今回は総部隊を三つに分ける必要はない。むしろ、分ける方が危険だった。
機体数では圧倒的に劣る自分達の軍は、密集していなければならない。
政庁前で陣を張り、援護射撃を政庁に行わせるのが理想的だ。
そのために、甘いコーヒーを飲みながらもっとも的確であろう人員の配置を考える。
中央にはビスマルクがいいだろう。きっとラウンズの事を知り抜いている人間だ。左翼と右翼についてで悩んだ。左翼側には離れて学園地区がある。問題はない。逆に右翼側にはメディア地区があった。不用意にブリタニア人が紛れ込んでくる可能性がある。
それを阻止出来るもの、――やはり、スザクだろうか。
だがスザクには自分が指揮出来る部下がいない。カレンなら、ある程度の人間を動かす事が可能だ。
だがカレンに着いてくるものは、どちらかと言えば黒の騎士団内部でも過激派に属する人員なので、ブリタニア人など殺してしまっても構わないと考えてしまいそうなのだ。
「お前にもう少し人望が育っていればな……」
「え、なに? 僕ひどい事言われてる?」
「いや、時間の問題なだけだ。もう少しこなす戦闘が多ければ、確実にスザクの指揮を受け入れる人員は出来ていた」
「でも僕、指揮するの苦手だよ――自分で戦った方が早いから」
「……」
まったく、これだ。
カレンも同じような事を言う。まともに部下を統率出来るのはおそらくビスマルクひとりだろう。彼にもまた人望というものはまだ育っていないが、確実にナイト・オブ・ワンとしての実績がものを言っている。
威厳、とでも言うのだろうか。命じられれば従わずにはいられない威圧感が存在しているのだ。
扇は政庁オペレーターの指揮に回した。その護衛として玉城をつける。
KMFに乗れない事を不満に思うだろうが、今回一機たりとも不注意があってはならない。その点、玉城は残念ながら信用することが出来ない。
悩み抜いた末、結局左翼にスザクを回す事に決めた。
それに伴い、四聖剣の藤堂をバックに控えさせる。彼には人望も実力もある。
補佐してもらうしかないだろう。
トップを決めれば、後は細かだが簡単な作業が残るだけだった。
甘いコーヒーは既になくなってしまっていたが、作業に没頭したルルーシュはもう気にしていなかった。
案の定玉城は文句を言ったが、黙殺する。
それぞれが決められたオペレーションを確実に実行に起こせるよう、ゼロとしてルルーシュは全員に周知させる。今回は戦術での戦いになるだろう。戦略としては五分五分に近い。
水際で止める手もあったのだが、そうすると政庁のシステムが使用出来ないのだ。
この手しかないとも言えた。そうすると、戦略面では既に負けてしまっているのだろうか?
選べる手段が極端に少ない点で、ルルーシュは悔しさを隠しきれないでいた。
オペレーターにより、日本海域までアンノウンが到着するまで後一時間と告げられる。海域に入ってもまだ政庁までは時間があるだろう。だが、行動は早くに開始することにした。
自分の気持ちを整えるためでもあった。
「待って、ルルーシュ」
一度部屋に戻ったルルーシュを、スザクは引き留める。そして仮面を外すと、キスをしてきた。
舌まで入れる深いキスだ。
「お前、なにを……」
「お守り。僕がいることを忘れないで。僕が必ず君を守るから」
「お前の部隊は、俺の居る場所から随分離れることになるぞ?」
今回もルルーシュは飛行し、空中からの遊撃隊となる。
「それでもだよ。死にそうになったら思い出して。僕がいるってこと。簡単に諦めたりしないでよね」
「分かっている……お前も、同じだぞ」
「うん。僕にとってもお守り。君がいるから生きて行く。ごめんね、時間取っちゃって」
「いや、いいんだ」
不意のキスには驚いたが、スザクの理論は微笑ましいものだった。この戦中にあって、大事なものがあること。それが愛おしい存在であること。それは、なんて幸せな事だろうと思える。
ああ、カレンに伝達しなければならない。決して学園地区に戦火を飛び火させてはならないことを。
彼女もまたアッシュフォード学園の生徒会の一員だ。ホテルジャックの時は、あれほどの心配を見せていた。心配は必要ないとは思うが、念には念を入れたほうがいいだろう。
ナナリーを失っても、自分は存在意義を失ってしまうからだ。
愛おしい者を失っては、自分は生きていられない。昔はナナリーひとりだけが大事だった。だがそれが増えていく。それはきっと幸せな事なのだろう。カレンも今では駒として見られなくなっているのだから。
