シュナイゼルの施政は見事としか言い用がなかった。
飴と鞭を綺麗に使い分けている。ブリタニア人には本国と同じ生活を確実に提供し、それを名誉ブリタニア人へ見せつける。名誉ブリタニア人にも権利は与えられるが、それは確実に本国の人間とは一線を画したものでしかないのだ。
そこで、なげやりな気分になる者も当然存在する。
所詮どんだけ頑張ろうとあの生活は手に入らない。自分は今の生活から脱出することが出来ない。絶望感にひしがれそうになるのだが――ゲットーへは、今更戻れないのだ。
名誉にすらなれなかった日本人の扱いは本当に酷かった。
まず働く事が出来ない、そうなると収入がなくなる。そうすると食べるにも事を欠く。
ゲットーはゲットー内で完結した生活を送っており、福祉として食料もシュナイゼルの手配によって支給される事もあるが、それはあくまでも施しであり、決まったものではなく、時折の気紛れのようなものだった。暴動を抑えるには躊躇しない。KMFを投入し、即時解決を試み成功させる。
その際は、テロ参加者、不参加者は問わず殺戮するのがあくどいやり口だった。連帯責任なのだ。名誉ブリタニア人と言うのは、実は簡単になる事が出来る。
役所でいくつかの手続きを踏めば、犯罪者でない限り租界にも出入り出来、働く生活を保証された名誉ブリタニア人にはなれるのだ。
そんな簡単な事もしないで――もしくは、日本人という名にしがみついた者をシュナイゼルは容赦しない。
当然、テロ組織は端から潰されて行った。
黒の騎士団がまだ無事なのは単なる幸運なのかもしれず、もしくは頭に立つルルーシュの情報攪乱の賜であったのかもしれなかった。
実際に、黒の騎士団が無傷だったのかと言えばそうでもない。
地下協力員や、末端の施設は既に襲撃を受けている。
ただ、細胞化された組織のシステムのお陰で、本隊にたどり着く情報はそれら末端からは収拾出来なくなっているだけだ。
シュナイゼルは総督の椅子の上で、目障りであろう黒の騎士団にたどり着けない事を、未だ鷹揚に笑っているだろうか。それとも、苛立ちを持って壊滅の作戦を練っているだろうか。
ルルーシュには分からない。
ただ、黒の騎士団としては静穏を保つしかなかった。
技術部の開発を待つ間に兵士達は育っていく。
スザク、カレンらの実戦を数多く積んでいる者との模擬戦は、模擬とは言え手を抜かない彼等のおかげで勉強になるだろう。
もっとも、そのお陰で破損するKMFが増えすぎたとのクレームが来ているが、いざ技術が完成しても動かせる人間がいなければ意味がない。
ルルーシュは育成の方を重視した。
お陰で技術部の一部はKMF修理班として――本来あった部署だが、動き出さなければならなかった。
「どうだ、若輩兵達の手応えは」
「そろそろ、実戦に出ても大丈夫かな」
珍しく昼の時間にゼロの執務室へやってきたスザクは、パイロットスーツを着用したまま、ゼロへ告げる。
「休憩だろう? 休まなくて大丈夫なのか?」
ゼロは、ゼロとしての仕事が山積みにあった。
書類決裁は元より、シュナイゼル攻略の作戦を立てるのがメインのお仕事だ。
あちこちから情報は徐々に集まりつつある。政庁、及び軍のシステムは以前より強固なセキュリティに守られてしまったので、それらを解いて行くのも重要な仕事のひとつだ。オペレーター班には任せられない。いくら、世界各地を経由させた回線を使用しているとは言え、万が一という可能性がある。
不正アクセスは絶対に気付かれてはならないのだ。解除の作業は慎重の上に慎重を期した。
「ゼロは休まないの? どうせなら一緒にと思ったんだけど」
「ああ、かまわないが。時間はどれくらいだ?」
「一時間。今、る……ゼロは大丈夫?」
「お前、いい加減に慣れろ。この仮面だぞ?」
「分かってるけどさ」
思わず呼ばれ掛けた名前に、ドキっとした。誰がいる訳でもない部屋だから構わないのだけれど、それでも仮面を付けたときにルルーシュと呼ぶ癖でもついたら事だ。
「一時間くらいなら構わない。今はハッキングを行っている訳でもないしな」
書類の決裁中だった。
ちょうど、飽きても来た頃だ。
内線で昼食をふたり分持って来るよう伝え、スザクを来客者用の椅子に座らせる。簡単なソファセットが置かれているのだ。
「ここでもいいの?」
「ここの方が都合いい。鍵が掛かるからな」
「ああ、そうだね」
食事を食べるには仮面を外さなければならないのだ。鍵のある場所でなくては困る。
それとも食堂でスザクが食べているのをただ見ていろとでも言うつもりだったのだろうか。――気が回っていなかった方に、一万賭けても良かった。
思わず笑えて来てしまった。その気配に気付いたか、スザクは怪訝そうにゼロを見上げる。
「いや、何でもない」
軽く手を振ると、丁度扉がノックされた。食堂から昼食が届いたのだ。
スザクが受け取りに行くと、扉はロックされた。
仮面を外すとほっとする。
目の前に、スザクがいるなら尚更だ。
進まない状況に苛立ちも生まれはじめているから、彼の存在はルルーシュに取って安定剤となりつつもあった。
「どうなの?」
今日の定食であろう焼き魚を丁寧にほぐし、食べながらスザクはルルーシュに問う。
