ラクシャータから呼び出しのコールが鳴ったのは、黒の騎士団が行動を自重しだしてから、一ヶ月目の事だった。
『出来たよ、坊や。おいで』
一言だった。それで十分に分かった。
桐原からは既にサクラダイトの恒久的な供給を約束させている。物資は隠れて届けられていた。
エナジーフィラーの開発に成功したのだろう。それとも、ブレイズルミナスか。
いずれにせよ、待ちに待った連絡だった。
仮面を被り、執務室を出る。
少し早足になるのはこの際仕方ない。それなりに広さのある基地内を横切る形でラクシャータの元へたどり着くと、ブレイズルミナスの緑の光が倉庫内に広がっていた。
「――待たされたな」
「これでも急いだんだよ、贅沢は言わないでちょうだい」
お互い、笑いを持って交わされた言葉だった。
満足気にそれを見上げる。
「ブレイズルミナスについては、これでカンペキ。実装にも問題はないわ。サクラダイトの供給のおかげで、エナジーフィラーの効率も飛躍的に上がった。一ヶ月でここまでやり遂げたんだ、褒めておくれよ」
「助かった、恩に着る」
ふふ、と彼女は笑い、素直なゼロの言葉に満足したようだった。
「実装にどれくらい掛かる?」
「まずは紅蓮、ランスロット、ギャラハッドの三機に取り付ける。それから弾き出すわ。まだ待ってちょうだい」
「分かった」
ようやく、準備が整いつつあった。
黒の騎士団の末端組織は既に壊滅状態にある。ここへ手を伸ばされるのも時間の問題かもしれなかった。その前に完成出来たのは、明るいニュースだ。
これで、再び黒の騎士団は軍隊として立ち上がる事が出来るのだ。
既にシュナイゼルのシステムのハッキングには成功している。足跡を残さず、データの改竄も行い、黒の騎士団の本拠地にはたどり着けないように小細工もしていた。
だが、そんなものは根本的な解決にならないのだ。
日本を取り戻す。
その第一歩がようやく目に見えた。
ブレイズルミナスの光は目映く、しかし希望の光に感じられた。
「全員にブレイズルミナスの使い方をたたき込まなければならないな。それに、スザクは問題ないが他の人員のヴァリスとMVSの使用法の問題」
「それは、この最近の訓練で行ってる。問題は多分ないと思うよ」
「そうね。結構慣れて来た感じ。大出力の反動にも踏ん張りがきくようになってきたし」
スザクとカレン、ビスマルクがゼロの執務室に顔を揃えていた。
「飛行については派手になるから、あまり訓練は行っていないけど、既に一度使用してる。これも問題はないと思うわ」
「ギャラハッドはどうだ?」
「以前と同じ使い心地だ、問題はない」
うむ、とひとつゼロは頷いた。トップの三名は問題がなさそうだ。若輩兵や古参兵についても、この訓練漬けの日々で実力は遙かに向上していると思われた。
「団体的行動については?」
「それはゼロの信望ひとつでどうにでもなります。貴方への信頼感で成り立っている軍隊だ。何も問題はないだろう」
ビスマルクが太鼓判を押した。
「ありがとう」
それは理解している、との意味も込めて礼を言う。
指揮系統は以前と同じだが、新たにゼロから直截の回線を開く事が可能なシステムも構築した。
いちいち全ての兵に対して指示を行う事は出来ないが、いざと言う時、戦術的な動きに対応してもらう為だった。シュナイゼルに対しては戦略的な戦いが既に限定されている。
戦術面で細かな動きを要求されることとなるだろう。
兵士達は、それらに応えてもらわねばならなかった。精度の増した行動を取れるよう、訓練も行ってもらっていた。
しかし、ここにいるのはあくまでもゼロの親衛隊のメンバーだ。
藤堂らが率いる兵も訓練してもらっているが、藤堂らはどうなっているのだろうか。後で視察に行かなければならない。
それに、ブレイズルミナスをまず三機に設置すると言っていたが、それだけでは困る。
せめて藤堂と四聖剣にも設置しなければ、それぞれが隊を率いる身だ。無事であってもらわなければならなかった。それにはブレイズが必須だ。彼等にも使い方をたたき込まなければならなかった。
まだ設置には至らないものの、一機にでも設置出来た時点で幹部を招集し、模擬戦を見させようとルルーシュは思った。相手の装備もほぼ同じになる。対策を練る事が出来るだろう。
それとも向こうはハドロン砲も装備しているだろうか?