黒の騎士団を支える屋台骨として、そして自分のクラスメイトとして。そして――正体を知りながら、黙秘を続けてくれる陰の支援者として。大事になっている。
「C.C.。黙って見てないでくれる?」
彼女は最初から部屋にいた。キスシーンもばっちし見ていたに違いない。
「いたのか、お前!」
「最初から全部見ていたぞ。お前達は自重という言葉を覚えた方がいい……いや、覚えるべきは枢木か? 知っていて、キスしただろう」
「だって、この機会を逃せばルルーシュに会えるのは戦闘後になってしまうんだもの」
「だからと言って、この女の前で……っ」
羞恥に頬へ血が昇る。それがばれないよう、仮面を被った。
「いいな、スザク。こういうのはふたりきりの時にだけだ!」
「約束出来ないな。またこういう機会があれば、僕は団員の前でだってキスがしたいよ」
まあ、仮面が外せないから無理だけど――と、付け加えて、頭を抱えさせられた。
「お前には露出趣味でもあるのか?」
呆れたような声になってしまう。
「ないけど。――ああ、でもあるかも知れない。これは僕のだって、みんなに知らせたいもの」
「知らせなくていい!」
ただでさえ、愛人疑惑は根強く存在している。開き直ってスザクが負傷した二ヶ月間を自室で過ごさせたのだから、その疑惑はより強くなっているだろう。
一部にはゼロは女ではないかとの噂も流れている。だが、幹部連中はキョウトに出会った際に自分が間違いなく男である事を知られている。
だからカレンの視線が冷たくなるのだ。
深いため息をついて、重要な作戦前だと言うのに気が緩んでしまった。
逆に、張り詰め過ぎていたのだとも気付かされる。
これくらいの気構えの方が良いのかもしれなかった。
「じゃあ、出撃するぞ。お前は死ぬなよ」
「ルルーシュこそ」
「ゼロ、だ。外で間違えるな?」
「分かってる、ゼロ。絶対に死なないでね」
「それはこちらのセリフだ。飛ぶKMFはきっと来る。囲まれるなよ」
「了解」
そして、部屋を出た。
戦闘はまもなく始まろうとしている。
『四時の方向から、アンノウンまもなく目視出来ます』
索敵隊より、通信が入った。日はとっくに暮れてしまい、朝までの時間を数える方が早い。
こんな深夜の作戦はお互いに取って不利なだけなのに、シュナイゼルは朝までを待たなかった。進みを止めず、ここまでたどり着く。
「C.C.、頼んだ」
「分かっている」
起動しているガヴェインを、ゆっくり上空へ飛行させていく。
まだ他の機体は動かない。エナジーフィラーの無駄遣いになるからだ。
「四時の方向だ」
「ああ」
ぐ、っと回転の重力が加わった。果たして、そこに見えたのは――
「アヴァロン?! まさか、完成していたのか?!」
「なんだ、それは」
「シュナイゼルの研究させていたフロートシステムを搭載した飛行艦の事だ。ブレイズルミナスも完成していると見ていいのか?」
「なんだと聞いてる。専門的な言葉でばかり喋るな」
「実弾を弾くシステムだ。エネルギーの盾だな。それがあるとなれば――やっかいだ」
もしブレイズルミナスが完成してたとしよう。それをKMFにつけないはずがない。二ヶ月の猶予があれば、フロートだけでなくそれも可能だっただろう。
「やってくれたな……兄上」
こちらの武器は、スザクのMVSとヴァリス、そしてカレンの輻射波動以外実弾しか備えていない。
ほぼこちらの攻撃が無効化されることになる。
「一時、撤退だ」
「なに?!」
「一時撤退だ、これでは全滅が目に見えている。ここで俺の軍隊を失う訳にはいかない――日本はまたくれてやる。再び手に入れてやるさ」
「いいのか、お前」
「いいもなにも、これしか方法がない。幸いにもまだ向こうの到着はまだだ」
そして、通信を開いた。
「全軍に告ぐ。一時撤退。今回の作戦は無効とする。説明は基地に戻ってから行う。早急に撤退を行え」
当然のように各軍から不満の声が上がった。
「相手は実弾を弾く。今の私たちでは勝ち目がない。だからこその一時撤退だ。なにも日本を見捨てる訳ではない。早急に撤退しろ、相手の射程圏内に入る前に!」
そこで、スザクの軍が動き始めた。追ってビスマルクが動く。最後にカレンが、仕方なくと言った様子で動き始めた。
「ふざけてやがる……」
圧倒的な力の差を見せつけられた気がした。
このままでは勝てない。だが、負けてはいけないのだ。
絶対に。
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