シュナイゼルの対策は早急に為さねばならなかった。
おそらくあのメッセージを見た時点から、向こうは動き出している。自分ならそうするからだ。
「索敵班、主に太平洋上を索敵。反応があり次第至急連絡」
旧日本軍の施設というのは、こういう時に役に立つ。黒の騎士団にも索敵システムはあったが、せいぜい自分達の基地が見つからないような範囲しか使えなかった。
施設は放棄されただけで、破壊はされていなかった。その気になれば日本全国、全世界の動向を探る事が出来る。残念ながら、索敵班をそこまで育て上げる時間がなかったので基本的な事しか出来ないが。
いざとなれば自分が手を出しても良い。
どこから来るだろうか? 普通なら太平洋を渡っての直線コースしかない。逆回りのコースではEUも中華も存在しているからだ。だが、現在ブリタニアには飛行型KMFが存在している可能性を忘れてはいけない。ガヴェインのように、エナジーフィラーの弱点を補う形も存在しているかもしれない。
対戦するとすれば、日本人の街はあり得なかった。再び政庁前へ戻るのが理想的だろう。
防衛システムはおよそ半月前にシステムを落としていた。おそらくそれが、彼等オデュッセウスらが逃げ出した頃だろう。そんなに前から踊らされていた事になる。
悔しくてほぞを噛みたくなるが、それは我慢した。それより目前の問題だ。
政庁まで戻れば、防衛システムを再起動させて使用する事が出来る。
なんとも皮肉なものだと思いながらも、多分残されているだろうKMFも使用を考えていた。陸戦専用なので差程役に立たないかもしれないが、それでも出来る事はある。
索敵を命じたまま、一度ブリーフィングルームに幹部を招集した。
得た情報――防衛システムが一ヶ月半前に落とされていたことを伝え、その頃からエリア11はエリアとして機能していなかっただろう事を告げる。
その上で、シュナイゼルが出て来る事。それはもう数える程の時間しか残されていない事も同時に告げれば、一度逃げ出した相手だ。幹部連中の中には侮った発言をした者もいた。
「どうせ逃げてばっかのヤツじゃん、楽勝楽勝」
そう行けばいいのだが、今回はそうはいかないだろう。
エリアを失うという事は、ブリタニアの国益に悖る。それをそのまま放置する筈がなかった。
皇帝の名を賭けてでも、打って出て来るだろう。
「しかしゼロ、政庁の防衛システムを使うと言っても、籠城は危険だ」
「分かっている」
そこにはオペレーターを数人置くだけにするつもりだった。
今回のメインはきっと空中戦になる。だが、ブリタニアより先に飛んで見せた黒の騎士団の方が技量も経験も長けている筈だった。
「メインは空中戦だ。四十機の飛行型KMFは完全に戦えるように準備しておけ。一瞬たりとも気を抜くな、相手は多分数で攻めて来る。大方はこちらのハドロン砲で片付けるつもりだが、向こうも持っている可能性がある。欠片でも掠れば終わりだと思え。それほどの大出力だ」
こええ、と肩をすくめる者もいる。
だが、まだ現実感が足りない。
一時的に与えられた日本から頭が離れていないのだ。
単に預けられたに過ぎないというのに。
「それにドルイドシステムは元来向こうのシステムだ。私同等の能力を持ったシュナイゼルが扱うとなると、我々の動きも読んで来るだろう。気を付けろ」
並び立てて行くと、悪い予想しか出てこない。
「それに、今回もナイト・オブ・ラウンズが出てくる可能性がある。――ビスマルク、どうだ?」
「大いにあり得るでしょうな。エリアを奪取されるなど、ブリタニアにとってはあってはならない事だ」
「と、言う事だ。悪い条件ばかりを並び立てて済まない。それくらい、今回は気を抜けないと言う事だ。心して掛かれ」
ラウンズが出てくるかもしれない可能性に、周囲がようやくしんと静まりかえった。
ワンが出て来たときは、あれだけ苦戦したのだ。主力であるふたりが総掛かりになって、それでもひとりは重体に陥った。
ビスマルクが出るとは言え、ギャラハッドはまだ使えない。
能力は半減していると考えた方が良いだろう。
「では、各自散開。索敵班が動いている。反応を拾うまでの一時を休息とする。ゆっくりと休め」
朝早くから気を張り詰め続けていたようなものなのだ。
既に時刻は日が暮れようとしていた。
ルルーシュもまた疲れている。だが、目前に迫る脅威に対しての緊張の方が勝っていた。
私室や自分の部下達に周知するために散って行く人々の中で、残った者が三名だけいた。
カレン、スザク、ビスマルクの三強だ。
ルルーシュもまた席を立ってはいなかった。
「ゼロ、シュナイゼルは今度はどのように来るでしょうか」
「――正直、分からないというのが本音だ。だが今回ばかりは逃げはしないだろう。手勢を揃えて来るのは確かだな」
おそらくラウンズは、来る。それも一機だけではあるまい。
「お前達は多分、ラウンズに対してもらう事になると思う。来るのは一機とは限らない。前回のように一機に対し複数機で対する数に有利な戦いを出来るとは限らない。――無茶を言うが、すまない。頼む」
「ギャラハッドが使えればいいのですが――」
「今修理中だが、おそらく間に合わないだろう。ビスマルクは無頼で出撃してもらうことになる」
「――そうですか」
ひとつ、息を飲み込んだようだった。
彼はラウンズであったからこそ、その恐ろしさを知っている。実力を知っているのだ。