残念だが、それはまだこちらでは準備出来ない。ルルーシュらの乗るガヴェインにしか装備されていない。複座式、そして高度な情報処理システムを使いこなせるこの機体でしか為し得ない事は山のようにあった。
実戦になれば、やはり遊軍という形で指揮に立ちながら各所をフォローしなければならないだろう。
しかし、エナジーフィラーの高度効率化には諸手を挙げて喜びたい気分だった。
ガヴェインは複数のエナジーフィラーを搭載することが出来る。他の機体より、自由度がより増すのだ。
研究と実践は同時多発的に起きるものだと言う。
ブリタニアでもエナジーフィラーの研究は行われているだろう。なにせ、確実に命取りとなる欠陥だったのだから。
ほぼ同じ装備と稼働時間。
そして、兵士の熟練度。
立ち上がる時期はまもなくだと思われた。
それでも数に劣る自分達は奇襲を掛けるのが一番だろうと思われた。日本解放戦線は既にあてにはしていない。
仮面の内側で、ルルーシュは一つ息を飲み込んだ。
「決行は、二週間後。一斉蜂起を行う――それまでにお前達三人と、藤堂、四聖剣はブレイズルミナスについて確実に使いこなせるようになれ。ちょうど二週間後に本国からの貴賓を招いての式典が行われる予定がある。それを襲撃しよう」
「分かりました」
「うん」
「了解した」
三人三様の答えが返され、この場をお開きにした。
彼等にはそのままブレイズルミナスを実際に見に行ってもらう。下手をすればどれか一機に既にブレイズルミナスは搭載されているかもしれなかった。そうであればめっけものだ。そのまま機体を持ち出し、訓練を開始してもらう。
ゼロは書類の全てを片付け、そして訓練所へと向かった。
そして、藤堂、四聖剣に対して、先ほどと同じ説明を行う。
スザク等が言っていたのは嘘ではないようで、訓練所での兵士達の動きはスムーズに、かつスマートになっていた。これならば期待出来るだろう。
満足を持って、執務室に戻る。
二週間後の作戦を、完璧に練り上げるためだ。
そしてその夜、ブリーフィングルームへと幹部を招集した。市政に紛れている者達も含め、全ての幹部を呼び寄せた。
「扇、租界の様子はどうだ」
「平穏だ。あれが日本とはとても思えないが、――しかし、あんな平和は懐かしくもあるよ」
「そうか。だが、まもなく破られる事となる」
一息、置く。
ようやく時が来たのかと皆が期待を自分に向ける。
それに応えるように、ゼロはおごそかに作戦を告げた。
「二週間後に決起する。軍隊として動く目処が立った。今度は日本解放戦線の手も借りるつもりはない。黒の騎士団と言う日本の軍隊が、ブリタニアの欠片を壊す作戦だ。皆、心して掛かれ」
ごくり、と息を飲み込んだ者がいる。
やったあと喝采を上げる者もいる。
反応は皆、それぞれだった。だが、確実にこの静穏から抜け出せる事を喜んでいた。
日本人街に紛れていた者の喜びがもっとも大きかった。
「二週間後、本国より先の総督コーネリアと妹姫のユーフェミアが訪れる。それの歓迎式典が開かれる事になるだろう。そこを急襲することで、戦端を開く」
リアルになっていく作戦に、ざわめきが起き始める。
「もちろん、警備は完璧になされている。だが我々は上空からの奇襲を試みる。――藤堂、一番隊が先陣を切れ」
「承知した」
重い声で、彼は頷く。
「この基地が見破られる事は当然あってはならない。奇襲は一度、ゲットーにKMFや重火器隊を移動させてから行う事になる。――井上、南。ふさわしい場所はあるか?」
ゲットーに潜伏していたふたりに尋ねると、即座に答えが戻ってきた。
「新宿ゲットーが最適かと。あそこなら租界に近い上に、ここからのルートは元地下鉄線ルートを使えるので見つかりようがありません。元から廃墟だった場所です、KMFを隠す場所などいくらでも」
「分かった」
新宿廃墟。懐かしい場所に、思いを馳せるがそれも短い間に過ぎなかった。KMFを隠せる場所などいくらでもあると自分でも理解出来る。いくらか日本人が住み着いているが、それでもテロ組織に属する人間の方が多いのが現状だ。被害は最小限に留められるだろう。
「では、新宿ゲットーに前日より移動を開始する。式典の開幕は午前十時だ。その時刻丁度に、上空から藤堂率いる一番隊、そして私が入ろう」
「ゼロが?」
「私は遊撃隊として今回も参加する。前線には立とう」
いつもの事だ。それを懸念されていることも分かっているが、それら心配は全て無視することに決めている。
「二番隊、三番隊は周辺を固める。場所は追って地図と共に知らせる」
「承知」
「親衛隊はまずは陸上からの攻撃を開始する。藤堂らが上空から攻撃を開始すると共に、三方向よりの同時攻撃。狙うのは皇族三名だ」
「了解」
「出来れば捕獲が望ましい。私は三人に尋ねたい事もあることだしな。――だが、無理ならば殺戮もやむなしと考える」
本当は、母の事を尋ねたい。彼等のうち、ユーフェミア以外は何かを知っている可能性がある。特に、コーネリアだ。彼女は母暗殺の日、アリエス宮の警護担当だった。
だが、それも適わないのであれば仕方ない。皇族、そしてブリタニアを壊せば敵も討てる。
「分かりました。出来るだけ捕虜にする方向で立ち向かいます」
カレンがキッとまなじりを上げ、真剣な顔をした。
勇ましい表情だった。女にしておくには惜しい存在だと度々思う。
「以上、簡素だが概略とする。質問があるものはこの二週間の間に必ず行え。相手はシュナイゼルだ、気を抜くな。そして、侮るな。陣形は必ず私の言葉を守って行動してもらう。物量で適う相手だと思うなよ」
分かったとの返事が一斉にかえされた。
残念だが、扇の教師生活もこれでおしまいだ。彼は名残惜しそうにしていたが、ひとつ息をつくと表情が一変していた。
副司令の顔に戻る。
「俺たち司令部はどこに?」
「新宿ゲットー内部に置く事とする。基本的には出番は今回ないと思ってくれ。神楽屋嬢も後詰めという形で参加するはずだ。その警護も頼む。いざと言う時の為に、KMFの修理には立ち向かわせる。ラクシャータ、頼む」
「はいよ」
「扇は傷兵の代わりを順次立てる役割を頼んだ」
「了解した」
以上、と。この場を散開にした。
時間は区切られた。
ようやく、再びの戦争が始まる。
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