移動はスムーズに進む。スムーズ過ぎて、返って気味が悪いくらいだった。
ブリタニアのデータはハッキングを続けているが、こちらの様子に気付いた様子はない。地上を進んでいるからだと思われるが、総勢四十機余りのKMFが移動しているのだ。それに軍用ジープが複数台。それなのに、この反応はおかしすぎるように思えた。
「スザク、そちらはどうだ」
先行している前線へ通信を送る。
『何も。普通に進めてるよ』
「やはりそうか」
なにかがおかしい、そう思い始める。
このまま進んではなにかとんでもない事が起こりそうな予感がした。だが、今更進軍を停止することも、作戦を中止することも出来ない。物事は始まってしまったのだ。
「おかしいと思ったら即座に連絡を入れてくれ」
『分かった』
やがてポイントに到着する。ブリタニア軍の動きは依然ないままだ。このままでは、租界外縁部の足場を崩す必要もないだろう。
「それぞれ進軍を続けろ。予定通り、場所を抑えて行くんだ」
了解の意がそれぞれから戻って来る。
租界に足を踏み入れる。まだ足場の悪い場所だ。崩れかけた場所に気をつけながら、各々指示されていた方向へと散り始める。
ちりちりとした感覚が走る。これは罠ではないかとの勘のようなものだ。
だが、それにしても軍隊の動きが一切ないのだ。それではKMFは止められない。
中央突破隊は、突破するものもなくそのまま政庁へとたどり着いてしまった。防衛システムはどうやら起動されていない。
「C.C.、どう思う」
「おかしいな。どう考えても奇妙だ」
「だが、到着してしまったぞ」
「――ここで取りやめるのか? そう言う訳には行くまい。予定通り進めるしかなかろう」
「……そうだな」
気が進まなかった。仲間内でも懸念の気配は漂い始めている。
『こちら、学園地区。制圧に成功しました。これよりアッシュフォード学園を占拠します』
「分かった」
向こうもスムーズに進んでいるらしい。もっとも、学園地区には軍は存在しない。これはある程度予定通りの出来事でもあった。
しかし、追ってメディア地区からも連絡が入る。制圧は簡単に出来てしまったようだ。
公営、民放各局を制圧しきってしまい、全てのチャンネルをノイズに替えてしまう。
それは、ルルーシュもガヴェインのモニタで確認した。
ルルーシュはガヴェインを飛行させ、上空へと向かった。本来ならば政庁の防衛システムを懸念しなければならない行為だった。だが抵抗は一切なかった。
「無血開城か?」
笑い含みに言ってはみたものの、その不自然さに気味の悪さは拭えなかった。
屋上庭園へ到着する。どこか懐かしい景色を見ながら、ルルーシュとC.C.はガヴェインを降りた。
降りる直前にハックしたデータはまだ平常通りで政務が普通に行われているようだった。このような状態にあっても、尚。
あきらかにおかしな状態だ。
「お前は私の後ろに着け。何かあっても、私なら回避出来る」
「頼んだ」
不死身の彼女なら、不意の弾丸にも耐える事が出来る。
ギアスの準備はしていた。道を妨げるものがいれば、即座に殺すつもりでいた。ブリタニア軍人や役人などは生きていてもらっても迷惑なだけなのだ、ルルーシュに取っては。
頭にたたき込んだ道のりを走る。時折C.C.に指示を出し、角では用心のためにためを作ってこちらも銃を構え走る。だが、誰にも出会わない。
「不自然に過ぎる」
「ああ」
「人の気配がない……?」
ふと気付いた事だった。政庁は常に複数人の役人が出入りしている。政治を行っている本拠地なのだ。人の気配があって当然だった。しかしそれが非常に薄いような気がするのだ。
人が全くいない訳ではない。ただ、活気というものが存在しない。
オデュッセウスにそこまで人望がないのか、それとも――もしや、作戦を知られて、逃げられたか?
まさかと思った。こちらの手を読む方法はないに等しい。スザクの回復を待って立てられた作戦なのだ。彼の負傷を知っているものは黒の騎士団内にしかいないし、ビスマルクは既にギアスに掛け、完全なこちら側の人間となっている。スパイとしての働きは出来ない。
では、なぜこうなる?
政庁内で結局人には出会す事はなかった。目的地は、政庁の中心。
オデュッセウスの政務室だ。
いち、にの、さんで、扉を開いた。
中は、空だった。
誰ひとりいない。
通常ならば政務に掛かっている時間だ。仕事を放棄しているのかと思えば、そうでもない。机の上は綺麗に片付けられ、書類の一枚も残っていなかった。
それでは、オデュッセウスは政務を行っていなかったのだろうか、今まで。
それはさすがにあるまいと思う。
だが――この状況をどう理解すればいい?
唯一残されていたPCを立ち上げる。
その途端に、見慣れた顔が画面に映った。
『やあ、ゼロと言ったね。今回も私たちは逃げさせてもらうよ。兄上では少々君には役者不足だ。私が向かうまで、今しばらく待っていて欲しい』
映像のメッセージだった。
いつ、彼等は逃げ出していたのだ?