「あまり、芳しくないな。ここがばれる事はまずないが、事態は動かない。動かない事を命じたのは俺なのに、俺自身が多分一番、苛立っている」
「――急がなくても、構わないんだよ。いずれ解放される。その希望があれば僕たちはやっていけるんだから」
「そうだな。だが俺は更にその先を目指している。ブリタニアの崩壊。宰相でもあるシュナイゼルを葬ればいくらか楽にはなるだろうが、それでも先は長いよ」
「ナナリーは? 無事過ごしているんだろう?」
「扇からの報告によれば、学園内に異常はないそうだ。それを信じるしかないだろう」
アッシュフォード学園に赴任した扇だが、個人的にナナリーの事を頼める訳がない。それをすれば、自分が何者なのかがバレてしまうからだ。
だから、全体の状況で考えるしかなかった。
しかし扇の件でありがたい事もあった。
音信不通状態にしてあったアッシュフォード学園と、時折にだが連絡を取れるようになったのだ。
気持ちの枷がきっと取れたのだろう。会長であり、アッシュフォードの娘であり、ルルーシュを皇族と知っているミレイとは時折会話する。ナナリーの様子もそこから聞く事が出来た。
直截妹と話が出来れば良かったのだけれども、まだ何も為し終えていない身では、彼女に正体を知られている以上、気が咎めた。彼女がルルーシュに何もかもを求めている訳ではない。むしろ勝手にルルーシュが動いているだけに過ぎない。
だが、そう考えてしまうのだ。
甘やかす事ばかりになれた、自分の癖のようなものだった。
昼食など、ほんの十五分もあれば食べ終えてしまえた。残りは四十分以上もある。
そこで、スザクはルルーシュの隣に席を移動して来、くったりもたれかかってきた。
「どうした?」
「ん? ちょっとしたルルーシュ不足。充電させて」
「疲れてるのか?」
「ううん。戦闘よりずっと楽だし、――まあ、手を抜かなきゃいけないのはそれなりに気を遣うけど、疲れる程のものでもないよ」
そしてスザクはふたりの間のソファに手をつき体を起こすと、ちょんとルルーシュの頬にキスを落とす。
「こ、こら、スザク!」
「いいじゃない。ふたりだけだし、休憩時間だもの」
「そういう事じゃ……」
「ここじゃあいや?」
「ここは執務室で……」
「ああ、仕事に集中出来なくなっちゃうか。でも、僕のルルーシュ不足も深刻なんだ」
と、今度は傾けた顔がルルーシュの唇を奪っていった。
最初からそのつもりだった訳でもあるまい。単に時間が余ったからこその、お遊び。
だが、そんなキスひとつで心臓がばくばくと音を立てた。スザクの甘い唇から離れがたくなってしまう。
この部屋では自分はゼロであらねばならないのに、捨ててしまいそうになる。
思わず、腕を回してスザクを抱きしめてしまった。
キスはより深くなる。舌と舌を絡めあい、強く舐められて、思わず喉奥から声が上がった。
体に火が付きそうな本格的なキスに、酩酊が増す。
ちらりと時計を見れば、まだ時間は三十分以上を残していた。
「スザク……」
キスを解くと、思わずねだるような声音でルルーシュは彼の名前を呼んでいた。
「うん」
欲情を湛えた目で頷き返され、体の芯の部分がぶれる。
短い時間しかない。でも、スザクが急に欲しくなった。
自分で衣服を乱す。スザクは席を立ち、執務机の上のハンドクリームを取りに行った。最初から知っていたらしい。
どうやら時間が余ったから、と思ったのは気のせいだったようだ。彼もそのつもりだったのかもしれない。それに上手く自分は乗せられてしまったのかもしれない。そう思う事にした。スザクのせいにすることにしたのだ。
下肢だけを乱し、戻ってきたスザクが座った場所に、またがるようにして座り込んだ。
膝を折り、ソファのシートの上に足を投げ出す。
抱きしめて、キスをした。その合間にスザクの指は直截に後孔をほぐしに掛かる。時間がない行為だ。性急な動きだった。わずかな痛みを伴うが、それは覚悟の上だ。
「……ぅん、は……っ」
人差し指一本だけを差し込まれた場所に、もう一本逆の手の人差し指も加わってくる。広げられ、他の指が更に差し込まれる。
「ああっ、あ……っ、あっ」
首にかじりつき、強く抱きしめる事で快楽の予兆を逃がす事に精一杯になる。
耳元でスザクが軽く笑みの気配を漂わせる。
「そんなんじゃ、動けなくなっちゃうよ、僕」
「でも……スザク…ぅあっ」
弱い場所を引っかかれた。びくん、と体が震える。
繋がるだけのセックスなどしたことがない。こんな場所で、こんな時間に、こんなにも時間がないのにしたくてたまらないなどと、色情狂にでもなってしまった錯覚を覚えた。
だが、スザクの指が気持ちよくてたまらない。
思わず、自分も何かを返したくなってスザクの耳朶を唇に含む。自分はこうされると、とてもぞくぞくして気持ちよくなるからだ。
ぴちゃり、ぴちゃりと音を立ててまるで性器を舐めるように舌を動かすと、スザクの指先は一瞬止まり、息を呑んだ気配がした。
「ルルーシュ……覚悟してよ?」
指が抜かれる。十分とは言えないが、迎え入れるには抵抗がないだろう程にほぐされた場所に、スザクの屹立が当てられる。
「………は、あ……っ」
その温度だけで感じてしまう自分は変態だろうか?
