基地に戻ったルルーシュは、まず第一に幹部をブリーフィングルームへ招集した。
説明を行わなければ、事態が収拾しそうになかったからだ。
そこで説明されたブレイズルミナスについて、夢物語のように受け取られてしまう。
「ラクシャータ、ブレイズルミナスの知識は?」
「一応、あることはあるわよ。でも実用化は…」
「アヴァロンの設計図には仕様として載っている。フロートと併せて、メインの機構になる。それを外した状態で出撃に出るとは考え辛いのだが」
「そうね……理論上は既に完成していると言っても構わないと思うわ。それを技術として転用出来るかとなると、話は別だけど。私にはまだ無理。道具が足りないし、時間も足りないわ」
「道具と時間さえあれば、用意出来るか?」
「んー。考えさせて」
「ゼロ、怯え過ぎたんじゃないのか? まだ搭載されてない可能性も…」
「いや、それはない。シュナイゼルは完璧主義だ。未完成の艦船を持ち出す事はしないだろう」
時間と道具。そんなものは、ブリタニアには十分あったのだ。
相手は手に入らないものはない超大国。時間も、一ヶ月半もの間があった。それ以前から開発は行われていたものなのだ。急ピッチで急がせれば、間に合わない筈がない。
「実弾を反射する……か。それが事実だとすれば、俺たちは何も出来ないも同然だな」
「だから撤収を掛けた。おそらく、相手のKMFは空を飛ぶ上に、ブレイズルミナスも装備している。こちらもそれなりの対策を考えなくてはならない。ラクシャータ、再び済まないがヴァリスの構造は?」
「それはお任せ。何度分解して組み立ててると思ってるの?」
「では、それを量産しよう」
「え。あの大出力のを?!」
「ハドロン砲でも構わない。どちらかを各機にひとつ持たせる必要がある。どちらが可能だ?」
「エナジーフィラーの問題が先ね。もしエナジーフィラーがまだまだ出力を兼ね備えてたとすれば迷わずハドロン砲を選ぶけど、今の状態じゃ、飛んで一撃撃ったらおしまいよ。現実的じゃない」
「だろうな。……時間は、今から存分にあると思え。しばらくはシュナイゼルに日本を預けてやる。その合間に開発を行って欲しい」
「人使いが荒いわね……分かったわ。MVSも同時に開発しましょ。エナジーフィラーの開発も行いたいしね。今のままじゃ使い勝手が悪すぎる。機体性能に既に合致してないのよ」
「と、言う事だ、皆。しばらく我慢を強いる事となるが、頼む」
「――一度手合わせって訳にはいかないのか?」
「一度で済めばいいが、そこから基地が割れ、一斉に崩壊する可能性がある。行動は自重して欲しい」
「なるほど」
藤堂が頷いた。確かにあり得る可能性だったからだ。
黒の騎士団がなくなれば、日本解放の夢も潰える。日本解放戦線では為し得ない夢だ。
「お金は掛かってもいいのね?」
「キョウトから引き出す」
「分かったわ。それじゃあ、インド軍区から人員も引き抜きましょ。ブレイズルミナスに携わった人間もいるはずだわ」
それは心強いラクシャータの言葉だった。
キョウトとの折衝があるが、これはたやすい問題だろう。
既に、日本を解放するのは黒の騎士団しかないと彼等も理解しているのだから。
「お会いしたかったですわ、ゼロ様!」
それから一週間も過ぎた頃だろうか。キョウトは金と同時に思わぬ珍客を連れて来た。
「桐原、これは……」
「皇の一人娘だ。これしか、もう残っておらぬ」
飛びついて来た幼い少女。いや、年はそれほど変わらないのだろうか。確実に箱入りで育てられたであろう少女は、ゼロへ飛びついて来たのだ。
「ずっとファンでしたの。こうやってお目見え出来る日を心待ちにしていたのですわ」
「皇神楽耶様、ですか?」
「あら。良くご存じですのね。――これは、失礼いたしました。今後こちらでお世話になります。よろしくお願いししますわ」
大仰な着物の両脇を軽くつまみ、西洋風のお辞儀をした長い黒髪の少女はキラキラとした目でゼロを見上げてくる。どうやら彼女の中での自分は、英雄らしい。
笑ってしまいたくなる気分を収め、桐原に対峙した。
「ここは男が殆どの設備も整っていない場所です。神楽耶様をお迎えするような場所では……」
「そんなもの、どうでも良いのです。眠る場所さえあれば、わたくしは構いませんわ」
「しかし、それでは」
「わたくしは、今回自分の目で黒の騎士団を見るために参りました。そうですね、桐原」
「……はい。悪いがゼロよ、皇の一人娘をしばらく置いてやってはくれないだろうか」
ゼロは知らない。
今回、黒の騎士団に回って来た金がどのようにして決められたかと言う事を。
「今回、お前達が資金を得たのはこやつのお陰だと思ってもらって良い」
逃げ出した黒に騎士団に対して否定的になったキョウトの家も多かった。しかしそれを一喝し、ここで動かなければ何のためのキョウトかと黒の騎士団に全てを託したのが、彼女だったのだ。
しかし桐原はそこまでを話さなかった。
だが、ルルーシュとて頭が回らない訳ではない。やりとりをおよそ思い描く事が出来た。
これは受け入れるしかないようだった。
彼女のための貴賓室をひとつ、用意しなければならない。
時間はあった。それまでどこに置いておくべきだろうか?