一体いつから自分達は偽の情報を掴まされていた?
政務は行われているように見えていた。だがそれはあくまで情報上での事だ。いくらだって操作は出来る。もしかしたら、先のナイト・オブ・ワンの裏切りの時点で撤退を決め込んでいたのだろうか。
それも、全てシュナイゼルの差し金で。
「――……っ」
ガンッ、と机を殴った。
彼の手のひらの上で踊らされていただけだったのだ。
ここまで大げさな作戦を立てたと言うのに、彼等はあっさりとエリア11を放棄した。いや、正確にはとっくに放棄していたのだ。残ったブリタニア人も放置したままで。
そんな事がありえるのだろうか。
「やられたな。役者が一枚上らしい」
「分かっている」
「どうせ取り戻すから、それまでは好きにしろと言う事だろう」
「分かっていると言っている!」
「私に当たるな」
C.C.は言いながらも、固い表情をしていた。ここまで見事にしてやられるとは、C.C.ですらも想像していなかったのだ。
ルルーシュは憤怒を隠せず、仮面の内側で表情を歪めていた。
政庁前に詰めている中央突破隊の元へ、ルルーシュは戻った。無傷で戻って来た事に安堵したものも多いだろう。だが事実を知れば、驚くに違いない。
「オデュッセウス始め、政庁関係者は既に中にいない。とっくに政庁は放棄されていた」
ルルーシュの一言目の言葉は、全ての隊へと伝わっていた。
抵抗のなさも頷ける。始めからそんなものを指示する人間も、もしかしたら軍隊自体も存在していなかったかもしれないのだから。
「エリア11と言う名は破棄された。ここは、日本だ――ただし、時限爆弾付きのな」
『どういう事だ、ゼロ』
扇からのメッセージが一番早かった。それから次々と回線が割り込んできて、収集がつかなくなってゆく。
「シュナイゼルが出てくる。それまでの期間限定だと言う事だ。今度はヤツも本気で出てくるようだな――逃げるなどと言うことはしないだろう。要するに、決戦は延期されたと言う事だ」
しばらくの静寂の後、落胆の言葉と憤慨の言葉、様々な感情のこもった言葉が次々と回線を巡って行った。
「撤退する。我々に今できる事は、なにもない」
『待ってくれ、ゼロ。その間に日本を立て直す事は出来ないのか?』
「その時間があるなら、シュナイゼルの対策を考える方が先だな。それほど時間は与えられないだろう。既に二ヶ月が経過している。一体いつから私たちが謀られていたのか現時点では分からないが、二ヶ月もあれば準備も十分出来る。すぐにでもやってきてもおかしくはない」
『……そうか』
「復興をしている間に、シュナイゼルが来る。そして全てを踏みつぶすだろう」
しん、とした時間が流れた。
「撤退する」
今度は誰も通信を開かなかった。そのまま、静かに戻って行くしかなかった。
「頭が痛い。あんな手を使われるとは……いくらオデュッセウスが無能とは言え、第一継承者でもあるんだぞ。第二継承者がまさか撤退を申し出るとはな」
「実力が全てなんだろう? ブリタニアという国は。ならばそうおかしくもあるまい」
何も得るものがなく無傷で帰るのは、いかにも空しかった。その上、壮大な肩すかしと酷い予言まである。恐ろしくすらもあった。
「シュナイゼル、か」
幼い頃から勝てた事のない相手だ。前回もあれは勝ったとは言えないだろう。勝者ナシとも言えるが、戦略上、勝ったのはシュナイゼルとも言える。
舌打ちをし、今度こそはと再起を図るしかない。
今度はブリタニアも飛ぶKMFを準備してくるだろう。戦力は五分。いや、数の問題で言えば不利になる。一刻も早くギャラハッドの修復をさせ、こちら側の三強を揃えておくべきだった。
下手をすればシュナイゼルは他のナイト・オブ・ラウンズを連れてくる可能性だってあるのだ。
その場合、ビスマルクひとりではさすがにワンの座を守り通して来た人間とは言え、決して有利には立てないだろう。
やがて、基地へと戻り着いた。
先に戻った者たちがざわめいている。
「ゼロ!」
ガヴェインの帰還に、ざわめきは一際沸き立った。
C.C.を先に下ろし、自分も機体から降りれば、周囲には新旧含めた団員達に囲まれた。
「一体いつから俺たちは騙されてたんですか?」
「なぜ、何が起きたんですか」
問いかけの内容はほとんどがそればかりだ。
「今はまだ分からない。少し時間をくれないか、再度作戦を組み直す。いずれシュナイゼルが出て来る前に、体勢を立て直したい。そのためにもデータの洗い直しをする。結果は、いずれ皆に告げよう」
そう約束し、ひどく疲れた気分でルルーシュは私室へ戻った。
そこにはスザクが先に戻っていた。
「お疲れ様」
彼の柔らかな声が、酷く心に染み渡った。
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