『索敵班です、ゼロ! 反応を発見しました!』
「分かった、そちらへ向かう」
席を立つ。そして、三人を見渡した。
「無茶な戦い方を頼む事になると思う。しかしお前達が我が軍でもっとも頼りになる存在だ。よろしく頼む」
「あ、あの!」
「なんだ?」
カレンが慌てたように、声を掛ける。
「せめて防衛線だけでも、日本解放戦線に手を貸してもらうって訳にはいかないですか?」
「――……!」
そうか。と、気がついた。すっかり存在を忘れていた。旧世代の遺物だが、陸戦に掛けてはそれなりの実力を持っているだろう。ブリタニアの勢力が全て飛行型とは限らない。
この際、こちらの数はひとつでも多い方がいい。
「分かった、考えておく」
「ありがとうございます!」
ぺこんっと勢いよくカレンは頭を下げる。彼女は既に自分がルルーシュであると言う事を完全に忘れたような行動を取るようになっていた。
愛人疑惑が出た時の視線は冷たいものだったが。
ひとまずは、索敵班だ。ルルーシュは早急にそちらへ向かった。
途中、通信機を使い、日本解放戦線に連絡を取る。
事情を話せばなぜそんな事にと憤り、時間が掛かって仕方がない。
「取りあえず数が欲しい。日本解放戦線にも協力してもらいたい。政庁まで、本日0時までに準備を整える事は可能かどうか議論の上、連絡を再びいただきたい」
そう告げ、通信を途絶させた。老人たちのぐだぐだとした騒ぎに付き合って居られる程、ヒマな立場ではないのだ。必要な情報は全て与えた。
索敵システムの部屋に入れば、ひとりの女性オペレーターが焦った顔をして自分を出迎えてくれた。
「太平洋上、まだブリタニア海域にですが、超高速で動く物体がイチあります。船にしては早すぎる上、登録されている軍用機でもありません。IFFはアンノウンを示しています」
彼女のシステムをゼロとして覗き込む。
確かに高速で動いている。この調子では、本日0時まで待つ事は出来ないだろう。日本解放戦線に突き付けた要求は無駄になってしまいそうだ。
「敵機と考えた方がいい。高速輸送艇を開発していたんだろうな――もしかすると、フロートユニットを活用したものかもしれない」
「フロート?」
「可翔翼のことだよ」
「まさか。こんな巨大な……」
「相手はブリタニアだ。何をするかは分からない」
財力も技術力も持て余している国だ。フロートをどう活用するかは、ルルーシュにも読めない。
再び通信機を取り出し、日本解放戦線に連絡を取る。
「相手の到着はこのまま行けば、午後十時には日本海域に到着する。それまでに結論を出す事は可能か?」
『十時?! 早すぎやしないか』
「高速輸送艇を開発したようだな。今、超高速でこちらに向かっている機体が一機ある」
『……そうか。こちらの意見は既に一致している。協力しよう。我々は政庁へ向かえばいいのだな?』
「助かる」
ふう、と息を吐き出した。数は揃えられるだろう。ナリタでの貸しを返してもらう時が来た。
「それでは、至急準備を整えて政庁前まで向かうように。時間はないと考えてもらおう」
『分かった。日本のためだ、我々も命を捨ててでも戦おう』
そう言った考えが古いのだ、とは思ったがこの際は言わないでおいた。
通話を切り、全館へ放送を流す。
「ブリタニアは超高速移送艇を利用。午後十時には日本海域に到着する。準備の時間は二時間ほど縮まった。各自、出撃の準備を整えてくれ」
ぷつり、と放送を切る。
部屋を出ると、そこにはC.C.が待っていた。
「来るのか?」
「おそらく、ラウンズが来るだろう」
「私も出番だな――さっきはろくな働きも出来なかったから退屈で仕方なかった」
「言ってろ」
ふ、と笑う。
彼女も笑っていた。
「お前には、こういう場所の方が本当に似合っているよ」
「悪い事はしていないつもりだが?」
「修羅が似合う。お前にふさわしい場所だ」
「――褒め言葉として受け取っておこう」
そして、ルルーシュは自分の部屋へと向かった。
「おかえり」
スザクが待っていた。彼は落ち着いた顔をしている。これから始まるだろう激戦に対しても、鷹揚に構えているように見えた。
「ラウンズと戦う事になるだろう――頼む、無茶はしないでくれ」
仮面を取り、彼へ告げる。
これでは指揮官失格だ。だが、スザクに対してだけはどうしてもこのスタンスを外す事が出来ない。
「無茶は、するよ。そうじゃなきゃルルーシュの作戦は上手く行かない。僕は駒のひとつだ。君のためだけに存在する、ね」
そして、ベッドに腰掛けていた彼は立ち上がりルルーシュを抱きしめる。
「酷く疲れているように見える」
「だろうな。今朝からの一連は、ひどく応えた」
騙し討ち。
シュナイゼルらしくもない手だと思ったが、そうでもないかと思った。逆に高速艇を用意出来たのなら、なぜ世界の反対側から来ず真正面からやってきたのかを知りたいところだった。
「少し、休憩なんでしょ? 君も休んでよ」
「そういう訳にはいかない。この休息は俺が作戦を練るための時間だ」
「そう……分かった」
スザクは潔く、諦めたようだった。ルルーシュの立場を理解してくれている。
席に着き、情報の整理を行っているとしばらくしてから温かなコーヒーをスザクが持って来てくれた。ミルクも砂糖もたっぷり入った、普段なら飲まない代物だ。
だが、それがひどく身に染み渡った。
NEXT