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割れた硝子の上を歩く35


 早朝四時、ルルーシュは目を覚ました。スザクは傍らでまだ眠っている。
 都合二時間程度しか眠れていなかったが、意識は冴えていた。今日、この日に掛かっていると思えば指揮官としての血が騒ぐ。
 予め足場崩しの為のギアスは仕込み済みだ。租界外縁部は復興にようやく取りかかったばかりだけれども、そこから先までまた崩落することになる。
 租界など、そもそも必要ないのだ。日本にブリタニアの居住地など必要ない。
 だが民間人に被害を与えるのは本意ではなかった。なので、耐震構造のシステムを崩すのは外縁部だけに留める事にしている。
 後は、こちらの戦力がものを言う。
 今回は飛行型KMFがブリタニアも用意してくるだろうか?
 今のところ、そのような情報はない。
 ただひたすらの混乱ばかりだ。本国からシュナイゼルが出てくるような議事録は発見したが、それにはまだ時間があるだろうとも思われた。実際本国から日本へ直截来る為には、半日を要しなければならない。飛行型KMFがあろうとも、エナジーフィラーの問題を解決出来ていない限り、時間短縮は望めない筈だった。
「いける」
 半身を起こした状態で、ルルーシュは一度目を伏せる。
 小さな声で呟き、オデュッセウスを追い出す計画を改めて脳裏で思い描く。そこには日本解放のためのシナリオも含まれていた。
 オデュッセウスには直截会わなければならない。
 ギアスを掛けるためだ。
 母の死について何かを知っているかを問わなければならない。それと同時に、エリア11の解放を宣言させるギアスを掛ける。
 それはシュナイゼルが現れるまでに行わなければならない。
 時間は半日。午前から取りかかり、日が暮れる前までに全てを終わらせる。
 こちらには三人の強力なKMF操縦士がおり、カレンの紅蓮は既に修理を終えている。
 無頼で良いとスザクは言ったが、徹夜でランスロットの整備も行われているだろう。
 ルルーシュはするりとベッドから抜け出した。傍らのぬくもりがなくなったせいか、スザクの手がベッドの上を無意識にさまよっている。
 その手を握って、手の甲にキスをした。
「……ルルーシュ?」
「お前はまだ眠っていていい」
「うん……」
 酷く眠そうだった彼に告げれば、素直に目を閉じた。
 シャワーを浴び、ゼロの扮装に身を包む。仮面を被ればゼロの出来上がりだ。
 そのまま、整備室へと足を向けた。



