作成されるKMFだから、シミレーターもないのだ。起動するときはそのまま実戦になるだろう。それを彼女もきっと理解している。それなりにマジメに読み込んでいるようだった。
「スザクは取りあえず、次の戦闘に出す事は出来ない。カレンの輻射波動が戻れば、こちらから仕掛けるぞ」
「ああ、分かっている」
「え、僕出れないの?」
「その怪我でどうするつもりだ。足を引っ張られるのはゴメンだ」
 C.C.の冷たい言葉は、それでも事実に近い。まだ骨折した骨はくっついていないし、脇腹の裂傷は抜糸すら済んでいない。退屈そうに日々を過ごしてはいるものの、病人には間違いなかった。
「この程度なら、どうにかなりそうなんだけどなぁ……」
「無理はしないでくれ、頼むから」
 失われる怖さを知ったルルーシュは、心の底から懇願の声を出してしまう。
 響きは伝わったのだろう。スザクは、頷くに留めた。
「分かったよ」
 だが、次の戦闘は日本を取り戻す為の戦争となるだろう。それに参加出来ないのは辛いに違いあるまい。せめて骨折さえ治っていれば、C.C.ではなくスザクにガヴェインの操縦を任せ、自分と共にある事も可能だったのだが。
 残念な事に、全治は三ヶ月を言い渡されている。その後リハビリも少々は必要だろう。
 三ヶ月も待ってはいられなかったし、輻射波動の修理にそんなにも掛かるとは思えなかった。



 その一週間後の事だ。
 珍しくラクシャータが部屋をノックした。
 室内は愛人オンパレードだ。彼女は笑い、「噂はホントなのかねぇ」と言いながら煙管をふかしたが、深くは追求しないようだった。余り興味はないのだろう。
「ガヴェインの操縦について、もうふたりとも問題ないな?」
 ゼロ、C.C.ふたりを彼女は見る。互いに頷く。
 分厚いマニュアルはよくぞここまでのものをと思わせる程の出来だった。ルルーシュの情報処理能力を最大限引き出せる機体となっていた。指揮官機としてはこれ以上のものはない。
「なぁに、ブリタニアの情報をちょっと盗ませてもらったのさ」
 と、彼女は笑う。ドルイドシステムという情報処理システムそのものが盗用だと言うのだ。やるときはやるなと笑えてきてしまう。
「紅蓮の修理が完了した。坊やが出撃せず、ビスマルクが無頼で出るというのなら、こちらはいつだって準備完了だよ」
「そうか。どうやら間に合ったようだな」
 本国の――いや、シュナイゼルの軍が出てくるかどうか、という瀬戸際だった。
 その前に手を打つ事は可能なようだった。
「負傷者の一覧を出させて、出撃可能な人数を出そう。三日後には作戦に移るぞ。余りのんびりはしていられない」
「そのようだな」
 ここ数日、ルルーシュは本国の動向に掛かりっきりになっていた。それを傍らで見ていたC.C.にも時期というのは分かっていたのだろう。
「明日でもいいくらいだ」
「さすがに準備が必要だ――明日は無理でも、三日後は遅いか。明後日にするか」
 至急、招集を掛ける。
 ブリーフィングルームに幹部を全員集める事にした。



「今回、スザクは出撃しない。代わりにビスマルクと紅蓮で突破口を作る。どうせ向こうの軍はビスマルクが抜けた事でぐだぐだになっている。崩すのは簡単だろう」
「――……そうだな。私が抜けた事で、指揮者がいないも同然だ。駐ブリタニア軍に関しては、飛行KMFがあればほぼ完勝出来るだろうと思われる。事実私も手こずらされた」
 敵側としての意見だ。この際、ビスマルクの意見は非常に有効だった。
 可翔翼の修理も無頼に限っては全て修理済みだと言う。先の戦闘で生き残ったものたちは、既に扱いにも長けているだろう。
「では、明後日早朝に作戦に移る。今から準備を開始」
 トウキョウ租界を制圧する。
 まずは政庁を抑える主力部隊。それと共にメディアジャックを行う為の、メディア地域部隊、学生達を巻き込まないための、こちらはどちらかと言えば守備的な学園地区部隊の三つに分ける。
 それとは別働隊として、軍部の補給を断つ遊撃隊も編成した。
 既に一度足場崩しの戦術は使用しているが、今回もそれを用いるつもりだった。
 非常に有効だと理解していたからだ。
 それに、相手がコーネリアならともかく、頭はオデュッセウスだ。伝達を聞いていたとしても、差程の用心はしていないだろう。
 飛行部隊はほぼ政庁に振り分ける事にした。
 租界外縁から、攻撃はスタートさせる。
 周知を徹底させ、ルルーシュもまた、準備のためにガヴェインへと初めて足を向けた。