過去、基地に使っていたキャンピングカーを持って来るべきだろうか。あそこならば鍵の掛かる、かつてゼロの私室としていた場所がある。
そこにした方が良いだろうと思われた。
「――分かりました。それでは、神楽耶様を受け入れましょう」
「わあ、本当ですの? 感激です!」
そして、また飛びついて来ようとするのを寸でで桐原が留めた。ゼロが困っているのに気付いたのだろう。
「しかしキョウト六家が動いても構わないのか? 特に桐原。お前はここにいることが見咎められでもすれば、事だろうに」
「なに、私にも極秘のルートくらいは持っている。このくらいの接触は構わん」
ならば最初からこちらに顔を出せと思ったが、言葉には出さなかった。表情はどうせ仮面で分からない。
「しかしこれからシュナイゼルが執務にあたるとなると、それも適わなくなる。これが最後だ。神楽耶を頼むぞ」
「いいのか、本当に?」
「あやつが望んでおる。それに、六家のひとりが唯一の軍隊にいることで志気も上がるだろうて。神楽耶の事は、おぬしに任せる」
「分かりました」
これで、神楽耶がここに住まう事が決定した。
扇に連絡を入れて、今は廃棄しているキャンピングカーを取りに行かせる。もちろん、その前にブリーフィングルームで面通しはしてある。日本人はことさら彼女がここにいることに感激していたが、お荷物がひとつ増えた事に気付いてはいないのだろうか?
ルルーシュとしては、不安がわずかについて回った。
「神楽耶が来たんだってね」
「ああ、そうか。お前はいとこだったな」
彼も厳密に言えばキョウト六家のひとりである。軍籍に身を置いているから距離を取っているが、血のつながりと言うものは簡単に断ち切れない。
「後で会いに行けばいい。今から彼女のための貴賓室を準備することになっている。どうせ長くいることになる。こちらの準備が整うまでに、時間が掛かるのだから」
「そうだね……」
MVSとヴァリスの量産、エナジーフィラーの改良、ブレイズルミナスの研究。
技術班は大忙しになるだろう。
その合間に、シュナイゼルはどのような施政を行ってくるだろうか。少なくとも黒の騎士団を放って置いてくれる程、甘くはあるまい。
「テロ組織に逆戻りだ」
とっくに仮面を脱ぎ、ベッドにぼすんと座り込んだ。
そのままスザクと共に横になる。
「それも、いいんじゃないの。急がなくてはならない事だけど、それでは失敗しちゃうんでしょ?」
「ああ、今の状態で黒の騎士団に勝ち目はひとつもないな」
「……そこまで深刻なんだ」
「実弾が通用しないとなれば、体当たりしかないだろう。それもブレイズルミナスの強度によっては意味をなさないかもしれない。俺は自分の軍隊に特攻をしろとは言えないよ」
横たわり、天井を見上げたまま告げた。
それは本心だった。
自分の大事な軍隊なのだ。幾度も戦闘を共にしてきた。
既に最初の頃のように、駒としては見れなくなっている。
大事な、自分の軍隊なのだ。
特に特攻をかましそうなカレン辺りが一番危なかった。彼女は日本解放のために何でもやってしまいそうな危うさがある。それに、傍らの存在もそうだ。
なまじ実力があるがために、身ひとつで乗りだし兼ねない。
「テロは、続ける。お前と紅蓮がメインになるだろう。それしか敵には通用しないのだからな。だが……」
「うん、分かってる。無理はしない」
ぎゅ、と手を握られた。
温かな手だった。
「頼む」
うん、と彼は頷いて同じように天井を見上げている。
握られた手を、ルルーシュも握り返した。
ギャラハッドの解析は順調に進んでいるようで、補修が始まっていた。
再び、階下にその様子をルルーシュは眺めている。
今日のラクシャータは階下で忙しそうにPCに向かっていた。
明日にでもインド軍区からの増援が来るらしい。手回しが早かった。遅かれ早かれこのような事態が来ると彼女も想定していたのかもしれなかった。
きっと彼女はギャラハッドではなく、ブレイズルミナスの解析に取りかかっているのだろうと思われた。昨夜遅くに、ルルーシュの元にもデータが送られて来たからだ。
やはりインド軍区ではブレイズルミナスの研究をしており、その実践データが残っていたのだ。
ある程度の知識はあったものの、ルルーシュでは彼女の手助けにはなれない。頭脳の使う部分が違うのだ。自分が無能だと思った事はないが、向き、不向きがある。
ここは彼女に任せるしかなかった。
そして、シュナイゼルによる施政が始まった。
日本は矯正エリアからの出発となった。
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