「あら、早いのねぇ」
「そちらこそ、随分早いな。いや――遅いのか?」
「どっちでもいいわ、そんなの」
「で、ランスロットはどうだ」
「いやだ、分かってたの?」
 ラクシャータは煙管でかん、かん、と鉄柵をたたき、笑いを見せた。
「お前の事だ。やろうと思えば出来た事なんだろう? ギャラハッドと違い、お前も整備に随分携わった機体だ。構造は知り尽くしているだろう」
「いやな男ね、あんた」
 男とは限らないのかしら、などと呟きながら、彼女は煙管で階下を指し示す。
 ここはKMFの倉庫兼整備室となっていた。入り口は地上にあるが、斜面を利用して作られているせいか、KMF本体は階下に存在する。その入り口で話をしていた彼女が指し示したのは、綺麗に整備されたランスロットだった。
「出来たのか」
「外側は、カンペキ。後は中ね。出立は?」
「午前八時を予定している」
「そうだったわね……まあ、ギリギリ間に合うんじゃない?」
 軽い調子で彼女は言った。実際、彼女がこんな場所にいるのだから切迫した状況ではないのは確かだろう。後は部下に任せて大丈夫な範囲と言う訳だ。
「ギャラハッドに関しては、残念ながら現在はお手上げ。もう少し時間をちょうだい」
「どうせ日本を解放した後も、戦争が続く。それまでで構わないさ」
「そうお? じゃあじっくり取りかからせてもらうわ」
 だが、ガヴェインに取り込んだドルイドシステムはギャラハッドからの流用なのだ。案外いい線まで構造は読めて来ているのかもしれない。
「それじゃあ、任せた。私は準備を行う」
「分かったわ。そっちこそよろしくね。あたしの大事な機体よ、そう簡単に傷つけないで」
「分かっている」
 実際に下に降りる事なく、その場を後にした。
 ランスロットが使える。となると、突破力は破格に増すだろう。
 作戦に若干の修正を加えた方が良かった。もちろん、良い方向にだ。
 ハッキングとビスマルクからの情報のリークにより、戦闘の先陣を切るのはおそらく純血派。これはそこそこの実力を持っているため、かなり苦戦を要するだろう。数は五機。それの部下に当たる機体を足せば、十数機になるだろう。
 それをたった三機で突破しようと言うのだから我ながら無茶な作戦を立てると苦笑したくなったが、それだけの実力があり、機体性能も上なのは確かだった。
 ものの数にも入らないだろう、と計算している。
 万一の事があったとしても、自分が上空から補佐に回れる。
 ブリーフィングルームに向かえば、途中C.C.に出会った。ふたりで睦みあっているときは何故か察知して姿を消す、良く言えば気の利く、悪く言えば不気味な存在だ。
 彼女はうっすら笑いを浮かべ、「良く眠れたようだな」などと皮肉を言ってきた。
 それを流す事に決め、「お前は今日の役割を把握してるな?」と問うに留める。
「当たり前だ、お前を殺さないよう、生かせばいい。その為に、他のヤツの補佐に回るんだな?」
「そういう事だ。黒の騎士団が全滅すれば私の夢は叶わない。お前の夢も叶わなくなると言う事だ」
「ならば、全力で死守してやろう」
 ふっと自信ありげに彼女は笑った。
 そしてそのまま、ブリーフィングルームへ向かう道のりについて来る。
 中には気の早い連中が数名控えていた。きっと眠れていないのだろう。
「気を散らすなよ」
「へん、大丈夫にきまってら!」
 大口を叩くくせに、妙に神経の細いところのある玉城はそう言っているが、彼は良くやられる。
 今回は学園地区に回すことにした。彼は彼なりに、使い所があるのだ。
 扇までもがその場にいたのには驚いたが、彼は凡人だ。この日を前にして、普通に眠れる方がおかしいのだろう。
 彼も学園地区に回る事になっている。そこに司令所を置く。
 場所は、アッシュフォード学園。ナナリーを守るために、そこを制圧下に置く。
 自分は中央突破隊を援護しながら、最終的にはそちらへも回るつもりだった。
 ナナリーの事が心配だったからだ。彼女は自分がゼロだと言う事を知っている。だから、黒の騎士団が自分達に危害を加えない事も知っているだろう。
 だが、他のメンバーは何も知らないままだ。
 先走って無茶をしなければいいがと心配にもなる。
「扇、学生達には一切危害を加えるな。寮に閉じこめて出られないようにすればいい」
「ああ、分かってる……」
 緊張で声が震えている。彼には荷が重かっただろうか? だが副司令としてこの程度の仕事はこなしてもらわなければならない。
 逆にしっかり睡眠を取っているであろう、この場にいないディートハルトにはメディア地区を任す事にしていた。彼は元々マスコミ屋だ。現場にも詳しい。電波をジャックするにも、その方が楽だろうと思われた。
 カレンの姿もここにはなかった。彼女も睡眠を無理にでも取って今日に備えて居るはずだろう。
 自分の席に座り、ルルーシュ――ゼロは、頭の中に思い描いていた作戦書を開き直す。
 ランスロットが参戦することになり、中央突破隊は早々に決着が付くと思われた。ならば、自分は先に政庁に向かう事にした方が良いのかもしれない。
 政庁が制圧された後に、オデュッセウスにギアスを掛ける訳にはいかないからだ。
 上空から乗り付け、中に入る。彼の事だ、執務室に閉じこもって出て来ないことだろう。それとも脱出艇に乗り込もうと必死になっているだろうか?
 いや、それはないと考える。シュナイゼルと違い、自分の身の危険にさえも愚鈍な第一皇子は、逃げるという選択肢は他者に示されるまで選ぶどころか思い浮かびもしないだろう。
 ずっと鳥かごの中で守られて生きてきたようなものなのだ。
 自分に危害を加えるものの存在を、彼はリアルとして認識していない。
 では、執務室に向かうのが真っ先だと思われた。
 そうこうしている内に時間は過ぎる。
 午前六時を過ぎて、ほぼ全てのメンバーはブリーフィングルームに集合していた。



「全員、分かっているな。民間人には手を下さないこと、そして気を散らせない事だ。相手は多分弱い。だが、気を緩めるとそこがほころびとなる。――幸いな事に、ランスロットが間に合った。中央突破隊は全力で政庁へ向かえ」
「了解」
 実際に指揮を執るのは自分自身だが、この場ではスザク、カレン、ビスマルクの三人が返事した。それに続くのは藤堂と四聖剣の内のひとり、朝比奈がつく。そしてその部下達だ。
「メディア地区はジャック完了後、一旦電波を切れ。制圧後に一斉放送を流す」
「分かっています、ゼロ」
 ディートハルトの返事。彼の下には四聖剣の千葉と重火器隊が就くことになっていた。
「そして、学園地区。ここは制圧完了後、総司令部を置く。アッシュフォード学園の場所はしっかり覚えているな?」
 全ての人員が頷く。それに頷きを返し、
「生徒には一切の危害を加えないように。特に、この学園はフランクな学園と聞く。向こうから手を出してきた場合は、被害は最小限に留めるように」
「分かったよ」
 扇が頷いた。彼の下には、四聖剣の卜部と仙波が就く。幹部らも多く集まっているのが特徴だった。ここが司令所になるのだから、仕方はない。
 確認を行っている間に、時刻は午前七時を過ぎる。
「それでは、各々準備を開始。出立は午前八時ジャストだ」
 了解、と全ての人間から声が返された。
 ブリーフィングルームに入れない新兵達も既に準備を開始しているだろう。伝達の時間は十分にある。
 後は、実戦が始まるのを待つばかりだった。



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2011.5.3.
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