 今までにない機体だった。
 通常のKMFの二倍近い大きさはある。それに、カラーリングはゼロに合わせたか、黒だ。
 非常に目立つ事だろう。
 コクピットは前後の複座式。後方がルルーシュの席に当たるため、そこへ腰掛けると新しい機械の匂いがする。
 ドルイドシステムを起動すると、自分の通常使っているPC端末を接続させた。
 これだけで、情報量も処理量も破格に違ってくる。実際に、モニタに映し出される情報はPCと同じものだと言うのに、解析が幾多にも渡り、自分の頭脳は必要ないのではないかと思わされる程だ。
 遅れて、C.C.もやってくる。
 彼女は自分の席に座ると、「なんだ、お前の下か。気に食わないな」などと言いながら、KMFの基本操作のおさらいをしているようだった。彼女は無頼での戦闘しか知らないが、それなりにKMFの操縦には長けている。この新しい機体はどうやら彼女は気に入ったようだった。
「動きやすく出来ているな」
 と、浮かれた声で告げて来る。
 色が黒というのが気に食わないが――と、言う彼女は、よく見れば真っ白のパイロットスーツを着用していた。もちろん白とは言ってもスザクのものとは違う。金糸で縁取りされた、やけに豪奢なスーツだ。
「珍しい姿だな。囚われ人はやめたのか?」
 彼女は脱出した際の、囚人服しか着用しない。それは、自分は囚われ人だからだと言うのだ。
 意味はさっぱり分からなかったが、それでも目新しい姿にルルーシュは少しだけ微笑んだ。
 この女ほど枠から飛び出した存在はいないだろうが、それでも何かに囚われているというのなら、それに解放されるに越したことはない。
「いいや。あの格好では操縦がしにくいと気付いただけだ。ラクシャータが用意していたしな」
「そうか」
 今更だが、ようやく気付いたらしい。彼女は今までずっと囚人服のまま、KMFに騎乗していたのだ。
 数少ない機会だったが。
 それに、ラクシャータの好意を断り切れなかったというのも大きな理由だろう。そのパイロットスーツは彼女に非常に良く似合っていた。彼女の為の別あつらえであるのは、考えなくとも分かる事だ。
 彼女はパイロットの命を非常に大事にする。
 だからこそ、C.C.にもパイロットスーツを着せたがったのだろう。
 ゼロに関しては既に諦められているようだ。それに、いつでも姿を現せるように記号としてのスタイルを崩す訳にもいかなかった。
「スザクがいないのは、少し痛いな……」
「連れて来れば良かろう」
「あの怪我だぞ? 無理に決まって」
「もう二ヶ月が過ぎようとしてる。骨くらいくっつくさ」
「………それは、そうかもしれないが」
 だが無理はさせたくない。指揮官と私情との激しい葛藤が心の中を支配する。
 相手がいくら無能の集団になっていたとは言え、数的には黒の騎士団が圧倒的に少ないままなのだ。
「帰って聞いてみろ。医者と、スザクの両方に」
「……分かった」
 だが、出撃可能だったとしても、自分は出撃させるだろうか?
 それは非常に難しい問題だった。
 しかし知ればスザクは絶対に出るに違いない。
 国を開放する戦争から引き離す方が酷い事なのかもしれないとも、思った。



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2011.4.30.
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