だが、ぞわぞわと鳥肌の立つような感覚が全身を犯す。
そして、一気に体を貫かれた。
「――……っあ!」
思わず背がしなった。達しかねないほどの衝撃に、ルルーシュはスザクのパイロットスーツを握りしめる事で堪え忍ぶ。
そのまま、下からの突き上げが開始された。
常より深い場所を蹂躙されるこの体位は、好きだ。目の前にスザクの顔があるのがいい。
キスをねだり、唇を重ね合わせ、背中をまるめるとそのままルルーシュはスザクの首筋に舌を這わせる。パイロットスーツの襟元だけを緩め、現れた首筋に歯を立て、跡を残す。
その間も、強く体は上下させられる。
「ああっ、あ、ああっ、ああああっ」
「時間、なくて――ごめん、ね」
それから急に動きが速くなった。
確実に弱い場所を突いて来る動き。立ち上がった性器にはスザクの指が絡められる。
「やっ、いやだ、スザ……っ、スザクっ」
急激な刺激に、思わず恐れをなした。何度も彼とは交わっているというのに、慣れると言うことがどうしてもできない。いつだって怖さがどこかにつきまとう。
今も、どこまで感じるのかが分からなくて全身に鳥肌が立ち、そしてさっと消え去った。
「やあっ、ああっ、あっ、あっ」
突き上げられる度に声が上がる。早いテンポに合わせて上げられる声は、指の動きと相まってどんどん切迫していった。
「も……っ」
「いいよ」
ひくんっ、と体がこわばった。その瞬間にスザクの手を白濁で汚す。
スザクは強い締め付けに耐え、一度、二度とゆるく体のなかを行き来すると出ていき、ティッシュの中へ自分の白濁を吐き出していた。
いつものように中へ出しては、この後に差し障りがあるからだった。
ぐたりとルルーシュはスザクによりかかる。
時間など忘れてしまっていた。
「後、十分」
たったそれだけの短い時間の事だったのかと、驚愕する。
「大丈夫、ルルーシュ?」
優しい声で問われ、ルルーシュはゆっくりと身を起こさなければならなかった。
「ああ……多分……」
「声が、ダメダメだよ」
くすくすとスザクが笑う。
「まだ、欲情してる。まだまだ欲しそうだ」
「……っ」
かぁっと頬に血が昇るのを感じた。その通りだったからだ。
「ちゃんとお互い、お仕事戻れるかな」
「――戻らなきゃいけないだろう」
はぁ、と大きな息を吐き出した。そして仮面を被り窓を開ける。
「あ、被っちゃうんだ」
「窓を開けたからな、仕方がない」
腰に来ている。まだ残る快楽の余韻を引きずりながら、それでもまっすぐに歩けるよう努力して、ルルーシュはスザクの向かい側に腰掛けた。
「本当に、ひどい部下だ」
「あ、ひどいな。部下扱い」
「そうだろう? 枢木スザク。ゼロの前では皆等しく部下だ」
「そりゃあ、そうだけどね」
でも、と、小さく呟く。
「ルルーシュは、僕だけのものだから」と。
だからたまには堪能させてね、と言って、空になった定食のトレイを二つ持つと彼は席を立ち上がった。こんな時間には今後は遠慮してもらいたいと告げると、スザクはくすりと笑う。笑われてしまったような気分になった。だって、今のは自分から欲しがってしまっていた。そう感じても仕方がなかっただろう。
「では、任務に戻ります」
「頼んだ」
スザクは軽く頭を下げ、そのまま部屋を出て行ってしまった。
まだ体の奥にくすぶる熱を、どうしていいのかルルーシュには分からなかったが、取りあえず仕事に戻るしかないようだった。
こんな調子じゃミスしてしまいそうで、シュナイゼルのシステムに手を付けるのは怖くて仕方なかった。
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